02
それは、影の魔女の力の断片を持つ人間へ向けられた皮肉。
杏子はうっすら笑って言葉を返す。
「久しぶりだな。って私の中にある知識は言ってるけど、敢えてこう言っとこうか。初めまして、ベアトリーチェ」
「あんたっすか。町中に匂いをばら撒いてたのは。おかしいなーとは思ったんすよ。いなくなった奴の匂いがするんだから」
魔女は、魔女の匂いに引き寄せられる。
魔女は、魔女を引き寄せる。
それがたとえ地球の裏側にいようと、地中奥深くに埋められていたとしても。
魔女の間に発生するその引力を、杏子は脳髄に植え付けられた知識から読み取り、利用する。
杏子は、端的に言えば特別なことはなにもしていない。敢えて言えば、朝から町をくまなく歩き回ることによって存在を示していた。まだ町に残っているであろうベアトリーチェに対して。
「で、何の用っすか?」
「まあまあ。少し話をしようよ、ベアトリーチェ」
「悪いけどあんまり暇じゃないんすよねー」
「ふーん。じゃあそれが例えば、アンタが犯している契約違反について、情状酌量温情判決の余地があるっつー話だとしてもか?」
それを聞いたベアトリーチェの眉根がぴくりと動く。
「ああ、興味を持ったな? そりゃそうだ。アンタは自分が犯した罪の重さを理解してる」
「パチモンが……何を」
「知ってるよ」
何かを言いかけたベアトリーチェを遮って杏子は言う。
「知ってる。私たちを縛る名簿。焼かれてもうなくなりはしたけど、あれは契約書だった」
禁忌の存在七十二名を書き記した名簿。
今は失われてしまったその禁書は、名を刻むと同時にその者が持つ力の使い方を誓う誓書だった。そうして誓うことにより『その者が最も愛する者を殺す』ことで死滅してしまう魔女の制限を緩和し、不死となる契約を結んだ。
「その時アンタは、こう書いて誓ったはずだ」