ドラゴン少女と心のもやもや01
「それで、あの子は……いつまで?」
時刻は体感で夜の8時ぐらい。
長い会議からようやく解放されて、現在ようやく飯にありつけた。
今回は特例として、俺とエクセリカちゃんが会議に加わる事になったんだけど、結局俺は聞くことぐらいしかできんかった。
本来だったらここで回想が入る感じなんだろうけど、色んな村人がいたし『隔離するべきだ!』だの『いや、ここは穏便に森に帰すのが正しいのでは?』といった意見が喧々諤々と飛びあってた会議だったわけで……正直疲れるだけで大した進展も無い会議だったからあんまり回想したくない。
……ただ、退屈だったかどうかと言われれば否だ。
この世界に関する新しい情報が続々と出てきて、わりと聞き逃せないお話しも多かったからね。
今日の会議で聞いた情報によれば、かのドラゴン少女は、亜族とは違う理で形作られた生き物らしい。
そんで紆余曲折はあるみたいだけど、どの伝承にも共通した部分が見受けられる。
そこらへんを照らし合わせて、最も信憑性の高いものだけを残して、この世界の歴史文献と、俺の推測を交えながらまとめると――。
このエリシェア大陸でも、原初に生まれて一番強かったのは恐竜だったらしい。
そしてその姿を真似た者――古代人がドラゴンの祖とされている。
さて、じゃあ彼らの大元になった古代人ってのは何かって言えば、体の全てが聖力ってもんで満たされた不思議生物……って言えばいいんかな?
早い話『形を持たない、意志をもったエネルギー体』ってとこで、魔力とは違う理で形作られた生命体、それが古代人。
聖力の正式名称は『聖業神話発現根源力』の略で、奇跡起こす根源の力だそうです。
この世界の大多数の人達は、天人と呼ばれる種族に聖力があって、彼らはその力で『治癒魔法』みたいなものを使うって認識しかないけど、本来は『天候を変える』とか『山を運ぶ』だとか『死んだ人を蘇らせる』みたいな、魔法でも不可能な奇跡を可能にする力なんだってさ。
……じゃあ『天人もその古代人とやらが別の姿をとった者なんじゃね?』って意見は常々正しく、彼らは純粋な力よりも、高い知力と自由な翼を取り入れる事を決めた種で、太古の昔にはドラゴンに対を成す存在として栄華を極めていたそうな。
……だけど人間や亜族みたいな魔力を内包する『新人類』が現れた時代から、天人達『旧人類』は居場所を天上に移したとされている。
その主な理由は魔力と聖力の相性が最悪に悪いからだ。
聖力は魔力に干渉されると奇跡の行使が出来ない。
逆に魔力は聖力の干渉を受けると魔法の行使が出来ない。
だから、魔力に適応した生物が多くなった世界で生きる事が難しくなったんだろうね。
……さて、ここまで考えて、ようやく本題のドラゴンについて思い至る事ができる。
結局最後まで地上に残ったドラゴンは、独自の進化を遂げて魔素を体外に放出する術を身に着けた。
そして生物のもつ生命力――精力を吸収する事によって、自分のもってる聖力を増幅させて、一時的に魔力の干渉を防ぎ、ドラゴンの姿を保つ事にも成功した。
住む場所を自分達好みに作った天人と、住む場所に適応したドラゴン。
進化的に見ればドラゴンは正しかったのかもしれないけど、その後の彼らの行動がマズかった。
何がマズかったかって精力の摂取方法と、その相手がマズかった。
魔物はその意志を魔力によって浸食された生き物だ。
侵食されるに毎に生まれ持った精力が、どんどん魔力と溶け合って、最終的には心臓部分にだけ精力を残した半不死身の化け物になれる。
だけど良い事ばっかりじゃなくて、他者から精力を奪わなければ生物として存在できずに、いずれ魔力に飲み込まれてその体を魔素として四散させちまうそうだ。
同様に亜族も半魔法生物で、生まれ持った精力が魔力と溶け合ってしまう種族らしいけども、理性や意志によって精力をどれだけ魔力と溶け合わせるかを制御できるから、その体を四散させる事がないそうだ。
さて……そんなわけで魔力に関わりが深い生物は、体内の精力ってのを魔力と溶け合わせてしまってるが故に、ドラゴンにとっちゃおやつにもならない。
そこで魔力の影響を受けていない動物と、比較的その魔力保有量の少ない生物――つまり獣人、そして人間を食う事にしたのがマズかった。
……結果は歴史が証明する通り。
ドラゴンは『正史』に残らない程の昔に滅ぼされ、今じゃ『おとぎ話』や『伝説』としてしか存在しない生物となった。
……だけどその生ける伝説が俺たちの目の前に現れた。
それが、かのドラゴン少女だ。
――って具合ですな。
……右手とか左手とかが疼いてくる。
さてさて、それで結局、あのドラゴン少女の処遇は……とりあえずふん縛って私兵施設にある営倉に入れておく方向に決まった。
そして俺はカーリャさんに『あの子はいつまで』あの営倉に拘留されるのかって事を聞いたわけです。
「うーむ……。幼子をあんなところに閉じ込めておくのは、少しばかり気分が良くないがのう……。何せ相手はドラゴンじゃ、村の者も色々な事を危惧しておる。安易に事を進める事はできんから、もう少し時間はかかりそうじゃ」
カーリャさんは軽く炙ったボローニャ・ソーセージをフランスパンの間に挟み、ケチャップ・ソースをたっぷりかけてから嘆息。
やっぱり見た目10歳ぐらいの女の子を、暗くて埃っぽい営倉に拘束衣ガチガチにつけて放り込むってのは、あんまり気持ち良いもんじゃないよね……。
……ただ、その気持ちよくないって理由で安易に自由にすると、とんだしっぺ返しがくるんじゃないかと、村の人たちは思ってるみたいだ。
何せ――
「……問題はあのバカ力だ。あんなに小さな体になっても、鉄の拘束具を引きちぎるぐらいは出来るんだからな。……まったく、何度も脱走しようとするもんだから、私も少しばかり疲れた。リッキと二人がかりじゃなければ捕縛もできないとは恐れ入るぞ」
あの子の力は異常な程強いんだから。
八種類の野菜が入ったポトフが注がれた皿にスプーンを入れて『そしてドラゴンを羽交い絞めにできるお前の力にもな』って付け加えて、苦笑するエクセリカちゃん。
会議が始まる前、逃げ出そうとするドラゴン少女を、エクセリカちゃんと二人がかりで捕まえて、営倉の中に入れたんだけど、五分も経たないうちに拘束具を引きちぎって、重い鉄扉ぶち破ってくるもんだから、マジで苦労したよ……。
最終的には特殊な拘束衣を着せる事によってどうにかなったんだけど、着せるのも一苦労で、エクセリカちゃんが全力で抑え込んでもダメで、結局俺が後ろから全力で羽交い絞めにしてようやくといった感じだった。
……俺、どんだけ力が強くなってんだ。
「ただの子供にしか見えませんけど……いえ、きっとただの子供なのでしょうね。……ですから、村の人たちはあの子が癇癪を起して暴れ出す事を危惧しているみたいです。可愛い我が侭も、人知を超えた力で行えば災害に成り得ますからね……。魔法生物に近いわたくし達亜族は、子供の時――とくに思春期には色々な事が起こります。それがドラゴンであるならなおの事……といった所でしょうか」
アルシラさんがミルクたっぷりのコーヒーを啜って、それを『こくん』と飲み込んでから『……普通は大人が御せるぐらいの力なのですけどね』と苦笑した。
……会議の時に大人の人たちがやたらと『隔離するべきだ』って事を言ってたのはそういう事か。
「あの子が『どうしてここに居たのか』といった謎が解けないのも問題じゃな。何度聞いても『知らぬうちに森に居た』としか言わなんだ。……この村にたどり着けた理由なら、大移動に紛れて着いてきていた事で説明が付くかもしれんが、どうしてこの進めずの森なぞに居たのかが、どうにも不明瞭なんじゃよ。……よもや人間と手を組んでいるわけでもあるまいが、その辺がハッキリしない事にはうまく話しも進まなくてのう」
カーリャさんが難しい顔になって窓の外を見つめてる。
あの子を尋問する時、俺もその場に居合わせたんだけど『どこから来たの?』って問いに対して『ここからずっと南の小さな小島』って返してきた。
じゃあ『どうやって来たの?』って質問すると『わかんね。寝て起きたら森ん中だった』って答えた。
ドラゴンなんだから飛んできたのかと思ったけれど、そういう事じゃないっていうんだから村の人達の不安を煽る原因にもなってたりする。
「確かにそれも気になりますが……なぜ竜の姿でいたのか少し気になりますね。この辺りに人間なんて住んでいません。そもそも聖力を増幅する程の精力をもった人間など――」
エクセリカちゃんの一声に女性陣の視線が……一斉に俺に向いた。
「えっ」
じっと真っ直ぐに、みんな俺を見てる。
……やばい、冷や汗が出てきた。
け、気取られるな……いつも通り振る舞うんだ俺……。
「うぇ、うぇひひ! な、何でですかね。 ……あ、うめっ! このスープめっちゃうめっ! マジパねぇ! ぶほっ!」
スープぶほっ! 掻っ込んでげほっ! 咽るのは、す、すげえ怪しかったんだけど『まあ、昨日の今日じゃし、ハギワラ殿は今までこの家から出る事もなかったしのう』ってカーリャさんが呟いたら『確かに』といった感じにみんな頷いた。
「すまんリッキ。ありえんとは思ったんだが、お前の精は人間にしては異常に濃くなってきているからな……少し気になっただけだ、許せ」
エクセリカちゃんが俺の皿に、大豆のトマト煮をスプーンでよそってくれた。
「それにリッキさんは生きてます。だからもしも精をあげたのなら……ふふっ、えっちしなくちゃですもんね? あははっ、リッキさんがあんなちっちゃい子に手なんか出すわけないのです。だってリッキさんは大きなおっぱいが大好きな男の人なんですもの」
自分のおっぱいの上に両手を置いて『ふふっ』と微笑むアルシラさん。
おいらは『ごくり』と唾を飲み込んで、食い入るようにその大きな果実を――
「ふぅん……そうか、まだ大きさに拘ってるのか、お前は」
見ようとしたけどすぐに目を逸らしました。
だってエクセリカちゃんがイボイボのついた棒をチラっと俺に見せてくるんだもの……視線だって逸らしたくなるよ。
「うむ、こうしてハギワラ殿も生きておるし、食われもおらんからのう。アルシラの言うとおり、あのような幼子に欲を吐き出す事もあるまい。大方そこらの魔物でも大量に食ったんじゃろう。この辺に魔物が一匹も見当たらんと、昨日エクセリカ殿も言っておったしのう」
カーリャさんの声に、一同頷いてから笑った。
和やかムードでお話しがまとまりつつある食卓。
だけど俺の心臓はバクバクしてるし、脂汗まで出てきてる。
――言えない。
この前森で、少女にケフィア提供しちまったってことは絶対に言えない。
……た、確かに欲情したわけじゃないけど、吐き出した事実が残ってる。
でも、あれは不可抗力だった。
それにオデコに出しただけだし、口とかおまん――ちょっとまて。
そもそも精を効率よく吸収するのって粘膜吸収だよね……?
じゃあ何か? あの子はデコにぶっかけられたケフィアを、わざわざそのちっちゃい指ですくって口やらおまん――。
「さて、明日も早いからのう、飯を食ったら軽く一服して、書類整理を終えたら床につくとしよう。みんなも今日は疲れたじゃろ? 特にハギワラ殿はドラゴンそのものと相対したんじゃからなおさらのう。処遇はあの少女の出方次第じゃから、もしかすると長丁場になるかもしれんぞい。じゃから、今だけはゆるりと休むがよろしい」
いつのまにかパンを食べ終えたカーリャさんが『ハギワラ殿とエクセリカ殿だけが、頼みの綱になるんじゃからな』と付け加えて、淹れたてのコーヒーを俺に手渡してくれた。
「あ、あはは……頑張ります……うぇひひ」
そのコーヒーを苦笑いしながら受け取って、まだ熱いままのそれをゆっくりと啜りながら、俺はあのドラゴン少女の事を考える。
……今頃、腹空かせてんのかな。
「俺が食われるのはごめんだけど――」
子供が腹を空かせて辛い思いしてんのはもっとごめんだわ。
……いくか!




