3.女
「私たちの一族は竜の血を引いているのです」
依頼人は、男に説明を始めた。
彼の息子は、矢神竜牙は、矢神家の跡取りであったが、つい最近までは、竜の力を顕現することができなかったそうである。
もともと矢神家は、竜の血を継いでいるとはいえ、その血は薄く、依頼人もまた、竜となったことはなかったそうである、
ところが、運悪く竜牙は、その力に目覚めてしまった。
そして、さらに運が悪いことに……、
……竜牙は竜に呑まれてしまった。
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「私が悪いんです」
そう言いながら、女は涙を流した。
郊外のファミレスで、男は、依頼人から教えられた女と会っていたのだ。
彼女は、竜牙の”元”彼女であった。
「矢神くんとつきあっていたのに、騙されて大河内さんんともつきあってしまって」
そう、事の発端は痴話げんかだった。
結婚の約束までしていた女性が、実は浮気をしていて、裏切られた男が激情のまま不倫相手のもとへ殴りこみをかける。
どこにでもある物語
ただ、違うのは、男は実業家とは名ばかりのヤクザで腕が立ったこと。
……そして、半殺しの憂き目にあった矢神竜牙が竜の血に目覚め、浮気相手を喰ったことだ。
「もう、私、どうしたらいいのか……」
男は女を見る。
哀しんでいる表情を浮かべているのはわかる。
だが、彼女が着飾っていること、きちんと化粧をしていることも理解していた。
男は感情の機微はわからない、実際に彼女が何を考えているのか、わからない。
男が目覚めて、人間を観察してわかったことは、人間の想いは複雑だということだ。
「すみませんが、私が聞きたいのは、あなたの思い出話ではない」
……だから、男は事実から導きだされた推測に基づいて尋ねる。
「彼の居場所を教えてください」
「……あれから彼と連絡は……」
「最初の殺人事件から、彼がやったと思われる殺人事件は4件、傷害事件は9件、そのうち、殺人事件の被害者は彼と面識がないものもいるが、あなたとは面識がある、しかも、あなたにとっては障害となる人物らしいですね」
女は絶句する。
その程度のことは警察でも調べはついている。
問題は、殺害方法が表の世界-人間-の常識を逸脱していることだった。
……ゆえに法では裁けない。
「あなたが彼を利用しているのはわかりますが、依頼人はそれを望みません。教えてくれないか」
「証拠はないでしょ、それにだから何? 竜で襲われるなんてありえないでしょ」
女は逆切れをする。
男はため息をする。
欲情した彼の種族は男も女もキレやすいが、目の前の雌はさらに気が短そうだ。
「証拠か……」
男は<気>を調整する。
「これならどうだ」
男は幻術の一部を解き、女に自分の真の姿を見せる。。
「ひいいいいい!」
突然のことに女性は悲鳴をあげる。
「騒ぐな」
男が幻術を帯びた<気>を指先から放ち、女性に打ち込む。
精神を操る<気>が、女性の体の支配権を強引に、女性から奪い去る。
「……」
悲鳴をあげようとするが、声にならない現状に女はパニックになる。
逃げようにも逃げられない、そして、女からすれば異常な状態なのに、ファミレスの他の客や従業員は平然としている。
「無駄だ、誰もあなたの危機に気付かない。……今まで、あなたが私の正体に気付かなかったかのように」
男は淡々と言葉をつづける。
「あなたの言った通り、彼とあなたの罪は表の世界では裁けない」
「だが闇の世界なら別だ、そして、闇の世界の罰は”死”だ」
「あなたが”死”を選ぶか、知っていることをすべて話して”生”を選ぶか」
「それは、あなた次第だ」
女は迷わず選択した。
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「幻術ですか」
「そうよ、これ学べねえと、自由に動けないからな」
男の問いに師匠は答える。
「肉体変化の道術は難しいからな、幻術ならなんとかなるだろう、お前さんは<気>の量も桁外れに豊富だしな、大丈夫だろう」
「そうですか」
「不服かい、自分を偽るのは」
師匠の問いに、男は苦笑する。
「いえ、しょせん、私は独りですから」