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「何事もなく」という語句の重要性について。  作者: みのり
第1話 『翼を持った少女』
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Chapter3 『巻き込まれたその先へ -Trouble to exceed-』

 どれほどの時間そうしていただろう。

「ただいまー。ってうわ、なんだコレ。おい、鹿目? いるのかー?」

 帰宅して早々に騒がしい声を上げる相模を認識し、やっと我に返った。いや、窓は割れ、物が散乱した状態の家を見て騒がしくなるのは仕方がないし、だから言い方に棘がある感じになってしまったが、要するに八つ当たりでもしないとやってられないような心境だったのだ。

「どうしたんだよ、あれ、アンナちゃんは? 出掛けてんのか?」

「──ッ……ああ、出掛けた」

 一度、また八つ当たりしそうになったが、なんとか冷静さを保って(自分ではそのつもりだ)、答えた。ただ、胸の内で渦巻く激情を抑えるために、そっけない風になってしまったが。

「ふーん、まあいいや。晩飯すぐに作るから、それまでに帰ってくるように連絡してくれな」

「連絡先なんぞ知らん」

「そうなん? あっそう。じゃあどうしような、アンナちゃん帰ってくるまで晩飯作るの待つ?」

「知らん」

 相模が部屋を出ていくまで、俺は一度も相模の顔を見れなかった。だって、どんな顔をすればあんな平和いっぱいの話題についていける?

 俺にはわからん──アンナを助け出すまでは、俺はあの平和の中には戻れない。

 だから、相模の家を飛び出した。

「おい、鹿目!」

 すぐに、相模が後ろから呼び掛けてくるのがわかった。そして、それが引き留めの言葉でないこともわ かっていた。

「お前が今何に巻き込まれてるのかはわからない。けど、この前言ったよな、もっと俺を──俺や彩川のことを頼れって」

「悪い、相模。少しだけ、待っててくれないか」

 すぐに、アンナと一緒に晩飯を食いに来るから。

 そう言って、また走り出した。

 相模は、それ以上何も言わなかった。



 走って、走り続けた。

 走り続けて気付いたが、アンナどころかリズやジョーの居場所すら解らない。まあ、あの二人を見つけたらアンナも見つかるだろうが。芋づる式に。

 だが、もちろんあのインビジブル女とジャンピング男を見つけなければアンナも見つからない。

 さて、どうやって探そうか。

 あちら側としては俺に邪魔をされてはたまらないようなので、居場所のヒントなど米粒ほども残してくれなかったが。

 いや、例え米粒を残してくれていたとしても、俺は忍者かなんかじゃないのでその暗号を読み取ることはできないが。

 ただヒントには違いないので、米粒でも藁でもいいから落ちていてくれればあの殺人未遂共に感謝して やってもよかったのだが。もちろん、アンナを助け出した後で。

 こうなれば、先んじてアンナの連絡先を聞くか、そうでなければ発信器でも持たせておくべきだったと後悔するのみである。

 しかし、本当にヒントは無かっただろうか?

 どこかで連中がボロを出して居場所を教えるようなことを口走ってないだろうか。

 記憶を遡る。

 場所についての発言はもちろん、どんな些細なことだろうと記憶から抜け出すことは許さないぞと、大 きな視点でもって遡る。

 ────、

 ────────、

 ────────────、駄目だ。

 全くヒントになりそうなものがない。

 というか、記憶を遡ると言っても、この件に関する記憶は(少なくともリズやジョーに関する記憶は)あの始業式の日で一番古い記憶なのだ。その中で連中に遭遇したのは三回である。土台の時点で心許ない。

 強いて言えば、連中は乗り物を使っていた様子は無かったから徒歩圏内だ、という感じか。それに、流石に帯刀して移動できる距離というものもあるだろう。いや、それについてはリズの『異質』でどうにかなるのか。まあアンナもいるし、万が一抵抗されることを危惧してあまり大移動はしないと思う。気絶でもさせれば済む話だが、気絶した人間を、たとえ少女と言えど、長距離運ぶのは労を要するだろう。

 というか、そろそろ現実逃避したくなってきた。

 もうあの始業式の日からの出来事が全て嘘っぱちなのではと思えてくる。俺の『巻き込まれ体質』を知る人間が仕掛けたドッキリなのでは、と。

 リズの異質に関しても、ジョーの異質に関しても、仕掛けがあるのだと言われれば、強引だが納得もできる。

 アンナの『翼』に関しては、ただ『感じた』だけなのだ。誰かに話せば頭を疑われて精神系の病院へ行くことを勧められるのみである。アンナと初めて会ったときの俺のように。

 ──いや、でも、あり得ないと思う。

 他のことはともかく、アンナの言うことに関しては、何故か信じたいという気持ちになるのだ。

 本当に、理由も解らないが、ただそう思う。

 アンナは。

 あの真紅のドレスの少女は。

 俺を護ると言った少女は。

 嘘を吐いていない。

 勘違いはあったかも知れないが、嘘は吐いていない。

 そう思った。

 そう思えたから、アテもないままに、俺は再び走り出した。


 結果的に、長時間走って彷徨うようなことにはならなかった。

 連中を見つけたワケではない。その前に、

「遅かったな。待ちくたびれたぜ」

 という声が俺にかけられたからだ。

 振り返るとそこにいたのは、高層マンション22階分の大ジャンプを披露し、俺が暮らしていた一室の窓を粉々にした張本人。

 ジョーこと、ジョージ=クロウリーだった。

「────ッッ! テメエ! アンナはどこだ!!」

 驚いたのも束の間、俺はジョーに向かってそう吠えた。

 相手に先手を打たれるのを警戒して、というのもあったかも知れないが、それより何よりも、そんなことを考える理性よりも先に、本能がそう言わしめた。

 警戒心、というよりも敵対心むき出しの俺と対照的に、ジョーの方は落ち着いていた。むしろ、ふざけた雰囲気すら感じさせられた。

 連れであるリズ=リバプールとも対照的である。あの女には、真剣さを通り越してどこか鬼気迫るものを感じさせられた。

「まあ、あの女と俺とじゃ事情も違うんでね。あの女と違って、俺は純粋に仕事を依頼されただけだ──そう睨むなよ、俺はお前とこんなトコでバトる気はねえんだ」

 お前が大人しくしてる限りはな。

 と、冗談めかして言うジョー。

 いや、そうではなく。

「事情が違う? どういうことだ。あの女──リズも雇われた人間なんじゃなかったのか」

 アンナはそう言った。

 いや、違うのか。

 狙われている対象と同様、アンナは敵対する相手の身の上についても勘違いしていた?

 いや──させられていた、のか?

「まあ、気にしなくていいさ、関係無い。そこんところはな。対応によっちゃ、お前は巻き込まれたどころか蚊帳の外なんだから」

「いや、確かに巻き込まれたんじゃないが、それはこっちから首を突っ込んでるって意味だ。だから関係あるし、俺とお前は敵だ」

 敵だし、こんなトコロでバトるような関係だ。

 そんな俺の反応に、ジョーは小さく笑って肩をすくめた。

「やれやれ、と言いたいところだが──まあ予想はしていた。お前はきっと敵になるってな。むしろ、動くのが予想よりも遅かったくらいだぜ?」

 やはりふざけた感じで言う。さっきと、それから最初に襲撃してきたときはそんな風に観察する余裕もなかったが、改めて見るとどこまでもふざけた男のようだ。

 が、ふざけた雰囲気もそこまで。

「ただ、予想通りとはいえ、本当に敵に回るってんなら、俺は本気でお前を潰す」

 そんな言葉と共に、ふざけたような、ある意味弛緩した雰囲気は消滅した。

 その辺りに、リズが重なる。

 その辺りが、リズの連れなのだということを実感させた。

「──アンナは、どこだ」

 殺気立った雰囲気に、しかし俺は流されないよう最初の質問を繰り返した。

 答えは、意外にも返ってくる。

「リズが監視してる。ただ、俺に勝ったら場所が解るみてえなわかりやすい展開を求めるなよ。こちとら仕事でやってんだ。例え俺が負けるようなことがあったとしても、俺は口を割らない。お前がアンナ=ブラッドフォードを捜してる間に、仕事は片付くさ」

 質問の答えにはなってなかったが、しかしそれでも、方針を固めるには充分だった。

 どうするにしても、コイツをどうにかしなきゃヒントも得られない。コイツがどれだけ口が固かろうと、何もしないよりはマシのハズだ。

「ふん、まあ、そうだろうな。いいぜ、戦おう。お前が意見を曲げないって言うなら、熱でもペンチでも強引に使って、ぐにゃんぐにゃんに曲げてやる」

 そう言った瞬間、ジョーは一歩で間合いを詰める。遅れてアスファルトの砕ける音が聞こえる。

「────ッ!」

 慌てて距離を詰めようとするも、今度はアスファルトも砕かずに、しかもいつの間にか背後に立っていた。

 やはり、『異質』だ。この男も。

 もっとも、マンション22階分の跳躍に比べれば驚くほどのことでもない──ここ数日で、俺の感覚もいよいよ狂ってきたようだ。

 ただ、俺が驚こうが驚くまいが背後の男には関係なく、ただ俺を嘲笑うのみだった。

「逃がしゃあしねえよ。これでも仕事に対する責任感ってモンがある。お前みてえなよくわかんねえ奴に邪魔されるわけにはいかねえんだ」

 悪いが、さっさと終わらせてもらうぜ。

 そう言って、拳を繰り出す。

 俺はそれを体ごと飛んでなんとか避ける。

 標的を見失った拳は、そのまま一直線に延びて俺がいた地点のアスファルトを砕いた──避けなければ、砕かれていたのは俺である。

「──よくわかんねえ奴って」

 恐々としながらも、気圧されないように言葉を紡ぐ。

 それに対し、ジョーはさして興味も無さそうに返答した。

「だから、何が起こるかわかんねえんだよ、お前の『異質』は。今の時点じゃマイナスな方向にしか作用しねえらしいが、それもどこまでのモンかわからねえ」

 ──ついでに、お前に都合が悪いことが俺らにとっても都合が悪いこととも限らねえ。

 と、付け加える。

「とりあえず俺の役目は、お前を俺らの仕事の邪魔にならない所で足止めすることだ」

 とりあえず、と言いながら、その雰囲気はそれ以外の結果はあり得ないと言っているようだった──ついでに言うなら、足止めと言わず無力化と言わず、俺を殺しそうなほどの闘志だ。

 まあ、足止めでも無力化でも殺害でも、なんでもいいんだろう。この男にとっては。

 要するに、俺が邪魔できない状況になればそれでいいのだ。

 ただ、俺もハイそうですかとは言ってられないし、ただ手をこまねいて立っているつもりもない。

 しかし、戦う気もない。

 当たり前だ。俺は戦闘要員などではない。

 どころか、『異質』を除けば普通のイチ高校生である。

 武器を持っているワケでもなければ、幼少の頃に武術や拳法を習ったワケでもない。そもそも武術と拳法の違いが解らない。

 だが、

「悪いな、俺の役目は、アンナを助け出すことだ」

 戦いを避けることは、出来ない。


 戦うと言っても、正面衝突をすれば俺が負けるのは論じるまでもなく確実に俺だ。

 片や平々凡々とは言わずとも戦争の無い国で能々と生きてきた俺と、片や自ら戦地に乗り込み生き残ってきた傭兵である。

 戦闘力においてどちらが優れているかは明確である。重ねて言うが、俺には戦闘に関して役に立つ能力の持ち合わせはない。

 よくこれまで生きてこれたものだ。

 まあ、それは置いといて──ならば取るべき行動はひとつである。捨てるべき選択肢すら存在しない程に明確な正解であるから取捨選択とも言えない。

 だから俺が取った行動は次の一点張りだ。

 逃走。

「あっテメエ、逃げんじゃねえ!」

 背後でジョーが何か叫んでいたが関係ない。ここで足を止めれば先刻のアスファルトのように粉々になるのは俺の頭蓋骨だ。

「だから、どれだけ速く走ろうが──」

 そのセリフは、俺のすぐ後ろで聞こえた。

 次のセリフは、俺の目の前から聞こえた。

「常人レベルの走りじゃ、俺を置いていくことはできねえってんだ!!」

 だんッッ

 と、またもやアスファルトを砕く音がした。今度は拳による破壊ではなく、足の裏による破壊だ。

 ジョージ=クロウリーは、文字通りひとっ飛びで、俺の行く先を塞ぐ位置に着地した。

「────ッッ!」

 踵で急ブレーキ、からの無理矢理で強引なUターン。大腿筋だかふくらはぎの筋肉だかが悲鳴を上げたが、そんなことは気にせずに元来た方向に走り出す。すぐにあった曲がり角を曲がる。

 地の利ならコチラにあるハズだ。

 それに、相手は不必要に無関係な人間を巻き込むことを避けていた。狭いフィールドに誘え込めれば、ある程度は牽制できるハズ……


 と、どれくらいか走って、そろそろ息切れしてきたかというような辺りで立ち止まり、一度振り返った。

 追っ手の影は、ない。

「撒いたか……?」

 どのように戦いに臨むにしても一度体制を整えて策を練る必要があると思っていたので、それは安心材料となって俺の心に温かな風を呼び込む。

 フウッ、と安堵の溜め息を漏らす──が、しかしその空気もすぐに破られた。

「残念、撒けてないんだなぁ~」

 ふざけた口調で声を掛けられ、その声がした方向へ振り返ると、そこにいたのは、言うまでもなく──追っ手。

 ジョージ=クロウリーだ。

 ジョージ──ジョーは、上を指差して言う。

「確かにこんな狭い場所じゃ派手な戦闘も強引な追跡もできねえが──存外、『上』は空いてるモンだぜ?」

 その言葉から察するに、つまり、この男は。

 住宅地に建てられた家々の屋根や屋上を伝い、『上』から俺を追跡していたようだ。道理で影も形も見当たらないハズである。

クソッタレ。

充分に『強引な追跡』じゃねえか。

「────、」

 いや、解っていたことだ。そもそもジョーを含めた俺が相手にしている連中に、『常識』など通用しない。

 ならばここで本当に手詰まりか──否。

 ここで諦めるワケにはいかないのだ。

「諦めちまえよ」

 緊迫感が顔に出ていたのか、心の内を読んだように言うジョー。

「お前が狙われてるわけじゃねえ。お前が首を突っ込む道理もねえ。お前はただ巻き込まれただけなんだよ──それに一度は戦線離脱してるんだ、また逃げてもその後を追いはしねえ」

 死ぬかもしれない場に残る必要なんてねえ。

 ジョーは言う。悪魔の囁きの如く。

 ──確かに、言う通りではある。

 最初、アンナがそう勘違いしていたように俺が狙われているのなら、俺に選択権はなかった。だが俺が狙われているのではないと判明した時点で、俺はお役御免、むしろ何でまだいるの?って感じだ。

 これ以上首を突っ込んだって良いことなんてないだろう。一方的な出来レースの結果、死なないようにするのが精一杯だ。しかもその精一杯の努力をしたって死ぬ確率は下がらない。

 だが、俺はそんなことなど気にしない。

 巻き込まれただけ?

 死ぬかもしれない?

 そんなモン──

「──いつも通りだってんだ!!」

 生まれてこの方、俺がいくつの面倒ごとに巻き込まれたと思ってる。

 死ぬかもしれなかったことだって、数えきれないほどにある。

 だけど、俺は────ッ!

「……死んでもいいんだな」

 静かに、そしていつになく真剣に、ジョーはそう言った。

「もう、後戻りはできねえぞ」

「望むところだ」


 ズガンッッ

 と、今度はアスファルトではなくコンクリートの砕けた音がした。また避けられたのは本当に幸運だった。回避に失敗してれば俺の頭はアイスピックでつつかれた氷並みに粉々だ。

 ──一応言っておくと、俺がジョーから逃れようと逃げ込んだ場所は住宅街の裏路地であり、そこを選んだ理由は狭い場所では存分に暴れることなどできないだろう、という目論見のもとだったのだが、こうして実際に戦闘に入ってみると、周囲の壁などお構いなしに暴れまくるのがジョージ=クロウリーという男のようだった。

「チッ……クショウ!」

 続く第二撃も何とか回避し、ジョーが自分で突っ込んだコンクリートから手が抜けなくなったのを見計らって、俺は裏路地から飛び出した。

「オイ、結局逃げんのか?勝機もないのに大層なコト言ったモンだなぁ!」

 勝機なんて、あるワケない。

 しつこいぐらいだし、もうコレを言うのも何度目かわからなくなってきたが、俺は『異質』であることを除けば至って普通の高校生男子なのだ。あんな、見るからに化物みたいなやつとまともに戦ってなどいられない。

 そもそも、俺はまだ相手の『異質』の正体もわかっていないのだ。

 恐らくほんの今さっきまでも披露していた常人離れしたパフォーマンスも『異質』によるものだろう。 ならばソレを使っている場面は何度も見ていることになる。

 一度目はマンション22階分の跳躍。

 今日見たものは屋根渡り、アスファルト破壊、コンクリート粉砕。それから、超スピード移動、か?

 これらに共通するものってのは何なんだ。全く見当もつかない。

 とりあえず破壊、粉砕はパンチ力か?いや、蹴りでも破壊は行っていた。ならパンチに限らず、パワーの増強?

「半分正解だ。ただそれだけじゃ大正解とは言えねえな」

 ジョーは俺を追いつつ、ニヤニヤしながら言う。

 まあ、そうだろう。パワーの増強だけでは、大ジャンプや超スピードでの移動は説明できない。だとしたら、それを含めた能力を発揮するための『異質』とは──?

 しかし、悠長に考えていられるような状況でもなかった。

 何故か今は先程のような超スピード移動はしていないが、それでも鍛えられた健脚で追ってくるジョーからは、そう長い時間は逃げ切れない。

 ────?

 思考の中にヒントのようなモノを見たような気がしたが、走っている最中のコト、すぐに散ってしまう。

 まずはさっきと同じように、逃げ切って一度呼吸と体勢を整えることに専念した方がよさそうだ。と、今度は逃げ切るための思考を展開する。

 さっき狭い路地に逃げ込んだのは相手が十分に暴れるのを阻害する為だったが、そんなことお構いなしに周囲の壁を破壊しながら迫ってくるのでは意味がない。ので、今度は広い場所へ行くことにした。

 ただ単純に逆のことをしようとしているワケでは、もちろんない。

 不審者に追われている時は狭いトコロへ行くよりも、広くて人目のつく場所に逃げた方がいいというようなことを、小学生の頃から習っている(不審者なんてレベルの相手ではないが)。流石に交番に逃げ込むには、警官に説明するだけのリアリティがこの件には無いが、大きい公園にでも行けば、周囲の視線を気にして、暴れることもできないだろう。

 幸い、周囲の認識を阻害する『異質』を持つ女は、今この場にはいないことだし。


 公園に着いたものの、しかし結果的には失敗だった。

 広い公園。視線を阻害するものもない。

 しかし、遮るものがあろうと無かろうと、視線そのものが無ければ意味がない。

 端的に言うと、園内どころか、その周囲にさえ、人がひとりもいなかった。

 そんなことがあるのか?

 時計を見てはいなかったが、相模が学校から帰ってきてたし、なにより空の色から今が夜だというのはわかるが、それでも、夜だとしても、人の一人や二人、いや、五人や十人だっていてもおかしくはない。

 なのに、なぜ誰もいない?

 まさか、あの『認識』に作用する異質な女が、この場にいるとでも言うのか?

 アンナと一緒にいるというジョーの言は嘘だった?

「お前の考えは間違ってなかったよ」

 いつの間にか、すぐ後ろにジョーがいた。

 例の超スピード移動を行ったワケではなく、公園の状況を見た時点で、俺が立ち止まり、立ち尽くしていたからだ。

「確かに無関係の人間がいれば俺は自由に暴れることはできねえ」

 そんな俺に絶望の理由を教えるように、ジョーは淡々と語り始める。

「ただ、だからってリズのやつが何かやったわけじゃあねえぞ。そもそも人の認識を誤らせるあの女も、人の行動を制御したりはできねえ。こんな状況は作り出せねえよ。最初に言った通り、あいつはアンナ=ブラッドフォードと一緒にいる」

「じゃあ──」

「忘れたのか?お前の、自分の『異質』を」



 目眩がした。

 なぜそのことを忘れていたのかと問われれば、返答はできない。

 理由は解らない。

 強いて、重箱の隅をつつくように理由を求めてみるならば、それは恐らく、俺が『異質』の存在を知ったからだろう。

 そういう意味ではジョーの指摘は間違っている。俺は自分の『異質』の存在を忘れていたワケではない。

 しかし、その『中身』を取り違えていた。

 アンナから説明を受けた、俺に宿る『異質』が作用する効果は、『当人にとってプラスかマイナスかに関わらず事柄に巻き込まれやすくなる。ただし、人為的なすべによって現時点ではマイナスベクトルにのみ作用する』だった。

 この説明には間違いはないハズだ。

 ただ、その『事柄』に対する認識が間違っていた。

 例えば、昨年のマラソン大会で俺が体験した、マラソン中にお爺さんと衝突したのが原因でヤクザ関係の事件に巻き込まれた、という『事柄』について考えてみる。

 アンナの説明を受けた後の俺は、恐らく無意識的に、『マイナスな事柄』というのは『ヤクザ関係の事件に巻き込まれた』ことだと思っていた。

 しかし、事実は違う。

 『マイナスな事柄』は、原因である『お爺さんと衝突した』というところから始まり、そこから生まれた事件の全てがソレだったのだ。

 確かに、『異質』を知る前は、そういう認識だったと思う。

 迷子を家に送る際、中々家が見つからないのを不運だと思ったことがある。

 新幹線での事件は、新幹線ジャックと脱線生き埋めのどちらが事件だったのか。

 それらは全体の『事柄』の中では小さな事だが、それでも立派な『事柄』である。

 マンホールの穴に落ちるとかいう、およそ事件と呼べないようなコトさえ、俺は人並み以上に遭遇している。

 つまるところ、非日常的な出来事に限らず、日常的に起きる小さな、されど不幸な出来事も、俺の『異質』が呼び寄せていた、ということか──何でも異質のせいにするのは責任転嫁しているようで忍びないが。

 まあ、そんな当たり前のことを忘れていたのは、『異質』という常識はずれなモノを知ったせいで、その上でそれに関わる常識はずれな事柄に巻き込まれたことで、俺の感覚が狂ってきていたせいでもあるだろう──ジョーの超スピード移動に驚かない自分がいたように。

「まあ、さっきも言ったように、お前の考えが間違っていたワケじゃないさ。この公園に人気があれば、俺はそれを気にして充分に暴れることは出来なかった。恨むならお前の『異質』を恨め」

「──クソッタレ」

 ジョーに言われた通り、恨むべくは自らの『異質』に他ならないのだろうが、しかしそれでも誰かに怒りをぶつけなければやってられなかった。

 だって、そうだろう?

 元々プラスマイナスに偏りがないとはいえ、現時点ではこの『異質』はマイナス方向にしか作用しない。ということは、俺は日常生活であろうと事件の渦中であろうと、何をやっても『自分にとってマイナスな方向』にしか動かない。

 俺の読みは覆され。

 俺の考えは否定される。

 ならば、俺は一体どうやって勝利を掴み取ればいいのだ。

 地力では確実に相手が上という状況で、俺に勝ち目があるのか?

 答えは否である。

 そもそも、相手の『異質』の正体すら判明していない状況だ。どうやったって勝ち目などない。

 ──せめて、それくらいは推理しておかねばなるまい。例え、覆されようとも、何もないよりはマシだろう。


 考える。

 壁やアスファルトを破壊し粉砕するパワー。

 一瞬で背後に回るスピード。

 マンション22階分のジャンプ力。

 それらを大きく包容するジョージ=クロウリーの『異質』とは何だ?

 さっきパワーの増強という答えには「半分正解」との採点が下された。満点を貰うためには、スピードとジャンプ力についての説明もつけなければならない。

「考え過ぎなんだよ。いっぺん視点を変えてみな」

 ジョーが、ヒントのようなコトを言ってきた。

 ナメるな、と言いたいトコロだが、アチラはナメてるというよりは楽しんでいる感じだ。

 まあ、あっちの目的はあくまで時間稼ぎ。ジョーとしては暇潰しのような感覚なのだろう。暇潰しを有意義にするために、俺を少しでも戦い甲斐のある相手にしたいのかもしれない。

 ならばお言葉に甘えて、そのヒントを有効活用させてもらおう。

「──視点を変える?」

 ジョーの言葉を反復する。

 視点。考え方が間違っていた?

「俺は別に特別なことはしてねえよ。普通の人間でも出来ることを、普通の人間よりも大規模でやってるだけだ」

 それは、『異質』な人間特有の感覚のズレではないのか?

「元々『異質』ってのはそういうモンだろう。人の性質を異変させたモンだ。人に出来ないことをやるってんなら、ソイツはもう『異造』の部類だろう」

 アンナ=ブラッドフォードのようにな。

 ジョーはそう付け加えた──なるほど。

 確かに、そういうモノだった。

 俺は自然、『異質』な人間は人に出来ないことをやっているのだと考えていたのかもしれない。だとしたら説明がつかないのも当たり前だ。そもそも前提が間違っていた。

 やはり考え過ぎていたのか。

 なら、それを踏まえて考えよう。

 普通の人間が大ジャンプ──ではなく、普通にジャンプするためには何が必要か。

 普通に徒歩で移動するためには。

 物を拳で破壊するためには何が必要なのか。

 最後のは、空手みたいな技を使って破壊することも出来そうだが、アレはそういう感じではなかった。

そう、普通に腕力で──否、筋力か。

 跳躍や移動。それらも含め、全て超人的な筋力を以て行っていたのか?

 鍛え抜かれた健脚──というだけでなく、そこには『異質』の力も加わっていた?

「正解だ。ただ八十点だな」

 二十点の減点はなんだ。

「筋力ってのは正解だ。ただ、正確ではない。人並み外れた筋力ってだけならまだ『普通のレベル』だ。ボクサーだの、重量挙げの選手だのだって、そうでない奴から見れば人並み外れた筋力だろうよ」

「む……確かにそうか。なら──」

「もういいよ、時間が掛かりそうだ。コッチからしちゃ、時間が掛かった方がいいんだろうが、退屈させられちゃ敵わねえ。答えを教えてやるよ」

 新たな推測を述べようとする俺に、しかしジョーはそれを許さず、どころか自分から解決編への扉を開いた。

「筋肉の収縮」

 ジョーの発した言葉は、しかし、それ単体では意味の図りかねるものだった。

 筋肉の収縮?

「わかんねえか?『筋肉の収縮』、普通の人間が普通に行ってるモンだ。例えば、腕を自分の意思で動かすだけでも、それは行われている」

 確かに。

 普段意識するコトはないが、人間の身体──いや、人間でなくても動物や魚や虫だって、身体を動かしているのは筋肉の活動だ。

「そうだ。そして俺は、その『性質』を意識的に操作することで、人並み以上の筋力を発揮することができる」

 それが俺の『異質』だ。

 と、その『異質』を誇るように、ボディビルダーがやるような筋肉を強調するポーズで言う。

 『無意識の力』を意識的に使役する。

 マンション級の跳躍、『瞬間』と言える超スピード、そして常人には及びもつかない破壊力──筋肉を意識的に収縮させることでそんなことが可能なのかはイマイチ解らないが、それが出来るからこその『異質』なのだろう。

 これで敵の手札は割れた。が、しかし、割れたからといって、コチラが優勢になったというワケではない。だからこそアチラも軽くネタばらししたのだろう。

 優勢になってないと言うが、そんな表現では自分に甘い。むしろ、相手の『力』を具体的に理解したことによって、精神的な絶望度は増した。

 こんな奴相手に、どうやって勝てばいいのだ、と。

 まあ、しかし唯一の救いは、コチラの勝利条件が『ジョージ=クロウリーを倒すこと』ではなく、『ジョージ=クロウリーからアンナの情報を引き出すこと』というトコロか──双方の難易度にどれだけの違いがあるのかは、自分でもわからない。

 わからない、が──仕方がない。腹をくくろう。

「お、なんだよ降参か?」

「降参なんかするか。すればアンナを返してくれるってんなら別だが」

「──それはできねえな」

「なら、選択肢はひとつだ」

 一度逃げて体勢を立て直すことは、この男の筋力いしつ相手には不可能。

 ならば逃げ腰になっても意味がない。

 俺はジョージ=クロウリーをまっすぐに見据えた。始業式の日、初めて会ったときのアンナのように、その目を見て逸らさない。

 その瞳に何を感じたか、見据えた先に立つ男は諦めたように肩を竦めた。

「……後悔するなよ」

「ここでやらない方が後悔するさ」

 そんなありきたりで、なんのひねりもない文句が、ふたりの『異質』な人間同士の決闘の号砲となった。


「────ッッ!!」

 初速からトップスピード。

 『筋肉活動のコントロール』を己の『異質』とする傭兵が、ただ『巻き込まれる』だけの奴に殴りかかる。

 やはりというか、路地裏で何度か避けられたのは手加減されていただけか、それとも本当にただの偶然だったようで、

 ドッッッ

 という鈍い音と共に、俺の身体は後方2メートル以上も飛ばされた。

 マンションジャンプといい、飛距離に限らず何かと派手好きな男だ──などと、冗談を飛ばす余裕などもちろんなく、

「ぐっ……」

 俺は殴られた腹を押さえて屈みこむ。くくったり殴られたり、俺の腹も大忙しだ──だから冗談など言っている余裕はない。

「オイオイ、だらしねえなぁ。あの女を助けるんだろ?そんなんじゃ俺にやられて終わりだぜ?やっぱ諦めるか?それとも死にてえのか」

 吐き出された血液を手の甲で拭い、俺とは逆に余裕で軽口を叩きながらコチラに歩いてくる敵を認識して立ち上がる。

 が、立ち上がって一秒も経たない内にまた殴り飛ばされた。

 今度は1メートル飛んだところで木にぶつかって停止した。ぶつかった木は根元から折れて倒れた。

また立ち上がり、殴り飛ばされる。それを何度も繰り返した。

 骨どころか、内臓が潰れていない方が嘘だというような痛み。いや、内臓でもまだ足りない。俺は自分がまだ人間の形を保っているのかすら解らなかった。

 動くことも、ままならない。

 それでも、迫り来る追撃をなすがままに受けるワケにはいかないので、なんとか力を振り絞って身体を引きずりながら敵を遠ざける。

 たとえ、無駄だとわかっていようとも。

「オラッッ」

 背中に圧がかかる。

 ソレで、ジョーが俺の背中を踏みつけたのがわかった。

 背骨がきしみ、内臓が圧迫され、俺は再び吐血した。ここ数日だけで、一体どれだけの血を流しただろうか。生きていることに対してこれほど疑問をもったのは久方ぶりだ。

 が、そんな生の実感も束の間に、続けて腹から蹴りあげられる。

 俺の意思に関わらずその身体は宙を巻い、ジョージ=クロウリーの顔の前まで飛ぶ──そしてまた殴られた。

 殴られ、蹴られ、砕かれ、潰され──

 もう何度目かになるか、数える気力もなかったが、また殴り飛ばされたトコロで一旦嵐のような猛攻が止んだ。

「────?」

 不審に思いながらも、好機を逃すまいと立ち上がるが、しかしそれ以上身体が動かない。身体中の痛みに顔をしかめる。今レントゲンを撮ったら、恐らくそこに人間の形は写らないだろう。

 ほどなくして、ジョーが口を開いた。

「あと一撃入れれば、お前はもう二度と動くことは叶わないだろう。最悪、死んでもおかしくはない」

 最初のような軽薄さは微塵も感じさせない口調。

「最後にもう一度だけ忠告するぞ。手を引け。抵抗するのを止めろ。降参し、アンナ=ブラッドフォードを護ることを諦めれば、命だけは見逃してやる」

「こと、わる……」

 なんとか、声を出すことはできた。

 血の味がする口を、文字通り必死に動かす。

「ここで、諦めたほうが……後悔する──ってんだ……」

「何度も言うが、お前はただ巻き込まれただけなんだぞ──巻き込んだのは俺達だが、だがその俺達が降参を促している以上、お前が戦場に残る理由は」

「あるさ」

 今度ははっきりと言えた。

 反論を重ねる度に、自分の意思を確認しているようで、段々と生気が戻ってくる。

「確かに、俺の異質とやらは『巻き込まれる』ことらしい──だがな」

 俺の意思まで、『巻き込まれる』だけだと思うなよ。


 これまでも、『事件に巻き込まれる』なんてことには幾度となく、うんざりするほどに遭遇してきた。

 迷子を送って警察に捕まったり、新幹線ジャック犯と生き埋めに遭ったり、ヤクザと盛大なケンカをしたり。それらは確かに俺にとってマイナスな出来事だろうし、不幸な事件なのだろう。

 だが、それらの事件に、最後まで俺の意思が皆無だったことなんて無い。

 どんな気紛れであろうと、迷子を送ってやろうと思ったのは俺だし、老夫婦の代わりに人質を買って出たのも俺だ。ヤクザとケンカしたのだって、一口には言えない理由があった。

 そして、自分の意思で決めた後に、それを後悔したことなんて一度もない。

 今回だってそうだ。

 俺は、アンナの『俺を護る』という申し出を断った。

 アンナを捕らえようとするリズ=リバプールの行く手を阻んだ。

 アンナが連れ去られた後、それを追おうと走り出した。

 ジョージ=クロウリーの『降参しろ』という忠告を蹴った。

 そして、その選択に後悔などしていない。

 ココからは──いや、最初から。

 俺も、絶対的に当事者だ。

「俺が、巻き込まれるだけの人間だと思うなよ!!」


「──そうかよ」

 それを聞いて、ジョーは残念そうに──本当に残念そうに、呟いた。

 思えば、関係のない人間を巻き込まないという体勢は、最初から一貫していた。本当に無関係な人間を巻き込みたくはないのだろう。

 しかし、そんなのは、それこそ関係ない。俺は、無関係な人間などではないのだから。

 それを解っているのか、ジョーは覚悟したように拳を握りしめた。

「忠告はした。それでもお前は意思を変えるつもりはないと言った」

「ああ」

「なら──俺ももう遠慮はしねえ」

 一撃で終わらせてやる。

 と、そう言って、『異質』なる傭兵・ジョージ=クロウリーは構えた。

 右足を後ろに下げ、右の拳を腰の辺りに持っていく。その拳に左の掌を添え、パワーを溜めるようなポーズをとった。

 いや、実際にパワーを溜めているのだろう。

 素人目に見ても、闘気が上昇していくのを感じるような気がした。

「寝てろ」

 溜めた闘気を解き放つように、傭兵は拳を真っ直ぐに突き出した。



 ──ああ、無力化した。

 ──あと一時間は起きねえだろ。

 ──チッ、汗かいちまった。

 ──折角だし、ジャパニーズセントーにでも行ってくるわ。

 ──うるっせえな、ひとっ風呂浴びたらすぐそっち行くよ。

 ──解ってる。

 ──『Wolver Hompton』だろ。

 ──ああ、じゃあな。

 そう言って、ジョージ=クロウリーは携帯をしまった。

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