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「何事もなく」という語句の重要性について。  作者: みのり
第5話『二人目の天使』
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chapter3 『フレネミーランド -Frienemy Land-』

「あ、見て、ミルキー!」

「走んなよ、転ぶぞ~」

 不細工な着ぐるみを見つけて駆け寄るマリアに注意する。

 あ、転んだ。

 と思ったらいつの間にかついて行っていたリズがそれを阻止し、そのまま着ぐるみと並ぶマリアをデジカメのフレームに収めている。

「随分はしゃいでるなぁ」

「前から来たいと思ってたみたいだし、仕方がない。ミルキーも大好きみたいだし」

「アレを可愛いと思える感性が理解できん」

 ブサ度で言えばうちのブサ猫とどっこいどっこいだ。

 まあそのブサ猫のことも可愛いと思っているマリアだし、ああいうのが好きなのかもしれない。

 でも一般的ではないよなあ。

 何故アレが世界的スター認定されているのだろうか。

「あ、あそこにはフライドチキンが」

「なにそれ、屋台かなんか?」

「ミルキーマウスのお友達」

「嫌なネーミングだな!」

 アンナの指差す方を見てみると、そちらには唐揚げ色の鶏のようなキャラクターがいた。

 どういう意図であんなデザイン&名前にしたのだろうか……。完全に出荷されることを想定しているとしか思えないのだが。

 パンフレットを見たところ、他にもミルキーのお友達だけでいくつかの人気があるのかどうなのか判断しかねる微妙なキャラクターたちが勢揃いしているようだった。

 ここ、本当に世界一人気なテーマパークなんだよね?

 そこはかとないパチもん臭が充満している気がしてならないのだが。

 背後を伺うと、エリもしかめっ面をして鼻をマフラーで覆っていた。

 パチもん臭を感じているのは俺だけではないらしい。

 ──と、いうわけで。

 鹿目家住人(一人と一匹を除く)による小旅行に来ているのだった。

 旅行と言っても日帰りだが。

 訪れたのは、自称・世界一人気なテーマパーク『フレネミーランド』だ。

 ミルキーと愉快なお友達を中心に、様々なキャラクター、様々なアトラクションが点在している。

 休日とはいえ連休でもない普通の日曜日だというのに、意外と客──ゲストと言うらしい──は多い。

 世界一人気というのもあながち自称で片付くものではないのかもしれない。

「しんたろー、みてみて! ミルキーとしゃしんとった!」

「おお、よかったなー、俺とも撮るか」

「それはいつでもできるからいい」

 ショックだ。

 ランドで撮るのはいつでもできるというわけではないというのに。

 気軽に来てはみたものの、実のところここまで来る交通費と入場料だけで結構かかっている。近所というわけではないから当たり前だが、そう何度も来れるような場所ではない。

 そう思うと、パチもん臭とか言ってないで普通に楽しんだ方がいい気がしてきた。

「そもそも楽しむことが目的なんだから、気がするもなにもないと思うのだけれど」

「いやあ、実物を見るとやっぱ怪しいし」

 なんだミルキーのあの不細工な微笑み。

 ミルキースマイルとか言われてるらしいが、ブサカワで済ませていいもんじゃないと思う。

 マスコットキャラクターがアレである以上、楽しむためにはアトラクションに期待するしかない。

 さて、どこから回ろうか──



 急な話だったので混乱している人もいるだろう。

 そんな人のために、以下回想だ。

 もちろんいきなり金がかかるランドに遊びに来ることになったのには、理由があるのだ。


「楽しい思い出?」

 俺の説明を受けて、彩川が首を傾げた。

 放課後の我が家である。

「まあ、そういうことだ。エリの記憶を取り戻してやるためには、今のところそれが最善策かな、と」

 学校が終わって、彩川と相模が記憶喪失少女の様子はどうだとうるさいので面倒臭いからいっそ直接見せてやれ、という選択の結果である。

 そういう趣旨のため、今居間にいるのは彩川、相模、それからエリということになる。

 アンナは今日もカオルと放課後デート、マリアはリズと一緒に買い物だ。

 最近家に帰っても人が少ないことが多く、ちょっとだけ寂しかったのも同級生二人を呼んだ理由の一端であるのは内緒だ。

「エリちゃんの記憶を戻すのに楽しい思い出を作る──理屈として合ってるのか合ってないのか」

「微妙なところだね」

「え、そう? 俺的にはナイスアイデアなんだけど」

 エリの状況報告も兼ねて今後の方針を相談したところ、そんな渋い評価を下された。

 なにがいけないのだろうか。

「まあ、やっぱり王道は本人の記憶を刺激するために覚えのある場所を巡るってところだろうし、王道になるってのはそれなりに信憑性の高い手法だってことだ」

「つまり王道から外れるとなるといくらか信憑性が劣るのは否めないってことね」

「それくらいは俺もわかってるけどさあ」

 やっぱりそれをするにはエリのことを知らなすぎるのだ。

 とすると、次善の策を練る必要があるわけで。

「まあ、言いたいこともわからなくはないけどね。そもそもよく知らない相手の記憶を取り戻そうとするってのがそんなにないケースだし」

「……お前さっきからケースとか王道とか言ってるけど、それのソースって」

「アニメ、マンガ、ライトノベル!」

「ライトノベルじゃなくても記憶喪失モノの小説とか普通にあるわよ」

「ツッコミどころはそこじゃない」

 あくまでアニメもマンガもライトノベルも小説もフィクション作品だ。

 信憑性だなんだと言っても結局は『※この作品に登場する人物・団体は実在するものとは一切関係がありません』の注釈が入るのだ。

「でも、記憶喪失になる人って実在するんでしょ?」

「まあ、一応目の前にいるしな」

 人見知りなのかなんなのか、今は全然喋らないが。

「記憶喪失になる人が実在するってことは、記憶を取り戻した人も少なからずいるってことよ。そういう人たちがどうやって記憶を取り戻したのか、調べてみたりした?」

「ん、まあ一応」

「どうだったの?」

 調べたと言っても、図書館とかに行ってる暇はなかったのでネットで軽く調べただけだ。

 それも芳しい成果は得られず、結局はフィクションのそれと大した違いはなかった。

 『甲斐甲斐しい看病とカウンセリングのおかげで奇跡的に記憶が戻りました!』みたいなの。

「まあフィクションだってそれなりにノンフィクションを参考に作ったりしてるもんだしねぇ」

「やっぱり思い出の場所を巡ったりが一番ってとこかしらね」

「だからそれが無理なんだって! 次善の策を考えようって言ってんの!」

「そうは言ってもねえ」

 難しい顔で考え込む相模と彩川。

 真剣に考えてくれているのだとは思うのだが、やはりいつもの調子になってしまう。

 多分もし俺が記憶喪失になってもコイツらと会話するだけで記憶は復活するんじゃないだろうか。

「頭を打って記憶をなくしたんなら、脳に異常がある可能性もある。最悪、脳の手術が必要って可能性もあると思うよ」

 急に現実的な意見を出してきたのは相模だ。色々な作品に触れているだけあって、様々なケースを思いつくようだ。

「手術、か……。大仰だけど、大袈裟な話でもないんだよな……」

「ま、でも最後の手段だろうね」

 自分で提案したわりに軽くそんなことを言ってくる相模。

「そうか? むしろ脳に異常がある可能性があるってんなら、早めに診てもらった方がいい気がするが」

「それは確かにそうなんだけど、やっぱり手術ってなったら百パー成功するもんでもないしさ。色々試してみてからでも遅くはないと思うよ」

「そういうもんか?」

「そういうもんだよ」

 まあ、そういうもんだと言うならそうなんだろう。

 で、色々試すとなると──

「ま、とりあえずは慎太郎が言ってた方法でいいんじゃない? 他に案があるわけでもないし」

 お手上げ、という風に伸びをして言う彩川。

 他に案があるわけでもないって、もうちょっと考えてから言ってくれませんかね。

「考えたわよ。でもあんたの方がよっぽど考えたでしょ? その結果出した答えなんだったら、それを否定する理由はないわよ」

「まあ、そうだね」

 彩川の発言を相模が肯定する。

 つまり満場一致というわけだが──

「なんか、俺のこと信頼しすぎじゃない? もうちょっと疑ってくれてもいいのよ?」

「最初に疑ったでしょ。それでも最終的にそう落ち着いたんだからいいじゃない」

「こういう面倒事の経験値で言えば鹿目がダントツなんだし、その辺りは信用してると言っても間違いじゃないかもね」

「お前ら……」

 その友情をもうちょっと普段から見せてくれませんかね……。

「贅沢言わないの」

「そんなに贅沢なこと言ってるかな……?」

 友人としてごく普通の要求をしていると思うのだが。

「それなら鹿目も俺らに対してそれなりの扱いをしてほしいものだ」

「ほう」

 見返りを要求するとな。

 相模のくせに生意気な。

「そこだよ! お前俺のこと下に見てるよな! 友達として扱ってほしいならお前も俺のこと友達として扱えよ!」

「ええ~、俺なりの愛情表現なのに」

「そんな歪んだ愛情いらない!」

 悲痛な叫びを上げるが、普通に接するとそれはそれで物足りないとか言ってくるのが相模という男だ。

 ほら、出会った当初の余所余所しい関係だった頃より活き活きしてるし。

「人を変な性癖持ちみたいに言わないでくれるかな」

「で、彩川は俺にどうしろって言うんだ」

「別に相模が言い出したことだから私は特にないんだけど……」

 男二人のやり取りをやれやれと呆れながら見ていた彩川が急に自分に振られて慌てる。

 ふむ、ないと言うならそれでいいか。

 まあ相模はともかく彩川にはそれなりの扱いをしてるしな。

「それはないわね」

「それはないね」

「ここでも満場一致!?」

「そうね、ならこの際言うけど、もうちょっと私を女の子扱いしてくれてもいいんじゃない?」

「ええ、具体的にどんな風に?」

「そうねえ──」

 問われ、思案する彩川。

「例えば、相合い傘に誘われたらちょっと照れるとか」

「それまだ根に持ってたのか……」

 先週の話じゃねえか。

 いや、あんときは俺も切羽詰まってたからあんまり意識してなかっただけで、女の子扱いしてないと言われるとそれは違うのだが。

「あとは、お弁当作ってもらったらわかりやすく喜ぶとか」

「それは一年のときの話だろ!」

 たしかにこの前そんな話したけど、あんとき彩川いなかったじゃん!

 お前的には全く脈絡のない話のはずじゃん!

「二年も引きずるほど気にしてたの……?」

「べ、別に女の子として意識しろとまで言ってるわけじゃないのよ? その、もうちょっとらしい(・・・)扱いをしてくれれば──」

「やらしい扱い?」

「セクハラで訴えるわよ」

「セクハラってある意味最大の女の子扱いだよな」

 訴えられるのは嫌なので自重します。

「でも、女の子として意識しろとは言わないって、彩川は肝心なとこでヘタレだよな~」

 相模がなんか言ってる。

「蹴るわよ」

「俺に対するツンの濃度が桁違いなんですが」

「そろそろ話を戻そうぜ」

 今一体なんの時間なんだよ。

 ほら、そもそも話題の中心だったはずのエリがこっちに興味を失ってうつらうつらしてる。

「なんだっけ、楽しい思い出をつくる?」

「そうそう、楽しい思い出」

「と言われてもねえ」

 話を戻した途端に会話が止まる。

 お前らもうちょっと真面目な会話に慣れろよ。

「うーん、よく考えたら、真面目に考える必要はないのかもしれないわね」

「彩川サンなに言ってんの? 真面目に考えて?」

「そうじゃなくて、」

 意味不明なことを言い出した彩川が人差し指を立てて講釈を始める。

「要するに、重大な顔してうんうん唸ってるよりも、気楽に『明日どこに遊びに行こうか』くらいの感覚で考えればいいんじゃないのってこと」

「『明日どこに遊びに行こうか』?」

「そう。日曜日はゲーセン行ったんでしょ? だったら次の日曜日はまた別のところに遊びに行けばいいのよ」

「別のところって?」

「それは今から考えるの」

 大事なところは丸投げだった。

 しかしまあ、なるほど納得できる言い分だ。

 楽しむことが目的なのだから、気楽に考えていいではないか。

 遠足の行き先を決めるように。あるいは、文化祭でなにをやるかを考えるように。

「ふむ、じゃあどこに遊びに行くかだな……」

 とはいえ、この辺りに遊ぶような場所はない。

 あるとすればマリアが遊びに行くような児童公園か、この前行ったゲームセンターくらいなのだが。

「近場で考える必要もないんじゃないか? 折角だしちょっと遠出してみたり」

「遠出かあ。でも泊まりとなると金かかるしな……」

「日帰りでいいじゃない。ちょっと行けば遊ぶ場所なんていくらでもあるわよ」

「ふむ……」

 それから色々と案を出し、アレやコレやとディスカッションを重ねた末に、

「フレネミーランドいきたい!」

 と、買い物から帰ってきたマリアの一声で週末の予定が決まったのだった。



「随分並ぶんだなあ……」

 終わりの見えない行列の先を望みながら、辟易とした声を漏らす。

 そりゃあ一応世界一なわけだし、ある程度は予想していたとはいえ、予想していた以上の混雑だった。

 時期のわりにからっからの晴天なのが唯一の救いだが(これで雨だったら最悪どころの話ではない)その代わりめちゃくちゃ暑いので素直に助かったとも思えない。

「こりゃ、まだまだかかりそうだな」

 列整理の係員が持っている看板には最後尾が三十分待ちと書いてある。俺たちがいるのは列の半ば辺りなので、単純に考えれば十五分待ちということになる。

「つまんなーい」

 最初こそうきうきと列に並んでいたマリアも、流石に音を上げ始めた。

 手持ち無沙汰の慰みにエリのマフラーの端をいじり、エリに迷惑そうな顔をさせている。

「それで、いまは何に並んでいるの?」

「わかってなかったのか……」

 マリアを無視することに決めたらしいエリがこちらに向かって首を傾げる。

「話を聞いてなかった」

「お前もうちょっと周りに興味をもとうぜ」

「あなたの話を聞いてなかった」

「俺の話限定!? マリアもアンナもリズも話してただろうが!」

 この、俺に対するエリの態度はどうにかならないのだろうか。

 冗談にしても頻度が高すぎると思うのだが。

「いいか、今並んでるのは──」

 『ボーンテッドアパート』。

 ランドでも特に人気な部類に入るお化け屋敷型のアトラクションだ。

 幽霊の棲みつく古いアパートを探索し、一周して出てくるというまあありきたりなお化け屋敷である。

 どうにも、どこが人気なのかわからないアトラクションだ。普通のお化け屋敷とどう違うのだろうか。

 テーマパークらしくストーリーが作りこんであったり、乗り物で回るみたいなオリジナリティでもあれば別なのだが、どうもパンフレットを見た限りではそういったことはないらしい。

 至って普通のお化け屋敷だ。

 ここ、ほんとに世界一のテーマパークなんだよなあ?

「しかしこうして行列ができているのは確かなのだし、人気なのは間違いないのであろう?」

 同じくパンフレットを眺めていたリズがそんなことを言ってきた。

「人気があるということは、内容もそれなりに期待していいのだと思うが」

「まあ、こんだけ並んで内容がつまらなかったらがっかりなんてもんじゃないもんなあ」

「見て、もうそろそろ私たちの番」

 列からひょこひょこ顔を出して先を見ていたアンナの声に俺たちはそろってため息をつく。

 やれやれ、ようやくか……という声が聞こえてくるようだった。



「申し訳ございません、こちらのアトラクションは一回二名様までとなっております」

 そんな係員の言葉に、高揚しかけた空気が行き場を失う。

 今回のメンバーは五人。つまり三回に分けて入らなければならない上に一人余ってしまう。

 そうなると問題になるのは、

「組み分け、どうする?」

 というわけだ。

 時間がかかりそうだと判断した係員が後列の二人組を先に行かせるのを尻目に、相談をはじめる。

 まず、

「私はシンタロウと」

 とアンナが主張し、

「私はアンナ様と」

 とリズ。

「二人組っつってんだろうが!」

「しかし私はアンナ様のお側を離れるわけにはいかない」

「私もシンタロウから離れられない」

「お前ら最近そこらへん大人しいと思ってたらなんでこういう面倒なときに発症するかなあ……」

 この主張が始まると二人は頑固だ。

 仕方ないので、公平に運だけで決めることにした。

「さあ取り出しましたのはパンフについてたチラシを五分割したものです」

 それに番号を書き込み、書いた番号が隠れるように握る。

 さあ、くじ引きの時間だ。

「マリアいちばーん!」

「あ、私も」

 まず決まったのはマリア・アンナ組。

「私の、星マークが書いてあるんだけど」

 続いてエリが引いたのはあぶれくじだ。

 まさかの本日の主役がお一人様という結果に驚愕しながらも、同時に別のことに思い当たる。

 アンナとマリアがペア、エリがソロということは──



「どうしてこうなったのだ……」

「あの、一応本人が隣にいるからね? あんま露骨に不満そうな顔しないでね?」

 暗闇のなかをリズと二人練り歩く。

 最初の目的地はアパートの管理人の部屋らしい。入口のところにいた係員は二分も歩けば着くと言っていた。

「ああ、アンナ様は心細い思いをしていないだろうか」

「マリアが一緒だから大丈夫だよ……」

 むしろ一人で俺らの後ろをついてきているはずのエリを心配してあげてほしい。

「そういえば、アンナってお化けとか苦手なの?」

「む、どうだったか。昔は亜季様の語る日本の怪談を聞いて震えていたものだが」

「何やってんの母さん……」

 アンナのことを聞いたつもりが身内の話になってしまった。

 こういうとき、普通なら一緒にいる相手のことを聞くべきなのかもしれないが、リズにその質問をするのは言わずもがな過ぎて気が引けたのだ。

 リズが恐れることなんて、アンナに嫌われることくらいなのではないだろうか。

「今でこそ確かに他にはないがな、昔は旦那様によく叱られたものだ……」

「ああ、なるほど……」

 俺はよく覚えていないが、母さんの話ではアンナの親父さんは怒るとひどく怖いひとだったらしい。

「あれ、そういえばリズってうちの家族がアンナんちに出入りしてた頃から仕えてたんだよな」

「まあ、そうなるな」

「うちの親父が死んだのが六年前で、それから行かなくなったって話だから……リズって何歳いくつのときからアンナんちに仕えてんの?」

 現在いまは二十二歳らしいので、最低でも十六歳ってことになるが。

「騎士見習いとして御家に招かれたのが十のときだな。それから正式な騎士としてご拝命頂いたのが十四になった年だった」

「え、騎士ってそんな年齢としでなれるもんなの?」

 予想していたよりずっと小さい数字を返され、驚くよりもむしろ呆れてしまった。

 間が空いているとはいえ、精神的には十年以上アンナに仕えてるのか……。

「たしかに異例ではあるだろうな。そもそも女性騎士というのが少ない」

 話してるうちに最初のチェックポイントに辿り着き、CGのお化けに指示された場所へ向かう。

 しかし俺もそうだけど、ほんとにビビらないな、コイツ。

 俺はほら、もっとリアルに色々経験してるから──ああ、それはリズも一緒か。

「騎士に任命されたのが十四歳のときってことは八年くらい前──っつうと」

 ああ、たしか母さんが話してた、俺が何者かに誘拐されたって年か。

「うむ。丁度騎士になって数か月のうちの事件だったのでな。流石に焦った」

「お騒がせしてスミマセンでしたね」

 事件自体お騒がせだったし、その解決方法もお騒がせだった。

 その件に関しては平に謝るしかない。

「まあ、子供のやることだからな」

「当時はお前も子供だったろうに」

 十四ならば今のアンナと大差ない。

「でも、騎士に任命されたってことはそれなりに実力があったんだよな」

「自分で言うのもナンだがな。異例がまかり通る程度には剣技も体術も抜きん出ていたと言われている。さらに言えば、『異質』の力もあったからな」

「んん、まあアレは反則級だよなあ」

 リズの『異質』──認識に作用するその能力には、味方として助けられたこともあれば、敵として苦しまされたこともある──精神的な比重としては、敵として相対したときの方が存在感が大きい。

 アンナがいなければ、あのときリズを下すことはできなかっただろう。

「そういうこともあって、私は騎士として恥ずかしくない仕事をしてきたと思っている。実力を見せれば、同僚に認められるのも早かったしな」

「やっぱイギリスでも男尊女卑みたいなのってあるの?」

「少数派というものはどこでも疎まれるものだ」

「わかるような、わからないような……」

 リズも色々と苦労してきたということだろう。

 実力を示すことで解決したってことは、職場で一番偉い人と決闘でもしたのだろうか。

 CGのお化けたちをスルーしながら、話は続く。

「アンナ様の側付きになったのが、騎士になって一年目のことだったな」

「……前に聞いたときはピンとこなかったけど、そう聞くと凄いな。騎士になって一年の新入りにお嬢様の警護を任せるって」

「私も話を頂いたときには耳を疑ったよ。それまで、アンナ様は半分雲の上のような存在だったからな」

「そんなにか……」

「そんなにだ。粗相をしようものならばすぐに旦那様のお叱りを受けるからな」

「そう聞くとただのカミナリ親父って感じだな、アンナの親父さん」

「恐ろしかったぞ……」

 迫りくるお化けを全く恐れずに身を震わせるリズ。

 一体どれだけ怖いひとだったのだろうか。ちょっと気になってきた。

年齢としが近く、同性だというのもあったのだろう。警護というよりは身の回りの世話を任されたという感じだった」

「それであんなにべったりに……」

「昔から麗しいお方だった。今のアンナ様も十分に魅力的だが、幼さの残るアンナ様もそれはそれで、というかそれはそれは──」

「わかった! わかったからもういいって!」

 なにか地雷を踏んでしまったらしい。

「そうして、アンナ様と共に過ごして、また一年だ」

「あ……」

 六年前。

 その年にあったことも、やっぱり俺はちゃんと覚えているわけではない。

 覚えていることといえば──父親が、死んだこと。

 もともと父親のコネで通っていたアンナの家には、それから行くことはなくなったらしい。

 それが、こちら側(・・・・)の事情。

 その頃のアンナの家はというと──

「危険な『翼』を持ったアンナ様は御家から追放され、私もそれを追って出奔した」

「……」

「そこからは貴様も聞いているだろう。アンナ様は貴様を護るための修行に身を浸し、私は行方を眩ましたアンナ様の情報を集めるべく傭兵になった」

「ああ、アンナから聞いた。新学期の件のとき」

「あのときは私も迷惑をかけたな……」

「いいよ今さら、らしくねえ」

 あのときはお互い正しいと思っていることをした。そのせいで衝突したとはいえ、今は皆納得した上で現在の状況に甘んじているのだ。

 リズが謝るのなら俺も謝らねばならなくなってしまう。

「まあ要するに、終わったことだ、気にすんな──ってことで」

「終わったこと、で済めばいいのだがな」

「?」

 気になることを呟くリズ。

 が、そこを問い質す前に、前方に明かりが見えてきた。

 ボーンテッドアパートのゴールが近づいてきたのだ。

「ふむ、思ったよりも怖くないのだな」

「つうか、話してる間にいつの間にか終わってたな……」

 中に何があったのかほとんど覚えていない。これほど相手にし甲斐のない客もそうそういないだろう。

 そこについては、引きが悪かったと言う他ないが。

 むしろ俺の引きがよかったことなんてあるのかという話だが。

「まあ、アトラクションはともかく、時間としては有意義なものだったと思うぞ。昔の話などそうするものではないしな」

「まあそれに関しては同意だよ。色々興味深いことも聞けたし」

 ただ、最後の一言が気になるが──

「あ、シンタロウ出てきた」

 出口のゲートをくぐったところで、すぐそこで待っていたらしいアンナがアトラクションから出てきた俺たちを見つけて小さく手を振る。

 もうちょっと目立つ動作でアピって頂きたい。少し間違えたら見過ごしてたぞ。

「あれ、マリアどうしたんだ?」

 近づいていくと、アンナの後ろでベンチに座って膝を抱えているマリアが目に入った。

 よく見ると小刻みに震えている。

「マリアはお化け屋敷が怖かったみたい」

「お、おう、マジか……」

 こっちは全くと言っていいほど怖がるポイントがなかったので共感してやれない。

「がしゃどくろが……ぬりかべが……」

「そんな和風な感じだったっけ!? テーマパークとしてそれはどうなの!?」

 というか、ぬりかべって怖いの?

「ミイラおとこが……キョンシーが……」

「コンセプトが見えてこねえよ。なんだその節操のないお化け屋敷」

 耳を塞ぎ、目を固く閉じて外界の情報を完全に遮断して怯えるマリアを慰めていると、しばらくしてエリが出てきた。

 完全なる真顔。

 どうやら相手にし甲斐のない客が二組続いてしまったようだ。御愁傷様です。



「んふふー、おいしかったねえ!」

 満面の笑みをこちらに向けてくる少女の姿に、こちらは苦笑を禁じ得ない。

 お化け屋敷を出てからしばらくはお化けに怯えてぶるぶる震えていたのだが、園内のレストランでハンバーグを食べた瞬間表情が一変した。

 そりゃもう今浮かべている満面の笑みよりももっと明るい太陽のような笑顔だった。

「美味しかったのはいいんだけど、まさかおかわりするとは……」

「見ているだけでおなかいっぱい……」

 俺は財布の中身を案じてため息をついたのだが、アンナは自分の腹を押さえて青い顔をしている。

 マリアは胃もたれすらしてなさそうなのに……。

「またこようね!」

「もう帰るていになってるけど、ハンバーグ食いに来たわけじゃないからな!?」

「わかってるよー」

 腕を組んで自慢気に頷くマリア。

 何がわかっているのかと視線で問うと、

「ミルキーとしゃしんとりにきたんだよね!」

 特に何もわかっていなかった。

 やだ、この子自分のことしか考えてない……。

「まあ、マリアはそれでいいけどさ」

 一応確認しておくと、今日遠くランドまで足を運んだ理由はエリに楽しんでもらうためだったはずだ。

 そのエリは、一人でお化け屋敷に入ったり、さっきのレストランでは何かの手違いで冷めきった定食が出てきたりと楽しんでもらえているのか微妙なところだが。

「大丈夫、楽しんでるから」

「真顔で言われてもなあ。マリアみたいに笑ってみ?」

「にこっ」

「真顔で言われてもなあ……」

 にこりともしないで「にこっ」とか言われても反応に困る。

 まあ楽しくないって言われても納得してしまいそうだけど。俺だったらとっくに帰ってる自信あるし。

「でも、帰り方がわからないし」

「わかってたら帰ってたのか……」

 教えてやったらその場で帰るのだろうか。

 試してみたい気もするが、本当に帰ってしまったら目も当てられないから自重しておこう。

「それで、次は何をするのだ?」

 いつの間にかパンフレット管理係になっていたリズが指示を仰ぐ。

 どうでもいいけど、家事だったり、やたらと面倒そうな役を押し付けられる奴だなあ。

 アンナの側付きがそうだとは言わないが。

「次なあ、どうしようかねえ」

 正直言って、俺はあまりこのフレネミーランドについて詳しいわけではない。

 そもそも来たのも今回が初めてなのだ。「次どこ行く?」と言われても「ここに行こう!」と自信をもって出せる案はない。

 むしろ俺が「このあとどうする?」って言いたいくらいだ。

「マリアねー、あれやりたい!」

 目的もなくうろうろしていると、ご機嫌のマリアがいずこかを指差した。

 その先にあるのは──


「なんでのれないのー!?」

 身長制限のあるジェットコースターだった。

 五歳児相応の背丈しかないマリアは当然のごとく制限に引っかかり、本日二度目の係員ストップがかかった。

 さすがにその場で話し合って解決ともいかなそうなので一度撤退。

 並ぶ前にストップをかけてくれたおかげで数十分並んでからのふりだしに戻るという惨劇にはならずに済んだ。

 ありがとう係員さん。

「で、どうする?」

「のりたい!」

「それは諦めてもらうしかないんだよなあ……」

 ルールなのでね。

 それに、こういうところの身長制限って安全のためのものだし、別に構わないだろうと無視して強行するわけにもいかない。

「マリアちょっとお願いしてくる」

「それやっちゃいけない能力の使い方だから!」

「では私の能力で気づかれないよう──」

「変わんねえっつかむしろダメだよ!」

 マリアはこういうことをする子にならないように育ててきたつもりだったのに!

「二か月ちょっとで育てたも何もないと思うけれど……」

「面倒を見ているのは一日の大半が私だしな」

「それは学校あるんだから仕方ないじゃん」

 というかリズに任せたからこうなってしまったのかもしれない。

 まあ冗談は置いておいて。

 一体どうしたものだろうか。

 身長制限がある以上一番乗りたがっているマリアは乗れないし、そうなるとわざわざ並んでまで乗るモチベーションがない。

「こりゃ、諦めるしかないかな」

「えぇー!」

 マリアが不満たらたらの声を上げるが、ここで甘やかしてやるわけにはいかない。

 ここは心を鬼にしてこの場を離れよう──と、真上を通過するジェットコースターを見上げているエリが目に入った。

 通り過ぎるジェットコースターを見送るその瞳は、かつてないほどにキラキラしていた。

 さっきまでの無表情はどこに……っ!?



 エリを楽しませるという趣旨上その瞳を無下にすることもできず、結局ジェットコースターには乗ることに。

 とはいえ乗ることができないマリアを一人残すことはできないので、お守り兼慰め係として俺も一緒に残ることになった。

 今頃三人はあの行列に並んでいることだろう。

 傍から見てるとほんとにえぐいな、あれ……。

 そして行列が進まない間も、頭上のレールをコースターが通過していく。

「おお、速いな~──げ、一回転した」

「ぶうー、のりたかったー」

「背が伸びたらまた来ような」

 頭をぽんぽんと撫で、頬をふくらませるマリアを慰める。

 ほっぺたをつつきたい衝動に駆られるが、それをやっても余計にむくれるだけだろう。

「せぇのびるかなあ」

「伸びる伸びる」

「ジョーくらい?」

「ジョー……は目指すところが違う気がするけど」

 何故そこを出してきたのだろうか。

 もっとこう、リズとか、目指すべき場所はあると思うが。

「カオルとか?」

「ああ、まあアレくらいあれば十分だな」

 というか、ジェットコースターに乗りたいだけならアンナくらいで十分だと思うが。

 まあマリアは今でも五歳にしてはけっこう発育いい方だし、アンナくらいの年の頃には今のアンナよりもスタイルよくなっているのではないだろうか。

 綺麗な黒髪してるし、和服の似合う美人になってそう。

「マリア美人?」

「将来に期待だな。今も十分可愛いけど」

「マリアかわいい?」

「可愛い可愛い」

 わしわしと強く撫でると、あうあうと嫌がるマリア。ほんとに可愛い。

 こんなに可愛いマリアも大きくなったら可愛いというよりも綺麗な女性になるのだろう。そしてそのうち男に言い寄られるようになっていき、果てには「娘さんを僕に下さい!」と──

「いやいや、父さんそんなの許さんぞ!」

「きゅうにどうしたの?」

 ハッ、いかんいかん、ちょっと十年くらい未来に意識がタイムスリップしていた。

 まあ、十年経っても俺がマリアの父親になることなんてないのだが。

 それはそれとしてマリアを嫁にくれとか言ってきたあの不快な微笑みの社長風の男は絶対に許さん。

 かさなんとかみたいな名前だった気がする。

「だいじょうぶだよ、マリアどこにもいかないから」

「マリア……っ」

 軽く泣きそうになった。

 これはあれか、「わたし将来お父さんのお嫁さんになる」的なアレか。

「それは……ちょっとはずかしいからいわない」

 頬を赤らめてそっぽを向くマリア。もはや天使だった。

 いやあ、心が洗われるなあ……。

 普段めんどくさい相模やら彩川やらと話してる(最近はエリもだが)せいでこういうほんわかした会話が珍しすぎて涙が出てくる。皆これくらい純粋ならいいのになあ。

「しんたろう、めがすわってるよ」

「はは、ずっとこの時間が続けばいいのに」

「ええっ」

 嫌そうな顔しないでね?

 さて、そろそろアンナたちはコースターに乗れた頃だろうか、と列に目をやると、かなり前の方に金色の頭が見えた。

 目立つなあ、金髪三人組。

 しかし、まだ乗れてなかったか。やっぱり時間かかるな。

 というか、アイツら待ってる間なにしてるんだろ。共通の話題があるようなメンツでもないし、想像できる形としてはリズがアンナを退屈させないよう一生懸命話しかける、アンナはそれを適当に聞き流し、エリは──あれ? あの輪の中に入ったらエリ完全ぼっちじゃね?

 高校に入学した当初の俺状態じゃね?

 ──なんというか、あの少女はレジャーを楽しめない宿命でもあるのではないだろうか。

「でもエリィちゃん、たのしそうだよ?」

「え、あれで?」

 マリアの言葉に、首を傾げる。

 あの無表情のどこが楽しそうなのだろうか。むしろ来るんじゃなかったとか思ってそうだけど。

「え~、たのしそうだよ~」

「全然わからん……」

 どこを見て楽しそうだと思うのか、見当もつかない。

「すくなくとも、わしつでおとなしくしてるときよりぜんぜんいきいきしてるよ」

「そうなの?」

「そうだよ」

 女の子にしかわからない雰囲気の変化とかがあるのかもしれない。

 まあ、楽しんでくれているなら何より。来た甲斐があるというものだ。

 そんな風にマリアと楽しく話しているうちに、ようやく金色の頭が乗り場に入っていくのが見えた。ケータイで時間を確認すると、並び始めてから二十分近く経っていた。

 とはいえ、乗ってしまえばあとはあっという間だろう。

 見ていた感じ、コースターがコースを一周するのにかかる時間は二、三分程度。つまりあと二、三分すれば待ち時間も終わりだ。

 1セット二、三分で終わるのに二十分も並ばされるということは、一体どれだけの人数が並んでいたのだろう……。

「想像しただけで疲れるなあ」

「マリアはならんでもいいからのりたかった」

「いい加減諦めろよ……なんかお菓子買ってやるから」

「おなかいっぱい」

 そりゃあハンバーグふたつも食べりゃお腹いっぱいにもなるだろうよ。

 普通の胃袋をお持ちのようで俺は安心したよ。

「ほら、ジェットコースター以外にも面白いのいっぱいあるからアイツら戻ってきたらそっち行こうぜ──身長制限ないやつ」

「なんでしんちょうせいげんなんてあるの!」

「危ないからだろうなあ」

 制限にひっかかるくらい小さいと安全装置シートベルトも上手く作用しないのではないだろうか。

 それを考えると、やはり無理を押して乗せるわけにもいかない。

 ほら、今も一回転したし。

「な、あんなの乗らなくても楽しいのいくらでもあるって」

「……しんたろう、こわいの?」

「さ、さあてなんのことやら」

 いやその、お化けとかはもうそれ以上の恐怖を体験してるから(マンション高層階の窓を割って侵入してくる男とか道端で斬りかかってくる女とか)今更怖いとかないんだけど、絶叫系はちょっと。

 怖い奴が迫ってくるのはいいけど、自分が怖い目に遭うのは慣れないのだ。

「…………」

「やめて、そんな目で見ないで!」

 冷たい視線が突き刺さる。

 いいじゃない、人には得手不得手というものがあるのですよ。

「マリアはお化け苦手なんだから、おあいこおあいこ」

「マリアはこどもだからいいの!」

 誰の影響でこんなに図太くなってしまったのだろうか。

 ジョーかリズかカオルか。

 とりあえずリズとカオルにはちゃんとマリアに悪影響を与えないよう言い含めておこう。

「お、戻ってきた」

 決意を新たにしたところで、ジェットコースターの乗り場から出てくる金髪三人組が目に入った。

 わいわい感想を言い合うでもなく、表面的には無表情無感動に歩いてくる様は、なにか戦場から凱旋してきた歴戦の戦士のようだった。

「なんだよお前ら、その顔は。もうちょっと『乗ってよかった~』的な表情かおしろよ」

「表情についてはあなたに言われたくないんだけど」

「俺の仏頂面はほっとけよ! これは元々ですぅ!」

 いや、まあ。

 エリの仏頂面も元々といえば元々だけど。

 マリアに言わせればこれでも楽しんでいるということなのだろうし、まあエリはいいとして。

「アンナとリズは? 楽しくなかったのか──まあ、こっちも元から無表情ではあるけど」

 ウチには無表情キャラばっかりだな。

 しかし、アンナとリズの現在の表情にはちゃんと理由があったらしく、

「よく考えたら、ああいうの普段から日常的に体験していたんだった」

 自由に大空を滑空できる『翼』をもつアンナが遠い目をしながら言い、

「私も、あまり新鮮な感じはしなかったな」

 時速100km/h超でスポーツカーを乗り回すリズがこともなさげに呟いた。

「お前らなんで乗ったんだよ……」

 ただただ、乗りたいのに乗ることができなかったマリアが不憫だった。



 それからいくつかアトラクションを回り、西日が差し始めたところでそろそろ帰ろうかということになった。

 で、世界一人気のテーマパークから帰る前にすることといえば──

「ちょっとお土産買ってくる」

 というわけで、ゲート付近にあった土産屋に直行することになった。

 といっても、アンナと二人でだが。

「アンナも誰かに買うのか?」

「カオルに」

 質問に端的な答えが返ってくる。

 その答えは予想してはいたけど──この子、カオル以外に学校の友達とかいないのかしら。

 カオルに友達がいないのは知っていたが、まさかアンナまでその巻き添えを食らっているのではないだろうか。

 俺だったらあんなストーカーと仲良くしてる人間と関わりたいとは思わないし。

「あの子、学校では普通だけれど」

「え、そうなの? 全然想像できないんだけど」

「まあ、ウチでの様子を見てると確かにギャップがあるけれど」

「学校では猫被ってやがんのか」

 しかし、それならなぜアイツには友達ができないのだろうか。

「それは、学校終わったらすぐシンタロウのところに行ってしまうからだと思う」

「なんと」

 俺のせいだったのか。

 いや、俺は日ごろから口を酸っぱくしてつきまとうなと言っているのだから、それはもう自業自得としか言いようがない。

 うん、俺は悪くないな。アイツが悪い。

「友達の数の話をするなら、シンタロウもそんなに変わらないと思うけれど」

「ぐはっ」

「どうせお土産も、ルリとコウスケにでしょう」

「ぐぐはっ」

 きゅうしょにあたった!

 まったくもってアンナの言う通りだった。

 知り合いの中でもぼっち筆頭は俺だった。

「いや、カオルはアンナだけ、俺には彩川と相模の二人いるから俺の勝ちだ!」

「五十歩百歩だと思うけれど……」

「つうか、俺の話でもカオルの話でもなくて、してたのはアンナの話だったはずだろ!」

 アンナに友達がいないのではと真剣に心配しての話題だったはずなのに!

「私は、友人関係とか面倒だから」

「それを言っても強がりに見えないのが羨ましいよ……」

 本当にそれくらいは思ってそう。

 友達と遊んだりとか、そういう年齢に見合った体験をさせるために学校に行かせたはずだったのに。

 意識改革は難しそうだ。

「それよりも、お土産、どうするの?」

 俺の心配をものともせずに、アンナは商品棚に目を向ける。

 ミルキーやフライドといった中心的なキャラクターの他、くまのスーさんや六つ足エイリアンのスイッチなどの人気キャラクターをモチーフにしたぬいぐるみやお菓子、雑貨などが陳列している。

「なんでどいつもこいつも微妙な造形なんだ……」

 今日一日回ったアトラクションのなかにこれらのキャラクターが主役のものもあったが(スーさんのサーモンフィッシングはなかなか面白かった。なぜ釣りだったのかは謎だが)、それらで目にするたびに微妙な気持ちにさせられて微妙だった。

「ぬいぐるみとか買って帰っても仕方ないしなあ」

 彩川は意外と喜びそうだが。

 まあ無難なところだと皿とかマグカップとかの実用性のあるものか。

 あるいは食べればなくなる菓子類もアリかもしれない。

「むう、けっこう難しいな、土産選び」

「カオルがもらって喜ぶもの……シンタロウとか」

 アンナがなにか不穏なことを言った気がするが、全力で無視することにする。

 オレハオミヤゲデハアリマセン。

「しかし相手が喜ぶものってなると、こういう店では限界があるしな」

 そもそも売ってるものの種類がそう多くない。こういうときは相手のことを考えて買うよりも自分のことを考えて買った方がむしろ上手くいくかもしれない。

 特に自分の財布のことを考えて買い物をしよう。

 どれもこれもお高いんですよ……。

「んん、ランドに行ったってわかりやすいものならなんでもいい気がするな」

「それだと、逆に選択肢が多すぎる気がするのだけれど」

「そうなんだよなあ」

 さっきも言った通り、店に並んでいるのはランドのキャラクターばかりだ。

 そのどれを渡してもも、ランドに行ったことは瞭然だろう。

 しかしそうなると、逆に選ぶのが難しくなってくる。

「『なんでもいい』って、残酷な言葉だったんだな」

「これからは夕食のメニューを相談されたらちゃんと答えないと」

「夕飯のメニューもそれはそれで選択肢が多すぎて具体的な答えを返すのは難しいんだけどな」

 ぶちぶち言いながら商品棚を漁る。

 んん、もう彩川にはぬいぐるみでいいかな。このぶっさいくなやつ。

 なんか、マリアにでも持って行かせれば文句も言えないだろう。

「シンタロウはもうちょっとルリに敬意を払うべきだと思う」

「なんで同級生を敬わないといけないんだ……」

「人間としてルリの方が各上だと思う」

「人間性まで言われるの……?」

 たしかに、クラスメイトの大半は彩川のこと尊敬の眼差しで見てるけど。

 個人的には対等なお付き合いをさせてもらっていると思っています。

「お付き合い……?」

「友人としてのお付き合いな」

 変な誤解を正し、ミルキーのぬいぐるみをかごに入れる。

 ミルキーでいいよな。スーさんのほうがいいかな。

「見てシンタロウ、これはまだ可愛い方」

「なに、アンナのお眼鏡に適うものが?」

 なかなか信じがたい進言だが、アンナの指差すものを見てみると、確かに(他と比べればまだ)可愛いキャラクターを発見した。

 双子のリスのキャラクターらしい。名前はディップとソース。

 ……つけるの? フライドチキンにつけて食べるの?

「名前はともかく、見た目はたしかにまだ可愛げがあるな」

 ゲーセンの双子とは大違いだ。

「あの双子に可愛げを求めても仕方がないと思うけれど」

「まあ、じゃあこのリスでいいか。アンナ一推しって言えば文句も言われないだろ」

「その、人に頼って文句から逃れようとするのはどうかと思う」

 アンナから見た俺の株が大暴落している気がするが大丈夫だろうか。

 今俺を狙う何者かが現れたら護ってくれるのかちょっと謎だ。

「まあ彩川のは決まりで言いとして、相模にはどうすっかな」

「コウスケにはこのミルキーのぬいぐるみでいいんじゃない」

「急に適当だな!」

 我が友人は年下女子にも軽んじられているらしい。

 それとも、アンナ的にはこれがニュートラルで、彩川が特別尊敬されているのだろうか。

「まあそれはいいとして、相模にぬいぐるみは流石にミスマッチだと思うな」

 そのまま従妹だかへのプレゼントに流用されそう。

 リンゴちゃんだったか?

「やっぱこういうカップとか」

「実用品を渡されても困ると思うけれど。キャラクターものなんて、使いにくいでしょう」

「え、そう?」

 俺だったら喜ぶけど。今使ってるのが壊れても新しいの買う必要なくなるし。

「実用的な理由ね……」

「実用品だからな」

 とはいえ、アンナの意見も確かに納得できる。これはこれでリンゴちゃんに流されそう。

 とするとあとは菓子類だが──

「このスナック菓子とかかね。日持ちしそうだし」

「そうね、それでいいと思う」

「やっぱ彩川に選ぶよりも適当だよな」

 適当に相模のお土産決定。

「じゃ、あとはカオルのだな」

 そちらこそ俺としては適当でいい気がするのだが。

 ほら、この微妙なタオルとかでいいじゃん。

「そうね、それこそ貴方から渡せばなんでも喜びそう」

「いや、アンナが渡してください……」

 なんで俺が渡してやらないといけないんだ──というかなんで俺がアイツを喜ばせてやらないといけないんだ。

「けれど、貴方からのお土産も欲しがると思う」

「面倒だから二人からってことでいいんじゃないか?」

「年賀状じゃないんだから……」

 呆れながら、アンナはいくつかの商品を手に取って比べはじめる。

 タオルにするか、ミルキーカチューシャにするか──いや、流石にカチューシャはないんじゃないか?

 そういうのはマリアに買ってやれよ。

「文句ばかり言っていないで、シンタロウも手伝って」

「だからなんで俺が選ばないといけないんだよ」

「二人から渡すことにするなら貴方も選ぶべき」

「ええ……」

 下手に餌付けすると調子乗って付きまとってくる頻度が増しそうなんだよな。

 ただでさえほとんど毎日校門前待機してるのに。

「そんなに嫌ならはっきり言ってあげればいいのに」

「言ってるだろ、わりと何回も」

「『お前なんか嫌いだからもう近づくな』って?」

「えっ、いやそこまでは言ってないけど……」

 別に嫌いってほどではないし。ただああ付きまとわれると迷惑ってだけで──

「シンタロウは、本心では嫌がってないんだと思う」

「は?」

「本当に嫌なら、いくらでもやりようはあるだろうし」

「……そう言われてもなあ」

 色々やってもカオルは諦めなかったわけだし。

 むしろより懐かれた気がするが。

「本気の拒絶ができないのなら、それは本気で嫌がってないということ」

「……そうかあ?」

 そう言われると、そりゃあ確かに本気の拒絶まではしていなかった気がする。

 相模発案のサクラ作戦はいかにやんわりカオルにストーカーをやめさせるかという作戦だったわけだし。

 ……んん、俺はカオルのことを嫌がっていないのだろうか?

「ストーカーさえやめてくれればそこで悩む必要もないんだけどなあ」

「なんでもいいから、とりあえずお土産選ぶの手伝って」

「あれ? お前から始めた話だったと思うんだけどな……」

 特に含みのある話題というわけではなく、単に思いついたことを言ってみただけらしい。

 真面目な話をするときとどうでもいい話をするときとで声のトーンが変わらないからわかりにくいんだよ。

 ……ただまあ、そうだな。

 別に嫌いというほどではないのだから、土産くらいは選んでやるか。

「じゃあ、このタオルとかどうだ? アイツ未だに街中でフリーランニングとかやってるみたいだし、汗を拭うのに丁度いいだろ」

「適当に考えたときとまじめに考えたときで結論が同じなのは何故なの……」

 俺の脳みそなんてそんなもんだよ。

 微妙な顔をしながらも、一応俺の意見に納得はしたらしく、タオルをかごに入れるアンナ。

 ついでにマリアにミルキーのカチューシャを買ってやることにして、レジに向かった。



「おそーい!」

 店を出ると、すぐそこにいたマリアがでっかい声で文句を言ってきた。

 一緒にいたのがリズとエリでは、まあ退屈しても仕方がないか。

 お詫びというわけでもないが買ったカチューシャを渡してやると、不機嫌な顔は途端に満面の笑みになる。

 お化け屋敷の後もそうだったけど、単純だなあ。そのうち本当に飴玉に釣られて誘拐されてしまうのではないだろうか。

 相模には厳しく言っておかねば。

 相模のツッコミを想像していると、園内のスピーカーから音楽が鳴り始めた。

 ランドのテーマソングだが、おそらく五時を報せるものだろう。ケータイを見ると、ディスプレイにはたしかに17:00と表示されている。

「さて、じゃあそろそろ帰るか」

 もう少し待てばミルキーたちによるナイトパレードがあるらしいが、その時間までいると帰りが遅くなってしまう。

 明日も学校がある身としては、あまり遅くなるのは避けたい。

 マリアも流石に疲れてきたのか渋ることもなく、そのままスムーズに出口のゲートをくぐった。

「あ、そういえば──」

 ジョーに土産を買うのを忘れていた。

 まあいいか、ジョーだし。



「どうしてこうなった……」

 フレネミーランドを出て数十分。俺は途方に暮れていた。

 なんというか、五月初頭のあの日、マリアはこんな気持ちだったのかと思うと帰ったら思う存分頭を撫でてやろうという気になった。

 要するに、迷子だった。

 とはいえ、あのときのマリアは今の俺よりも心細かったはずなのだから、そうわかった気になってもいけない。

 俺は一人ではないのだから、一人で迷子になったマリアよりは気持ち的に全然楽なはずだ。

「問題は、そのもう一人が全然喋らないことなんだよなあ」

 必然的にこちらも無言、喋っても独り言になってしまうので心細いことこの上ない。

「うわあ、もう真っ暗じゃん」

「さっきから独り言がうるさいんだけど」

「そう思うならちょっとは返答してくれてもいいんだよ!?」

 首を傾げるもう一人──というかエリ。

 これがアンナだったら飛んで帰れるし、マリアなら話し相手になってくれる。リズはリズでアンナを心配してうるさいだろうのでそれはそれで退屈はしなくて済む。

 一緒に迷子になる相手としては、最悪のエリだった。

「失礼ね、私だってあなたと二人きりで迷子なんて御免よ」

「それじゃあさっさとこの状況を脱せるように協力して頑張ろうぜ」

「あなたと協力するのなんて御免よ」

「ここ数日の俺の評価それ?」

 もうちょっと信頼関係を築けていると思っていたのだが。

 さて、同行者の協力は得られなさそうなので一人で状況を打破する手を考える。

 まずは状況を整理しよう。

 まず現在地だが、名も知らぬ無人の駅だ。一応すぐそこに看板があるが、聞いたこともない名前なのに変わりはない。どの辺りにある駅なのかもよくわからないのだ。

 で、どうしてそんなことになっているのかというと、普通に電車を乗り間違えただけというどうしようもない理由だった。

 夕方、ランド付近の駅までは他の三人とも一緒だったのだが、流石世界一のテーマパークの最寄り駅というか、人込みに押されて逆方向の電車に乗ってしまい、ようやく降りられたと思ったら閑散とした無人駅。

 しかも次の電車が一時間後という徹底ぶりだ。

 普通に帰ろうと思うと一時間後になってしまう。

「とはいえ、タクシー使ってもバス乗り継いでも金がかかるしなあ」

 むしろチケットを買い直すのにもそれなりに金がかかることを考えると、駅から出るのにも逡巡してしまうのだった。

「スタンドバイミー、してみる?」

「何時間かかるんだよ。一時間待って電車乗った方がはるかにマシだわ」

 電話でもして迎えに来てもらおうと思っても、昼間写真を撮ったりで使い過ぎたせいで電池切れ。公衆電話も相手の番号がわからないので無理。

 こういうとき、ひと昔前ならば番号をメモした電話帳なるものを常備していたらしいのだが(母親に聞いたことがある)この間のテレビに続いて文明発達の弊害だった。

「んん、こうなるとやっぱ一時間電車を待つのが最適かね。時間的にも財布の中身的にも」

「甲斐性がないわね」

「すいませんね、親の脛かじって生活してる学生なもんで」

 今はジョーとリズから巻き上げてる家賃収入があるけどね。

 とりあえず方向性が決まったところでようやくベンチに座って一休み。

 さて、一時間どうやって時間つぶそうかな。

「エリ、今日はどうだった?」

「……どうって?」

 暇つぶしに訊いてみると、エリは質問の意図がわからないというように首を傾げる。

 ここ数日ずっと訊いてきたんだからわからないわけもないだろうに……。

 その証拠に、首を傾げている方向はこちらをからかっているとき特有の左側だ。

「フレネミーランド、一日遊んでみてどうだった?」

 拘泥しても仕方がないので改めて質問する。

 マリアが言うにはそこそこ楽しそうにしていたらしいが、本人はどう思っていただろうか。

「……キャラクターはとりあえず微妙だった」

「だよなあ……」

 そこはもう共通認識だった。

「アトラクションは?」

 見ていた感じ、エリはジェットコースターのあとも度々不遇な目に遭っていた。

 数十メートル昇って一気に降下するやつでは変な顔で記念写真を撮られていたし、スーさんのサーモンフィッシングでは丸坊主だった。

 アレで楽しめていたのなら相当のランドフリークだと言わざるを得ないが、そういう感じでもなさそうだ。

「……まあ、たしかに色々と散々だったけど」

「うんまあ、俺もちょっと今回は失敗だったかなって思ってる」

 やっぱああいうところってわいわいきゃーきゃー騒ぐところだろうし、エリはそういうのが好きなタイプでもないだろう。

 むしろ静謐とした空間で本でも読んでいる方が性に合っていそうだ。

「そんなことはないわ。賑やかな空間も嫌いじゃない」

「へえ」

 意外だ。

 だったら俺のことを邪険にするのもやめてほしいんだが。

「あなたは賑やかというより、鬱陶しい」

「そんなに? ねえそんなに?」

 記憶を取り戻してやろうとしているのも余計なお世話なのだろうか。

「取り戻して『やろう』っていうのが恩着せがましい」

「それは言葉の綾だろ!」

 別に恩着せようなんて思ってないよ。

「そうかしら。頼んでもいないのにそのために動くというのは、自己満足ではないの?」

「ええ、そんな風に思われてたの……?」

「それ以外の何があるのと思ってるけど」

「当人にそこまで言われちゃうと言い返しようがねえよ……」

 まあ確かに、自己満足といえば自己満足だろう。

 お前のためにやってやってるんだ、なんて口が裂けても言えない。

 エリの言う通り、頼まれたわけでもないのに。

 けれど、それでも。

 きっと彼女のためになると、そう思ってやってきたのだ。

「自己満足でも構わないさ。そもそもそう思いながら始めたことだ」

「……お人よしね」

 その科白にどんな意味が込められていたのだろうか。

 エリは襟巻きで口元を隠し、そっぽを向いてしまった。

「……今日は、楽しかった。それは、お礼を言っておく」

 そっぽを向いたまま、口元を隠したままぽつりと呟く。

 俺もあえてそれに返答せず、同じ方向をぼーっと眺めながら電車を待った。



 一時間後、時刻表通りに電車は駅に到着した。

 『鹿目慎太郎』的にはここでなかなか電車が来ないというのもあり得たのだが、そんなことにはならずひと安心だ。あとは電車が脱線事故を起こしたりしなければ完璧だ。

「はあ~、疲れた疲れた。こりゃ帰ったら即熟睡だな」

「ベンチに座ってぼーっとしてただけでしょ」

「無言のまま何もせずにただ待ってるだけっていうのも辛いものですよ?」

 エリも同じことをやっていたはずなのだが、特に堪えた様子はない。

 やっぱり静かな空間の方が好きなんじゃないだろうか。

 それとも途中で一度トイレに立ったのがそんなに効いたのだろうか。

「あまり淑女のトイレをいじるものじゃない」

「細けえな。だったらそっちも俺に対してもう少し気を遣ってくれよ」

「あなたは淑女じゃないでしょう……」

 女尊男卑断固反対。

「ま、まあ駅での時間はともかく、ランドの方はそれなりに疲れたんじゃないか? 行列も人込みも、アトラクション自体けっこう疲れるだろ」

「別に、そうでもないけど」

「体力あるなあ」

 おっちゃんはもうへとへとですよ。

「おっちゃん? そんな名前だったかしら」

「名前じゃねえよ! つうかいい加減に覚えろよ!」

 慎太郎だよ、そろそろ覚えてね。

 そんなやり取りを繰り返しながら、すぐに見知った駅に到着する。

 さっきまでいたところよりは人が多いが、それでも決して栄えているわけではない自宅の最寄り駅。

 なんというか、非日常から戻ってきた感じがして、自然吐息がこぼれた。

 まあ、いつも巻き込まれている非日常の方が断然ショッキングなのだが、そこもまた非日常ということで。

 駅を出ると、しとしとと雨が降っていた。

 丁度、エリと出会った日と同じ程度の。

「あちゃあ、傘持って来ればよかったな」

「そこのコンビニで買ったら?」

「折角交通費節約したのに……」

「甲斐性」

「端的に言うな」

 まあ濡れて帰るのも嫌なので結局買うしかないのだが。

 ビニール傘を買って、帰路につく。

 駅前のゲームセンターの脇を通り抜け、いつだかマリアが不良に絡まれていた公園を横切る。

 そこからしばらく歩くと、数日前、まさにエリと出会った路地に入った。

 エリが水たまりで足を滑らせたあの道だ。

「なんかもはや懐かしいな──って、お前は覚えてないのか」

 これは失言。気をつけねば。

 てへぺろっ、と舌を出して精一杯誤魔化すが、あるべき当たりの強い返答がない。

「? どうした?」

 振り向いて何も言わないエリを見る。

 雨に打たれるビニール傘を持ってたたずむ姿も、あの日の焼き増しのようだった。

「エリ……?」

「エリじゃない」

「は?」

 もう一度呼びかけると、今度は返事があった。

 が、その言葉の意味が、理解できたとは言えない。

 あるいは、「何も覚えてない」と言われた時よりも、ずっと何を言われたのかわからなかった。

「な、なんだよいきなり。あれ、その名前気に入らなかった?」

 慌てて空気を変えようと茶化すようなことを言う。

 そんなことを言っているのなら今更過ぎるし、何よりそんな雰囲気ではない。

 困惑した顔のまま固まっていると、エリは再び口を開いた。

「私の名前は──」

 宣告の天使(ガブリエル)

 どこかで聞いたことのある気がする名を名乗り、エリは──宣告の天使(ガブリエル)は、告げる。

「鹿目慎太郎、あなたに『死』を宣告する」

 この少女にちゃんと名前を呼ばれたのは、これが初めてだった。

※この作品はフィクションです。実在する人物・団体とは関係ありません。

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