6.拳
ゴリラが雄たけびをあげながら走る。
ゴリラは四足で走る。
だが、前肢、つまり両腕は拳を握った状態で走るのだ。
これをナックルウォーキングでという。
ゆえに移動後、上半身を起こしながらのアッパーカット気味の打ち込みが容易となる。
その巨体で鈍重なイメージとはかけ離れた雷光のごとき動きでゴリラは竜に近づく。
竜はブレスを吐き、爪を薙ぎ、その行く手を阻もうとする。
轟! とゴリラの左ほおをかすめ、光のブレスが背後の壁に突き刺さる。
疾! と薙いでくる爪を素早くサイドステップしてかわす。
「ウホッ!」
鋭い呼気とともに、竜の腕の付け根あたりに、ゴリラの右拳が打ち込まれる。
金属を叩くような音とともにドラゴンは揺らぐが、それだけであった。
巨体にまかせて押しつぶそうとする竜の動きを察知して、ゴリラは素早く後ろへ後退する。
「どうした、さっきまでの威勢は!」
竜が吼える。
与える打撃はゴリラのほうが多い、いや、竜の攻撃は一度もゴリラに当たっていない。
当たれば、たとえゴリラとはいえ無傷ではいられない。
竜が攻撃を当てる前に、ゴリラが竜を倒すほどの打撃を繰り出す。
それがゴリラの勝利の条件であった。
だが、ゴリラの打撃は、竜には致命傷を与えず、竜の攻撃はだんだんとゴリラの動きを読めるようになり、かわしにくくなっていく。
均衡はあとわずかで崩れそうになる。
さらに何度も攻防を重ねたすえ、竜がブレスを吐いた。
ゴリラではなくゴリラの足元めがけて
ゴリラはブレスをかわすが、床はブレスを砕け散る。
砕け散ったアスファルトの無数の欠片がゴリラを襲い、ゴリラの動きが一瞬止まる。
そこへドラゴンが突進しようとする。
ゴリラは両腕を地面に打ち付ける。
<気>を放ち、工場の天井近くまで飛びあがり、攻撃を回避しようとする。
「馬鹿め」
突進はフェイント、ゴリラが大きくよけ、隙をつくるのが目的だった。
空中で回避不可なゴリラをみて竜は勝利を確信し、ゴリラに噛みついた。
その瞬間、ゴリラの姿が消える。
ゴリラを喰らった感触がないことに竜が戸惑う。
その時、ゴリラの姿は竜の足元にいた。
空中にあったのは、ゴリラが幻術によって創った幻、竜が幻に気を取られている間に、ゴリラは竜の胴体に肉薄していた。
しかも竜は上を向いたため、腹部がガラ空きの状態であった。
ゴリラは右拳を竜の腹部に当てる。
「ウホッ!」
鋭い呼気ともに放たれるのは寸勁
全身の力を拳に載せることで、零距離から放つことが可能な必殺の一撃であった。
剛!
ゴリラゆえに人並み外れた筋力から繰り出され、かつ<気>も載せたその一撃は岩をも砕く力を持つ。
しかも、放たれた寸勁は1発でない。
烈!
さらに<気>が込められた一撃に、表面の鱗が砕け散る。
絶!
衝撃により動きが止まった竜にさらに打ち込まれる<気>は竜の体内を波動となって駆け廻り、内側からズタズタにする。。
幻!
穿たれた<気>は幻術の<気>、竜の動きを止める術が込められている。
1秒にも満たない間に、ゴリラの右手から繰り出された4発の寸勁
衝撃が体内を駆け廻り、幻術により身動きも取れない状態となった。
だが、それでもゴリラの動きは止まらない。
「ウホオオオオオオオオオオオオオオッ」
裂帛の気合とともに、ゴリラは全力で左腕を振るった。
幻術を己に施し、肉体のリミッターを解除する。
その剛力はただ闇雲に振るうわけではない、しっかりと両足で大地を踏みし、芸術的なほど洗練された武の動きにて振るわれる。
その左拳に宿るのは、魔力すらも破壊する絶大なる<気>
まさしく全身全霊の一撃が……
撃!
身動きとれない竜に炸裂する。
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「そうだ、その一撃だよ」
師匠が満足げに男の打撃痕をみて頷く。
「右の寸勁4連撃からの左の一撃、この技を喰らえば、神ですら滅ぼせるだろうね」
「そうですか」
ゴリラは大地に寝そべりながら答える。
「消耗も激しいし、相手に密着しないとダメだし、制約も多いが、まあ経験を積めばなんとかなるだろう」
ゴリラのそばには小石の山があった。
いや、それは全長20メートルを超える巨岩のなれの果てであった。
「せっかくだから、技の名をつけようか、この技をつかれば、五輪、つまり、森羅万象、すべてを破壊できるから……
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力尽き黄金の竜から人へと戻っていく竜牙を見つつ、ゴリラは呟いた。
「……奥義 五輪乱拳」