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「何事もなく」という語句の重要性について。  作者: みのり
第1話 『翼を持った少女』
5/52

chapter2 『見えざる刃 -invisible sword-』

 翌日は普通に学校に行った。

 流石に、始業式の次の日に休むワケにはいかないと思っての判断だ。

 あんな超常的な事件が起きた後で、学校なんて日常的なワードが出てくるのがなんとなく違和感を覚えないでもないのだが。

「アンナちゃん、置いてきてよかったのか?」

 昨日は相模の家に泊まったので、当然登校は相模と一緒だった。

「まあ、大丈夫だろ」

「フーン」

 狙われてるのは俺なのだ。

 アンナは、一人にした方が逆に安全だろう。

 相模に事情は説明していないが、なんとなく察しているのだろう。心配そうな顔で俺を見ている。

 まあ、俺の日頃の行いのせいでもある。

「悪いな、迷惑かけて」

「いや、俺は別に。俺で役に立てるなら、いくらでも頼ってくれよ」

「……サンキュー」

 礼を受けて、相模は笑った。

 これまでも、何度か困ったときに頼ったことがあるが、相模はいつでもこんな感じなのだった。

 いい友人である。


 普通に授業を受けて、放課後になった。

 一日授業を受けても、俺の家が破壊されたコトについては誰も言及してこなかった。

 終業後、試しに彩川に探りを入れてみたトコロ、

「え、アンタの家壊れたの?」

 と、今の今まで知らなかったという風に驚きを隠しもせずに反応された。

 やはり、なにかしらの手段で注目を浴びないようにしているのだろうか。

 それだけ解れば満足だったのでさっさと帰ろうとするが、彩川の首突っ込みスキルに捕まった。

「え、じゃああんた、今どこで寝てんの」

「相模ん家」

 特に考えもせずに答えたのだが、

「ヘー、じゃあ今夜にでも顔出そうかしら」

 と返されたので焦った。

「いらん」

「なんでよー」

 流石に二人も今回の件に巻き込むワケにはいかないと思った──とはもちろん言えず。

「男二人で寝泊まりしてる所に女ひとりで入ってったら何があるかわからんぞ」

 と返した。

 実際にはアンナがいるが、彩川はそんなことは知らない。

 彼女は絶句、というか、呆れを通り越した軽蔑のような目で見てきたので、俺は無視して帰路につこうとする。

 が、逃げ切れなかった。

 昨日の男とは違い、相模の家に行っても着いてくるだろう。

「ア、アンタねえ。そうやって冗談ばっか言ってれば誰でも引き下がると思ってんでしょう」

「大抵のヤツは引き下がるよ」

「私をそこらの人間と一緒にしないでもらいたいわね」

「何者だよ」

 ボケ、ツッコミ、ボケ、ツッコミ、と2コンボ決まったトコロで、彩川も満足したのか、それともいつも通りのやり取りの末、俺の現状に大きな問題はないと踏んだのか、とにかく着いてくるのは諦め帰って行った。

 そして、図ったようなタイミングで、ひとりの女性が現れた。

 いや、「ような」ではなく、図ったのだろう。

 どこから見ていたのか、彩川がいなくなったタイミングで現れたのだから。

「鹿目慎太郎ですね」

 女性は言う。

 なんというか、昨日に続き全くの勘なのだが、明らかに『普通』ではなかった。

 彩川ではないが、『そこらの人間と違う』というのが、一目見てわかった。

「──昨日のヤツの仲間か」

「安心して下さい。ジョーの様な乱暴な真似はしません」

 ジョー、というのは、昨日のヤツか。

 確かジョージ=クロウリーとか名乗ってた。

「お前は?」

「リズ=リバプールと申します。お見知り置きを」

 リズ=リバプール。

 名の通りの外国人だった。

 昨日の奴──ジョージ=クロウリーも恐らくそうだが、アンナと同じイギリス人だろう。

 アンナはハーフらしいが。

 リズ=リバプールは、アンナと同じ金髪だが、ソレを後ろで縛っている。瞳は碧眼、歳は大体二十代前半というトコロか。

 服(Tシャツにジャケット、下はジーンズだ)の上からでもわかる、引き締まった身体をしている。

 鍛え抜かれた人間という感じだった。

「……リズ=リバプール」

「どうぞ、リズと呼んでください。私の連れに関しても、ジョーと呼んでくださって構いません」

「────?」

 その、なんというか──多分、俺は随分とマヌケな顔をしていたと思う。

 しかし、それも仕方がないと割り切って欲しい。

 だって、明らかに不自然なのだ。

 ファーストネームやニックネームで呼ばせようとするのも、最初の「お見知り置きを」というフレーズも、そして丁寧な喋り口調も。

「──なんで、そんなフレンドリーな感じなんだよ。アンタらにとって俺はターゲットじゃねえのか」

 その言葉に対して、今度はリズ=リバプール──リズの方が、「?」の顔になった。

 ただ、端正な顔と凛々しい雰囲気から、俺のようなマヌケなイメージはなかったが。

 それに、「?」な顔も一瞬だけで、リズはすぐに質問を返してきた。

「それは、どなたから聞いたのですか?」

「……アンナ、だけど」

「────、」

 ハァ、と、リズは嘆息した。

「何か、勘違いなさってるようですが」

 私達が狙っているのは、貴方ではありません。

 リズは、全くの真顔で、そう言った。

「? じゃあ、誰を狙って──」

 聞いてみたものの、本能的に、俺はその先を聞くことを拒否していた。

「アンナ=ブラッドフォード。『異造』の翼を持つ少女です」


「貴方が騙されていたのか、アンナ自身、貴方が狙われていると思い込んでいたのか」

 呆然とする俺を他所に、リズは淡々と続ける。

「まあ、確かなのは、私達が狙っているのはアンナだというのは間違いないということですが」

「……なんで」

 たった数秒黙っていただけのハズなのに、もう何年も喋っていないかのように、声を出すのに苦労した。

「何で、アンナを狙うんだ」

「貴方もご存知かと思いますが。…あの少女は普通ではない」

「それは──アンタらも一緒だろう」

 リズがどういう人間なのかはわからないが、その連れ──ジョーは、マンション22階分の跳躍をするような人間なのだ。

 その仲間が普通の人間だとは思えない。

 そして、それは──普通じゃないのは、俺も同じだ。

「同じではありません。彼女と私達には決定的な差がある──『アレ』はただの異質ではない」

「……『異造』」

「そう、『異造』。そして異常です。未だにアレがどういうシステムなのかは解明されていない」

 空を飛ぶ。それも人間ひとりの力のみで。

 そのシステムが解明されれば、一体人間社会にどれほどの進歩をもたらすのか。

「確かに、貴方の『異質』も少々変わっていますが」

 どんな化学反応を起こすか予想できない。

 と捕捉。

「恐らくこう聞いていたんでしょう。『使い様によっては個人にどこまでも都合のいい展開をもたらす』とか──しかし考えませんでしたか?」

 そんな考え方、少々矮小なのではないか、とか。

 その言葉に、俺は反論できなかった。

 なぜなら、確かにそう思ったからだ。

「それに対して、彼女の『異造』を解明することには、もっと解りやすいメリットがある」

「……じゃあ」

「ええ、今から私は貴方のご友人の家に行ってアンナ=ブラッドフォードを拘束するつもりです」

「……そんなこと、」

 させるかよ。と言おうとして、しかし言うことは出来なかった。

 なぜなら、喉に剣を突き立てられたからだ。

「────ッ!」

 言葉を失う。

 ただ、剣を突き立てられた恐怖のせいではなく、驚き故の反応だった。

 今、どこからこの剣は出てきた?

 リズは、剣なんて持ってなかった。大体、治安がいいワケじゃないと言っても、流石に帯剣していれば警察に捕まる。

 なら、一体───?

 しかし、考えている場合ではなく、今にも喉を突き破りそうな剣から、後ずさって離れる。

 リズを見ると、さっきまでの礼儀正しい──ある意味穏やかな雰囲気は欠片も無く。

 代わりにあるのは、殺気だった。

「反抗すると言うのなら、斬る」

 丁寧口調も消えていた。

 その言葉が冗談ではないことは、誰にでもわかっただろう。

 ここで退いたとしても、責める人間はいないだろう。誰だって自分の命は惜しい。

 しかし、俺はそれに従うことは出来なかった。

 誰も責めない?

 なら、俺が一番自分を責めるぜ。

「アイツに何かするってんなら、俺も黙ってられねえよ」

「──何故。貴方は彼女とは昨日あったばかり。庇う理由などない筈」

「いや、そうでもないらしいぞ」

 アンナの話では、ガキの頃に一度会ってるらしいからな。

「…真剣さを感じない」

「実感がないだけだ」

「……死にたいのか」

「やってみろ」

 言った瞬間。

 本当に斬られた。

「────ッッ!」

 肩口から反対側の腰にかけての一刀両断。

 胴体が繋がってるのが不思議な程だった。

 いや、それよりも──剣を振るう動作が、全く見えなかった……?

 単純に、速さだけの話じゃない気が……。

「実感が湧いたか。意識が途絶えない程度に斬ったのだから、聞こえているはずだ」

「────!」

 聞こえちゃいるが、返答できない。

 痛みで、声が出ない。

「解った? これはお遊びじゃない。軽い気持ちで私の前に立ち塞がるなら、止めておきなさい」

 そう言って、答えられない俺を一瞥して去ろうとする。

 向かう所は──

「……何のつもりだ?」

 気がつけば俺は、その肩を掴んでいた。

 震える唇で、それでもなんとか言葉を紡ぐ。

「さ、せ──ねえよ」

「呆れた。自殺願望でもあるの?」

「だから──やってみろってんだ。何と言われようと、俺はお前を行かせはしねえ」

 その言葉を受けて、リズは剣に手をかける。

 ──その動作を見るまで、またしても何故かその剣は俺の認識の外にあった。

 あれだけのコトをされたのに。

「邪魔をするな」

 言って、剣を鞘から抜く。

 俺が抵抗できる状態じゃないと解ってか、隙だらけの大振りだった。

 それが、致命的だった。



「────ッッ!」

 声にならない呻き声を発したのは俺ではなく、剣を振り上げていた、リズ=リバプールだった。

 ただ、攻撃したのも俺ではなく。

 リズが攻撃を受けたらしいトコロを見ると、そこには幾つかの羽が刺さっていた。

 ただの羽ではない。

 見えないハズなのに、何故か見えている気がするような、不思議な存在感。

 攻撃が飛んできた(気がする)方を見てみると、そこにいたのは。

 真紅のドレスを着た金髪の少女だった。


「ア、ンナ──?」

「シンタロウ。護りに来た」

 翼を広げて──片翼をリズに向けて立つアンナを、俺は朦朧とした意識で見る。

「アンナ?何故ここにいる!?」

「貴方達の考える事などお見通し。貴方の『異質』も、注意していれば看破できる」

 『異質』?

 どういうことだ?

 やっぱりどこかで、リズは『異質』を使っていたのか?

「くっ──貴方相手に一人では分が悪いですね。ここは引かせてもらいます」

 リズは丁寧口調に戻って──殺気を潜めて、立ち去った。

「待っ──痛っ、ぐぅっ……」

 引き留めようとするが、痛みでそれも叶わない。

「大丈夫。あの女は私の攻撃をモロに受けた。暫くは動けないハズ」

 だから安心して。貴方は安全。

 と、アンナは言った。

 自分が狙われていると解っていないかのように。

 だとすれば、アンナは何故そんな勘違いをしているのだろう?

「あの女がひとりで私と戦うのは分が悪いと言ったように、昨日の男もひとりでは私に勝てない。だからあの女が動けない限り襲ってはこない」

 俺からの疑問の視線を、俺が自分の安全性に疑問を感じたと捉えたのか、アンナはそんな捕捉説明をしてきた。

 違う。俺が問いたいのはそんな事じゃない。

 自分の安全なんかじゃない。

 しかし、それに気づかず、アンナは喋り続ける。

「傷もすぐに治る。私の羽は特別製だから」

「?」

 それはどういう意味だろう。

 アンナの『翼』は飛ぶためのものじゃないのか?

 さっきリズに羽を飛ばして攻撃したように、飛ぶ以外の用途があるのだろうか。

「とりあえず一度サガミの家に帰る。治療はそれから」

 そう言って、アンナは俺を担ぎ、相模の家に向かって歩き出した。



 相模の家に着き、借りていた部屋のベッドに寝かされた。

 アンナが『翼』を広げる。

 羽をいくつか傷口に突き刺された。

 さっきのリズへの攻撃──そしてその後の「暫く動けない」との言葉を思い出し、若干身構える。

 が、傷が広がるようなことはなく。

 むしろ、傷が塞がっているようだった。

「どう、なってんだ──?」

「まだ動いちゃダメ。傷は塞がっても、失った体力は戻らない。貴方も暫くは動いてはダメ」

「違う──俺のことじゃない。お前の『翼』のことだ」

 『ソレ』は、飛ぶためのモンじゃないのか?

 何で、俺の傷は塞がったんだ?

 思っていたことを、そのまま言葉にした。

 アンナは、それに対して簡単そうに答える。

「私の『翼』は、確かに本来飛ぶための物。しかし、貴方の父親が改造した」

「──また親父か」

「右翼は攻撃のため、左翼は回復のため。羽ばたけば確かに飛べるけれど、貴方を護る為に重要なのは、それぞれの『攻撃』、『回復』の性質」

「まだ、そんなコト言ってるのかよ」

 俺を護るとか。

 本当に狙われているのはお前だというのに。

 『異造』を、更に『改造』。

 俺の父親が何を企んでいるのか知らないが、こんな少女を、こんな世界に突き出して。

 こんな、『死』と隣り合わせの世界に。

「私は大丈夫。戦闘能力もある」

「そういうことを言ってんじゃねえんだよ」

 アンナが俺を護りに来たと言うのなら。

 その実狙われているのがアンナ自身だとしても。

 また、俺の『巻き込まれ体質』が事件を呼んだせいで、アンナの命が脅かされているようなモンじゃないか────

 不甲斐なさに、内心、号泣するのを押さえるのに必死だった。



「お前は、あの連中のコト知ってんのか」

 落ち着いた頃に、そう訊いてみた。

「知っている」

「何なんだ、アイツら?」

「襲撃してきた二人はただの雇われ。二人とも、それなりに名のある傭兵、殺し屋」

 そりゃ、あんな反則技を持ってりゃそれなりに有名にもなるだろうよ。

「ジョージ=クロウリーの方は私もよく知らない。噂程度に、銃を持たずにひとりで戦地を生き抜いたとか、そういうのを聞いただけ」

「戦地って……」

 どういう生き方をしてんだよ。

 それとも、『異質』な人間は皆似たような境遇なのだろうか。

 俺の場合、大して違いはない気がする。

「リズの方は知っている。元々イギリス王室の騎士だったから、イギリスでは有名」

「王室騎士?」

 そんなヤツが何で傭兵だか殺し屋だかになるんだよ。

「詳しい事情は知らない。三年前、彼女は急に騎士を辞めた」

「──アイツの『異質』の正体、知ってんのか?」

「知っている。彼女の『異質』は、『認識』に作用する」

「認識?」

「例えば」

 貴方は今、私のことが見えている?

 アンナはそう訊いてきた。

 ?

 そりゃ、見えてるけど……。

「それが『認識』。リズの『異質』はそれを自分主体の性質として、その認識をズラすもの」

「自分主体の性質って?」

「『相手は自分のことが見えている』ではなく、『自分は相手に見られている』という風に捉え、それを『自分は相手に見られていない』状態にズラすのが、リズの『異質』──多分、その逆のこともできるでしょうけど」

「──なるほど」

 なら、戦闘中、剣を出しても騒ぎにならなかったのも、その『異質』のせいってことか。

 いや、しかし、それなら俺が斬られたのは見られていたハズだ。

 急に大怪我した人間が現れたら、それはそれで騒ぎになるんじゃ──?

「それが彼女の『異質』の凄い所」

「?」

「彼女の『異質』は、『自分』に対する認識だけでなく、『物質』や『空間』に対する認識もズラすことができる」

 『自分が所持している物質』や『自分がミクロ的に存在する空間』といった限定条件はあるけれど。

 アンナはそう捕捉した。

 つまり、俺とリズが戦闘を行っていた空間に対する認識をズラすことで、騒ぎが起きないようにしていたってことか。

 じゃあ、戦闘中、リズの振るう剣を見失ったのも、俺の家の窓が派手に破壊されても騒ぎが起きなかったのも、あの女の『異質』の仕業ってことか?

「恐らく」

 アンナは首肯した。

 ──そういえば。

 アンナは先程から、リズのことをファーストネームで呼んだり、『彼女』と称していた。

 俺のように面と向かってそうするように促されたワケでもなく、また、俺と違いアンナにとっては明確に敵であるハズなのに。

 そこには何か、既知の相手に対する『何か』を感じた。

 単に、イギリスで有名だったからというだけなのだろうか──?

 そういえば、リズの方もアンナのことをファーストネームで呼んでいた。

 と、そこまで考えて、俺の意識は不確かなものとなり始めた。

 回復によるエネルギー消費が疲労と化して襲ってきたのか、俺はそのまま眠りについた。



 目が覚めたのは、丸24時間惰眠をむさぼった後のことだった。

 目覚めは最悪。悪夢を見た気さえする。

 ふと横を見てみれば、俺が寝るベッドの脇にアンナが座っていた。

「ずっとそこにいたのか?」

「それが私の役目だから」

「────」

 先日、アンナは俺を護るため、俺が寝ても自身が寝ることは許されないと言っていた。

 今もその自分に課したマイルールをおごそかに守っているのだとすれば、アンナは一体どれくらい寝てないのだろうか。

 ──いつ言おう。

 俺の頭の中で、その言葉がグルグルとエンドレスリピートされていた。

 アンナは、リズ達一行の狙いは俺の『異質』にあると思っている。だから俺を護るために俺の前に現れた。しかし真実は、狙われているのはアンナなのだ。

 お前は俺を護る必要などない。

 むしろ、俺がお前を護るべきなのだ。

 それを、アンナに言ってしまえば、アンナを縛っている使命感という鎖は砕けて飛び散るだろう。

 なら、なぜ俺はそれを言わないのか。

 多分、恐れているのだろう。

 アンナは、それこそ俺の守護など必要としていない。打ち明ければ、アンナは俺から離れていくのではないか。

 私が離れれば、貴方は安全になる。

 とか言って。

 だから、俺は多分そうなることを恐れているのだ。

 どこまでも、情けない男である。



「お、起きたか」

「ちょっと!起き上がって大丈夫なの!?」

 しばらくして部屋の扉を開けたのは、相模と彩川だった。大層心配している様子である。

 まあ、24時間も寝ていたのだし、学校も行ってないことになるから彩川にも俺が大怪我を負ったことは知らされたのだろう。恐らく相模によって。

「悪い、心配かけたな」

「本当よ! あんたがトラブルに巻き込まれるのはいつものことだけど、そんな大怪我してくることなんてそうそうないじゃない」

 確かに。いつぐらい振りだろう。

「報せた時は大変だったぜ。学校早退して見舞いに行くって聞かなかったんだから」

「ちょっと! それは言わなくていいの!」

 いつも通りの友人達を見て、少し気が緩んだ。

「ありがとうな。もう大丈夫だ。傷も塞がってるし、1日寝てたから体調も万全だ」

「無理しないでね?アンタが休んだって誰も気にしないんだから、1週間くらい養生してなさいよ」

「誰も気にしないってこたないだろ……」

 どんだけモブなんだよ、俺。

 どちらかというと目立っている部類である。むしろ休んだことによって大喜びされるかもしれない。

 わーい。鹿目が休んだから今日は平和だぞー、みたいな。

 言ってて悲しくなってくるが。

「いいから休んでなさい。その間のノートぐらい取っといてあげるから」

「おう、宿題も取っといてやるぜー」

「宿題はいらん」

 そんな感じでしばらく雑談を交わし、五時になる前に彩川は帰っていった。

「いい?本当にしっかり休んどきなさいよ」

 と釘を刺して。


「彩川、本当に心配してたんだぞ?」

 俺と相模、それから俺が彩川や相模と話している間ずっと黙っていたアンナの三人を残した部屋で、相模が確認するようにそう言ってきた。

「解ってるよ、それくらい」

 相模は高1からの付き合い。彩川は中学からの付き合い。

 二人には、迷惑以上に心配をかけっぱなしである。無粋だが、金額に換算すれば軽く十億くらいは飛ぶんじゃないだろうか。

「俺だってできれば心配なんてかけたくないさ」

「いや、別に気にしなくていいよ」

 俺の心からの呟きを、相模はなぜか否定した。

「俺も彩川も、お前が心配かけてくれると安心するんだよ。ああ、お前は相変わらずなんだな、って。そんで更に言えば、もっと頼ってくれれば言うことなしだ」

 ま、お前がトラブルに巻き込まれないに越したことはないんだけどな。

 と、相模は言った。

 思えば、コイツとこんな話をするのは初めてかも知れない。自分の友人達はそんなことを思いながら俺と話していたのか、と、なんだか気が抜けた。

「お前、やっぱ変な奴だよ」

「お? なんだね急に。それが心配してくれてる人間に向ける言葉かね?」

「さっき気にしなくていいって言ったじゃねえか」

 あとで晩飯持っていくな。

 そう言い残して、相模は退室した。

 さて、思いがけず友人達の心中を知ることになった──が、その上で、やはり俺はこう思った。

「アイツらに、やっぱこれ以上心配かけられねえよな」



 彩川の忠告を聞き入れた、というワケではないが、俺は翌日も学校を休んだ。

 側面としては、狙われているアンナをひとりにしておくことはできない、という理由もあった。

 翌日も、翌々日も休んだ。

 そんな生活を送っていたある日のこと。

 俺が知る限り、トイレと風呂以外片時も離れることのなかったアンナが言った。

「そろそろ、リズが回復した頃。連中も動いてくるかもしれない」

「────!」

 その言葉に、ここ数日、多少緩んでいた気が引き締まる。強張こわばると言ってもいい。いずれにせよ、緩んだままにはしておけない状況だ。

「──動き出すとして、連中はまず何をしてくる?」

 この質問が適切なものだったかは解らない。そもそも相手の狙いを正しく理解していない(誤解している)アンナに相手の狙いを尋ねたところで、誤解したままの予想になる可能性が高い。

 そしてアンナの解答はやはり、俺が狙われている前提のソレだった。

「先ずは私を貴方から遠ざけるでしょう。連中も、余計な手間はかけたくない筈」

 ただ、あながち間違ってもいないのかもしれない。

 なぜなら、アンナを狙うにしても、やはり俺をアンナから遠ざけるだろうから。

 連中──少なくともリズの方は、俺の体質を警戒しているようだったし(何が起こるか解らない、というような事を言っていた)、やはり俺たちを分断した上でアンナを狙うハズだ。

 ──俺の予想としては、リズはアンナを一人で相手をするのは分が悪いらしいから、まず俺とアンナを分断した上で、アンナの方はとりあえず一人で相手をして時間稼ぎ、俺を無力化してから、二人がかりでアンナを捕らえる、といったところか。

 まあ、どんな動きをしてくるにしても、俺がアンナから離れなければ、多少は相手に都合が悪いように動くだろう。

 そう考え、俺はアンナの意見に同調するように言った。

「解った。じゃあ、これまで通り、出来るだけ俺の側を離れないようにな」

「心得ている。元よりそのつもり」

 その、どんな状況だろうとこの少女はぶれないのだと思わせるような返答に、俺はなんとなく苦笑してしまった。


「平和なこったなぁ。自分達がどんな状況にあるのかも解ってねえクセによ」

 突如、窓の外から、そんな声がした。

 声の主曰くの『平和な空気』が、嘘のように雲散霧消する。慌てて声のした方向を見る。

 そのシチュエーションに、既視感を覚える。

 窓を割って侵入してきたのは、一度目と同じ人物。すなわち、ジョージ=クロウリー。リズ=リバプールをして、ジョーと呼ばれた男だった。

「────ッ!!」

 やはり、騒ぎは起きない。

 ということは、もう一人、リズ=リバプールもいるハズだ。認識をずらすことで自分の存在を消している、『異質』な人間。

 ソチラに気を取られた一瞬で、ジョーが距離を摘めてきた。

 目にも止まらぬ速さで──リズと違い、恐らく単純な速さで──拳を繰り出す。

「ぐあっ──ッッ!」

 形ばかりの防御すら許されず、俺の身体が壁に叩きつけられる。

 壁にヒビが入らないのが不思議な程の衝撃に、片膝をつかされる。

 しかし、そんな俺とは対照的に、アンナの動きは速かった──ジョーに向かって蹴りを繰り出す。

 アンナは体術を習ってでもいたのか、荒々しいジョーの動きとは違う流麗な動きでジョーを攻め立てる。

 上段蹴り、かかと落とし、肘、タックル。

 次々と繰り出される攻撃を、ジョーはいなしながら反撃の隙を狙う。

 ソバットを繰り出したアンナに、隙が出来た。それを見逃すような相手ではなく、ジョーはがら空きになった右側から攻撃を仕掛ける。

 しかし、ジョーはそのとき意識から外していた。アンナには『翼』があることを。

 繰り出されたジョーの拳を、アンナの右翼が受け止める。

 右翼──『攻撃』の翼である。

 そのままアンナの右翼は反撃に出る。

 ──が、受け止められた。

 コチラも相手の手数を誤認していた──否、誤認『させられて』いた。

 誤認のプロフェッショナルがその剣でアンナの右翼を受け止める。

 そのまま反撃に出ようとするリズに応じようとするアンナに、今度は(恐らくそれもリズの『異質』によって)意識から外れていたジョーがアンナを攻撃する。

 意識から外した相手から攻撃される。

 諸に二対一のデメリットが作用していた。これではまるでリンチだ。

 ──いや。

「二対一じゃ──ねえっ!」

 俺を忘れてんじゃねえぞ!

 近くにあった椅子を抱え、振り回す。

 リズもジョーも意識から外していた(これは『異質』のせいではない)相手からの攻撃に、瞬間だが戸惑いを見せた。その隙を、アンナの右翼が一閃する。

「────ッッ!」

「ぐ──ッ」

 うめき声が重なった。

 そこに、重ねて俺が持つ椅子が降り下ろされる。

 が、これは受け止められた。

 椅子はジョーの手首を捉えるも、逆に椅子の方が大破してしまった。代わりに椅子の破片がこちらに向かって飛んでくる。

 アンナが慌てて加勢しようとするも、

「動くな!!」

 と、いつの間にか俺の背後に迫り剣を突き立てていた(またもや認識から外されていた)リズの声によって停止を余儀なくされた。

「貴方が動けばこの男を殺さねばならなくなる。どうか動かないよう願います」

 丁寧口調で言う。

 何故だ。

 俺は、以前会ったときはその口調は殺気の有無によって変わるものだと認識していた。

 しかし、ならば何故こんな場面で丁寧口調になる?

 もしかすると、考えすぎていたのかもしれない。

 が、その考えも阻まれる。

「私も出来れば一般人を殺したくはありません。しかし、貴方が抵抗するならば、そんな甘い考えではいられない」

「──人質に取るなら逆。貴方たちが狙っているのはシンタロウでしょう。ならば私を──」

「……まだ、そんな勘違いをしているのですか」

 リズは静かに──しかし不快そうに言った。

 何を言おうとしてる?

「やめろ」

「私達が狙っているのは──」

「やめろ!」

「貴方ですよ。アンナ=ブラッドフォード」

 俺の制止も構わず、リズは続けた。

 言ってしまった。

 自分で言ったワケでもないのに、そんな感情が俺の頭を占める。

 いつかは言わなければならないとは思っていた。が、まだ心の準備が出来ていない。

「────!」

 アンナは、目を見開いて硬直していた。

 ジョーもリズもその隙をつこうとせず、ただまっすぐとアンナを見据えるのみだった。

 やがて、リズが言葉を次ぐ。

「貴方が何故この少年が狙われているなどと勘違いしていたのかは解りません。ただ真実はひとつ。狙われているのは貴方なんです」

 先日俺に言ったのとほぼ同じ言葉をアンナに向けて言う。それに対するアンナの反応も同じだった。

「……何故」

「貴方は忘れているだけです。貴方には狙われる理由がある」

 ?

 なんだ?

 コレは俺に言ったのと違う。俺にはアンナの『翼』の解明が目的だと言ったハズだ。

 アンナに対してソレをぼかす必要がどこにある?

「安心して下さい、貴方を捕らえたところで殺すつもりはありません」

「……素直に捕らえられると」

「確かに」

 反論しようとするアンナの言葉を遮りリズが続ける。

「貴方は強い。このまま戦闘を続けても、私達は貴方に勝てないでしょう。しかし」

 この少年は違う。

 と、俺の背に剣を突き立てたまま、リズは言った。

「この戦闘で一番被害が出るのは、この少年です。それも、この少年が狙われている訳ではない以上、ただ巻き込まれたというだけで」

「────!」

 恐らく、それが殺し文句だった。

「この少年のお父上との約束を守らんとするならば、大人しく捕らえられてください」

 追い討ちをかけるように紡がれる言葉に、俺は疑問を抱く。

 なぜ、この女が俺の父親とアンナとの約束を知っている?

 しかしその疑問が解消される前に、アンナが動いた。

「解った」

 解った? 何が?

「もう抵抗しない。その代わり、シンタロウには手を出さないで」

「承知しました」

 アンナが『翼』をしまい、リズも剣を鞘に納める。

 待てよ。勝手に進めんなよ。

「アンナ、めろ! 俺のことなんか構ってんじゃねえ! ずっと言ってんだろ、俺のことは護らなくていいんだ!」

「駄目」

 俺の、必死の制止に、アンナは優しく微笑みながら返した。

「私は貴方を護る。それがあの人との約束だから」

 そう言い残して、アンナは二人の刺客に連れられていった。

 俺は、暫くその場で立ち尽くしていた。

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