日常パート03 耐えてきたのだから
「もぐっ? ふぁもの? ごくっ……いいじゃん狩り! 狩り行こうぜ、狩り!」
エクセリカちゃんが『最近森で魔物をめっきり見かけなくなった』と話したその時『魔物』といった言葉に反応したシャンヘルちゃんは山盛りのサラダにがっつくのをやめて、極めて楽しそうに『狩りいこうぜ』と言いました。
……ぐーてんもるげん、萩原律樹です。
さて、現在の時刻はおおよそ午前7時。
大きなダイニングテーブルの端にカーリャさんがいまして、その右隣にアルシラさんが座ってて、カーリャさんの左隣には俺が座ってます。
そして俺の左隣にはエクセリカちゃんがいて、その対面にシャンヘルちゃんが座る感じで今朝飯食ってます。
昨日は畑仕事を終えたシャンヘルちゃんを連れて帰ってきて、そのまま仲良くケンカしながら夕食を食べて、その後シャンヘルちゃんを空いてる客間の一室に寝かせて、俺もいつも通りにベッドに入りました。
そう、マジでいつも通りだった。
シャンヘルちゃんが精力を求めて夜這って来る事もなく、エクセリカちゃんが精の交換をする為に部屋に訪れる事もなく、アルシラさんが一緒に寝てくれるわけでもなく、本当にいつも通りの夜だった。
……どぼじで?
「……ほむ」
実はこっちの村にやってきてからというもの、エクセリカちゃんやアルシラさんと一緒に寝る事がなくなってしまっているんです。
前に営倉に忍び込む為にエクセリカちゃんを部屋に帰した日から、エクセリカちゃん一度も俺の部屋に来てくれてないんだけど、原因はこれなのかな……。
もしくはもっと別の理由――例えば俺に愛想を尽かしてしまうような何かがあったとかそういう……心当たりが多すぎる。
だけどエクセリカちゃんもアルシラさんも俺に優しくしてくれるし、アルシラさんは俺の背中に触れたり、エクセリカちゃんは頭に触れたり、軽いボディッタッチはあったりするわけで……嫌われてたり避けられたりって感じは全くしない。
「その狩るべき魔物がめっきり減ってるんだ、シャン……っと、リッキ、口にソースが付いてるじゃないか。ふむ……ほら、とれたぞ」
エクセリカちゃんが話の途中で俺の口の横についてるソースに気づいて、親指でぬぐってからペロっと舐めた。
「あ、ありがとう」
次いでエクセリカちゃんは『ふふっ、こんな風に甘えさせてはお前の師として失格かもしれんな』って言って笑った。
……ぐぅ……エクセリカちゃんが俺をどう思っているのか良くわからない。
怒ってるならこんな風にしてくれないだろうし、好きでもない男の口の横についたソースをペロってしないよね?
でも、でもこれって、エクセリカちゃんが俺を弟子のように思ってくれていたり、大切なパートナーだとか、家族の一人として見ているからなんだと言われると、納得せざるを得ないのが何とも混乱を誘ってくる。
現実の女の子はすごくわかり辛いよ……。
だってキスまでしてんのに『別にそういうつもりじゃなかったんだけど』ってケースもあるんだと、俺は前にどこかで読んだ事がある。
本当なんだろうか……。
俺にはちょっと、信じられない世界なんだけど……現実ってそんなもんなの?
教えて、エロい人。
「ふぅん……? まあ、狩りに行けないのはちょっとつまん無ぇけど、魔物が居無ぇってのは良い事なんじゃ無ぇのか?」
困惑して頭の回転が鈍くなってる俺とは対照的に、シャンヘルちゃんが珍しくもっともらしい事を言った。
「はい、確かに魔物がいないに越したことはないのですけど……それだと狩りによる食糧確保がうまくいかないのです。魔法石の材料も取れませんし……」
アルシラさんが軽くため息をついた。
「魔法石かー……。ん、そういえば魔法石って何に使われてるの? あと材料ってどんなものなの? 俺も色々魔物狩ったけど、それらしいものとか見た事無いんだけど……」
前に『魔法効果が付与された結晶』って事ぐらいは教えてもらっていたけど、一体何に使ってるのか、どうやって作ってるのか、何が材料なのかってのはあんまり詳しく聞いてなかった。
水は井戸から汲んでるし、火を起こす時も藁に火打石で火を付けたりしてるから、すっかり存在を忘れていたよ。
「魔法石の用途ですか? ええっと……少し長くなるのですけど――」
聞くとアルシラさんは今回も丁寧に色々な事を教えてくれる。
アルシラさんのこういう所、俺は大好きです。
……さて、まず魔法石っていうのはどんな魔法でも付与できるわけじゃないそうで、ごく低級魔法だけしか付与できないのか。
って、事は前にアルシラさんが使った『サラマンドラの炎』って魔法は、対象に衝突すると鉄さえ溶かす温度で爆発させる事も出来る火属性の最上級魔法だから……あれを付与する事は出来ないのね。
そっか……じゃあ上級魔法が付与できないとなると、マジックシールド的なサムシングも魔法石には付与できないって事になるのかしら。
風の防御壁とか、土の鎧とか全部上級魔法に分類されてたような気がする。
敵の攻撃から自動的に身を守る魔道具とか胸が熱くなるんだけど、残念ながら実現不可能なのかもしれない。
だけど、人間が詠唱阻害の魔石なるものを作ってきた以上、こっちも詠唱不要の魔法武器が必要になりそうだし、上級魔法をどうにかして付与できるように――あれ?
上級魔法といえば、俺とアルシラさんが初めて出会った日、恐ろしい魔法を使って人間をどうのこうのするんじゃって聞いた事があったけど――
『あは! 本当? そんなにわたくしは怖がられているのね! うふふ! あーおかしい! ああ、ごめんなさいね人間さん、笑ってしまって。でも、わたくしは別に、魂なんてどうやって食べればいいかわかりませんし、魔法もそんなに上手じゃないのよ? さあ、顔を上げて下さい人間さん、とって食べたりはしませんよ』
ってアルシラさんは笑ってたよな……。
そして後にアルシラさんに魔法を教えてもらったりするようになってから、俺はアルシラさんに『どんな魔法が使えるの?』って聞いたんだけど、その時アルシラさんは――
『四精霊の名を冠した魔法までなら使えますよー』
って答えていたんですよ。
四精霊の名を冠した魔法って……現存する魔法の中で最上級に位置するものだよ……?
って事は……アルシラさん、魔法上手じゃないですかやだー!
「……?」
アルシラさんの顔をチラっと見たら、可愛らしい笑顔でニコって微笑み返してきた。
……ま、まあきっと俺を安心させる為に嘘を吐いてくれたんでしょうね。
おかげで俺も変に怖がらずに済んだし――どこまでが嘘なの?
……実はアルシラさん、魂を食らう方法とか知ってるんじゃ……いや、よそう、ただでさえ天使のアルシラさんがそんな恐ろしい黒魔術みたいな事を知っているはずがない。
いや、むしろアルシラさんになら、俺の魂を抜いてもらって口の中で舐ったり可愛がったりしてもらいながらじわじわと……ご、ごほん。
――さて、気を取り直して魔法石。
さっきごく低級の魔法しか付与できないっつったけど、その効果も単純で『光らせる』『爆発させる』『燃えさせる』『水を湧かせる』『風を吹かせる』ぐらいの事しか出来ないそうだ。
一応土属性の魔法を使うと、錬金して鉄やら銅やらの鉱物に変える事が出来るそうなんだけど、魔結晶――魔法石の材料――自体が鉄よりも貴重だから誰もやらないみたい。
さて、そして最後に魔結晶のお話だ。
早い話が魔物が一定確率で落とすレアドロップ。
……まるでゲームみたいな事言ってるように思うけど、これマジでレアドロップとしか言いようがないよ。
一応どの魔物からでもとれるみたいだけど、その殆どがビー玉サイズぐらいしかなくて、ビー玉サイズだと魔法石に出来ないし、錬金して鉱物にする事すら出来ないらしい。
……そういえば魔物解体してた時にちっこくて白っぽい石みたいの出てきた事が何度かあったけど、あれが魔結晶だったのか。
一応前にエクセリカちゃんに聞いたけど『ただの石ころだ』って言われてたから『ああなんだ砂利や石の欠片でも一緒に飲み込んだのか』ぐらいにしか思ってなかったわ……。
ちなみに人間の国では高値で取引されてるみたいで、ギリギリ魔法石に使える程度の大きさのものでコーヒー豆1kgと当価値の値段だそうです。
……コーヒー豆1kgの値段がいかほどなのかよくわからないんだけど、ニュアンス的に『すごい高い』って事はわかった。
と、まあそんなわけで魔結晶は『使えるレベル』の物は殆ど出る事が無いし、せっかく作った魔法石も、1回から3回ぐらいまでしか繰り返し使えないみたいで、生活に組み込むにはべらぼうにコストパフォーマンスが悪いそうです。
だから魔結晶のそのほぼ全てが、命を守るための予備戦力品として『閃光』や『爆破』の魔法石になるんだって。
「――っと、いった所でしょうか……。ふふっ、魔結晶がいっぱいとれるなら、お料理の時に使える魔法石をいっぱい作りたいんですけどね」
アルシラさんは説明を終えてから力なく笑った。
「なるほど……。せっかく便利なのに、あんまり取れないのか……」
火系の魔法石でコンロを作ったり、水の魔法石で水道やシャワーを作ったり色々出来そうなんだけどなあ……。
……まあ、俺が魔法を使えるようになったら、何か色々な方法を考えてみよう。
俺には異世界モノだとか日本生活での知識ってものがあるわけだし、もしかしたら俺にしか思いつかない抜け道があるかもしれない。
「じゃあやっぱり狩りに行こうぜ? ここから畑ぐらいまでの距離なら、集中して臭いを嗅げば魔物の居場所ぐらいわかるしよ。いっぱい狩ったらそれだけいっぱい取れるだろうし、狩りまくった方が良いんじゃ無ぇか?」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
俺とアルシラさん、そしてエクセリカちゃんは同時にシャンヘルちゃんの方向に顔を向けた。
臭いって……ここから畑までの距離って1キロメートル以上あるよ?
「ん、変なのか? お前らだって魔力ぐらい感じんだろ?」
シャンヘルちゃんがきょとんとした。
「え、ええ、感じますけど……普通は自分の魔力や同族の魔力しか感じる事が出来ないのです……」
え、魔力ってそういうものなの?
俺はそのうちアルシラさんが『すごい魔力を感じます……何か、何か恐ろしい者がこちらに……!』みたいな事を言うんじゃないかと思ってたんだけど、それじゃあ魔力を感知して敵を探すって事は出来ないのか。
あ、そういえばエクセリカちゃんも前に――
『あいつの体から亜族の魔力を微かに感じる』
って言ってたような。
ほむ……そっか魔力っていうのは同族のものしか感じられないんだ。
ああ、だから初めて俺を見た時、エクセリカちゃんは一発で俺の事を人間だと見抜けたのか、魔力を感じなければ別の種族だって事だし、獣人や天人みたいに体に特徴的な物もなけりゃそいつは間違いなく人間だもんね。
それに俺も言われてみれば確かに、エクセリカちゃんの魔力を感じる事が出来ない。
魔融合してる時だって、俺はエクセリカちゃんの魔力がどれぐらい減ってるのかっていうのを『鎧が重くなってきたなー』とか『パイルバンカーの威力が落ちてきたなー』とかでしか把握できてなかったしね……なるほど、ようやく合点がいったよ。
「へぇ……ならシャン、私の魔力の匂いも感じる事ができるのか?」
エクセリカちゃんはトマトのスライスとチーズを絡ませながら、シャンヘルちゃんを見た。
「できるぜ? セリカのはー……何か鉄臭ぇな」
「て……鉄臭いか……そうか……鉄か……」
エクセリカちゃんはどんよりとした顔になりながら、トマトを口に含んで『このトマトみたいな香りなのか……』と呟いた。
懐かしいな……そういえば昔、俺はエクセリカちゃんの事を『この子の心は鉄で出来ているんだろうか』なんて思った事があったな……すごく無礼な男だったな、俺。
「なんだリッキ……何を見ている。まさかお前まで私を鉄臭いと……」
「い、いやエクセリカちゃんは温かくて優しいよ、良い匂いもするし」
ぼうっとエクセリカちゃんの横顔を見ていたら睨まれたけど、慌ててフォローを入れると『そうか……ふむ、卵をやろう』と俺のお皿に伊達……卵焼き三つを置いてくれた。
……好物の卵焼きを三つもか、本当に優しくなったね。
だけどその代わり俺の皿から鶏肉のハムを取って行くのはやめてほしい。返して。
「ふふ、わたくしのはどうですか?」
アルシラさんも便乗して、シャンヘルちゃんに自分の魔力の匂いを聞いてる。
「お日様みたいな匂い」
シャンヘルちゃんは満面の笑顔で言い放った。
「ふふっ、そうですか。私のお肉、食べます?」
「おう!」
アルシラさんが優しげに笑いながら自分のお皿に置いてあった鶏肉のハムをシャンヘルちゃんのお皿の上に寄越した。
……シャンヘルちゃん、やっぱりそれ、イメージだけで適当な事言ってない?
「じゃあ、ワシのはどうかのう?」
流れに乗るようにカーリャさんもシャンヘルちゃんに聞いた。
カーリャさんかぁ……結構掴み所が無い人だよなあ。
俺だったらあれかな、ちょっぴりビターな大人の香りとか言ってしまいそうな気がするけど、シャンヘルちゃんは一体何て答えるんだろう。
「生臭……よ、よくわかん無ぇな、多分、川とかだな……もぐっ」
シャンヘルちゃんは言おうとした言葉をすぐに飲み込んでパンを咥えた。
ねえ、今絶対生臭ぇって言おうとしたでしょ……?
「じゃ、俺のは?」
さて、いよいよ俺の番だね。
シャンヘルちゃんの事だもの、きっと『栗の花の匂い』とか『イカ臭ぇ』とか言うつもりなんでしょ?
「むぐむぐ……リッキのはー……なんも匂いが無ぇな」
……え?
「なんも? 無臭?」
シャンヘルちゃんは首を縦に振る。
ほむ……そんなはずないんだけどなあ……。
だって世の中の生物は絶対に少なからず自分の中に、千差万別人様々な固有の魔力ってのをもってるって、前にアルシラさんが言ってたもんげ。
だから俺にだって何か特融の魔力の匂いがあるはずなんだけど……もしかしたらあれかな? 無属性系の魔力なのかな?
「なるほど……匂いがしない魔力か……」
「いや、魔力を感じ無ぇの」
え……?
い、いや、それはさすがに無いよ。
魔素ってものが存在する以上、生物は魔力を必ず体内に蓄積するんだもの。
ドラゴンは魔素を体外に排出する生き物だから違うかもしれないけど、俺は人間なんだから魔力をもってないなんて事は無いよ。
だってそれがこの世界のルールだとか、法則なんだから。
「……この、世界の……法則……」
頭にすごく嫌なものが過る。
……それは『この世界』の法則であって『俺の世界』の法則じゃないっていう屁理屈みたいな理屈。
そう、俺は『この世界』の人間じゃ……ない。
「う……あ……」
だからもしかすると、体の構造がこの世界の人間と異なっていて、体に魔力を溜めておく器官が無いだとか、魔素を魔力に分解する事が出来ないとか、そういう事があっても別におかしくないんだけど……。
……いや、でも信じたくない、俺に、魔力が『無い』なんて。
「お……そ……それ、何かの、間違いだよね……?」
うまく喋れなくて口をパクパクしちまったけど、ようやく何とか言葉に出来た。
「いや? 間違い無ぇよ」
シャンヘルちゃんの言葉に、頭が真っ白になってくる。
そんなわけない、そんな屁理屈みたいな理屈で、俺の華々しい魔法ライフの夢が散ってたまるもんか。
「リッキ……?」
気付けば俺は、シャンヘルちゃんの傍らにいた。
「シャンヘルちゃん……嘘でしょ? ちょっとした意地悪ってだけでしょ……?」
嘘だよ……嘘だよ……こんなのってないよ……こんなの絶対おかしいよ……。
「いや、マジで何も――何すんだよリッキ!?」
シャンヘルちゃんの真っ黒い角を握る。
「じゃあ……きっとシャンヘルちゃんの鼻が、詰まってるんだよ……」
もしそうじゃなくても、シャンヘルちゃんの鼻が嗅ぎ分けられないぐらい、ごく少量にしか俺には魔力が無いってだけなんだよ。
だって俺はこのエリシェアで暮らし初めてから一年も経ってないんだから。
そう、だから――
「もっとよく嗅いでみてぇええ! お願いぃいい!」
きっと何かの間違いなんだ!
「きゅぁあああッ!? オス臭ぇえええ!?」
シャンヘルちゃんの角を引っ張って俺の胸板にぐいぐい押しつけるようにして抱きしめる!
「り、リッキさん!?」
「リッキ!?」
「は、ハギワラ殿!?」
カーリャさんの家の女性陣が目を丸くしてるけど、俺今それどころじゃないんすよ!
ある、俺には絶対魔力があるはずだよ!
だって俺は25歳になっても童貞だったのだから!
改訂版なら30歳ではなく、25歳まで童貞であれば魔法使いになれるのだから!
「ここ! ここを嗅いで! ここ! あるでしょ!? 魔力あるでしょ!?」
胸板、ワキ、腹と順にシャンヘルちゃんの頭を抱きしめる!
「オスくさいのと精の匂いしかし無ぇってば! や、やめろよおう! くぅっ! こ、こんな濃い匂い嗅がされて……こんなに強く抱きしめられたら……くぅううんっ!」
嘘だ、嘘だ、嘘だ!
ちくしょう、嘘だって言ってくれよシャンヘルちゃん!
だって……だって俺、魔法に逆転のチャンスを掛けてたんだよ!?
トラックに跳ねられたわけでも、召喚されたわけでもない、ただただ偶然次元ゲートらしきものを見てたら、ドジで愚かな俺は望まれてもいないのに異世界に侵入しちまったってだけの話だし、神様女神様仏様からチート能力の一つももらえなかったっていうお話だとしても『まあ仕方ないか』と納得できる!
だけど俺だって異世界モノ小説の読者であり、RPGゲーマーの端くれなのだから、お約束展開に思いを馳せたりするもんさ!
それが魔法! 魔法だったんだ!
もしかしたらゼ○の使い魔みたく、俺にしか使えない虚○の魔法的なサムシングがあるのだと、心のどこかで期待していた!
はたまたF○teの設定みたいに、単純に魔○回路的なサムシングが通って無くて魔法が使えないだけなんだと、そう思ってさえいた!
だからこれまで使えもしない魔法を、いつか使えるようになったら『こうしてみよう』『ああしてみよう』とニコニコ夢見ながら覚えて、アルシラさん達が魔法を使っているのを羨みの視線で見ないように今日まで耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えてきたのだから! 否定されていいわけが、許せるわけがない! 嘘だ嘘だ嘘だ。俺には間違いなく魔力が、間違いなく、確かに俺にはあるんだから!
「リッキ……もう放してやれ、気絶している」
「――ハッ!?」
エクセリカちゃんに肩を叩かれ、ふと我に返って胸の中にいるシャンヘルちゃんを見たら、何故か恍惚とした表情で気絶していた。
あ……お、俺……一体何を……。
「俺は……俺は……どうして……」
シャンヘルちゃんを椅子に戻して、跪く。
雁○おじさんみたく絞殺に至る程パニクってはいなかったけど、随分取り乱してしまった……シャンヘルちゃん、ごめん……。
「俺の……魔法……」
しかし頭が冷えてくると、同時にとんでもない喪失感と、重たい絶望感が頭の中をどんどん支配してくるようになった。
――俺には、魔力が、無い……。
「ぐ……うっ……」
地面に手を着くと、なんだか異様に冷たかった。
そして地面にずぶずぶと埋まっていくような、そんな感覚が襲ってくる。
景色が歪む。
冷や汗ではなく、脂汗が出てくる。
――俺には、魔法が、使えない……。
「リッキ……早合点するな、まだ本当にお前に魔力が無いと決まったわけじゃない。シャンが感じ取れない程のかすかな魔力なのかもしれん」
エクセリカちゃんが、俺の肩を優しく撫でた。
沈みかけていた体が、少しだけ浮上する。
「そうですよリッキさん! ……あ、何か精神系の魔法を掛けてみましょう! 多種族の魔力は感じる事は出来ませんけど、抵抗されればそれを感じ取るぐらいの事はできますからね」
アルシラさんが『ポン』と手を打った。
そうだ、いくらシャンヘルちゃんに無いと言われても、こればかりは誤魔化せない。
魔力は精神に密接してるものだから、抵抗しようと抗えば必ず何か起こる。
俺はすがるような目でアルシラさんを見上げるようにしながら、何度も何度も首を縦に振る。
「さあ、すぐにでもやってしまいましょう。……それではいきますよ? 発動に使う最低限の魔力で打ちます……我が理解の範囲により――」
アルシラさんが呪文を唱える。
頼む、掛かるな、掛からないでくれ、お願いだ!
「――かの者と契約を交わし、妖精の契約書にその名を刻まん、小間使い妖精達の契約印!」
「熱っ!」
アルシラさんが呪文を唱え終わった瞬間、すっげぇ左手の甲が熱くなったんだけど――
「あ、こ、これ……」
見ると悪魔の羽に良く似た黒い入れ墨みたいな紋章が手の甲にクッキリ浮かんでた。
――小間使い妖精達の契約印。
隷属化の魔法の中で最下級に属する簡単な魔法。
命令に逆らったらちょっと痛い思いをさせるって事しか出来ない。
左手にあるからって別にガン○ールヴになれたりはしないし、武器を握っても何か反応するって事もない。
発動する為に必要な魔力量ってのがどれくらいかわからないけど、きっとそこまで多く無いと思う。
「……ど、どう?」
アルシラさんを見上げるように見て、結果を聞く。
なんだか何の抵抗も無しに掛かったように見えたんだけど……これ、こういうものなんだろうか……?
「……そんな、いえ……でも……」
アルシラさんは言いづらそうに俯いたり、俺の手の甲を見たりを繰り返してる。
その様子に嫌な予感が頭を過る。
だけど、信じたくない、頼む、アルシラさん……。
「お、教えてよアルシラさん……。俺には魔力が無い……の?」
生唾を飲み込みながら質問する。
口の中がからっからに乾いてる。
「はい……では、教えます……」
そして、アルシラさんは自分の両手をぎゅっと握ったあと静かに口を開いて――
「……リッキさん。あなたの体には多分、ほんの少しの魔力もありません」
俺が恐れていた事実を、とうとう教えてくれた。




