ドラゴン少女と心のもやもや02
「えーっと……うん、やっぱり誰もいない」
時刻はおおよそ深夜2時。
あの後は普通に食事が終わって、いつものように体を水拭きして、頭をワシャワシャと井戸水で流し、動物の毛か何かで作った歯ブラシを口に突っ込んで、歯磨き粉なしで歯を磨いた後、口ん中がさっぱりする謎のハーブを口に入れてもしゃもしゃと噛んでからベッドに入った。
……エクセリカちゃんはいつも通り俺の布団に入ってきて、やっぱり一緒に寝るつもりみたいだったけど、俺はそれをやんわりと断って『ふむ、最近温かくなってきたし……寝苦しいかもしれんな』と残念そうに自分の部屋に戻って行った時、俺の胸が『チクリ』と痛んだけど、俺はそいつを表情に出さないように『おやすみ』と笑った。
残念だけど今日は一緒に寝る事は出来ないでござるよ。
どうしてかって――。
「……うっし、到着っと」
俺はこっそりとカーリャさんの家から抜け出して、かのドラゴン少女の様子を見に行くつもりだったからね。
皆が寝静まるのを見計らって、リビングに置いてあるフランスパンが詰まったバスケットを引っ掴むと、ゆっくり静かにドアを開き、そのまま私兵施設に向かう。
ちなみに見張りの人はいない。
何でかって言えば、現在あのドラゴン少女は特別製の拘束衣を着ているからです。
飯の時に鉄の拘束具を引きちぎるって話があったんだけど、じゃあそんなドラゴン少女を縛っているのは何かと言えば、アラクネ一族が作り出す魔法の糸で編まれた、本来は『防具』として使われる貴重な肌着です。
これはカーリャさんの家にあったもので『鋼鉄よりも丈夫で、シルクよりも柔らかで火じゃ燃えない』なんていう恐ろしい品物です。
それを着させて余った袖を後ろ手に結ぶだけで拘束衣に早変わり。
……アラクネ一族の人もこんな風に使われるとは思っても――いや、蜘蛛の糸ってもともとエサを捕える為のものだし……まさかね。
さて、話を戻そう。
もしもそんな頑強なアラクネの糸で出来た物を引きちぎれるような相手だったら、そもそも何をやっても無意味だし、ここに見張りを残しても、ただやられるのがオチだって話になって、結局私兵の皆さんは自宅で待機する方向で話がついたわけです。
そんなわけで、俺は私兵施設の木戸を開いて、なんのトラブルもなく中に侵入する事に成功しまんた。
そのまま長い石の廊下を歩き、地下に降りる為の階段を行くと、その先にはこれまた長い廊下があって、その左右には重い鉄扉がズラりと並んでいて、まるで刑務所の独房棟のようになってるんだけど、その中の一室からすすり泣く声が聞こえた。
……うん、ここだ。
「ういしょ……っと」
重い鉄扉を開くと、やっぱり中にドラゴン少女がいた。
真っ白い拘束衣を着せられて身動き一つとれなず、堅そうなベッドで力なく横たわってるのが何とも可哀想だわ。
「おっす、ドラゴンちゃん」
中に入って鉄扉を閉める。
「……ぐすっ……何しにきたんだよ? 見せもんじゃねーぞ……帰れよ」
ドラゴン少女がこっちを見ずに『帰れ帰れ』と文句を言うけど、俺はベッドに腰かけてから、フランスパンが入ったバスケットを地面に置いた。
帰るにしても帰らないにしても、先にパンの一つでも食わせてからにしたい。
「腹減ってると思って」
「……」
あれ……反応が無い。
「……ドラゴンちゃん?」
「……」
……やっぱり無視を決め込んでる。
「……」
「……」
そんな様子に俺も無言になる。
うう、やりづれえなあ……。
「……何本食っていいんだ?」
静寂を崩したのはドラゴン少女。
やる気のない声で『何本だ?』と聞く。
「え? いやあ何を?」
相も変わらず不貞腐れたように横たわってる。
この子からはフランスパンは見えてないはずだけど……もしかしたらめっちゃ鼻がよかったり――
「指、何本だ?」
違った。
顔だけこっちに向けて、俺の手を期待するような目で見てる。
「一本もあげないよ!」
拳を握って指を隠す。
そんな俺の様子に『ただの冗談なのに……つまん無ぇやつだ……ぺっ』とか言って地面に唾を吐きやがった。
……ほう、そういう態度に出ますか。
それなら俺も態度を改めよう。
「じゃあ別になんにもいらね――もがぁ!」
残念な事に俺は子供みたいな大人なのだ。
生意気な子供に対して寛容に振る舞えるほど、出来た人間じゃないのだ。
無抵抗の少女の口に固いフランスパンを捻じ込むッ!
口の中で唾液がパンに吸われッ! 口の中が乾くだろうッ!
しかし水をもっているのはお前ではなくッ! このリッキだッ!
それはまさしく、いともたやすく行われるえげつない行為ッ!
――何を興奮してるんだろう。
……それに部がバラバラだし混ぜすぎた。
ジ○ジョネタを使うなら一字一句漏らさず、正確に、的確にだろ……。
……反省しよう。
「げほっ! てめ、なにすんだよ……って、パン?」
口からフランスパンをベッドの上に落とすドラゴン少女。
ようやく俺が口に何を突っ込んだのかわかると目をぱちくりさせて見上げてきた。
「くれんの……?」
ドラゴン少女の問いに対して、無言で頷く。
「……這って食うのか?」
拘束衣でガチガチにされた体を揺さぶりながら、すごく嫌そうな顔をして、首を傾げるドラゴン少女。
……さすがに犬食いさせるのは可哀想か、しょうがないにゃあ……。
「ほら、ゆっくり噛んで食べなさいな」
ベッドに落ちたフランスパンを拾って、ドラゴン少女の口にもっていくと『あむぅ……もきゅもきゅ……』なんて擬音が出てるかのように食べ始めた。
……これがドラゴンねえ。
人の姿だっていうのに、亜族とも人間とも違う生命体。
魔力だけだって理解するのがやっとだっていうのに、今度は聖力なんてものまで登場してきて、俺は少しだけ頭が疲れてきたわ……。
「ちゅくっ……ぺろ……」
下手に物事を考えず『ファンタジー世界だからドラゴンってものが存在してる』っていうようなご都合理論で押し切ってしまえばそれでいいのに、どうしたってこの世界の成り立ちってものが気になっちまう。
「あー……れるれるれる……」
このままじゃいつか、この世界の創生の歴史にまで興味もっちまいそうだ。
「あむっ……ちゅっちゅっ……」
初めの頃はなーんも考えないで『剣と魔法の中世風ファンタジー世界だ』なんて思ってたけど、いざ考えに余裕が出てくると、この世界の事をもっとよく知りたくなっちまう。
「じゅるるる……」
……ただ、俺の身に余るような重大な事だけは知りたくはない。
重大な事を知ったとしても、行動を起こせるだけの力は俺にはない。
そういう事はこの世界の勇者にでも任せておけば――。
「ねえ!? さっきからペロペロペロペロと何やってんの!?」
「ちゅばっ! あ、も、もうちょっと――いだっ!?」
ドラゴン少女の口から指引き抜いてデコピン。
うげえ……指が涎でべちゃべちゃだ……。
「ぶー……。別に噛んだりしたわけじゃ無ぇだろ? それに『竜化』の事心配してんなら指舐めたぐらいじゃ聖力は増え無ぇよ」
不貞腐れて横になるドラゴン少女。
……まぁ、これくらいなら可愛い悪戯程度で済ませてあげてもよくってよ。
さっきフランスパン口に捻じ込んで少し満足したもの。
「まったくもう……」
しっかしこの子の常識ってのはどうなってんだよ……普通は良く知らない男の人の指なんかペロペロしないだろ……。
「ふきふき――」
べちゃべちゃになった指を拘束衣で拭ってから、その指を顔に近づけて――
「――ツバくさっ」
嗅いでみたわけだけど、やっぱりツバくさい。
犬に『べろべろ』舐められ時みたいな、残念な気持ちになってくる。
「わ、わあっ!? か、嗅ぐんじゃ無ぇ!」
ドラゴン少女が上半身を起こして嗅ぐなと抗議。
ほほう……一応羞恥心的なものはあるようだ。
「あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー!」
指を嗅ぎまくる! 大仰に!
「きゅっ! きゅうぅー!? や、やめろよおう! き、気持ち悪いぞ! わああああ舐めるなよぉ! 美味しく無ぇから! 絶対美味しく無ぇからぁ!」
じたばたと転げながら俺に近づくドラゴン少女。
……ああ、俺は今、サディストの気持ちが少しわかった。
この子は可愛い――いじめたくなってくる。
「うぇひひっ! うりゃ!」
「ひっ! な、何してんだよお!?」
暴れるドラゴン少女を、後ろからがっちりと抱き上げて――。
「――――」
耳元で『ぼそぼそ』と何語でもない『ジベリッシュ』を呟く。
ようするにハナ○ゲラ語みたいなもんです。
「な、何? 何言って……ふ、ふわあ……耳が変だ……や、やめろぉ……」
出来るだけ耳に心地いい『リップノイズ』を出しつつ、淡々と意味のない言語を呟きつづける。
……知ってるかいドラゴンちゃん。
男は音でだって勃起する生き物なんだよ?
もちろん女の子だってまた然りだ。
……しかも女の子っていうのはね、赤ちゃんの小さな泣き声一つ聞き漏らさないために体の構造的に耳が敏感だって噂まであるんですよ。
だから耳元で『こしょこしょ』と擦れる音やら『ぱっ、ぷっ』や『かっ、くっ』のような破裂音と促音のついたものを聞かされ、その余韻残る耳に『ちゅっ、ちゃ』のような粘着音を追加しながらたまに息を吹きかけると――。
「ひゃあぁ……」
耳が敏感ならたまらなく気持ち良くなるんですわ。
……うん、やっぱり気持ちよかったんだな。
だって『くたっ』と脱力して『とろん』とした顔で天上を見上げて呆けてるし。
「……」
ドラゴン少女は抱きかかえられたまま、ただじっとしている。
何を考えてるのかまではわからないけど、多分困惑してるんじゃないかね。
なんせ捕食しようとしてたただの人間が、自分の事をすっ飛ばして、体を拘束したと思ったら営倉にぶち込んできて、夜になったらパンなんてもってきて、そのまま意味のわからないような恥ずかしい事をいっぱいしてきたんだから。
「……なあ」
しばしの静寂があって、再び口を開いたのはドラゴン少女。
「何か用かな」
視線を下げて、それに返事。
「……お前はさ『ソレ』が怖く無ぇの?」
見上げてくるドラゴン少女。
……ソレ?
「どれが怖くないって?」
「ソレだよ、ソレ」
まっすぐに視線を俺に向けたまま『ソレ、ソレ』と言うドラゴン少女。
俺はそいつに首を傾げて『どれよ?』と聞くけど、やっぱり『ソレだってば』としか言わない。
「……あなたと私、お前とソレ」
あ、ああ……。
この子自分の事ソレって呼んでるのか。
「さすがにバカでかいドラゴンは怖いけど……今はそんなんでもないかな。敵意も感じないし、さっきだって指食われなかったし――食わないよね?」
ドラゴン少女の目を覗き込む。
「……食わ無ぇよ。ソレは負けちまったし、食う資格が無ぇ。本当はソレが食われても文句は言え無ぇんだけど……お前はソレに施しまで与えた。……そんなヤツを食ったら恥ずかしくて生きていけ無ぇよ」
バツが悪そうに眼を逸らしながら言ったけど、この言葉は信ぴょう性が高い。
何せ食うならさっさと俺の指をコリコリ食っちまえば良かったんだもの。
それをしなかったって事は、俺を食うのを諦めてくれた裏付けになるし、今はそこまで聖力を増幅したいわけじゃなさそうだって事もわかる。
つまりは常々安全だと思っていい。
……まぁ、俺は最初からそんなに危険だとは思ってなかったけども。
だってこの子、ちょっと負けただけでビービー泣き出しちゃうんだから、とくに怖がる必要もないじゃないの――とはいえ、俺も今じゃかなり強いからね。
羽交い絞めにすればどうにかなるぐらいには力もあるし、そのおかげで安心できているってのが大きいと思う。
……もしも俺が、この世界にやってきた時のままの強さだったら――他の村人みたいに、色々な事を心配しちまってたかもしれん。
「そっか、それなら安心だ。それなら……ほい、しっかり食べて、大きくなりなさいな」
もってきたフランスパンをもう一本手に取って、その先っぽでドラゴン少女の口を『ちょんちょん』と突っつく。
「子供じゃ……はぐっ……」
文句を漏らしながらも『もしゃもしゃ』と食べ進めるドラゴン少女。
こうしてみると小動物みたいなんだけどな……。
「んくっ……なあ、お前、名前は?」
半分ぐらい齧った所で、急に思い立ったように俺の名を求めてくるドラゴン少女。
「俺? リッキとでも呼べばいいよ」
もう最近じゃフルネーム使う機会もなくなってきたし、わざわざ呼びにくいフルネームを教える必要もないっす。
「……シャンヘル」
ドラゴン少女は自分を『シャンヘル』と名乗って、満足そうに笑う。
……うん、素直な笑顔だ。
この子ちょっとぶっ飛んでるかもしれんけど、悪い子ではなさそうだ。
「シャンヘルちゃんか」
「シャンさんと呼べよ」
「いや……」
「シャンさん!」
超睨まれた!?
「……シャンヘルちゃん。そう呼ぶからね、これは曲げない」
うわー……ほっぺ膨らませて、すっげぇ納得してない顔してる。
だけどやっぱりこの子には『ちゃん付け』がしっくりくる。
バカにしてるわけじゃなくて、イメージ的な問題で。
「これでも100年近く生きてんだぞ? お前より全然年上なんだかんな。なんでお前ら人はみんな見た目ばっかに拘るんだよ。意味わかん無ぇよ……ぺっ」
まーたこの子は唾を『ぺっ』って床に吐くんだからもう……。
「……まあいいや。それで、ソレはいつここから出れるんだ? ソレの目的はお前……リッキを食いたかっただけだし、他の連中とやりあうつもりなんか無ぇよ」
俺の腕から体を離して、壁に寄りかかって『それにこの姿じゃ暴れられ無ぇし』なんて呟いて口を尖らせた。
「うーん、わからないね。みんな本物のドラゴンを見てびっくりしてるし、怯えてる人も中にはいるみたいだから、そう簡単には出られないっしょ」
この言葉に、シャンヘルちゃんは嘆息した。
「べっつに亜族なんて食わ無ぇよ……。そもそも、ソレは今まで人なんか食った事も無ぇし、食いたいとも思わなかったぜ? ……お前は別だったけどな」
ああ、そう言えばこの子、ドラゴンの姿――竜化してた時に、食ってやれるだとか、恋だなんだと言ってた気がする。
「……そんなに食いたかったのか、俺が」
確か寝ても醒めても俺を食う事ばっかり考えてたんだっけ?
……ちょ、ちょっと寒気がしてきた。
「ああ、だけど今はそれよりも良い事を思いついたぜ」
シャンヘルちゃんがニンマリと笑った。
「きっとロクな事じゃ……で、何を思いついたの?」
子供の浅知恵聞くに足らずと、昔とーちゃんに笑われたけど、あれすっげぇ悲しかったんよね……だから、同じ事はやっちゃいけない。
子供の話はしっかりと聞いて、そいつをしっかり受け止めてあげる事が、きっと大人ってやつなんだろう。
――俺ロクな大人じゃないけど。
「えっと、まずはお前が服を全部脱ぐだろ?」
「うん」
「そうすると、お前は裸になるだろ?」
「そりゃあね」
「そしたら、ソレはお前のち○ちんを口で――」
「もうよっせぇええええ!!」
残りのフランスパンを口に捻じ込む!
さすがにこれは受け止められないよ!?
これを受け止めるのは正しくない大人だよ!?
「むぐぅ!? けほっ! なんでだよ! これならお前も食われなくて済むし、ソレも聖力が増やせて『ウィン・ウィン』だろ!?」
このビッチドラゴンは一体何を口走ってんだ!?
それは完璧にアウトコースだよ! 俺にとっちゃ『ウィン・ルーズ』だよ!
確かに背徳的で倒錯的で魅力的な提案かもしれないけど、そんな事したら俺は社会に消されちまうよ! ルーズじゃない、ロストだよ!
「あ、口じゃ嫌なのか? じゃあ交尾でもいーぜ! 子供が出来ちまってもお前の子供なら強くなりそうだし、安心してたっぷり出せ――ふぐぅっ!?」
無視して再びフランスパンを口に捻じ込む。
……あ、頭が痛い。
この子なんなのかな……ビッチなのかな……。
俺は認めないぞ……。
ドラゴン○―トで俺は竜の偉大さ、尊大さ、そして純粋さを知ったんだ。
そんな誇り高い、憧れと畏怖の対象であるドラゴンがビッチなわけがねえよ!
俺のドラゴンがこんなにビッチなわけがない!
「はいはい……大きくなったらえっちしようね」
口を尖らせて『ぶー』と呟くシャンヘルちゃん。
……何を言われようとも俺の心は変わらん。
「……前は自分勝手にぶっかけてきたじゃ無ぇか」
――背筋に冷たいものが走る。
「わ、忘れてなかったのね……」
不可抗力とはいえ、俺はこの子が竜化できるだけの精力を与えちまった。
……これがバレたら多分、ケツにあの棒をぶっ刺されるだけじゃ済まない。
俺が考え付かないような恐ろしい事が待ってるに違いない。
「忘れられるかよ。あの味を知ったら、もう普通の生活には戻れ無ぇ。……体が、心が、本能全部が満たされるようなすげえ感覚。どうしてご先祖さんが人間を食ったのか……それが頭じゃなくて存在そのもので理解できた。……だから、寝ても醒めてもお前の事ばっかりだったぜ? 逢いたくて、恋しくて、食いたくて食いたくて食いたくて食いたくてしょうがなかった――あぐぅ!」
「ちょっ!?」
やべえっ! シャンヘルちゃんが飛びかかって、首筋に噛みついて――
「……でも、お前に負けたら、頭が冷えちまった。……そうやって人間を食うから、ドラゴンは結局……ソレ一匹になっちまったんだって考えると、お前らのあとずーっとくっついて村にやってきた事すらバカバカしく思えてくるぜ……」
ただの甘噛みだった。
……自信満々だったりしゅんとなったり、感情の起伏がすごく激しいけど、心根は多分真っ直ぐなのかもしんない。
……少しぐらい、分けてやっても良いかなって思えて……い、いや、やっぱマズい。
ただ、この子が前にあった事を秘密にしてくれるには、俺は少なからず何かを提供する必要があるかもしれん……。
どうする……。
何か容器にでも出してから……いや、それはそれで変態くさい。
血の一滴ぐらいで黙っててくれるかな……?
いや、痛いのはちょっと嫌だ。
ぐう……どうすりゃいい――。
「ふふっ、もう仲良しさんになって――」
「はうあああああ!?」
後ろからアルシラさんの声がしたあああ!?
「きゅっ!?」
首筋を『はむはむ』してたシャンヘルちゃんを放り出して、急いで汗を拭って背後に向き直る――ああやっぱりアルシラさんがいるぅううう!
「どどどしたのアルシラさん!? ねねね寝たんじゃ?」
今はもう深夜だよ!?
いつもだったらアルシラさんはもう寝てる時間のはずだよ!?
「ご飯の時、なんだか浮かない顔をしていたので、どうしたのか少し気になって部屋に行ったんですけど、ベッドにはいませんでしたし、テーブルにパンを入れるバスケットもありませんでしたから――ここだと思ったのです。ふふっ、リッキさんは優しい人ですからね……ふふ、そんなわけで、スープも持ってきました!」
後ろ手に隠してた手を前に出して『じゃーん』なんて言いながらお鍋を見せて微笑むアルシラさん。
そ、その前向きな考えが、今の俺にはとても辛いです。
確かに最初はこの子が心配で見に来たけど、最終的には『例の事』をどう黙っていてもらうかを考えてたわけでして……。
あああ眩しい!
アルシラさんの笑顔が眩しい!
「……へっ。そんなモンもってくんなら、こいつをとってくれた方がずっと嬉しいぜ」
俺達のやり取りを見てシャンヘルちゃんは悪態をついた――が、顔とセリフが合ってない。
もう目をキラキラさせて、鍋に穴が開くほど熱い視線を送りながら涎を『だらだら』と垂らしっぱなしである。
「ふふっ。いっぱい食べて下さいね」
アルシラさんはお鍋をベッドの上に置いて、同じように真っ白な深皿を置くと、そこにスープをよそった。
「……このスープを飲み終わるまでに、さっきまで何を話してたのか、こっそりと教えてくれたら嬉しいです……ふふっ」
アルシラさんが、背中についた小さな羽をパタパタと動かしながら、顔をこちらに向けずに、シャンヘルちゃんににっこりと微笑んでる。
……マズい。
ど、どこまで聞かれてたんだ!?
「ん……? ええっと、何話せばいいんだ?」
シャンヘルちゃんが首を傾げてる。
い、いいぞ、そのままとぼけててくれ!
もしここで話さないでいてくれたら、後で何リットルだってくれてやるから!
もう仕方ないよ! 俺は自分の身可愛さに自分の体だって売るよ!
頼む! とぼけ続けてくれえええ!!
「そうですね……『前は勝手にぶっかけてきた』といった所を、もう少し詳しくです」
「ああ、それな。あれは前に森の中で――」
ウワアアアア!?
とぼけてたわけじゃないのねぇえええ!
ちっくしょぉおおおお!! 詰んだぁあああ!!
俺のケツが爆発しちまうよおおお!
キエアアアアアア!!!




