夜の公園に寝ている男
健吾は自転車を漕いでいた。早く帰らないと、毎週見ているテレビ番組が見れなくなる。健吾はペダルを漕ぐ足に更に力を入れた。ひとしきりこぐと、息を思い切り吐き出し、空を見上げた。空は晴れ渡っており、オリオン座がはっきりと見えていた。2月の夜は肌寒く、いきが白くなった。
健吾は時計を見る。9時50分だった。見たい番組は10時から始まる。このままでは間に合わない。
「仕方ない、公園を横切るか」
そうつぶやくと、健吾は右に曲がった。すぐに公園の入り口に着く。公園の中を突っ切れば近道になる。健吾は公園の中を進んだ。本当なら公園の中では自転車から降りて、手で押さなけばならない。今は夜だし、人気も少ないから大丈夫だろう。健吾はそう考えて、自転車を漕ぎ続けた。
公園の中程まで行くと、街路灯の光も届かずほとんど真っ暗になった。明かりは自転車に付いているライトの光だけである。
その自転車ライトが地面に横たわる何かを照らした。あ! っと思った瞬間にはその何かにタイヤが乗り上げ、健吾はバランスを崩し、転んだ。自転車が地面に倒れる音と一緒に「うごうっ」とくぐもった声が聞こえた。
健吾は起き上がって、何かにぶつかった場所に目を凝らした。そこには一人の人間が横たわっていた。どうしてこんな公園の真ん中に人が寝ている?まさか死んでる?
健吾は恐怖を感じたが、横たわっている人間に恐る恐る近づいた。横たわった人間は咳き込んでいる。どうやら生きていたようだ。安心しながらも、どうすべきか悩んでいた。このまま知らないふりをしてここを立ち去りたいが、自転車で踏んづけておいて知らん顔で行くわけにもいかないだろう。でも、公園の真ん中に寝ていたこいつだって悪いんじゃないか?
「うーいてて」
健吾が迷っていると、痛みに悶えていた男が起き上がった。
「あんた、何するんだよ。いてえじゃねえか」
男は意外にも若く、健吾と同じ20代だった。
「すみません、まさか人が寝ているなんて思わなくて、大丈夫ですか?」
健吾は素直に謝った。
「あ、ああ、そうか。そうだよな、寝てた俺も悪いのかもな。うん。うん」
男は健吾を咎めることは止めて、一人で何やらつぶやきはじめた。自分の言ったことに自分で相槌を打っている。
「実は、星を見てたんだ」
「星? 星って空の星ですか?」
健吾は空を指さした。
「そう、星」
男も空を指さした。そのとき、男が手に持っていたボールペンのようなものから光がはなたれ、健吾はその眩しさに一瞬目を閉じた。男の手から光が空に一直線に伸びている。健吾も空を見上げた。空には星が輝いている。
「ここはこの街で一番眺めがいい場所なんだ。ほら、***座も見えるし、***座だって見える。ずっと上むいてるのって疲れるだろ?だから寝転がりながら星を眺めてた」
男は当然だろ? と言わんばかりの口調で平然と言った。星を見るために夜の公園で一人寝転んでる奴がいるか?
「そうだったんですか!いや、楽しみを邪魔しちゃってすみません。じゃあ、俺は用事があるので、これで帰ります」
男の体が自転車に轢かれて無事かどうかわからなかったが、これ以上関わるとろくな目に会わない。すぐに帰ったほうがいいと健吾は思い、急いで自転車を起こし、サドルにまたがり、その場を後にした。
時間は9時55分になっていた。家まであと3分で着く。ちょっと変なことがあったけど、なんとかテレビには間に合ったな。
「それにしても、あの男は何だったんだろう?」
少しの疑問が頭に浮かんだが、健吾は忘れることにした。そして、一晩寝て、今日の出来事は健吾の頭の中から完全に消えていた。
「おいおい、危なかったな」
男の背中に、茶色い毛の雑種犬が声をかけた。
「うるさい、公園の真ん中だったら宇宙船の出入りも安心だって言ったのはどこの誰だよ!」
男は自分の足元にいる犬に向けて怒鳴った。
「いや、俺はしっかり調査したんだ。まさか公園を自転車で横切る人間がいるなんて思わないだろう」
犬は男を見上げて言う。
「だから、アイアンカーテンを貼って、公園に人間が近づかないようにすればよかったんだ。変な所で備品をけちるからそうなるんだよ」
男は毒づきながら地面に手をつく。
「こんな宇宙の辺境に来たら、消耗品をできるだけ節約しようとするのは当然だろ?お前、ゲームやるときは後先考えずにアイテム使って、後半の大事なステージで鍵となるアイテムが残ってないってタイプだな?」
犬は男の側に並ぶ。男は地面をさすり、手のひらを地面に押し込んだ。
「うるさい、お前こそアイテムを大事にとっておいて、結局使わない宝の持ち腐れタイプだろ?」
地面に切れ目が現れ、丸く縁取られたかと思うと地下に沈んでいった。地面には地中に続く穴が残され、男と犬は地面と一緒に地面の下に消えてしまった。消えた後で、えぐれた地面が何事もなかったのように元に戻った。