1.男一人
男は繁華街を歩いていた。
排気ガスの匂いは、いまだに好きなれないが、これが都会の匂いだと納得させていた。
「おかあさーん、あそこに○○○がいるよ」
その声に男は足を止め、声の方向を見た。
まだ小学生になるかならないくらいの小さな少女であった。
その目は、まっすぐに男を見つめていた。
その顔には、好奇心と驚きと、ほんの少しの恐怖が浮かんでいた。
そんな少女の傍らにいた妙齢の女性が、あわてて少女をたしなめる
「カヨちゃん、何言っているの!」
おそらく母親である女性は、男に頭を下げる。
「すみません」
「いえ、いいですよ」
母親の目には、男は、長身だが、恰幅がよく、そして毛深い男にみえただろう。
やや猫背で、強面ではあるが、背広を着ているし、それほど不審な人物には見えないはずだ。
だが、母親に戸惑っている少女には、別の姿にみえるはずだ。
男の本当の姿を。
そのことを、男は悲しく思う。
男の真実の姿を見抜くのは難しい、一般の人間は当然のことながら、一流の異能の持ち主でもなければ、見抜くことは不可能だ。
それは、まだ年端もいかないこの少女に異能の力が宿っている証であった。
突出した才能は忌避される。
ましてやそれが、異能であればなおさらだ。
男は嗤った。
真実の姿の男の笑みは、決してかわいげのあるものではなかった。
だが、少女の警戒は解けたようだ。
無邪気な笑顔を浮かべる。
その笑顔をみながら、男は、いつまでも少女がその笑みを浮かべていられることを祈った。
*****
「ほお、おもしれえじゃねえか」
独りになってから、一体何年経過したのか、それすらもはっきり覚えていない頃、男は着流しの老人に出会った。
その老人は楽しげに男を見た。
男は戸惑った。
まさか、自分に気付くものがいるとは想像していなかった。
しかも
「お前さん、独りだろ?」
その老人は、男の一番の苦しみに気付いた。
「たしかにその恰好じゃ、ちーと目立ちするぎるよな、いいだろ、俺がなんとか生きていく術とコネを教えてやろう。おめーさんの<気>ならこつさえ掴めば」なんとかなるだろう
「あなたは誰だ」
男は尋ねた。
老人は笑った。
「俺か? 俺は通りすがりのただの仙人だよ」
そう言うと老人はニヤリと笑った。