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まぞくといっしょ  作者: 黒梵天
第二章
33/36

選択肢

 萩原律樹25歳、童貞。

 自慢出来る事は手先が人よりほんの少しだけ器用な事。

 大手企業に勤める父親と、心理カウンセラーの母親の間に生まれた一人息子。

 性格は極めてスケベで脳天気、そのくせ引っ込み思案で悪い方向に思い込みが激しい。

 幼少期は保育園の隅っこでぬいぐるみと遊んで過ごし、小学生に上がった頃にたった一人だけ友人が出来るも、とある事がきっかけで離別。

 そこから逃げグセがつき、まるで坂道を転げ落ちるかのように様々な事から逃げ続けた挙句、半引きこもりニートのドツボにハマり落ち着いた。

 ……そんなまるでダメな俺が、こうして異世界にやってきたのは、運命だとかお導きだとか、そういった素敵な何者かの意志によるものなのだと、心の片隅でほんのりと信じていた――否、信じたかっただけなのかもしれない。


「あ……う、うう……」


 だけど、つい今しがたアルシラさんに、俺は自分の体の中に魔力が無いのだと告げられてしまった。

 それは何者かの意志にしては悪意に満ちていて、無意志だとすれば不運な事で、俺の心の中にはもう何とも言えない、すごく形容しがたい、悲しさにも似た感情がゴポゴポと音を立てて湧き上がりまくっています……。


「リッキ……」


 暖かくて柔らかな感触が、俺の頭にやんわりと乗ってきた。


「う……あ……」


 顔を上げると、エクセリカちゃんが俺の頭の上に自分の手を乗せていた。


「あの、リッキさん……わたくし……なんといったらいいか……。ごめんなさい……」


 アルシラさんがすごく申し訳なさそうに両手を組み合わせてから、俺の手に浮かんだ隷属の刻印をすぐに解除した。


「い、いや……アルシラさんは、俺にハッキリと教えてくれたんだ……下手に気を使って言葉を濁されるよりもずっといいよ……。ありがとう、ちゃんと教えてくれて」


 俺はニコって笑って立ち上が――れない。


「あ、あはは……な、なんか足に力、入らないや……」


 膝を後ろから蹴られた時のように、カクンと腰が落ちる。

 だ、ダメだ、思った以上にショックだわ……。


「なあリッキ、お前には私が教えた剣の腕がある。そして今まで魔法を使わずとも十分戦ってこれたじゃないか。……それにな、もしもこの先お前が勝てぬような敵が現れたとしても、お前には私がついている。そうだろう?」


 エクセリカちゃんが俺の肩をぽん、ぽんと叩いた。

 そ、そうだ……魔力が無くても俺には剣の腕がある……それにエクセリカちゃんと魔融合すれば――そっか、だから俺はエクセリカちゃんとの魔融合をしていても全然平気だったんだ!

 前にエクセリカちゃんは――


『普通は人間と亜族じゃ、どちらかが意識を失わない限り、お互いの魔力が干渉し合って装備がすぐに解除されるんだが……』


 って言ってた。

 つまり……魔力が無いって弱点が、逆に俺の強みになっていたんだね……。

 このおかげで、俺はアルシラさんを守る事が出来たんだし、大移動の時も何一つ被害を出さないでオークを殲滅する事が出来たんだ。

 だから、一概に悪いなんて事は、言えないのかもしれない。


「うん、そうだねエクセリカちゃん……。俺には剣の腕もあるし、頼れるエクセリカちゃんもいてくれる。魔力がなくったって、協力すればどんなヤツでも――」


 再び頭に嫌な予感が過る。

 俺は、本当にどんなヤツでも……相手取れるのか?

 それが例え、魔法使いや魔術師だったとしても、俺は……。


「俺は……魔法に抵抗できない……」


 魔力が無いなら、誰がどんな精神系魔法を俺に掛けようとも、俺は何一つ抵抗する事なんか出来ない。

 もちろん『隷属化の魔法』にも……。


「……そ、それじゃあいつか――」


 心がざわざわする。


「この腕力が、この剣が――」


 最悪の事態が頭を過る。


「みんなに、向くかもしれないって、事……?」


 自分の手のひらを見ると、マメが潰れた後がある。


「こんなに、こんなになるまで――」


 頑張ってきたのに。

 日本にいた時はキーボードやらマウスやら、一番重くてもペンチぐらいの重さのモノしかもってこなかったこの手が、異世界にやってきてからその何十倍も重い剣をずっと握ってきてくれた。

 マメが潰れて痛かった。

 筋肉痛で腕が上がらない時もあった。

 でも、俺は弱音は吐いても一度だって強くなる事を諦めたりしなかった。

 それは楽しく生きる活力をくれるアルシラさんの力になってあげたいからで、剣の師匠であるエクセリカちゃんを喜ばせたいからで、俺自身が強くなることがすごく楽しかったからであって、けして大切な誰かを傷つけたくてそうしてきたわけじゃない。

 だっていうのに、だっていうのに――


「酷いじゃないっすか……神様……ッ!」


 酷過ぎるよ、こんな事……。

 人間がこの村にやってくる可能性は低いけど、それでもゼロってわけじゃない。

 そしてその人間が俺に精神魔法を掛ける可能性、これもゼロじゃない。

 人間はいつだって亜族の村を、その命を狙っている。

 静かに、綿密に、狡猾に、何の予兆も見せず、突然あいつらは攻めてくる。

 非情にも村を焼き、亜族を鹵獲し、道具のように扱い、次の亜族の村をまた襲う。

 何もかも壊そうとする――あの村のように……ッ!


「くぅっ……」


 喉から絞り出すように息を吐く。

 何だか上手く声が出ない。


「……俺はこの先……どうすれば……いいんすか……」


 鍛えれば鍛える程、人間に操られた時のリスクが高くなる。

 じゃあ鍛えなければ大丈夫なのかと聞かれれば答えはノーだ。

 だって、俺はもう今の時点で既に『腕力だけなら常人を超えてる』んだから。


「村を、出ていくしか……ないの……?」


 せっかく新しく畑も作って、これから建築覚えたり、風呂作ったり、サウナ作ったり、田んぼ作ったり、色々やって楽しくみんなで暮らしていけるんだって、そう思っていたのに、そう、信じてたのに、俺だけ、俺だけが……こんな――どうしてッ!


「ぐぅっ……うっ……異世界の神様……頼むよ……お願いだから……一つでいい……たった一つでいいんだよ……少しで良い、魔力を、魔力を下さい……チート能力だとか、最強のステータスだとか、もうそんな事どうだっていいから……お願いだから、お願い、しますから……一度ぐらい、俺の望みを……聞いてくれよ……聞いて……下さい……」


 何も聞こえやしない、返事はやっぱりない。

 今まで一度だって返事は返って来やしなかった。

 そして望みを聞いてくれもしなかった。

 ――わかってた。

 最初からわかってたんだ『神様なんていやしないんだ』って事ぐらい。

 魔法なんてご都合主義がある世界だけど『デウス・エクス・マーキナー』は存在しないんだ。

 まるで誰かが書いたファンタジー物語の中のような世界だけど、ここは俺にとって紛れもない現実世界で、現実は神様が突然現れたり、何か力をくれたりもしない。

 ゲーム脳とリアリズムの間で、俺は何度も揺らいでいたけれど『ありえない』といった否定の意識がハッキリと心の中にあった。

 だから俺は今までこの世界は『現実』なんだと、心の中でさんざっぱら呟き続けてきたんじゃないか……ッ!


「――ハギワラ殿」


 今まで黙っていたカーリャさんが、ゆっくりと口を開いて俺のことを呼んだ。

 その声に顔を向けると、カーリャさんはすごく真剣な顔をしている。


「そんなに悲観せんでも大丈夫じゃ、何せお主にはまだ――魔法に抵抗する為の方法が三つもあるんじゃからのう」


 そして少しの間をおいてからゆっくりと『選択肢が三つもある』と言ってくれた。


「方法……ですか?」


 聞き返すと、カーリャさんは静かに頷く。


「まずは一つ、エクセリカ殿と魔融合する事じゃ」


 エクセリカちゃんの方に顔を向けると、エクセリカちゃんはコクンと頷いた。


「私の魔融合の属性は『装着』だ。そしてお前と私は魔融合している時『同化』している事は覚えているな? あの状態は服や鎧を着ているのとは少し違う。お前は擬似的にではあるが体内に魔力を有しているんだ」


 エクセリカちゃんの補足で、少しだけ体に力が戻ってくる。


「……だがリッキ、お前と私は魔融合しているだけで常に魔力を消費している。一つの体に別の形をもった二つの魂が混在し、その状態で動くとなれば莫大な魔力を消費する事になるんだ。……だから、魔法に抵抗する為には、もっと相性を高めなければならん。だが……これは……」


 エクセリカちゃんがぎゅっと拳を握って言いよどんだ。


「それは……一緒に寝るよりも過激な事をしなきゃならないって事……?」


 少し緊張感の無い質問だけど、俺は至って真面目に聞き返した。

 だけど、エクセリカちゃんはゆっくりと首を振って否定する。

 じゃあ、一体何をすればいいんだろう……アルト○リコみたいに精神世界にダイブとかするのかな……?


「……今までと同じように、私と長い間共に肌を合わせてくれるだけで良い。だが……これ以上はお前の魂の在り方を変容させてしまうかもしれない。精を同一に近づける事と言うのは、魂を同一に近づける事と同義だ。……こんな大切な事だというのに、私はお前に喋る事が出来なかった。話せば拒絶されてしまうと、恐れられてしまうと、そう思っていた……。私はお前と精の交換をしていたかった、心地よくて、暖かくて、体の芯から安心が広がるその行為に、私はすっかり惚けてしまっていたんだ。……だが、お前と眠らなかったあの夜、ベッドに横たわりながらお前の事を思い出した時、気づいてしまったんだ。私はもっとお前と同じものを見たい、同じ空気を感じたい、そしてその為ならばお前の魂がどうなっても良いと考え始めていた事に……な」


 エクセリカちゃんはそのまま目を伏せて『すまなかった……』と静かに言った。

 そっか、エクセリカちゃんが一緒に寝てくれなかったのは、別に嫌われていたからでもなんでもなくて『魂が変容しちまう』って事に罪悪感をもってたからなのね……。

 うーん……だけど魂とか言われても、いまいちパっとしないってのが正直な感想だよ。

 だって俺、さっき神様とか女神様とかってのを超否定したもの。

 でも、この大陸にそういうルールがあって、自然現象なんだってお話があるんだったら頷けない事も無いかも。

 だけど、その魂が変容するってのは、一体どんな悪い事があるのかあるんだべ……?


「エクセリカちゃん、魂が変容すると具体的にどんな悪い事が起こるの?」


「……これ以上魂の形を近づけるという事は、お前は生まれ変わった時に亜人に生まれてしまう可能性が出てくる……と言う事だ」


 エクセリカちゃんが泣きそうな顔で俺を見上げるようにして見てきた。


「え、別にいいじゃない……俺、人間より亜人さんの方が好きだよ」


 エクセリカちゃんに親指を立てて見せながら、ニって笑う。

 俺は最近人間がすげえ嫌いになりました。

 ……でも、もっと嫌いなのが神様――存在してるかわからんけど、多分いない。

 だけど神をかたる輩がいたら『もうやべでぐだざい!』って泣くまで殴るのを止めないと思うけども。


「そ、そうか、それは、嬉しい……が、それだけじゃない。これはな、お前が自分の世界に、再び生まれる事が無くなるかもしれないと言う事なんだ。今ならまだ魔融合していられる長さから考えて、そこまで同一に近いというわけでもない。……しかしこれが魔力消費に支障をきたさないまでに同一に近づいてしまえば、お前は、お前は死してなおこの地に縛られる事になってしまうんだぞ……?」


 下唇を噛んでエクセリカちゃんは何かをぐっと堪えてる。

 きっと、最近はずっと罪悪感で胸がいっぱいだったのかもね……。

 だけど大丈夫。

 それは……俺にとって何の問題にもならないんだもの。


「エクセリカちゃん。確かにあっちの世界は自由だし、安全だし、便利かもしれないけれど……俺があっちの世界に未練があるっつったら親に『ごめんなさい』と『ありがとう』って言えない事ぐらいだよ? 転生した俺にはそんな事関係ないし、記憶とかもって無いと思うから、死んだ後の事とか特に問題にならないよ」


 言うとエクセリカちゃんはばっと顔を上げた。


「し、しかしお前は……何の争いのも無い、平和な世界からきたんだぞ? それが誰かを殺めなければならなくなり、オークの軍勢とやり合わなければならなくなり、そしてドラゴンに追われる事になった……。こんな争いごとの絶えない世界に、お前は生まれ変わり続けなければならないんだぞ?」


 エクセリカちゃんがあたふたしてる。

 今日のエクセリカちゃんは、何だか年相応で可愛いなあ……。

 そう、だからね――


「……俺はみんなと一緒に居たい。人間に疎まれていても、便利じゃなくても、優しくて温かいみんなと一緒に居たい。そうできるなら、俺は例え魂魄こんぱく百万回生まれ変わろうとも同じことをする。魂が削られようとも、形が変わろうとも、何度だって精を交換するよ。……だけど、少し待ってくれないかな? 一応踏ん切りっていうか……ケジメみたいなものが、あるからさ」


 俺はこの子たちを守るんだ。体だけじゃなく、心まで。

 胸に手を当てて、真剣にエクセリカちゃんの目を見る。

 前の村で、俺は亜族と一緒に生きるんだって決めた。

 それは嘘じゃないし、今更変えようとも思わない。

 そして、その覚悟は並大抵の事じゃ――揺るがない。

 ……だけどね、女の子と裸になって肌を合わせるっていうのは、やっぱり特別な事なんだよ。

 えっちしてないかもしれないけれど、心も、体も、全部繋がる大切な儀式なんだ。

 俺はその事をすっかり忘れて、スケベな事ばっかり考えた。それはすっげぇ失礼な事だったと思う。

 だからなし崩し的に『精の交換だから』って理由で一緒に寝るのはもう止める。

 次にエクセリカちゃんと寝る時は、俺がエクセリカちゃんに『君は俺にとって大切な人なんだよ』って事を、自分の口からちゃんと伝えた時だ。


「……リッキ……お前は……お前が……魂を賭してまで……そんなに、そんなに私たちの事を……くっ……うっ……!」


 エクセリカちゃんが手で顔を隠して泣き声を上げたかと思ったら、凄い勢いでリビングから出て行っちゃったんだけど!?


「え、エクセリカちゃん……?」


「み、見ないでくれ! す、すぐに戻る! ……少しだけ、ほんの少しだけ一人にしてくれ……ッ!」


 リビングの外に顔を出して見ると、エクセリカちゃんが壁に背中くっつけて泣いてた。


「う、うん……」


 あんまりしつこくしても嫌がられそうだし、自分の席に戻ろう……。


「……ふむ、なんとも、いやはや……独り身には少し、目の毒じゃのう……」


 俺が自分の席に座ると、カーリャさんが苦笑いを浮かべていた。


「――さ、さてハギワラ殿、これで一件落着としてもいいんじゃが、一応まだもう二つの方法が残っておる。聞きたいかえ……?」


 それから手を組んでテーブルの上に置いてからカーリャさんは再びお話を続けるような体勢に入る。


「はい、お願いします」


 俺はそれにゆっくりと頷く。

 確かにエクセリカちゃんと魔融合している時なら魔法に抵抗できるかもしれない、だけど俺一人じゃ魔法に抵抗できないって事実は変わってない。

 だからまだ何かあるなら、全部聞いておくべきだ。


「……うむ、それでは次の方法じゃ。その方法とは『誰かに隷属化の魔法を先に掛けておいてもらう』というものじゃ。隷属化の魔法を上書きする為には、まず奴隷自身の魔力抵抗を押し切り、次にそれを掛けた術者と魔力での勝負を行わなければならん。まあ早い話が『奴隷の所有権』を『魔力』という金でもって奪い合う、という事じゃな」


 カーリャさんは説明を終えてからゆっくりとコーヒーを啜った。


「そ、そんな裏ワザがあったんですか?」


 聞き返すとカーリャさんはこくりと頷いた。

 魔法の本は大移動の時色々と読んだし、効果も色々覚えたけど、そんなルールがあるなんて全然知らなかったよ……もっと勉強しなくちゃな……。


「ハギワラ殿が知らぬ事も無理はあるまい。隷属化の魔法を成功させる者は、得てして魔力に長けた者じゃし、それを他の者が奪おうとしても生半可な魔力では不発に終わるだけじゃ。そして人間は、特殊な物を除いてワシらよりも魔力の流れに敏感ではないからのう。何の情報も無しに上書きを試して見たところで『魔法に抵抗された』ぐらいの情報しか得る事はできんじゃろう」


 なるほど……人間ってそこまで魔力の流れに敏感じゃないのか……。

 ああ、そういや俺が兵士のフリして忍び込んだ時も『魔力を感じない』とか、そういう事を何一つ言われなかったし、普通に人間と思われていたもんね……。

 う、うーん……人間を知れば知るほど劣等種族に思えてくる。


「それに殆どの場合、亜族の奴隷を買い取るのは国ですから、それを奪い返すような法則をわざわざ魔道書にも記載しないのです。そもそも人間の国では、レガストの魔法評議会で認定された方法以外で魔法を使う事は重罪ですから……隷属化の魔法に隷属化の魔法を放つ人もいません。認定外の方法での魔法使用は、場合によっては『死罪』もありえる重罪行為なのです……」


 アルシラさんは手を組んでテーブルに置いてから『でも、亜族は罰せられる事はありませんけどね』と付け加えながら小さく笑った。

 ……亜族はそもそも人権が無いから、法も何も関係ない。見つかったら鹵獲されてしまうし、抵抗したら殺される――って事か。

 俺の人間に対するヘイトが80%増しになったな、今。

 

「ありがとうございます……良くわかりました」


 カーリャさんとアルシラさんにお礼を言ってから、ゆっくりと顎に手を当てて考える。

 大した力も無いくせに、数はどの種族よりも多いからな……ほんっと好き勝手してくれやがるな、人間どもめ……。

 ……しっかし、こいつら(人間共)をまとめ上げてる王様あたまってのは一体どんなツラしてて、何を考えてんだ?

 厳重な情報規制と、行き過ぎた重罰……こんな事してたら普通、反感持たれても良いようなもんだけど――いや、そこをうまくやってのけるから王や宰相は何代もそこでふんぞり返ってられるのか。


「さて、ここで肝心な隷属化の魔法をハギワラ殿に掛ける者なんじゃが……ワシはアルシラが一番の適役じゃと思うぞえ? 多分この村で一番魔力を持いるのはアルシラじゃろうし、アルシラならハギワラ殿も気心が知れいていて安心も出来るじゃろうてな」


 アルシラさんの方に顔を向けると、アルシラさんは静かに頷いた。


「リッキさん、もちろんわたくしはそれで悪戯したりなんかしませんよ。命令も『主の命令を無視して下さい』といった命令しか出しません。ですから……助力が欲しい時はいつでも声を掛けて下さい。わたくしにはいつだって、リッキさんの受ける痛みを請け負う覚悟があります!」


 アルシラさんは胸に手を当ててからにっこり微笑んでくれた。

 それに対して俺は何度も頷く。

 隷属化の魔法は、最初に下した命令に抵触する命令で上書きする事は出来ない。

 だからアルシラさんが『主の命令を無視しろ』と言えば、実質俺は完全に自由になる。

 だっていうのに、俺が隷属化の魔法を受ける時にだけは、大切な魔力を消費しなくちゃならない。

 そんな面倒くさい役を引き受けてくれるなんて……普通じゃ考えられないよ。

 アルシラさん、やっぱり君は天使なんじゃないかな……。


「……うむ、これで二つ目の方法も終わりじゃな。次の方法は、あまり話さなくても良いような気がするがのう……」


 カーリャさんはシガレットケースをポケットから取り出した。


「え……でも、まだあるなら、聞いておきたいです」


 俺はポケットからライターを取り出して用意する。


「……お主はエクセリカ殿と魔融合しておけば、精神系魔法に抵抗できる事を知った。そしてアルシラと隷属契約を結んでおれば敵の手に落ちる事も無い。これ以上の話は蛇足にしかならんが……それでも聞くのかえ?」


 カーリャさんが葉巻を口に咥えた所に、俺はライターをもっていって火を付ける。


「……お願いします」


 そして葉巻に火が灯ったのを見計らってから少し離れ、一言『お願いします』と言った。


「……わかった。ではまずリスクから話そう」


 葉巻を強く吸って、その煙を肺の奥にまで入れるカーリャさん。

 カーリャさんがここまでタバコを深く吸い込むって事は……きっと葉巻を楽しむ余裕なんてないぐらいヘヴィな話だって事なんだろうな……。


「まず、それは魔道具とハギワラ殿の体を無理やりに『結合』させるという、自然の法則を無視した恐ろしい事だと言う事を念頭に置いて聞いておくれな」


 深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出しながら、カーリャさんは真剣な顔をしてそう言った。


「……了解です」


 俺はその言葉に、重たく頷き返す。


「……曰く、それは全身の生皮を剥がされ、そこに塩をすり込まれるような痛みが初めにやってくるそうじゃ。……次に煮えたぎる溶け鉛を飲まされたような熱さが全身を満たすらしい。それから様々な痛みがやってきて、殆どの者はすぐに気をやってしまう。そしてそれを乗り越えた先に待つものは、思考を滅茶苦茶にかき回され、自我というモノが引き裂かれていくような苦痛……それが怒涛の如くやってくるそうじゃ。……じゃが、途中で気をやってしまえば、ワシは作業を一度止めて、再び同じ工程を踏まねばならん。この全てに耐え、意識を最後までまともに保ってられた者だけが『結合』を完了させる事が出来るんじゃよ」


 カーリャさんは目を固く閉じてからため息をついた。

 ……少し理解が出来ないような痛みだけど、カーリャさんがこんな辛そうな顔をするんだから、きっと相手は苦しみや痛みですっげえ状態になってんだろうな……。


「……自我を引き裂かれるような苦痛というのはのう、魔道具が内包した魔力が思考をや精神を浸食すると言う事で……殆どの者はそれで廃人になってしまう。ワシがまだ幼かった頃、人と戦をする為に大きな力を求めてやってきた同胞が大勢おってな。父が行う『結合の儀』によって廃人になっていく様を何度も目の前で見てきたわい……。そして廃人にならなくとも、後遺症でいくつかの感情を失った者もおった。……ハギワラ殿、この『結合の儀』と言うものはな、今まで万事上手くいった者など……今まででたった一人しかおらんのじゃよ……」


手に持っていた葉巻の灰をカーリャさんは『トン』と落とした。


「そして次に魔道具の話じゃな……。ふむ……そうじゃな、そもそも魔道具というものはおいそれと転がっている物ではない事をわかって欲しい。ワシがもっておるアラクネの者が作り出したあの服一着。そしてエクセリカ殿がもっている鞭。この二つしかこの村には存在せん。魔道具を作り出せる者もおらんし、この二つしか選ぶ事が出来なんだ」


 カーリャさんはもう冷めてしまったコーヒーをグイっと飲み干した。

 エクセリカちゃんの持ってる鞭って魔道具だったんだ……いつも突然出てくるから、てっきり体の一部か何かだと思ってた。


「そして結合するとのう、その魔道具の特性を体が引き継いでしまうんじゃ。ハギワラ殿が結合するとすれば、アラクネの者が作り出したあの服しかないと思うんじゃが……あの服は着ている者の精力を自動的に吸収する厄介な効果がついておる。常に微々たる量しか吸ってはおらんが、それでも度を超えて……例えば一年以上も着続けていると、命を落とす可能性も出てくるシロモノなんじゃよ。……それを体と結合させてしまえば、脱いでおくという事も出来なくなってしまうわい……。じゃからのう、せっかく多くの困難を乗り越えて結合させても、こういった問題が後々ついてまわる事になる」


 飲み終えたマグカップを宙で少しの間遊ばせていたカーリャさんが、ゆっくりとそれをテーブルの上に置いた。


「では……話の最後にほんのわずかなメリットを話そう。それはハギワラ殿は生きている限り、絹よりも柔らかで、鋼よりも強く、炎にも燃えない体になる。そして結合させた魔道具に精力を吸収させる事によって、魔力を体内に生み出す事だけは必ずできるようになるという事じゃ。……もしかすると、その魔力で魔法を使う事が出来るようになるやもしれんのう。……じゃが、魔法が使えるかどうかはあくまでワシの推測に過ぎん。一応裏付けになりそうな話もいくつかあるんじゃが……絶対とは言い切れんわい」


 葉巻を灰皿にじゅっと押し付けてから『これで全部じゃ』と付け加えて、カーリャさんは沢山の事を教えてくれた。


「……わかりました。話してくれてありがとうございます、カーリャさん」


 カーリャさんに深々と頭を下げる。

 嫌な事も思い出さなきゃいけないっていうのに、最後までキッチリ教えてくれて本当にありがたいです。

 だけど、せっかく教えてもらったのに、俺はちょっとこの方法、試せる勇気が湧いてこないです……。

 痛いのは嫌だし、廃人になるのだけは何としても避けたい。

 でも、これをすればエクセリカちゃんと魔融合していなくても、全ての精神系魔法に抵抗する事が出来る……って事だよね?

 それにカーリャさんは『わずかばかりのメリット』って言ったけど、体がしなやかになったり、硬質化したり、炎に強くなるのはすげえでかいメリットだ……。

 もしかしたら魔法も使えるようになるかもしれなし、価値は十二分に……ある。


「リッキさん……もちろんそんな危ない事、しませんよね……?」


 ぼうっと考えていると、アルシラさんが不安げな表情をして俺の手を握ってきた。


「……俺は」


 アルシラさんの手を握り返してから、よく考える。

 確証も、保障も、保証もない危ない方法。

 ハリスク・ハイリターンな賭け。

 ……俺は、こんな危ない事を本当にする必要があるんだろうか。

 アルシラさんに隷属化の魔法を掛けてもらっておけば、とりあえずは他の誰かに隷属化させられる事は無い。

 そして戦う時はエクセリカちゃんといつでも一緒なんだし、お互いの精力の相性を完全に高めれば、魔力消費に支障をきたさなくなるらしい。

 そうすれば精神系魔法に抵抗する事がちゃんと出来るようになるんだ。

 だから、わざわざ廃人になるリスクを冒す必要は――


「……」


 頭の中に四つの選択肢が浮かぶ。


『リスクを冒さない――アルシラさんに隷属化の魔法をかけてもらうだけでいい』


『多少のリスクを冒す――エクセリカちゃんとの相性を完全に高める。そしてアルシラさんにも隷属化の魔法を掛けてもらう』


『リスクを冒す――カーリャさんに魔道具と俺の体を”結合”してもらう』


『全てのリスク冒す――全ての選択肢を選ぶ』


 ……ここは現実だ、セーブなんか出来やしない。

 俺の人生がこれから、180度変わっちまいそうな重要な選択肢。

 一体俺は――何を選択すればいいんだ。


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