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プロローグ-楠木学

こちらは複数のライターさんがそれぞれ被害者を描き、一人のライターさんが犯人を追う企画物小説となっています。

どうしてこんなことになってしまったのか。楠木は深く頭を悩ませた。学生の頃から他人と関わることが苦手で、出来るだけそういった関わり合いを避け、親しい知人や仕事仲間なども作らず一人で生きてきたはずだった。故に、どうしてこんなことに巻き込まれてしまったのかわからなかったのだ。


楠木が他人を避けるようになった理由は家庭環境にあった。楠木の両親は中学一年生の頃に離婚をしている。両親は離婚に至るまでの間、毎晩のように喧嘩をし、互いに罵詈雑言を浴びせ合い、それは悲鳴となって家中に鳴り響いた。その両親の憎しみのこもった言葉の数々はまだ思春期だった楠木の耳にねっとりとこびりつき、けして離れることは無かった。他人と深く関わるということは互いに憎しみを生んでしまうことだと楠木は考えていた。両親が離婚したあと母親の元に引き取られた楠木はそれから他人との関わりを極力避けるようになっていったのだった。


 友達を作ることもなければ、仕事も他人と関わるようなものには付かず、すべてメールや文書でやり取りが出来るような仕事を選び、他人との接点を完全に切った。故に他人に迷惑をかけた記憶もなければ恨まれる覚えもない。楠木はそう確信していた。


 ……なのに何故?


 should I save it? 噂くらいは聞いたことがあった。誘拐された人間がリアルタイムに中継されているサイト。期限内に指定された解放に必要な金額の振込みがなされなければそのまま……。


 そこまで考えて楠木は大きく頭を振った。その先は考えたくなかった。こうして実際に自身に起きていること自体、本当は夢か何かなのではないだろうかと思えてくる。どうして自分がこんなことに巻き込まれなければいけないのか理解のしようがなかった。


 実際にこれが夢でないのだとしたら、自分が解放されることなどないのではないかと思える。他人との関わりを避けて生きてきた自分には大した人望があるわけでもないし、広い人脈があるわけでもない。こんな男を一体どこの誰が救ってくれるというのか。考えれば考えるほどに絶望的な気持ちが込み上げてくる。


 これまで生きてきた行いが悪かったと言われれば、何が良いことで、何が悪いことなのかもわからない。楠木はそれくらい一人を好んで生きてきた。


 ふと部屋を見渡すと天井の隅に監視カメラのようなものが取り付けられてることに気付く。あれでリアルタイムにこの状況がネット上に流れているのなら、あのカメラに向かって死に物狂いで助けてくれと叫べば自分の知らない誰かにお金を振り込んでもらえるのかもしれない。一体どれだけの人々がこの状況を見ているのかは知らないが世間に噂が広まっているくらいなのだからそれなりの人数が自分を見ているに違いない。だったら……。


 楠木はそう考え立ち上がろうとするが、立ち上がる寸前で動きを止める。そしてまたその場に座り直してしまう。


 楠木は自嘲気味に笑った。自分だったら知りもしない他人にお金を振り込みはしないだろう。例えその相手が死に直面しているとしても……。自分がやりもしないことを他人に頼むなど虫のいい話だ。他者との関わりを避けることがこの人生で悪いことだったと言うのなら、すでに自分の居場所はこの世界に無かったのだろう。それに音声は配信されていなかったはずだ。


 つまらない人生だったと我ながら思う。他人との関わり合い憎しみを生むものなのだとしたらこの状況に置かれた私は一体何なのだろう。恨まれも愛されもしない私は、きっとこの世にいないのと変わらないのではないだろうか。最初から存在しないのであれば、このままここで消えていったとしても世界になんの変化もない。例えこの場から抜け出すことができ、助かったとして自分の人生の何が変わるというのだろうか。


 そこまで考えると楠木は思考をやめた。すべてを受け入れるようにそのままゆっくりと目を閉じる。瞼の奥にどこまでも続く暗闇が広がる。


楠木学 解放額800万 現在0円


【Should I save it?】

2016年12月末。新年を迎えるカウントダウンが終わると同時にこのサイトのURLがインターネット上にばら撒かれた。


大手掲示板から有名ブロガーのコメント欄、グルメサイト等様々な場所に張られたこのURLの先にはひとりの女性が映し出されていた。


画面右上には36:00という数字。

この数字が減っていくところを見るとタイムリミットなのだと推測できる。

そしてその下には開放額300万円現在0円の表記とWEBマネーでの支払リンク。

それ以外の記載は一切なく女性が何者なのかどうして欲しいのかの説明も当然のようになかった。

監禁場所の特定を防ぐためか、又は犯人側のせめてもの慈悲か、あるいは何かしらの悪意をもってのことか音声配信はされていない。

2時間後女性のタイムリミットが34時間を切ったころ別画面にさらに1名少年が追加された。

少年の開放額660万円現在0円。

さらに4時間後には男性も追加され1日で3名の監禁配信が始まったが正月気分の民衆にこの3名の声が響くことはなく最初の女性のタイムリミットがくることになる。


1月2日12:00女性の監禁されていた場所は水で満たされ女性が溺死するまでの数分間、そして恐らく既に死亡したであろう数分間もこのサイトは配信をやめなかった。

この女性の溺死映像配信の生々しさと2時間後に迫る少年へのタイムリミットも合わさり正月真っ只中のこの日においてもネット上は大きく盛り上がることとなったが様々な映像加工の可能な現在において過激映像の全てが人々にそのまま受け入れられるわけではなく、このときはまだネット上の盛り上がりの域を飛び出ることはなかった。

事態が大きく変わるのは1月8日の水死体発見のニュースからである。

この日、いつものように軽く取り上げられたニュースのひとつにネット上が再度盛り上がりを見せる。

発見された水死体は1月2日に配信されていた女性のものではないかとSNSを中心に拡散されたためである。この情報の拡散に各紙メディアも追従する形でその裏を取ることになり、Should I save it?というサイトは世間に広く知れ渡ることとなった。


この時点でサイト上には2名の監禁映像が配信され続けていた。

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