chapter1 『真紅のドレスの少女 -bloody dress girl-』 -1
さて、そんな高校三年生としての初日のことだ。
『受験生としての意識』だの、『努力は自分を裏切らない』だの、そんな担任教師の話を適当に聞きながら、俺は憂鬱な気分だった。
その主な原因としては『新学期だから』で間違いはないが、それは大半の学生の心を苛んでいる『休み明けは学校に行くのがめんどくさい』という思いによるものではない。
そもそも、別に憂鬱なのは新学期に限った話ではない。
新年もそうだし、夏休みの始まりも終わりもそうなのだ。
小学校の時も中学校の時も高校の時も入学式、卒業式は憂鬱だった。
誕生日やらクリスマスやらだって浮かれていたのは小学生の頃までだ。
──要するに、そういう『区切り』となる時期が嫌いなのだ。
『区切り』の時期になる度に、「ああ、きっとこれからも俺の人生は特に変わらないんだろうな」という気持ちになるから。
変わらず、事件や事故に巻き込まれて生きる未来が、簡単に想像できてしまうから。
それも杞憂ではない。
どころか、そんな想像は難なく越えられてしまうだろう。これまでもそうだった。
きっとこれからも、それは変わらない。
「いつにも増して眉間にシワ寄せてると思ったら、そんなこと考えてたのか」
とりとめもなくテンションの下がるコトを考えている内に担任教師の話も新学期最初のHRも終わり、暇潰しに考えていたことを言葉にして語って聞かせてやった相手は、数少ない友人、相模孝助だった。
「まあ確かに、節目や区切りの時期ってのは先のことを考えるいい機会なんだろうけどな。俺にとっては、新学期はともかく正月や夏休みは素直に無邪気に喜ぶだけだよ」
──ちなみに、俺に友人が少ないのは俺が社会不適合者だからとかではなく、『俺の側にいると無駄に事件に巻き込まれるから』だそうだ。
「学校が休みなのは俺にとってもウキウキな事柄ではある。ただ、その度に面倒臭い面倒事に巻き込まれるんだから、チャラどころかマイナスだ」
「そいつはご愁傷さんですが」
が、と切った割に後になにも続けないので、コイツはただ同情するフリをしただけだと判断し話題を変えた。
先ほど、俺の無為な思考の内容を語って聞かせた感想として返ってきた言葉に看過できないモノがあったので反論する。
「それはそうと、眉間にシワが寄ってるのは不機嫌だからじゃない。クセみたいなモンだ。いつも『無駄に事件に巻き込まれる』せいでしかめっ面をする機会が増えるんでな」
「知ってる」
皮肉まじりに言ったが、相模は適当に返してくる。
お返しにコッチも「知ってる」の後に(笑)が続いていたのは無視してまた話題を変えることにした。
「……お前、今年も一人暮らしなんだろう?大変じゃないのか」
「それも今に始まった話じゃないしなあ」
「俺は未だに慣れんがね」
俺も相模も一人暮らしだ。
友人となったキッカケはソレだったが、俺の本性(巻き込まれ体質)を知っても変わらず接してくるのは、コイツも充分変人だからと言える。
「掃除は確かに大変だけどなー。飯は結構慣れりゃ簡単だよ」
「俺は最近はコンビニ飯ばっかだ」
自炊も出来ないことはないのだが、何分そんな余裕がない。
いつも通りのアレコレのせいでヘトヘトになって帰ってきて、そこから飯の支度をするような気力は、俺にはない。必然的にコンビニ飯に偏ってしまうのだ。
「お前、荒事に巻き込まれやすいんだから体力つける努力をしようぜ」
「体力には自信があるぞ。去年のマラソン大会じゃ……」
「ビリじゃなかった?」
アレもいつも通りのアレコレがあって結果かなりゴールが遅れただけだ。
あのカーブでぶつかったお爺さんがヤクザの頭領じゃなければ上位は確実だったのだ。
百戦錬磨の俺も流石の急展開には着いていけず、ものの10分でコースアウトさせられた。
のちの1対100大抗争である。
「アレもすぐに謝りゃ済んだのにな」
「話しただろ、謝れない理由があった」
「体質だけじゃなく、性格でまで人生損する男だよな、お前」
「余計なお世話だ」
そんな無害極まりない話をしていると、それに水を差す人間がいた。
「アンタら、さっさと帰りなさいよー」
そういえば、今日は始業式の後HRをやったら終わりなんだった。
もう下校時間である。
「悪い、もう帰るよ」
「お前は帰らなくていいのかー」
「私も帰るわよっ」
無意味にイチャモンを着けて、逃げるように教室を出る。
ちなみに、紹介してなかったが、水を差したのは彩川瑠璃というクラスメイトだ。
中学校からのちょっとした幼馴染みである。
肩まで伸ばしたストレートの黒髪に、着ているのは黒いセーラー服。もっとも、セーラー服については学校の制服なので、この学校の女子生徒なら校内では皆同じ格好だ。
ちなみに俺や相模、その他の男子生徒の制服は詰襟の学ランである。
彩川は、帰るに当たっての身支度を済ませてきたのか、すぐに教室を出た俺と相模に追い付いてきた。
カバンの肩紐をかけ直しながら俺の顔を除き込む。
「相変わらずこの世の終わりみたいな顔してるわね」
「ほっとけ」
「なるほど、『この世の終わり』か。俺が言った『いつもより眉間にしわ寄せてる』より全然深いなー」
「ほっとけって」
この友人たちの中では俺の仏頂面をイジるのが流行っているのだろうか。
特に相模。コイツはこの話題になると普段より五割増しで活き活きする。
対して、彩川は五年近くこの顔を見てきたせいでさしてこの話題に興味がないのか、すぐに違う話題を持ち出してきた。
「昨日は何があったの?」
「俺も年がら年中トラブルに巻き込まれてるワケじゃねえよ」
最初から何かはあったと決めつけたその質問に若干腹を立て、俺はすぐに誤魔化すように返答する。
が、彩川瑠璃はそれくらいじゃ引き下がらなかった。
「本当は?」
と、意地の悪い笑みを浮かべて再度質問してくる。
俺は恨みがましくジト目でだんまりを返していたが、今度は相模が黙っていなかった。
「マンホールの蓋が開いてるのに気づかないでそこに落ちたんだよな、鹿目?」
「ダサッ」
「オイ、勝手に話すなよ」
自分でフッた話の癖に彩川はヒキ気味にコチラを見て、俺は遅れて相模に苦言を呈す。
いつも通りの会話である。
マンホールの件については俺もダサいと思っているのでこれ以上掘り下げないで欲しい。