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始まりの朝の『何時もの』

 町外れの雑居ビルの二階、事務所の奥にある居住スペースで何時もの様に目を覚ます。

 時計を見れば午前十時、今日は仕事の依頼もアポイントメントも無い、早く起きすぎた位だ。

 作り置きの珈琲を一杯飲んで目を覚ます、暫し考えてから朝飯を食いに出かける事にする。

 何時もの様にトレードマークとなった帽子をかぶり、払い下げられた軍用のコートに袖を通す。

 事務所を抜け雑居ビルの廊下に出ればドアにかかった『close』の看板に張り紙を一枚。

 これで準備は出来た、さっさと腹を満たしに行くとしよう。


 雑居ビルの一階、カフェを営業しているビルオーナーの娘の店である。

 ドアベルを鳴らし店内に入れば、他に客が居ないのを確認して指定席になりつつあるカウンターの一番奥の席に座る。


「こんな時間に珍しいわね」

「目が覚めちまったもんでな、何時もの頼む」


 オーナーの娘で店主であるアンリが水を持ってきた。

 注文したのだが、アンリは左手を差し出してくる。


「アンタはツケにしかねないから先払いにしてもらうわ」

「……確かに余裕は余り無いし、店子だからってのはあるが、こんな特別扱いは好きじゃないんだが」


 事実何度かツケで食事をさせて貰っている為、強くは出れず料金の四半銅貨を財布からだし渡す。

 俺の『何時もの』はアンリの店で一番安いメニューの為この程度の値段で済む、実に財布に優しく助かる料金設定だ。


「毎度どーも、はぁー……あんまり売り上げにならないんだからもうちょっと良いもの食べてよね」

「ウチの売上も知っている人間の言葉とは思えないな」


 まぁ、最安価の商品なのは否定しないが……アンリはどうも俺の様に低賃金な人間の為に出しているらしいメニューを作りに行く。


 ――カラン。


 ドアベルが鳴ったので、そちらに視線をやればキャスケットを被り、オーバーオールを着た少年の様な少女の姿があった。

 なるべくは合わせて(・・・・)来たのだろうが、町外れには珍しい身なりの良い格好だ。

 彼女は店内をぐるりと見回し、俺以外の客が居ないのを確認して近寄ってくる。

 どうやら飛び入りの俺の客の様だ。


「あ、あの……ハイリア探偵事務所の方ですか?」


 間違っていなかったようだと、彼女に一つ頷くと隣の席を引き座る様に促す。


「ハイリア探偵事務所のウィズ・ロウ・ハイリアだ」

「お願いが――」

「わかってる、仕事の話は事務所に行ってからだ、此処はまずは飯が先だ」


 俺の言葉に彼女は何となくで頷く。

 上町(・・)の連中がしがない私立探偵なんぞに依頼するのは、暴力沙汰になる様な仕事か、(おおやけ)にしたくない仕事と決まっているんだ。

 彼女の様子を見ればまだそこまで切羽詰まっている様子もない、なら飯を食って頭の回転を戻してから事務所で聞くのも悪くない。


「お待たせ――ウチじゃなくてウィズのお客様みたいね」

「あ、えっと……」

「追加でカフェオレ一つ、下町一番どころかこの蒸気都市一番のカフェオレを頼むよ」


 俺の食事を待つのもまた暇だろうと、俺は蒸気都市一番だと思っているアンリの珈琲――今回はカフェオレだが――を頼み料金の四半銅貨二枚をカウンターに置く。

 アンリが頷いて、料金を回収すると奥に戻る。


「俺の食事を待ってもらうからな、奢りだ」


 財布を出そうとする少女の動きを言葉で止めて、俺ぱ何時もの――ホットサンドと珈琲のセット――に手を伸ばす。

 こんがりときつね色に染まるトーストに挟まる具材は日替わりで、本日はチーズにトマト、そしてベーコンと言う中々に豪華な顔ぶれだ。

 チーズはおそらくだが神皇国からの輸入品、トマトは此処蒸気都市の外壁の外にある畑の物で、ベーコンは魔導帝国から流れてきた一級品。

 今日は大分当たりの日だったらしい。

 大口を開いてかぶりつけばまず口内に感じるのはカリカリのトーストの固さ。

 続いて濃厚なチーズの味わい、それでいながらクセは少ない。

 チーズの中からトマトの酸味と瑞々しさが溢れ、その味わいの中から負けじと主張してくるベーコンの肉と塩気。

 ただ美味いの一言だ。


「あ、あのすいません、わた……じゃなくてボクにもホットサンドを!」


 仕事の話を聞くのはもう少し後になりそうだな。

四半銅貨

現代日本において100円程度の価値。

下に鉄貨があるが滅多に使われない。

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