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まぞくといっしょ  作者: 黒梵天
第一章 白銀の鎧と悪魔の少女
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異世界生活序盤03 ホタル族のお父さん達かわいそうです。

 異世界生活、9日目。とうとう恐れていた事が起こった。


「ひっ……ひっ……」


 さっきから俺は、ベッドの上で過呼吸……っというか、ちょっとした発作を起こしているわけです。


「ど、どうしちゃったんでしょうね……。返事はしてくれるのですけど」


「わからん……。ただ、病気といった感じじゃなさそうだが……」


 部屋の外で二人が何か喋ってるけど、正直頭に入ってこないっす。


「お医者様はいないし……。万能薬もみんな手持ちが少ないから、人間の命を助けるって理由で、分けてくれるのかしら……」


「絶対無理だな。だがどうにも私には病気には思えんぞ? あの様子だと軽い鬱症状のようにも思えるが……精神的な問題じゃないか?」


 二人の声が段々耳に入ってくる、少しだけ落ち着いてきた。

 エクセリカちゃんの洞察力はすごいっすね……そうなんす、精神的なものなんす。


「そういえば、お父様が昔お母様に何かを言われて、それからしばらくしてあんな状態になったような気がしてきます」


「……ふむ。もう一度見てくるか」


 声が聞こえて、ドアが開く音がして、そうして誰かが入ってくる気配がします。


「おいお前……リッキ、どこか辛いのか? 昨日は随分頑張って薪は割り終えていたから、今日はニワトリのシメ方でも教えてやろうと思っていたのだが、具合が悪いならちゃんと言え。それではただサボっているようにしか思えんぞ」


 布団の外からエクセリカちゃんの声が聞こえます。

 そうです、俺は頑張ったんです。

 薪割りに洗濯に皿洗い。

 ニートで三日坊主の俺が、どんな心境の変化だよってぐらいな感じに毎日毎日こまめにせかせかもりもりと働いてたわけっす。

 飯はうまいしアルシラさんは優しいし、エクセリカちゃんの対応も最近じゃちょくちょく名前で呼んでくれるようになりまんた。

 だからか――否、だからなんです。

 俺は今、ちょっとばかり甘えちまってるんです。

 甘えてるつっても別に、全部サボろうとか思ってるわけじゃないっす。

 今日だって皿洗いやら野菜の収穫と水洗いはちゃんと手伝おうとは思ってるっす。

 ただ、ただ俺は、俺は今ものすごく、ものすごく苦しんでるんすよ!

 だって、だって、だって――。


「タバコ吸いたい」


「は?」


「タバコ吸いたいの」


「……」


 しばらくの静寂。

 そして布団ががばぁっと捲られて――。


「あーいだーい!?」


 け、ケツが! ケツが痛い! 何をされたんすか!?

 あ、鞭っすか!? いっつもエクセリカちゃんがもってるあの鞭でケツを思いっきりひっぱかれたんすね! 俺馬車馬じゃないんだから止めてくださいよほんと!


「リッキ。ニワトリのシメ方を教えてやる。飯は後だ」


 ええええ!?

 タバコも吸えなくて飯も食えなくてって俺どんだけ楽しみ無い人間なんすか!?


「やだああああ!! タバコ吸いたいいい!! 楽しみが欲しいよお! 楽しみが欲しいんですよお! だってここなーんもないじゃないっすか! ゲームも! アニメも! 漫画も! パソコンも! ネットも! ほんとなーんもないじゃないっすかぁ! 毎日毎日ちゃんとお仕事してるのに! そんくらいの娯楽が欲しいよぉおお! わーん!!」


 ヤダヤダヤダ! タバコなくっちゃヤダ!ってな感じに、おいらはバタバタとベッドの上で暴れまくりっすよ!


「子供かお前は! 諦めろ! それにタバコなんて百害あって一利なしだぞ? 知っているか? あれは不治の病を引き起こすものがあってだな――」


「知ってるよ! そんなの喫煙者は誰だって知ってますよ! 喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。医学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約二倍から四倍近く高くなります。ってお話ぐらい!」


 しかも外国じゃタバコ吸ったら死にますってちゃんと書いてあるし!


「肺がん……? まあいい、じゃあそこまで知っているならなぜ吸う? この機会に禁煙してみたらどうだ? あれは吸っている当人はいいが、他の者は――」


「説教くせぇやい! わーってんだそんな事はよう! だから俺ってばヘービースモーカーだってのに朝、昼、夜と一本ずつ、しかも最初の日以来は二人のいないところでひっそり吸ってたん――でずぅううう!? ぐるじー!? ぐるじーよー!? 死ぬー!」

 

 エクセリカちゃんお得意の『ネックハンギングツリー』がぁ! タバコ吸えない怒りにまかせて強気発言するんじゃなかったあああああ!!

 この子身長150センチぐらいだから俺の足は地面につくのよ!? だからわざわざそのまま俺を引きずってちょっと高い場所に体を移動させてくんだけど、ど、どうしてこの子はそこまで『ネックハンギングツリー』に拘るんですかい!?

 俺そういう安易なキャラ付けは好きじゃないなー。

 やめてほしいなー。

 ――ぐるじぃいい!!


「ほう……。口が悪いな、教育が必要なようだ」


「ぶべっ!? あぃいい――!?」


 そのまま『ネックハンギングツリー』を堪能した後、エクセリカちゃんはすぐさま俺の首根っこ引っ掴まえて、ズルズルと引きずりながらどこかに――どこに行くの!? ねえ!? 俺どこに連れてかれちゃうの!?


「あ、リッキさん……って、エクセリカ、どこに?」


 台所でお料理を作ってたアルシラさんが、俺達を見て『きょとん』としていますが、きっと助けてくれるはずがありません。

 だって全部俺っちが悪いんだものぉおおお!!


「少しこいつを物置に突っ込んでくる。二日か三日、長ければ数日の間、水と塩だけ与えてあとは放っておこう。薬物中毒者を治療するには監禁が一番だからな」


 なんかすげぇ恐ろしい事言われてるよぉ!?

 待ってよお! 薬物治療棟だってもっとマシな待遇だよ!? 飯ぐらい三食食わせてもらえるんだよ!? そんなのってないよ! こんなの絶対おかしいよ!


「な、治った! 治りました! 俺ぜーんぜんタバコ吸いたくねえや! あはは!」


 エクセリカちゃんの気がそれた所で、俺は素早くエクセリカちゃんの手から逃れてダイニングテーブルの下に逃げ込みます!


「あ、なるほど! お父様はあの時、お母様に禁煙を言われていたのね! 確か三日で元の生活に戻ったけど……。ふふっ。懐かしい」


 三日……そんなに頑張ったんですか、昔俺が禁煙を試したけ時は6時間が限界っした。

 今回は禁煙してるつもりなくて、モノが無いから吸えないって状態がここ2日ぐらい続いてるってだけで、俺は禁煙してるつもりはないんす。あひぃ! 吸いたいぃ!


「こんなに早く治るわけないだろう。ほら、甘えてないでこっちに来い。私はやると言ったらあまり曲げない性分でな。来い」


 ダイニングテーブルがじわじわに動いてるぅ!? エクセリカちゃんは無理にでも俺をつれていくつもりですよこれぇ!?


「やめろぉ! 離せ―! 死にたくなーい!」


 とうとう再びエクセリカちゃんに首根っこ引っ掴まれてちまいました。


「ちくしょうめえええ!! 離せぇええ!! タバコ吸えないならお前の乳首を吸ってやろうかぁあああ!!」


 俺だいぶ白目向いてきましたよ! 超興奮してますよ! もうエクセリカちゃんなんか怖くないっす! こんなのただの可愛い首がとれるだけの仏蘭西少女じゃないっすか!


「まるで何かに憑かれているようだな、お前は……。ほら、ついたぞ?」


 げあああああ!? 物置だあああ!?

 日本でいう所の石蔵みたいな形した建物の、重そうな鉄の扉前まで、とうとう連れて来られてしまいまんた……。


「こんな所に放り込まれたらストレス死しちゃうよぉ! エクセリカちゃん! お願いだよう! もうタバコ吸いたいとか我が侭言わないから――」


「私が子供の頃はな! リッキ!」


 ふひぃ!?

 俺の言葉を遮って、エクセリカちゃんが怒鳴ってくるよう……。


「まだ母上が生きていた頃の話だ。私はやんちゃでな、今よりももっと髪が短くて、男物の服ばかりよく着ていたよ。それを母上は許してくれなくてな、私がそうあるたびに、私の体を縛りつけて何処かに隠し、延々と目の前でお人形遊びをしている女の子達の輪の中に私の頭だけを置き去りにした」


 そ、それ虐待なんじゃないっすかねえ……。


「私は泣いたが、母上は許してはくれなかった。わかるかリッキ? この世にはな、泣いても、喚いても、許してくれない人がいるんだ」


 氷室の重い鉄の扉を『ギギギギ』なんて開けながら死んだ目でエクセリカちゃんが俺に言ってくるんですけど!? ねえ!? どうしちゃったの!? いつものエクセリカちゃんじゃないよ!? おかしいよ!? 目が、目がレイプ目だよ!?


「許してくれないならどうすればいいか。そうだ、どちらかが折れるまで意地を張り合うしかないんだ」


 俺の胸倉を片手で掴んで、え、エクセリカちゃんが、も、持ち上げて……。


「お前のタバコに対する意思がどれほどのものか、私に見せてくれ。なあ、リッキ。見せてくれよ。私は間違っていたのか? 女の子らしくして母上を喜ばせてあげるべきだったか? なあ、わからないんだ。どうすればよかったんだろうな。今となってはもうわからない。わからないんだよリッキ。だから見せてくれ。見せてくれリッキ、なあ、なあ……ふっ……ふふっ……」


 やらぁ!? なんかトラウマみたいのまで出てきてるぅ!?

 それにどこからから縄を出して俺の体がす巻きにされてくんですけど!?


「ぶべっ!?」


 そんでもってすっげえぞんざいに物置の中に投げ込まれたんすけど!?


「それでは次は夜に会おう。さらばだリッキ」


 エクセリカちゃんが重そうな扉をゆっくりゆっくり閉めてくるじゃあーりませんか!? お願いだからやめてぇ! もう我が侭いわないよぉ!


「お母さぁああああん!!! 許してぇえええ!!」


「誰がお母さんだバカ」


 ――バタム。


「暗いよぉおお!! 狭いよぉ!! 怖いよぉ!!」


 そんなわけで、おいらはエクセリカちゃんにしまわれちまったわけですが……。


「ぐぅぅう! 腹が、腹が減ったぞ……」


 そうです、タバコどころか朝飯もまだなんです。


「食い物とかないんですかねぇ……」


 見渡すと木箱がいくつかは見つかるけど、多分中身は服とかしか入ってないんじゃないかね?


「俺はカ○オかよ……」


 サ○エさん家のやんちゃボーイの彼は、悪さする度にいっつもこんな暗くて埃っぽいところに監禁されてたんすね……。よく懲りないな……。


「ぐへえ……。元引きこもりだけどさ……。監禁されるのと引きこもるのじゃワケが違うのよ……。それに深夜はよくタバコとかカップ麺買に出かけられたもの……」


 そんなわけで、異世界生活どころか急きょ監禁生活が始まりました。

 

 ――俺の物置日記。

 

 監禁生活一日目。僕は水と塩を食べました。

 監禁生活二日目。僕は水を飲んで塩を舐めました。

 監禁生活五日目。僕は水と――。

 監禁生活……何日目だ、体がかゆい……水、うまかっ、です。

 かゆい……うま。


「いやそんな日数たってねえから」


 ……あれから多分30分ぐらいしかたってないっす。

 正直タバコ吸えなくてイライラしてたけど、どうしておいらはあんなに、だだっこみたいにしてたんすかね……。

 たまに自分の年齢忘れる時があるけど、二人より全然年上だっていうのに、二人の方が全然しっかりしてるのはどう言う――


「……しっかりも、するよね」


 事なのか、すぐに思い当った。

 だってきっと、彼女達は半ヒキニートやってる俺なんかよりも、ずっとずっと密度の濃い人生を歩んで、普通の人の何十倍もの苦労を重ねて生きてきたタイプなんだから……。


「アルシラさん、かあ……」


 彼女まだまだ19歳だろ? そろそろ受験控え始めるぐらいの歳だね。

 見た目はアスタロ○トみたいだけど、美人には変わりない……朱色っぽい金色の瞳も素敵だし、胸はとっても大きい。肌は青っぽいけど、それがまたエキゾチックっていうか、ミステリアスっていうか、すげえ色っぽい。

 そして髪の色は赤茶で、長い後ろ髪をまとめる為か可愛い編み込みを入れてるのもポイントが高いっす。

 ああいう髪型ってめんどうくさそうだけど地味な可愛さがあるんだよな……きっと学校にいたらクラスで集まってる人気者のグループの真ん中にいるんだろうな……。


「エクセリカちゃん……ねえ」


 そしてエクセリカちゃんは16歳か。まだまだ遊びたい盛り、恋したい盛りかな。

 ミルク色の肌に整った顔立ち、吸い込まれてしまいそうな深い色の碧眼。

 長い金髪を後ろに一本にしただけのポニーテルで、前髪はただの中分けだから華やかさってモノはないかもしれないけど、結んだ白いリボンが左右に揺れるのはちょっと可愛い。

 うーん……学校にいたら風紀委員やってんのかな、真面目そうだし。


「なのに俺ときたら……」


 身長は170センチピッタリ。

 髪がもっさりで肩近くまで伸びてるし、髭もボーボーで浮浪者みたい。

 顔は……まあ卒倒する程のブサイクってわけじゃ無いとは思うけど、眉毛は濃いし、鼻もスッキリしてるわけじゃないから、イケメンってわけでもないや……。

 ……だから、本来であれば一生お近づきになれないんだよな、あの二人には。


「はあ……」


 考えたら鬱んなってきた。

 ――寝よ……。

 す巻きにされてて物置ん中の物漁って楽しむ事もできないし。

 その場に横になって、かったい床をベッドにおやすみなさいだわ……。

 俺、いつんなったら出れるんですかねえ――。



「……んがっ」


 ――そんな感じで眠りこけて、起きたらもう夜になってまんた。

 扉が開く音が聞こえて目を覚まして『何かな?』なんて思って音の方がする方を見たら、アルシラさんがきょろきょろ辺りを見渡しながら入ってきてました。


「ふふっ。寝ていたのですか? 大物なんですね。ふふふっ」


 楽しそうに笑って俺の前に座ると、アルシラさんはそっと俺の目の前にパンとスープを置いてくれた。

 ……あれ、俺って水と塩だけしか口にできないはずじゃ……?


「……?」


 ぼうっとアルシラさんを眺めると、ニコって笑ってくれた。

 も、もしかしてこれ、食って……ハッ!?

 まさか腹空かしてる俺の目の前で自分だけ食べるっていう新手の拷問か何かですか!?

 ――アルシラさんがそんな事するわけない。


「あ、そのままじゃ食べられませんよね! ごめんなさい、今もっていってあげますね」


 アルシラさんはスプーンでスープをすくうと、俺の口の前に運んでくれます。

 ありがたいです……すごくうれしいです……泣きそうです……。


「あむ……。ありがとうアルシラさん。すげぇスープうまいっす……アルシラさんは優しいです……」


 どうしてこの人はこんなに優しいんでしょうか。天使なんでしょうか。


「ふふっ。エクセリカも本当はすごく優しい子なんですよ。だけど、何と言うか少しやり過ぎちゃう所がありまして……。ごめんなさいね、許してあげてもらえますか?」


 アルシラさんの言葉に何度も頷く。


「許すも何も、俺が悪かったんすよ……。だからこうやって罰を受けるのは当然――あ、そうだアルシラさん、こんな風に俺にご飯くれても良かったんですかねえ……?」


「あ、もちろんエクセリカには内緒ですよ? わたくしも怒られてしまいます」


 アルシラさんが悪戯っぽく笑いながらチロって舌を出した……可愛い……。


「――そういえばこの物置、開くのはもう五年か六年ぶりぐらいです。……昔お父様が人間さんの王様とお話をしに王都に向かっていた途中で……。それから記憶と一緒に、封印するようにお父様の物を色々と物置に仕舞って……」


 アルシラさんが悲しそうな顔で周囲の木箱を眺めて、寂しそうに呟いてる……。

 ……アルシラさんのお父さん、もしかしたら謀略にあったのか……?。


「人間って……汚いっすね……」


 だけど、俺もそんな汚ねえ人間の一人なんだよな……。

 思い通りにいかねえと駄々こねて、欲望に忠実で、バカなんすよね……。


「あ、いえいえ! リッキさんはいい人間さんですよ! 一生懸命やってくれてますし、頑張ってるのちゃーんと見てます! リッキさんが洗濯してくれた私の服、すっごく綺麗になってますし、いっつもふんわりしててとっても気持ちが良いのです! だからわたくしはすごく感謝しているのですよ?」


 自分の服の裾をパタパタしながら、アルシラさんはにっこり笑ってくれるけど、おいらは正直素直に喜べないっす……。

 だって、俺ってばこんな風に家に住まわせてもらって、三食食わせてもらってるっていうのに何もしないんじゃバチが当たるってもんすよ。

 親に甘えるのはまだいいけど、アルシラさんは親でもないし、ましてや年下の女の子なわけですよ。

 好意に付け込んで我が侭放題してたら、いつか絶対見捨てられちまう気がする。

 ――いや、アルシラさんは……きっとどんなダメ人間でも見捨てない気がするけど、エクセリカちゃんが俺を追い出すね、うん。


「はい、リッキさん。口を開けてください、まだお腹空いてますよね?」


 そう言って、またもやスープを俺っちの口に運んでくれる。


「あむっ……うっ……ううっ……お、美味しいっす……」


 どうしてか知らないけど、涙がぼろっぼろ出てきた。

 マジですっげぇ情けねえ……。


「あ、あらら? リッキさん、どうして泣いてるんですか?」


 わがんね……。

 解らないけど、優しさがすごく心を痛めつけるんす……。

 なんだべこの感情は……。

 不甲斐ないっつーかなんつーか……。


「そうだ、リッキさん。タバコ吸いますか? 確かお父様の使っていた葉巻箱にまだ何本か残っていた気がします!」


 手をポンと叩いてから、アルシラさんが物置の中にある木箱を開いて、その中からなんだか高そうな赤い木箱を取り出して、それを開いて中を確認してから、ぶっとい葉巻一本取り出して、端っこの部分を中に入ってるギロチンみたいな変な刃物使ってチョッキンしてから、そのぶっとい葉巻を俺の口に咥えさせてくれるわけなんすけど、正直俺……罪悪感で胸がいっぱいでタバコ吸う気とか起きないんすけど……。


「えーっと、リッキさんの火を付ける道具を貸してもらってもいいですか? あれ、一度使ってみたかったんです!」


 い、いやぁその……。

 使うのはかまわないんすけど、俺罰を受けてる状況なんすよ? 本来反省しなきゃいけない俺が、優しさに乗じて吸いたがってたタバコを希望通りに吸っちゃうって、どうなんすかそれ……。

 アルシラさん、優しすぎるよ……いつか絶対騙されるよ……。


「ええっと――あ、ありました! それで、これを……こうやって……『ボッ』とやるんですよね? うーんと……あ! 出ましたよリッキさん! はい、どうぞ! ふふっ」


 俺のポケットをまさぐってライターを取り出したアルシラさんは、そのままライターに火をつけて葉巻の所まで火をもってきてくれたんだけど……俺、それを吸い込む気にはなれんのですが――


「こうしてると、お父様にしてあげた事を思い出します……。ふふっ、懐かしいなあ……」


 こんな事を言われたんじゃ吸わない方が悪い事のような気がしてくる……。


「そ、それじゃあ――うぇふっ!?」


 ぶほっ!? な、何だか煙が濃い!?

 お、俺今、中々火がつかねえなーなんてじわじわ吸いこんで、ようやく口の中に煙を徐々(じょじょ)に感じてきたんで、そいつをようやく吸い込んだら、もう喉に『ググッ』っときて肺に『ドンッ!』ときたよ!?


「げほっ! げぇっ……! つ、強すぎる!」


 俺が今まで吸ってたタバコなんかと全然違うよこれ! いつものように吸ったら肺が爆発しちまうよ!


「だ、大丈夫ですか? お水お水――」


「だ、大丈夫っす……吸い方が多分、ち、違ってただけだと……」


 よくわかんねぇけど、確か葉巻って香りを楽しむ系のお話があったはずだよな……。ふかしタバコでもすんのか……? わっかんねぇ……。でもチビチビ吸えばわりとなんとかなるかも……。ちょっちダサいけど……。

 ――あ、いい香りかもしんない。うまい、うまいかも。


「ふふっ。おいしいですか?」


 両手を合わせて、ニコニコしながらアルシラさんが俺を見るので、俺は『はい、すごく』って正直に言ったら『よかった! じゃあこれ、リッキさんにあげます!』なんて言ってくれて、なんだか俺、自分がとんでもねえ悪人なんじゃねえかって思い始めてきましたよ……。

 ――ちゃんと、しねえとなあ……。


「ありがとう、アルシラさん。俺、明日からも頑張って――」


「頑張って水と塩で生きるんだな?」


 ひぃいいい!?

 エクセリカちゃんの生首が奥の木箱の陰にぃいいい!?


「まったく……。こんな事もあろうかと、お前が寝てるうちに首だけ置いといてよかったぞ。待ってろリッキ、今すぐ私の体がくるからな」


 ええええ!? 遠隔操作できるんすかああ!?

 てか体だけ歩き回るとかすげぇ怖いんですけど!?


「う……あ……あ、アルシラさん! お願いします! 縄を! 縄をほどいて下さい!」


 言うとアルシラさんが苦笑いで縄を解いてくれました! これで勝つる!


「反省の色もないみたいだし、これからお前には長期間の禁固刑を……お、おいリッキ何をするつもりだ! やめ――」


「ごめんよエクセリカちゃん! 俺も命が大事なんすよ!!」


 エクセリカちゃんの生首を木箱に詰めてから、俺は葉巻を咥えながら物置から抜け出して全力疾走で逃げる、逃げる、逃げるッ!

 そうやって、とある建物の陰までやってきて、俺はすぐさましゃがみこんで息を殺す!


「よ、よし……」


 エクセリカちゃんの離れの裏……ここなら盲点で気づかれるはず――


「リッ……キ……」


 だったのに。

 俺の肩に、何か、感触が――

 

「あ、あわわ……わ、わ」


 その感触が何か確かめる為に振り返ると、そこにはエクセリカちゃんのいつもの体がありまして、それが掠れ(かすれ)たような声を出してるんです。

 そして肩には胴無エクセリカちゃんの手が『ポン』と乗ってるんですよ。

 もちろんこの世界には電灯なんてなくて、かなり真っ暗なんですよね。

 だから、それは、つまり――


「わきゃああああああああああああ!? ごわぃいいい!?」


 飛び上がってから走り出す!

 ちょ、超怖い! 超怖いよ!

 怒られるとか怒られないとかじゃなくてマジで怖いよ! ホラーだよ!

 てか、どうして鎧だけなのに喋れるんすか!? 意味わかんないよ!?

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 どこに逃げりゃいい!? 俺はどこに向かって走ってる!?

 ……って、エクセリカちゃんに追いかけられるのは二度目じゃないか!

 俺ってどうしてこんなにもエクセリカちゃんに追いかけられまくるの!?

 ――逃げるから。

 逃げるに決まってるでしょぉおおお!?

 

「ひぃ……ひぃ……ふぅ……」

 

 アルシラさんの家の横を真っ直ぐ進んで、ニワトリの飼育小屋を通り過ぎて、薪割り場を迂回して、氷室を出るとそこは――。


「おかえり」


「おかえりなさい」


「あ、ただいまっす……って物置だぁああああ!!」


 どうして俺は物置に戻ってきちゃってるのぉおおお!?

 しかもアルシラさんはエクセリカちゃんの生首を抱えてるよぉおお!?

 絵面がやばい! 絵面が超こわいいいい!

 アスタロ○トが微笑みながら生首抱えてるのはちょっとよろしくないいい!!


「さ、リッキ。いっぱい反省しような」


 また肩に感触がぁ!?

 ……ふ、振り返りたくねえ! 見たくねえ! もう物置もホラーも嫌でござるううう!

 か、かくなる上は――


「ごべんなざいー! 俺明日からと言わず今すぐお仕事しますぅ! お願いしますぅ! お仕事させてください! お仕事を俺にくだざいいいい!! もうタバコ吸いたいなんて言って駄々こねたりしません!! お願いします! お願いします!」


 俺、ジャンピング土下座。


「まったく、しょうがないな……。ずっとアルシラに許してやれと言われ続けてたしな……今回は見逃してやってもいいぞ? ……次は無いと思えよ?」


 エクセリカちゃんが自分の体を頭に寄せて、あるべき場所に戻した。

 はいぃ……もう変な我侭言ったりしません……。


「ふふっ。よかったです。頑張ってくださいね、リッキさん!」


 アルシラさんは俺の肩に手を置いて、トントンと優しく叩いてきた。

 はい……俺、頑張ります。


 ――そんなわけで、俺はお仕事がもらえるありがたみと、25歳にもなる大の大人が駄々をこねるもんじゃねえって事を、頭でなく心で理解しました。

 アルシラさん……ご飯と葉巻をありがとう。

 エクセリカちゃん、ごめんなさい。

 明日からじゃなくて、今から本気出します。

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