森の探索01 マシンガントーク
あれからソファで軽く仮眠を取って、いつものように朝食を摂った。
どうやらアルシラさんもエクセリカちゃんも、俺が熱を出してぶっ倒れた理由(異物と結合した俺の体がびっくりしていただけ)を知っていたみたいで、必要以上に心配される事もなく、本当にいつも通りに接してくれた。
そして和やかな朝食を済ませた俺は、アルシラさんに『隷属化の魔法』を掛けてもらった後、私兵施設内部に設けられた会議室に向かい、本日行われる森の探索についてのブリーフィングを受けた。
ブリーフィングの内容はもちろん、最近村の周囲から魔物や野生生物が消えている不可解な現象――短く言えば『獲物消失異変』についての事で、カーリャさんが様々な場所から得た情報を聞かせてもらう事が出来た。
どうやらこの『獲物消失異変』はこの村に限った事じゃないようで、他の亜族の村や人間の国の周囲でも似たような事が起こっているみたいだ。
そしてその異変を引き起こしているのは、約一年前から始まった『魔物の強化現象』が原因なんじゃないかって話で、まだ全てがそうだとは断言出来ないみたいなんだけど、似たような事が起こった亜族の村の周囲で『剣で斬る事が不可能な程に肌が硬質化』した魔物や『並みの戦士では追えない程に運動能力が向上』した魔物が確認されたそうだ。
この事が今回の異変と一体何の関係があるのか、それについてカーリャさんは『食物連鎖におけるヒエラルキー』がどうのこうのっていう難しい話と共に説明してくれたんだけど、残念な事に俺の頭はそこまでよく無いから、深い所までは理解できなかった。
だからちょっと簡単な言い方になっちまうんだけど、自分自身がわかりやすいようにカーリャさんが言っていた事をまとめると――
『強い生物が自分達のテリトリー付近に住み着くと、弱い生物は危険を本能で察知し、そいつから遠ざかった場所にテリトリーを移す』
『そしてもちろん魔物もまた然りで、同じようにテリトリーを移す事がある。とはいえ魔物の場合、よっぽど実力差が目に見えて分からなければテリトリーを移す事は無い』
『よってこの森の中には危険に愚鈍な魔物が裸足で逃げ出す化け物が住んでいる』
こんな事が森の中で起こっている可能性があるみたいだ。
そして村の周囲に魔物が居ない事も加味して考えると、その化け物は『村のすぐ近くに住んでいる』か、もしくは『行動範囲が広く、かなり大きな群れをもっている』可能性がある、という事になる。
さて――
「――シャン、どうだ? 魔物の臭いはするか?」
「うーん……ここら辺にはまったく無ぇな」
そんなわけで現在俺達は、そんな化け物がマジで森の中にいるのならこれ以上野放しにするワケにもいかないので、速やかに討伐するべく村の西側にある森の奥深くにまでやってきている。
探索に駆り出されたのは俺とエクセリカちゃん、そしてシャンヘルちゃんと村の私兵さんを含めた計25人の筋力自慢、魔力自慢の人達ばかり。
「ふむ。では何か手がかりになりそうなものは何か感じるか?」
「わかん無ぇ。……ただ、村から歩いて昼飯食った所までの距離なら、薄らと魔力の臭いが嗅げるからよ。間違いなくこの辺に魔力を含んだ生き物はセリカ達しか居無ぇな」
そしてそんな精鋭揃いの25名は、5人一組のパーティを作り、様々な種類の樹木が無秩序に生える森の中で陣形を成し、秩序をもって行進していた。
……なんて言えばすごく格好いいんだけど、残念な事に午前10時あたりから森に入って、手早い昼食休憩を済ませてから再び探索を開始し、午後4時を過ぎた今現在に至ってなお、俺達は魔物と遭遇出来ていない。
「そうか、では村の近しい所に強い魔物が巣食っている可能性はかなり薄れてきたと言っても良いな……。ふむ、ならばこれ以上急いでも体力を消耗するだけにしかならん、今日はここで野営をしよう」
シャンヘルちゃんの言葉を受けて、エクセリカちゃんは歩みを止めて反転する。
「後列の者は速やかに後ろの者に伝えてくれ! 休憩だ!」
エクセリカちゃんが俺達の後ろを歩く私兵さん達に向かって『ここで野営をする!』と叫ぶと『了解!』といった声が綺麗なタイミングで返ってきた。
そしてしばらく伝言ゲームみたいなやり取りが行われ、列の真ん中に居たリアカーを引く一組が俺達の所にまでやってきて、皮のシートを敷き、焚き火の準備を始める。
……なんだかすごく忙しそうだ。
「あ、俺も何か手伝いま――」
「大丈夫です!」
「これは我々の仕事ですので、ゆっくりとご休息下さい!」
「そ、そうですか……」
リアカーから大きな鉄鍋を運んだり、食材を引っ張り出したりしてる私兵さん達に声を掛けると、すげえ真面目な顔で『休んでいて下さい』って言われちまった。もしかして俺は鈍臭く見えるんだろうか……。
「ふふ、そんなしょぼくれた顔をするなリッキ。私は常々みなの者に『仕事の持ち回りだけはキッチリ分け、休める時には全力で休め』と言っているんだ。魔物に当たれば嫌でも動き続けなければならんからな」
お手伝いを断られて『しょぼん』としていると、エクセリカちゃんが苦笑いを浮かべながら肩を叩いてくれた。
なるほど、休める時に休むのもまた仕事のうちか……それじゃあ遠慮なくゆっくりと休ませてもらおうかな。きっと明日の野営の準備は俺達がやるんだろうし。
「リッキー……ソレは疲れたぜー……」
エクセリカちゃんと俺が立ち話を始めると、シャンヘルちゃんがその間に入ってきた。
いつもの元気な表情はどこへやら、なんだか少しだけ疲れた顔をしている。
「お疲れ様ね、シャンヘルちゃん」
やってきたシャンヘルちゃんの肩を『とん、とん』と軽く叩いて労の言葉を掛ける。
「本当に疲れたぜー……。狩りだっていうから期待してたのに、ずっと並んで歩くだけだったしよー……」
シャンヘルちゃんが地面の石ころを軽く蹴って、つまらなさそうに口を尖らせた。
「ふふっ、それにしては結構真面目にやってたじゃないの」
ちょっぴり不満げな顔をしてはいるけど、シャンヘルちゃんは今の今までしっかりと私語は慎んでいたし、隊列を乱す様な事もしなかった。
「ん……こんな大勢で狩りすんの初めてだからよ。それが何だかちょっと面白ぇの」
頬っぺたを掻きながらほんのりと頬を染めて何やら照れた面持ちで視線を逸らせてくるシャンヘルちゃん。
ほほう、シャンヘルちゃんって結構欲望に正直な所があるから集団行動は苦手だと思ってたけど……こういうのは逆に新鮮で楽しいのか。
「でもよう、まさかこんなにいっぱい臭いを嗅がされるとは思わなかったぜ。こんなんじゃ狩りが終わる頃には鼻がバカになっちまうぞ……くんくん……」
げんなりとした顔でため息をつき、シャンヘルちゃんはゆっくりとした動作で俺の体に腕を回して抱き着くと、腹に顔を埋めて『スンスン』と鼻を鳴らしてきた。
「んあー……リッキの匂いは本当に鼻に優しいよなー……。魔力の臭いもちょっとしか無ぇしなー……。超うまそうだよなー……」
それから頬っぺたを腹にスリスリと押し付けて、うっとりとした表情を浮かべて『うまそうだ』なんて事を言ってくる。
「……それ、褒めてるの?」
「おう、褒めてるの」
シャンヘルちゃんは顔を上げて『くひひ』と笑った。
「……褒めても何も出ないよ?」
「出させてやってもいいんだぜ――むぎゅっ」
シャンヘルちゃんが意味深な顔で股間を見つめながら下品な事を言ってきたので、頬っぺたを両手で挟んで『アッチョン○リケ』みたいな顔にさせた後にそっと遠ざけた。
ええい、このビッチドラゴンめ……。
「ぶー……。ソレだって女の子なんだぜ?」
「女の子扱いされたいの?」
「それはそれで何かキモい」
「さいですか」
シャンヘルちゃんは肩をすくめて『はんっ』て顔をした。
……まあ、確かに軽口叩き合えるような関係って気兼ねしなくていいよね。
俺には男の友達っていないわけだし、下品な事を言えるような間柄の知り合いなんて一人もいないから、こういうシャンヘルちゃんとの軽口の叩き合いってのが凄く気楽だ。
ただまあいずれシャンヘルちゃんが成長して、出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだ美少女になっちまった時、俺はちゃんと女の子扱いしようとは思っている。
何年後……いや何十年後になるかはわからないけれど――
「――あの」
不意に、声を掛けられた。
「はい?」
顔を向けるとそこには犬耳を生やした少女が立っていて、俺の事をまっすぐ見ていた。
歳は大体13、15といった所だろうか。
小柄な体にチェインメイルをピッタリと着ていて、鉄で補強された革靴を履いている。
髪の色はアッシュグレーで、髪型はセミロングウルフヘアー。
そして頭の左右には柔らそうな三角の耳が『ぴょこんっ』と生えていて、背中越しに長くてもっふりとした尻尾がピクピクと動いてるのが見える。
「あなたが、ハギワラ様でありますね?」
少女は眉を八の字にして、困ったような、怒ったような良くわからない表情を浮かべながら名前を聞いてきた――なんだか嫌な予感がする。
村の知らない女の子が自分から俺に話しかけてくるパターンはこれで二回目になるんだけど、前回は牛娘ちゃんがツーハンドアックス振り回して襲いかかってきたのよね……。
じゃあ、今回は一体、何が始まるんです……?
「え、う、うん。そうだけど――」
「ああ! やっぱりそうだった! ハギワラ様! あなたの武勇は聞き及んでいるであります! 今回の作戦で共に戦うことができ、自分は光栄に思っているであります!」
恐々として頷いて見せると、もの凄い勢いで俺の前に跪いてきて、目をキラキラとさせながら見上げてくる謎の犬耳少女――これは予想外だ。
「い、いや、あの――」
「なんでも、ハギワラ様は人間の兵士が100人もいる場所にたった一人で挑み、兵どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げてアルシラ様をお助けになられたとか!」
大興奮の面持ちで鼻息荒く話しかけてくる謎の――って、百人相手に挑んだってどういう事なの!? 君はそんな話どこから聞いたの!?
「い、いやその情報は間違って――」
「あ、申し遅れました! 自分はハギワラ様達の後ろを歩く一団に所属するライカンスロープ一族の子で、中衛戦士をやっているであります!」
あ、ダメだこの子話し聞いて無い。
「あ、う、うんよろしく――」
「ハギワラ様達とは常に近しい距離にいるので、特攻、けん制、なんなりとお申し付け下さい! どんな無茶な命令でも自分はこなせる自信を持っているであります!」
キリっとした表情で胸を叩くライカンスロープ――もとい狼娘ちゃん。
……この子もしかして一度話すと止まらなくなるタイプなのかな?
俺が生きてきた中で話した事の無いタイプの子だけど、何だかすごく話し辛い……。
今までずっと忘れていたけど、俺元々半ヒキコモリだから他人とコミュニケーション取るのってそこまで上手じゃないんだよ……。カーリャさんは話し上手だし、俺の言葉を引き出すように独特の間を作って話してくれるからいいけど、相手がガンガン喋ってくると何話していいのか分からなくなる……マジで誰か助けて……。
「(エクセリカちゃん、助けて……!)」
エクセリカちゃんに助けを求めるような視線を送ると、苦笑いで首を横に――どうして頷いてくれないの!?
「(お願い助けて……!)」
眉を八の字にして唇を軽く開き、全力で情けない表情を作ってもう一度エクセリカちゃんに視線を送る。
「ぷふっ!」
だけどエクセリカちゃんは俺の顔に噴きだして笑っただけで、やっぱり首を横にしか振ってくれなかった。うごご……自分でなんとかするしかないのか……。
「――そういう事ですので、自分は足の速さは誰にも負けないと自負しているであります! だからもし伝令が必要になった時には是非とも自分にお申し付け下さい!」
「そ、そっか、それは心強い――」
「いやあ、それにしてもようやく話しかけられました! 自分は今までずっとハギワラ様達の後ろを歩いておりましたが、作戦行動中ゆえ話しかける機会も無く、ずっとタイミングを伺っていたのでありますよ!」
俺は返事するタイミングが掴めないよ。
会話のキャッチボールが出来ない。
言うなればバッティングセンターで調子に乗って打てない球を選んじゃって、そのまま棒立ちになって終わるのを待っているような気分だ。辛い。
「そして今、ようやく休憩時間とあいなりまして、最初は邪魔になってしまうとも思ったのでありますが、どうしても自分はお目通りを――」
……いやはや、困ったな、まだ喋ってる。
会話にならないのもキツいけど、100人相手にしたとかいう大げさな噂を本気で信じ込まれているのが一番キツい。
噂話は刺激的であればあるほど面白いから、ちょっとばかり誇張されて伝わる事は良くある話だけど、さすがにこれは行き過ぎだ。
このままじゃ変に期待された挙句、めちゃくちゃがっかりされるのが目に見えてるよ。
こっちの世界って娯楽らしい娯楽が無いし、そもそもこんな森の中じゃ本当に楽しい娯楽なんてお酒とエッチと世間話ぐらいしか無いんだもの。早く誤解を解いておかないととんでもない事になっちまうよ……。
「あ、ね、ねえ! 俺が人間100人相手にしたって噂、どこから聞いたの?」
「で、ありますからして――わふっ? あ、それは自分がエクセリカ様から、ハギワラ様が前の村で行った活躍を聞き、その他にも色々な方々話を聞いて自分自身で判断したものであります! だから噂など立ってないでありますよ!」
話をぶった切って無理やり質問をねじ込み、会話の流れを変える事に成功。
うっし、ようやくペースを掴んだぞ……。
……さて、なるほど。聞くところによれば特に変な噂は立ってないわけか。
じゃあ今すぐに誤解を解いておけば――
「あ、でも、噂と言う程のものでは無いのでありますが、自分はこの事を友人達に話したのであります! ですがみんなには中々信じてもらえず、いつも『それは本当に人間なのか?』といった表情を浮かべられていたのでありますよ……。ですが! 村に被害が及ばぬ演習場にまでドラゴンを誘導する余裕や、あの大きな生き物を一撃の元に倒せる強さをもっている事を見せてくれた事もあり、みんなもちゃんと信じてくれるようになったのであります! 自分はとっても嬉しいのでありますよ! わっふん!」
腰に手を当てて胸を張り『ドヤッ』て顔をしながら狼娘ちゃんは――もう既に更なる誤解を作り出してるじゃないですかやだー!?
やべえよ……狼娘ちゃんに友達が何人いるのか知らないけど、一人二人だったら『みんな』なんて言葉は使わない。少なくとも三人以上の人がこの話を信じたって事になる。
これは……面倒な事に……なった……。
「う、うー……」
コメカミを押さえて短く呻く。何だかすごく頭が痛い。
ど、どうしてこんな話になっちまったんだよ……変な汗が止まらないぞ……。
確かに演習場に逃げたのは事実だし、シャンヘルちゃんを一発で転ばせる事が出来たってのも間違いではないよ。
ただ、その時俺は『エクセリカちゃんと魔融合しなきゃ勝てない』って事をずっと考えていたし、その為に演習場まで『逃げていただけ』なんだから、余裕なんて全然無かったんだ。
しかも地面に倒す事には成功したけど、シャンヘルちゃんが聖力切れを起こして小さな体にならなかったら、マジでどうなってたかわからない。
もしもあのままガチで殴りあってたら、俺の体はあわれにもボロ雑巾みたくなってたんじゃないかな……。
「……あ、あのね君、それは誤解だよ。俺にはドラゴンとやり合う力なんて無いよ」
「いや、誤解も何も実際お前はソレの事を一発蹴り飛ばしただけで勝ってるじゃん」
訂正を入れるとシャンヘルちゃんが横から口を出してきた。
シャンヘルちゃん……君は俺に何か恨みでもあるのかい?
……いっぱいあるよね。ちくしょおおおおッ!
「ああやはりドラゴンの方が言うのでしたら間違い無いのでありますね!」
「おう、リッキは強いぜ。なんせこいつはソレを羽交い絞めに出来るんだからよ」
「なんと! ドラゴンを羽交い絞めに!?」
シャンヘルちゃんが狼娘ちゃんに向かって『ドヤッ』て顔をした。
おいばかやめろ……これ以上話をややこしくするんじゃない。
「それにリッキと今まで何度か勝負したけどよ、ソレは一度も勝てなかったぜ」
「一度ならず二度以上の勝負をしてなおも完勝を!?」
シャンヘルちゃん本人の言葉を受けて、狼娘ちゃんの瞳が一際輝いた。
ああもうだめだ……俺はこういった目の色を良く知っている。
あれは確かそう、犬にご飯をあげていた時に見たんだ。
ドックフードを持ってくる俺の姿を見て、突如グルグルと回り出すなんていう謎の行動を取っている時の目の色……あれとまったく同じだ。
こうなってしまえばもう、犬にはご飯の事しか頭に無い。
お座りをしようと、お手をしようと、おかわりをしようと、もうずっと口の周りをペロペロペロペロペロペロペロペロ――。
「あ、う、うん……わかった。じゃあもうそれでいいから、これ以上誰にも吹聴して回らないでね……恥ずかしいから――」
「そんな! ハギワラ様の立てられた武功は誇りこそすれ、恥ずべきことは何一つ無いのであります! 絶対に無いのでありますよ!」
あるのか、ないのか、どっちなんだ。
「……ですが、ハギワラ様はあまり自分の武勲を話されるのは嫌いなご様子……自分であればもっと褒めてもらいたいと思ってしまうのでありますが――あ! わかったでありますよ! ハギワラ様は謙遜しているのでありますね! 自分、理解したでありますよ!」
尻尾をフリフリさせてにっこりと笑ってくる狼娘ちゃん。
うーん……悪い子じゃなさそうだけど、ちょっと妄想が激しいというか……まあこの世界って剣と魔法のファンタジー色が強いし、中世風な感じだし、このぐらいの歳の子が大げさな武勇伝に憧れるのは仕方の無い事なのかも。
だけどその憧れは、そのうちバラバラに引き裂かれる事になるんだろうね……。
だって俺には見えるんだもの……雪だるま式に大きくなった噂のせいで期待を高めまくったこの子が、俺の格好悪い所を一杯見てどんどん幻滅していく未来が。
……もう消えてしまいたいよ。
「あ、あの……ハギワラ様? ずっと無言でありますが、もしや自分は何か怒らせるような事を言ってしまったのでありましょうか……?」
無言で話をぼうっと聞いてたら、狼娘ちゃんが耳と尻尾を『しょぼん』と垂れさせ、震えた声で『怒らせてしまったのか』と尋ねてきた。
「え、あ、ああいや……別に怒ってるわけじゃないから安心してね」
狼娘ちゃんの謝罪に対して、優しげな声音でフォロー。
別に返事しなくても喋り続けてるものだとばかり思ってたけど、一応相手の態度は見ているのか……ちょっと面倒だな、この子。
「そうでありますか! 良かった! わふふっ!」
フォローを入れると耳を『ピョコン』と立てて尻尾を千切れんばかりに振る。
だけど何か思い出したかのような表情を浮かべたと思ったら『くぅん……』とか言い出しそうな顔になって、またもや尻尾と耳は『ぺたん……』と垂れさせちまった。
よく動く耳と尻尾だな……疲れないのかな。
「……実は自分は『空気が読めない』といつも仲間から言われておりまして……今もそれで何かやってしまったのかと不安になっていたのでありますよ」
ああ……自覚は無いけど気にはしているのね……。
「あ、あはは……。まあ確かにちょっと話し辛いけど、それはまあ個性の範囲内だよ。そんなものに本気で腹を立てる人なんて居無いさ。ただ、ちょっと人の話は最後まで――」
「わ、わふ……そ、そんな風に言ってもらった事なんて、自分はただの一度だって無かったであります。仲間からはいつも『空気を読め』や『ちょっと黙ってろ』や『少しは人を疑え』などと言われ続けていたであります……」
その友達、すごく的確な事言ってくれてると思うよ俺は……。
「ハギワラ様は優しくて懐の大きな方なのでありますね……感服であります」
瞳をウルウルさせて見上げてくる狼娘ちゃん。
ぎぎぎ……この無垢な視線……体が焼けちまいそうだ……!
確かに俺だってオトコノコだし、褒められりゃ嬉しいし、尊敬される人間になりたいと常々思っているけど……こんなの全然違う!
自分の実力以上の評価をもらったってプレッシャーにしかならないよ!
「(エクセリカちゃん! もう、もういいでしょう!? 助けて!)」
これ以上この子と話していると息苦しくなってくるので、そろそろ本気で助けて欲しいといった表情をエクセリカちゃんに向ける。
「……」
すると苦笑いを浮かべて首を振ってばかりだったエクセリカちゃんが、ようやく頷いてくれて、ゆっくりとこっちに歩み寄ってきた。
「ふふっ。楽しそうに話している所悪いんだが、私たちはそろそろテントの準備をしなければならんのだ。リッキ、手伝ってくれ」
そして俺の背中をトントンと叩き『テントの準備を手伝ってくれ』と言う。
間違いない、これは助け舟だ。
いや、絶望的な状況に立たされた兵士達を助ける航空支援と言ってもいい。
救われた……俺は救われたんだ……。
「あ、オッケー」
それを合図に立ち上がり、ぐっと伸びをする。
ああ……これでやっとこのマシンガントークから解放されるんですね? やったー!
「あ、それでしたら自分もお手伝いするでありますよ! 自分は本日夜中の見回りの仕事が割り当てられているので、これから夜中まで休憩なんであります!」
解放されないじゃないですかやだー!
「あ、ああ。それはありがたいが、休むときにはきっちり休めと――」
「皆様のテントは確か、あの緑色の生地でありましたよね! お任せ下さい! 自分はテント張りを誰よりも早く終える自信があるであります!」
自信たっぷりに胸を叩いてから狼娘ちゃんは小走りでリヤカーまで行き、俺達が今夜使うテントの為の道具を小柄な体一杯一杯に抱え、風通しが良さそうな場所にまでうろうろと歩いて向かい、そこに道具を降ろすと速やかに地面にペグを打ち込み始めた。
「――はあっ……」
そんな様子にエクセリカちゃんがコメカミを抑えてため息を吐き、静かに首を振った。
このエクセリカちゃんの表情からすると、きっと何度か怒ったんだろうな……。
「あ、せっかくですから地面も綺麗にしておくでありますよ! 寝る時に背中が痛いと良い睡眠が取れないでありますからね! わふふっ!」
テント内部になる場所の石ころを凄い勢いで拾ってはヤブに投げる狼娘ちゃん。
ここだけ切り取って見ると気の利く良い子にしか見えないんだけど……いざ話すと止まらなくなるからな……それでプラスマイナスゼロって感じか。
「リッキ、私達は夕食の為に山菜を取りに行くと伝えてこい……」
疲れた顔でエクセリカちゃんは指示を出す。
「お、オーケィ……」
それに従ってテントにまで駆けて、狼娘ちゃんに伝える。
「あ、では少しお待ちください! 自分は鼻が効くでありますからして――」
何となく予感してたけれど、やっぱり……ダメだった。
狼娘ちゃんからは――逃げられない。
次回の更新予定日は未定となっておりますが、なるべく早く投稿できるように努めます。
活動報告に書いたのですが、現在一身上の都合により更新が大幅に遅れており、次回の更新の目処が立ちづらい状況にあります。
申し訳ありませんがこれからしばらく不定期更新となると思いますが、何卒ご容赦下さい。




