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まぞくといっしょ  作者: 黒梵天
第二章
31/36

日常パート02 全部だ

 おはようございます、萩原律樹です。

 今日で畑の拡張を始めて三日が経ちました。

 最初はすげえ作業が難航してたんだけど、昨日今日は随分作業がはかどりまして、なんと耕し終えた総面積は当初の予定であった一反をゆうに超え、今では八反にもなりました。

 そしてお手伝い初日はあんなにゴロゴロしてたシャンヘルちゃんも今では――


「うおおおおッ!」


 すっかり立派な農業戦士(ソルジャー)です。

 農耕器具を凄い勢いで引っ張りながら、地面もモリモリ耕すシャンヘルちゃん。

 その広いおでこには玉のような汗が浮かんでいて、すごく一生懸命なんだって事が見ただけでわかります。


「うぇひひっ。頑張れ頑張れ、もうすぐ俺に勝てそうだよ!」


 そんなシャンヘルちゃんのはるか先に立って声援を送る。

 本日の朝8時から今にかけて、俺が耕しきった面積は三反、対してシャンヘルちゃんは二反と一反の差があります。


「ぐぅー! こなくそー! もうこちょこちょは嫌だー!」


 シャンヘルちゃんは『こちょこちょは嫌』と言ってから歯を食いしばって農耕器具を引いた。

 まあ実はシャンヘルちゃんがこんなに必死なのには理由があって、現在俺とシャンヘルちゃんはどっちが畑をより多く、より綺麗に耕しきれるか勝負をしてるんですわ。

 ――しかも罰ゲーム付きで。

 やる事は畑を耕す事だし、大して面白みも無いんだけど、罰ゲームの内容がシャンヘルちゃん考案の『負けたヤツは勝ったヤツに何をされても文句を言わない』といったとんでもない物になってるわけでして、聖力を増やす為にも一度は勝ちたいという魂胆が透けて見えています。

 ……が、残念な事に結果は今の所シャンヘルちゃんの全敗。

 初戦は俺の倍の面積を耕してたんだけど、地面がしっかり耕されてなくて敗北。

 次は丁寧に耕していたんだけど、俺の半分以下しか耕せずに敗北。

 そして本日、俺とシャンヘルちゃんの差は一反にまで縮まったわけなんだけど、一反って300坪もあるわけでして……多分もう逆転は無理なんじゃないかな?


「もうすぐお昼だよシャンヘルちゃん。ふふ、もっと頑張らないと今回も俺の勝ちって事になるけど、よろしいかな?」


 畑の隅っこにある木の柱に目を向けると、その影がとうとうお昼を告げるマークにまで差し掛かろうとしている。

 この木の柱は最近俺が地面にぶっ刺したもので、日時計になってます。

 どういうわけかこの世界の機械技術ってのは徹底的に進歩してなくて、歯車すら発明されてないから持ち歩ける簡単な時計ってもんが無いんです。

 一応カーリャさんの家には大きな砂時計があるんだけど、据え置き型だから持ち歩くことが出来ないのよね……。

 ……さて話は戻りまして、その日時計はそろそろ12時を俺達に教えてくれようとしてくれてるんだけど、それは同時に試合終了の合図でもあります。

 ふふ……つまりこのままいけばシャンヘルちゃんは闇の罰ゲームを受ける事になるって事ですよ、エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!

 ……嘘ですちょっとくすぐったりしてじゃれるだけですおまわりさんこないで。


「や、やだー! ソレはもう負け無ぇー! うおーッ!」


 シャンヘルちゃんが掛け声と一緒に農耕器具を引いた。


「ふぅ……ふぅ……もう、もうダメだー……」


 だけどスタミナが続かなかったのか、シャンヘルちゃんはとうとう自分の耕していた畑の真ん中で『ぼてっ』と倒れてしまった。


「はい、勝負終了」


 日時計を見ると時刻は丁度お昼。

 結果は今回も俺の勝利となりました。


「さ、それじゃあ罰ゲームを受けてもらおうか」


 四指をモゾモゾと蠢かせながらシャンヘルちゃんに近る。


「や、やあ……」


 シャンヘルちゃんが怯えた声を上げて後ずさった。

 だけどその口元を見ると……なんかニヤけてる。

 罰ゲームするのは今回で三回目になるんだけど、何かシャンヘルちゃんこちょこちょする前にちょっと嬉しそうな顔してんのは一体何でなんだぜ……?

 本当はくすぐられるの嬉しいの?

 ……ま、まあいいや、それでは罰ゲーム続行!


「うりっ! こしょこしょこしょこしょ!」


 疑問はさておきシャンヘルちゃんのお腹あたりに手を伸ばしてモゾモゾ。


「くひひっ! ん、んんっ! あ、やあっ! くくっ、くしゅぐったいよう! ひゃあっ!? んふふっ! きゅうっ!」


 くすぐったさに負けて地面に倒れこんだシャンヘルちゃん。

しかし追い討ちを掛けるように脇腹に手を差し込んでから、モゾモゾ、こしょこしょとくすぐる。

 ちなみに今日シャンヘルちゃんが着ているのは若草色の作業着で、前に泥んこになったシャンヘルちゃんの服をみたアルシラさんが、普段着が汚れないようにと一晩で縫ってくれたものであります。

 なんの生地かわかないけど、水でさっと洗うだけで汚れが落ちるすぐれもので、俺も同じものを着ています。

 だからもう汚れを気にする必要は無い、派手にやろうじゃねえか!


「あっ、あっ、くふふっ! も、もうやめっ! ひぃんっ! くひひっ、り、リッキィ!」


 地面を転がるようにくすぐってくる手から逃れようとするシャンヘルちゃん。

だけど俺の手さばきからは逃れられない!

背中を向けたら背中、首元が空いてたら首元、手を上げたら脇腹といったように、次から次へとくすぐったい所を攻められて目を白黒させてる。


「は、はふ……、も、もういいだろ? もうっあっちょっ、やっ、くひひひひっ!」


 シャンヘルちゃんはじたばたと暴れてもうここが地面なのか空なのかわからないような顔してるけど、俺は執拗に、丹念に、万遍なくくすぐり続ける。

 そして俺の手がシャンヘルちゃんの顎の下にある鱗のようなものをなぞった瞬間――


「きゅうんっ!」


 急に俺の腕にしがみついてきて、瞳を潤ませながら首を振った。


「ああごめん、痛かった?」


「ち、違う……痛く無ぇけど……。そ、そこは……だ、大事だからよ……」


 シャンヘルちゃんが俺の腕におでこをくっつけてスリスリしてきた。

 ……そういえば逆鱗に触れるって言葉あったけど、あれって確か竜の顎の下にあるとかそんな話だったような気がする。普段温厚な竜もそこに触れられるとブチギレて、触れたヤツを即殺するとかなんとか……。

 シャンヘルちゃんは西洋竜だから違うのかもしれないけど、大事な部分であるのは変わりないのかも、逆鱗ってレアだし。

 昔は逆鱗を出すためにリオレ○アの尻尾切りリタイアマラソンを……何十時間も延々と繰り返したもんだ。

 まあシャンヘルちゃんは竜化するとディ○ブロス亜種みたくなるから逆鱗なんか落ちないんだろうけど……ってなんでモ○ハンの話になってるんだろう。


「なるほどね……まあ、それじゃあそろそろ降参する?」


 まるでコアラみたいに俺の腕をぎゅって抱きしめてきてるシャンヘルちゃんに『降参?』と聞くと、すぐさま無言でコクコクと頷いてきた。

 ……うむ、潮時かな。


「うっし、それじゃあ罰ゲーム終了ね」


 解放してあげると、シャンヘルちゃんは地面に『ぐてっ』と横になった。

 俺はそんなシャンヘルちゃんから少し離れてぐっと伸びをする。

 うーん……いいね、子供って可愛い……。

 ……あ、いや、これは癒し的な意味で言ったのであって、いやらしい的な意味で言ったわけじゃないっすよ!?

 確かに二次元ロリエロ画像で性欲を発散させた事はあるけど、さすがにリアル幼女には手を出さないっすよ。

 ……しかし俺の心の中に『悪い俺』ってのが静かに息を潜めているのもまた事実。

 そいつはいつもドンピシャな所で現れて『おいリッキさんよお……これはモテないお前がえっち出来る大チャンスなんだぞ? この子100年生きてるんだし、合法ロリだから大丈夫だろ? ほら”みんなには内緒で幼女と秘密えっち体験”なんてどこかのエロ同人CG集のタイトルみたいだろ? お前そういう露骨なタイトルについつい釣られてクリックしちゃうタイプだろ? それにお前のち○こ小さいからこのチビっ子のま○こにはきっと丁度良いぜ? 大人になっちまったら小さいとか言われちまうぜ? だからよお……なあ……やっちまえよ……な? 本当はやりたくてしょうが無いんだろ、な? 正直になれよ、な?』と囁きかけてきます。

 ……まあいつもワンパンで黙らせる事が出来るぐらい弱いけど。

 俺の意志は今、結構強いよ。

 失うものがあるって、素敵です。


「さて、そろそろ腹も減ったし飯にすんべ」


 耕し終えた畑で『ぐてっ』っとしてるシャンヘルちゃんに声をかける。


「……起きれない、だっこ」


 倒れてたシャンヘルちゃんがゴロゴロしながらこっちに近づいてきて手を伸ばしてきた。


「しょうがないねえ……」


 要望を聞いて抱っこしてあげるとシャンヘルちゃんは『くひひっ』って嬉しそうに笑い声をあげた。

 まったく、小憎たらしい事言うけどこういうトコは可愛いんだからもう。


「あとは歩いて行くのよ」


 抱っこしていたシャンヘルちゃんを地面に立たせて、俺はゆっくり粉ひき小屋にまで歩き出す。

 拡張中の畑からやや離れた所に粉ひき小屋があるんだけど、そこにアルシラさんが作ってくれたお昼ご飯が入ったランチボックが置いてありまして、昨日も一昨日もお昼ご飯はそこで食べました。


「ぶー……何だよ、腰が抜けそうになるまでくすぐってきたクセに、リッキは本当に酷いヤツだぜ」


 俺のやや後ろを歩くシャンヘルちゃんが何やら文句を言ってきた。


「ふふっ、くすぐられるとちょっと嬉しそうな顔するクセによく言うよ」


「嬉しそうな顔なんてして無ぇー!」


 シャンヘルちゃんが俺にローキックしてきたけど、まあ大して痛くない。


「……でも、悔しければ悔しくなるほど、あとで……くひひっ……」


 シャンヘルちゃんが何かぶつくさ呟いたんだけど、風が強くて聞こえなかった。


「なんだって?」


「何でも無ぇよ。それよりはやく飯食おうぜ、飯!」


 シャンヘルちゃんが俺を追い越して先を走り出した。


「なんだ、まだまだスタミナに余裕がありそうじゃないのさ」


 そんなシャンヘルちゃんの後ろを、俺はもっさり歩く。

 ……最近風が強いなあ。

 空気も何だかぬるくなってきたし、そろそろ本格的に夏がきそうだ。


「ほい到着っと」


「遅ぇよリッキ」


 中に入ると作業テーブルの上に置いてあったランチボックスが開かれてて、その中身が綺麗に並べてられていた。

 俺のリクエストで作ってもらったカツサンド、冷めても美味しい野菜スープと温野菜のサラダ。

 サラダのサイドにはオリーブオイルと岩塩、あと何種類かのハーブで作られたアルシラさん自慢のドレッシングが入った小さな小瓶が置いてある。


「なー早く食おうぜー」


 アルシラさんの作ってくれたお弁当を目で楽しんでたらシャンヘルちゃんが急かしてきた。


「てぃひひっ。そうだね、食べようか」


 苦笑しながら俺が頷くと、シャンヘルちゃんはいそいそとカツサンドに手を伸ばした。

 ふふ、遅いと文句を言いつつちゃんと待っててくれるあたり、シャンヘルちゃんって良い子よね。


「おう、そんじゃいただきまーす!」


「いただきますっと」


 俺がこの前教えた『いただきます』を使ってからカツサンドにかぶりつくシャンヘルちゃん。


「うんめー! やっぱシラの飯はうめぇー!」


 シャンヘルちゃんがカツサンドをもってない手をバタバタさせながら美味しさを体全体で表現してる。

 それを見ながら俺もカツサンドをがぶり……うん、うまい。


「うん、アルシラさんは天才だな……ん、そういや今”シラ”つった?」


「おう、アルシラだから”シラ”だろ?」


 シャンヘルちゃんが『どやっ』て顔をした。

 前にシャンヘルちゃんは自分の事を『シャン』と呼べと言ったけど、あれって名前の頭だよね? その法則ならアルシラさんは『アル』じゃないのん?


「へえ? じゃあエクセリカちゃんは?」


「セリカ」


 短く言ってから次のカツサンドに手を伸ばすシャンヘルちゃん。

 良くわからないけどこだわりがあるのかね。


「もぎゅ……もぎゅ……なあリッキ、畑あとどんくらいで終わんの?」


 カツサンドを頬張りながら、シャンヘルちゃんは拡張中の畑がある方に目を向けた。


「むぐ? うーん、実はもうとっくに予定面積は終わってるよ」


 当初の予定は一反だったし。


「ずず……こくっ……。え、じゃあ何でまだ耕してんの?」


 自分の分のスープを一口で飲み終えたシャンヘルちゃんが、俺の分のスープに手を伸ばそうとしたので、それを軽く手で払う。


「ん、それは明らかに一反じゃ足りないからだよ。村の人口に対して畑があまりにも小さすぎるからね」


 今回の大移動で移民してきた村人(俺含む)は約200人弱で、カーリャさんの村の人口はその倍の約400人強。

 そしてこの村に元々あった畑は、小麦畑一町、野菜畑二町の計三町。

 人一人が一年で消費する野菜の量はよくわからないけど、一町の野菜畑で大体200人から300人ぐらいの人をまかなうとするなら、明らかに一反じゃ足りない。

 だから俺は急きょ予定を変更して、もう少し大きくしませんかって事をカーリャさんに進言しまして――


『確かにそれぐらいは欲しいと思っておったが……皆は今手一杯じゃからのう。とりあえずは一反ほど耕してもらって、そこに……と考えておったんじゃが、まさかもうそれ以上も耕してしまったとはのう……。ほっほ、ハギワラ殿もあの竜の子も凄まじく精力的じゃな。……ふむ、それでは申し訳ないんじゃが、もうしばし二人で頑張ってもらっても良いかのう? 礼は何か考えておくゆえな』


 と、若干引き気味ではあったものの許可をもらったので、残り二反を耕して畑の拡張は終わりとなります。


「ふーん……? じゃあ別に無駄な事してるワケじゃ無ぇんだな?」


 シャンヘルちゃんは口の端っこにお弁当をくっつけながら首を傾げた。


「うむ、むしろ感謝されるんじゃないかな。今朝ありがとうって言われたし」


 口の端っこについてるお弁当を取ってそれをシャンヘルちゃんの口にそっと押し込む。

 現在村の殆どの人は家の建築に回っていて、家の骨組みを手伝ったり、レンガを積んだり、塗装や木材の切り出をしを行ったり、その為の木材を森から伐採してきたり、レンガを焼く為の粘土を採掘してきたり、それを運搬したりと大忙しなんですわ。

 もちろん今回の移民で増えた家畜の世話や畜舎の増設もしなきゃならないし、今まで通りの仕事ってのもあるから人手は幾らあっても足りないぐらいなの。

 だから畑の拡張も大事ではあるんだけど、家庭菜園をもってる人も多いから、そこを少し後回しにて建築の方に人を回さなきゃならなかったんだけど、やっぱり食料の問題って大切だから、不安に思ってる人もいたんじゃないかな。

 その憂いを俺とシャンヘルちゃんは三日で解決したわけだし、絶対無駄にはなってないと思うよ。

 それに、村の人全員の声を聴いたわけじゃないけど、今日シャンヘルちゃんを営倉に迎えに行った時、私兵の男の人が『ご苦労様です、父が畑が大きくなった事を喜んでました』って言ってたからね。


「くひっ! そっか、感謝されてんのかー……ドラゴンなのになー……」


 シャンヘルちゃんがテレテレと顔を掻いた。


「ドラゴンって人間と仲が悪いのは知ってるけど、亜人とも仲が悪いの?」


 ドラゴンは亜人を食べないみたいだし、嫌われる要素無いような気がするけど。


「だって亜人って魔法みたいなもんで体を作ってんだろ? じゃあソレが聖力を使ってあいつらに何かしたら消えちまうんじゃ無ぇの? やった事無ぇからわから無ぇけど」


「ぶっ!?」


 食っていた温野菜のサラダを噴きだしちまったよ……。

 確かに亜族は半魔法生物だ。

 って事はシャンヘルちゃんが聖力干渉を放ったら、亜族の人って――


「ほっほ、そんな事をしても亜族は消えんぞえ?」


 あ、消えないのか。

 ああ……びっくりした。

 ……って、この声はもしや――


「カーリャさん? あれ、どうしてここに?」


 振り向くと、粉ひき小屋の入り口にカーリャさんが立ってた。

 何か最近シャンヘルちゃんと話してると背後にアルシラさんが立ってたり、カーリャさんが立ってたりするんだけど俺も気が抜けてきてるのかな……?


「いやなに、二人の働きぶりをこの目で見ようとな」


 カーリャさんはゆっくりと小麦小屋の中に入ってきて、近くの椅子に腰かけた。


「それで……聖力干渉による亜族の消失……じゃったか? それは最近天人と亜人で実験されたようでの。結果は『不可能』だったそうじゃ。まったくレガストの白子は恐ろしい事をするもんじゃのう……」


 カーリャさんは腰布からシガレットケースを取り出して、そこから葉巻を一本掴んでから、ギロチン・カッターで端の方をバチンと切った。

 レガストの白子……確かレガストの一番偉い人って、14歳だか15歳の少女だって話を前に吟遊詩だかで読んだな……。

 病的なまでに白い肌と、雪のように白い髪をもった最高位の魔法使いで『白のフィロソファ』だとか呼ばれてるんだっけ。


「じゃが最近レガストに『黒のフィロソファ』と呼ばれる者が現れたようでのう。魔法の詠唱を阻害する魔道具を作ったそうじゃ。どんな手法で作ったのやら……なんともぞっとしない考えしか思い浮かばん……我が理解の――っと、ここは粉ひき小屋じゃたな、いかんいかん」


 カーリャさんは葉巻に火を付ける為に魔法を唱えたけど、すぐに止めて葉巻を口から放してそれをシガレットケースに戻した。

 白のフィロソファに対して黒のフィロソファか……なんだろう、すごくこう、腕が疼きだしてくる。


「ん……? 詠唱阻害……黒のフィロソファ……?」


 俺の邪○眼はおいといて、何かカーリャさんの話を聞いてたらちょっと色んな事を思い出してきた。

 前に髭のおっさんがもっていた魔法石……あれをあのおっさんは『詠唱阻害の魔石』だとか言ってたような気がする。

 あれってあのおっさんが魔融合する直前に俺達にめがけて投げてきたんだけど、エクセリカちゃんが言うには砕けてたらしい。

 多分戦ってる最中に踏んづけたか何かして壊しちゃったんだろうと思うけど、人間側の秘密兵器っぽいし、先に回収しておくべきだったなあ……。

 さて、それともう一つ。

 あの髭のおっさんは『これを作ったあの男も黒髪であったが』って言ってたけど、もしかしてそれが黒のフィロソファーなのかな……?

 って事はそいつは『男』で『黒髪』だって事か。

 ん……? そういえば黒髪って珍しいのかな?


「あの、カーリャさん。ちょっと話が変わるんですけど、黒髪って珍しいんですか?」


「黒髪とな? うーむ……いいや、別に珍しくは無いのう。ワシの古い友人も黒髪じゃから……いや、ハギワラ殿は人間じゃったな。……ふむ、人間の外見についてはそこまで詳しく無いからハッキリとは言えんのじゃが……多分そこまで珍しいものではないと思うぞえ? むしろエクセリカ殿のような金髪の方が珍しいぐらいだと本で読んだ覚えがあるのう」


 うーん、じゃあ異世界モノ名物『黒髪日本人は珍しい』は適用されないのか。

 じゃあ……あの時のおっさんが言った言葉は一体なんだったんだろう。

 ただの戯言だったのかな……?


「そうですか……あ、ごめんなさい何か話の腰を折っちゃって」


 黒髪が珍しいんだったら十分特定できるし、カーリャさんにこの事を話せば何かの足しになるかと思ったんだけど……どうやらあまり役に立ちそうにないや。

 なんだか話の腰を折っちゃっただけで申し訳ないっす。


「ほっほ、気にせずとも良い。……さて、ワシはそろそろ家に戻るとしよう。どうやら昼食の最中じゃったみたいだしの、こっちこそ邪魔をしてしまってすまなかったのう」


 カーリャさんはゆっくりと立ち上がって粉ひき小屋から出ようとする。


「……っと、ハギワラ殿。今日は営倉に寄らず、まっすぐ帰ってきておくれ。働き者には美味い飯と良い酒を、じゃ」


 だけど一度だけ立ち止まって、振り返ってからシャンヘルちゃんと俺を交互に見てからにっこり笑った。


「あ、了解です!」


 敬礼しながら答えると、カーリャさんは満足そうに頷いてからゆっくりと粉ひき小屋から出て行った。


「良かったねシャンヘルちゃん、今日は営倉に戻らないで――どしたの?」


 シャンヘルちゃんが俯きながらフォークを舐めてる。

 そういえばカーリャさんと俺が話してる時、ずっと無言だったよね?


「きゅう……だって、あの蛇ババア怖いし……」


 あー……前に隷属魔法掛けられたから、苦手意識があるのかもな――ちょっと待て。

 シャンヘルちゃん今カーリャさんの事ババアって言った!?


「ババアじゃないよ、お姉さんだよ! それにカーリャさん怖く無いよ、良い人だよ!」


 確かに120歳だし話方もアレだけど……見た目はまだまだ現役のお姉さんですよ。


「悪いヤツじゃ無ぇとは思うけどよ……ちょっと怖ぇ。……ま、良いじゃん、本人には言うつもりも無ぇし。それよか仕事の続きに行こうぜ? 飯も食ったし」


 シャンヘルちゃんは舐めていたフォークをランチボックスに戻した。


「あ、待って俺まだ食い終わって――おいィ!? 俺の飯はどこだよ!?」


 無い。

 スープもカツサンドもサラダもまだ一口か二口しか食ってなかったのに全部消えてる!


「お、俺の飯……食ったな?」


「おう、食ったぜ」


 聞くとシャンヘルちゃんはしれっと答えて、ランチボックスに全部の食器を片づけ終えた。


「で、……ソレをどうする気だ? 前みたいに恥ずかしい事すんのか?」


 シャンヘルちゃんが俺の膝の上に乗っかってきて『ニッ』と笑った。

 おのれチビドラゴン……マジでやっちまうぞ……。


「はぁ……どうもしないよ……そんなカロリーは無い」


 シャンヘルちゃんを抱っこして降ろしてから立ち上がって、小麦小屋を出る。

 何かシャンヘルちゃん悪巧みしてる顔だし、ここで何かしたら思うつぼだよ。

 ここはぐっと我慢して大人になろう。

 

「なんだ、つまん無ぇの……。くひひっ!」


 そんな俺の後ろで、シャンヘルちゃんが『くひひ』と笑った。

 はあ……夕飯は大盛りで食べよう、絶対そうしよう。

 ……そうだ、夕飯はシャンヘルちゃんの肉を奪ってやるか。

 それも一つや二つではない……全部だ!


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