2.依頼
都会の片隅、シャッター付きガレージが男の事務所兼居室であった。
通常の部屋やトイレは男の体からすると少し狭すぎる。
そこで、男の世話人が用意したのが、この部屋であった。
特殊な大きさのトイレと、ちょっとしたキッチンがある以外は、だだっぴろい部屋であった。本が乱雑に床に置かれているがそれ以外に目につくものはあまりない。
空調もない。
だが、男は気にいっていた。
かつての檻のような生活よりは遥かにマシだった。
なにより、ここにはバナナがある。
「すまない、こんな部屋で」
男は依頼人に頭を下げる。
依頼人は老人であった。
男は人とコミュニケーションをとるのは苦手であったが、老人は労わるべきという常識は持っていた。
「いや、かまわないよ、私は君にお願いにきたのだから」
「いえ、私はお金をもらいます。慈善事業ではない、だからあなたが私を労わる必要はない。私の労力に見合うお金さえくれれば」
「ああ、それでいい。正式な依頼をする前に確認するが、君にいくつか確認するがいいかな?」
「ええ」
男は頷いた。
「人を殺す、という依頼は引き受けてくれるかな?」
「闇の世界の人間で、死刑に値するようなことをするものならば、もちろん、依頼料は高くなるが」
「君は強いんだね」
「ええ、だから、この仕事をしている。話すのは苦手で」
「今までに戦って負けたことは」
「ゼロではない。だが、最後には勝って、生きている。だから、あなたの前にいる」
「獣人と闘ったことは?」
「ある。なかなかタフだった」
「吸血鬼は」
「いちおうは、ただ霧にはなれなかったら、脅威ではなかった」
「霧になるとダメなのかね?」
「殴る事しかできないので、ただ師匠の話だと、本気で殴れば霧でも殴れるらしい。ただ、試したことがない」
依頼人の問いに、男は素直に答える。
嘘をつくつもりはない、血生臭いビジネスだからこそ、信頼関係は重要となる。
ひとしきり、質問をした後、依頼人は尋ねる。
「最後の質問だ。君は竜を倒したことはあるかな?」
老人の問いに驚いた。
「竜ですか?」
「ああ、元は人だが、今の真の姿は5メートルを超える巨大な竜だ」
依頼人の説明に、男は一瞬沈黙する。
……そして、男は答える。
「竜を倒したことはない、というか見たこともなかった」
当然の話だ、ここは21世紀の日本なのだかあ。
「だが、殴りごたえはありそうだ」
男は獰猛な笑みを浮かべた。
「竜退治、引き受けよう」
男は強く自分の胸を叩いた。
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「退魔士……?」
男は世話人に尋ねる。
「ああ、残念ながら、君は普通の人のようには生活できないからね」
男とは対照的に、神のごとき美貌をもつ世話人は説明する。
「君の体にあうような居場所も用意する。見世物小屋のような以前の住処よりはマシだと思う。むろん、強制はしない、私が君にお願いしたいのは別のことだしね」
その事は男も理解している。
男と世話人は対等の立場だ。
「だが、生きていくにはお金が必要だ。君も師匠も、そして私も、本気を出せば、それほど必要がない。……しかし」
世話人が言葉を続ける
「それでは、好物のバナナも食べられない。違うかね」
「そうだな」
人はパンのみにて生きるにあらず、バナナがなくても生きてはいけるが、楽しみが少なくなるのは哀しい。
「できるかわからないが、退魔士をやってみよう」
男は拳を見る。
「私は殴ることしかできない、不器用な男だ」