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それを知っているだけに、自分でも本当に早期の痴呆が入ってきたかと疑ってしまう。誠の言葉を肯定することになってしまう気持ち悪さと自分への落胆で立ち直れなくなりそうだ。
「お前の鳥頭加減は知っているからな。覚えておけと言った俺の方が悪い。すまん」
「謝らないで泣きたくなるから!」
老人の気持ちを少しだけ理解(してはいけないような気もするが)した杏子だった。
「まあ、お前を起こす手間が省けたのは本当に良かったと思ってるよ。サモハンキンポーも仰天するアクロバティックな寝相のお前を起こすのは、A連打で戦闘に興じるドラクエXの戦士のレベル上げくらいの難度だからな」
「けっこう片手間だ!」
「何にせよ、ほら────予約のお客さんだ」
言われて杏子は、誠の視線を追う。行先は龍心堂が入ったマンションから数メートル離れた電柱。その陰から出てきたモッズコートのフードを深被りした人物。
その人物は両手で胸に何かを抱えていた。風よけの衣類にくるまれていて確かめる術はないが、抱き方から推測するに赤ん坊か。
「いらっしゃい。予約いただいていた浜先かえでさんでよろしいですか?」
誠が尋ねると相手はこくりと静かに頷いて歩み寄る。
背丈は百六十センチ程度。体格は服の上からでも分かるほど細くて華奢。
「一応、本人の確認をさせてもらっています。顔写真の付いた証明書なんて持っていますか」
「…………学生証なら」
声が若い。
──高校生か、大学生……くらい?
適当に予測をつけて二階から動向を見守る杏子だったが、フードが外れ露わになったその人物の顔を見た途端、昨日誠に言われた言葉が──『『七十二の断片』絡みだ。明日の朝六時ごろに来るらしい。早めに寝ておけ』──鮮明に蘇ってきた。