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場末の酒場で『バタード』

 食事を終えた俺達は昼前に二階にある事務所に戻ってきた。

 此処からは俺の仕事、つまりは探偵の話である。

 だがその前に聞かなくちゃならん事がある。


「詳しく話を聞く前に、だ」


 そう前置きして今淹れたばかりの珈琲を、来客用のソファーに座る少女の前に置く。

 砂糖とミルクは常備してあるので珈琲に問題はない。


「ウチの事を誰から聞いた?」

「えっと……魔法使いのアレクさんと言う方から」

「……『隻腕』か」


 『隻腕』、かつては別の二つ名で呼ばれていた、科学の最先端である蒸気都市に住む変わり者の魔法使いの名である。

 俺が私立探偵を始める前からの付き合いであり、何かと借りも貸しもある間柄である。

 成る程、彼ならば上町で貴族相手に魔法の講師として生活しているのも頷ける。

 魔導帝国に居ても宮廷魔導師となれる程の実力があるのだから。


「……それなら依頼は貴族の問題か、上町で問題が起きたなんて聞いてないんだがな」

「探偵さんは『ネコトースト機関』と言う物を知っていますか?」




 依頼人の少女――予想通りに上町の貴族の娘――が帰った事務所で溜め息を吐く。 ネコトースト機関なる物を動力に、空を行く船を作ると言う研究をする科学者により上町――つまりは貴族街――にて猫が拐われていると言う。

 その事を知った彼女の友人である喋る猫が助けに向かったと言うのだが、三日経ちなんの音沙汰も無いので助けて欲しいとの事だった。

 貴族や変な科学者が関わると言う気が進まない依頼ではあるが、知り合いの紹介で来た客の問題だ、出来る限りの事はするとしよう。



 常に何処からか噴き出す蒸気によって、まるで霧に包まれている様な光景の裏路地を抜ける。

 間も無く夕方に差し掛かる時間ではあるが、この下町には日が射さないので一切関係ない。

 空は下町では見えず、上を見上げた所で上町の岩盤(プレート)が映るだけだ。

 この街では太陽の光、あるいは自然に関わる全てが上町の物だ。

 上と下では圧倒的なまでの格差がある。

 下町の人間の娯楽は賭博(ギャンブル)――合法の賭博場(カジノ)から、非合法な拳闘(コロシアイ)まで――か、単純に酔う為の水(アルコール)かだ。

 そして大体の住人はそのどちらか――あるいは両方――に手を出している、情報を集めるならば上だろうが下だろうがそのどちらかに向かえば良い。

 とは言え、以前依頼でちょっとした騒動を起こしてからは賭場から追い出されてから、未だに合法非合法関わらず、目をつけられている。

 行けるのは酒場だけだ、今日は多少の資金――あくまで個人資産だ、調査費用では無い――もある、たまには外で飲むのも良いだろう。

 酒場の前に昼間から呑んで転がっている酔っ払いを避け、馴染みの店内へと足を踏み入れる。

 知り合いの情報屋も何人か来る馴染みの酒場の一軒である。


「マスター、久し振り……エールとそうだな、なにか軽く腹にたまるツマミを」

「久し振りね、お仕事かしら? そうねお腹にたまるって言うなら、バタードでも出すわ」


 カウンターの隅に座り、俺の仕事と行動に理解のあるマスター――軍人上がりのおネエ、常連以外がマスターと呼ぶと機嫌が悪くなる――に注文をする。

 店内に生憎と情報屋の姿は見当たらない、暫く時間を潰し待つしかないだろう。

 耳をすませて他の客の話し声を拾う、こう言った地味な情報収集もこの街では役に立つ。


「魔導帝国じゃ……」

「最近物価が……」

「北スラムでさ……」

「ねえちゃんおかわり頼むよ!」

「南部の魔導防壁に……」


 どうも今聞こえた分では関係ありそうな話はない、仕事とは別で気になる話は幾らか聞こえたが。

 本日の客層はどうやら商人と冒険者がメインらしい。


「バタードお待たせ、お客さん(・・・・)呼んどいたわよ、来るまではまだかかるみたいだけど」

「サンキューマスター、()の方は今のところさっぱりだからな」


 マスターに情報屋を呼んで貰った礼――いわゆるチップ――を込みで料金である半銅貨二枚を払う。

 提供されたバタードと言うのはこの店での呼び名で、バタードフィッシュ。

 エールを混ぜた衣を付けた白身魚のフライにポテトフライ、付け合わせは大豆のペースト。

 俗に言うフィッシュ&チップスと言う奴だ。

 ポテトは作りおきらしく少し冷めてはいるものの、魚のフライは今揚げたばかりらしく熱々の湯気を立てている。

 この店のバタードは一口サイズにされているだけあって、場末の酒場らしくフォークやナイフなんて物は付いてこない。

 また熱いフライに一緒に出されていた瓶の中身――定番のモルトビネガー、麦芽原料の酢である――をたっぷりとかけ、手づかみで口に運ぶ。

 口の中に揚げたての熱さと、独特の酸味が広がり、その中に感じる白身魚。

 それをエールで流し込む、実に至福の時。

 酒が呑めない下戸の知り合いは酒のエールではなく、生姜の(ジンジャー)エールで食していた。

 俺は呑めるので呑むが、それもまた良しだ、食事ってのは最低限のマナーさえあれば好きなように食うべきだ。

 一人ならば尚更で。



「んだてめぇ!」

「そっちからぶつかってきたんじゃ」

「てめえが邪魔くせえ場所にいんのがわりいんだろォ?」


 どうやら待ち侘びていたお客さん(・・・・)――顔見知りの情報屋――は、チンピラに絡まれてしまったようだな。

 ……やれやれ、今日は静かに食事を出来る環境じゃない様だな。

 仕事の為にも立ち上がりチンピラとお客さんに向かって歩く。


「悪いな、俺の客なんだ……よ!」

「なんっ……が!」


 チンピラの肩を引きこちらを向かせて鼻っ面に一発。

 金や言葉、あるいは240グレインの鉛で済ませるよりも拳による暴力が手っ取り早い解決になる事もある、今回はそう言う話だ。


「っがぁ! この×××野郎!」


 一発で倒れないとは中々にタフな野郎だな、だがチンピラが打ってくるのは大振りな(テレフォン)パンチ。

 軽々と避ければまた顔面に一発、回りの酔客は突然始まった喧嘩に大喝采、まるで拳闘場だ。


 さて、さっさと片を着けないとな。

 ネコトースト機関、気になる方はネコトースト装置で検索してください。


 四半銅貨二枚で半銅貨の価値になる訳ではありません。

 実際の量としてはそうなのですが。


 半銅貨は凡そ500円程度の価値、一枚物の銅貨は1000円程度になります。

 両替の手間、加工賃、または銅の価格等により大きい差額が出ています。

 銀貨金貨も上に存在しておりますが、そちらは額は一枚物を100として四半で約25、半で約50ときっちりしています。

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