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まぞくといっしょ  作者: 黒梵天
第一章 白銀の鎧と悪魔の少女
20/36

葛藤

「おやすみなさいリッキさん。明日は、きっと元気になれますから……」


 部屋の外からアルシラさんは言った。

 扉越しから聞こえる柔らかい声に、俺の心がわずかに温かくなるけど……やっぱりどうしても動き回る事は無理そうだ……。


「うん、ありがとう。おやすみアルシラさん……ごめんよ……」


 アルシラさんに返事。

 せめて返事だけでも明るく言いたかったのに、どうしても声に覇気が出ない……。

 ――あれから、一週間経った。

 ここはアルシラさんの家、アルシラさんのお父さんの部屋。

 俺はその部屋の隅っこで、布団被りながら――ガタガタ震えてる。

 情けない事に、俺はこの一週間の間、また半引きこもりに戻っちまってたんだ。

 アルシラさんの家は結局半焼。

 氷室の食料は全滅。

 家を直したり、食糧とりにいったり、色々あったはずなのに、俺はどうしても外に出られなくて、引きこもってた。

 こんなんじゃダメだって、自分に鞭打って表に出ようとしてみた。

 多少無理して、笑顔作って、いつもの俺に戻って、二人を笑わせて、楽しい毎日を、楽しい日常を取り戻したくて、動いてみようと何度も頑張ってみた。

 だけどその度に――。


「うぐ……げえっ!!」


 この有様だ。

 ベッドから這い出して木の桶ん中にゲロぶちまけるのも、これでもう何百回目だよ……。

 吐しゃ物は全部夕飯のスープとパン。

 そうだ、今は夜なんだ。

 もうすぐ一週間と一日になっちまう。


「外に出なきゃ……」


 こんな事いつまでも続けてらんない。

 今までの俺だったら引きこもってられる方が幸せだったけど、今は違う。

毎日頑張って、褒められて、達成感を知った俺はもう引きこもりに甘んじる事のほう辛くてしょうがない……。

 だけど部屋から出て、動き回ってまた吐いてを繰り返す度に、俺はエクセリカちゃんに部屋に連れてかれて『寝てろ』っつわれて、あんま俺がしつこく頑張ろうとすると、往復ビンタが飛んできた……。

 ――しかも、全然痛くないビンタが……。


「……ごめんアルシラさん……ごめんエクセリカちゃん……ごめん……」


 こんな情けねえ俺なのに、アルシラさんは毎日スープを作ってきてくれる。せっかく作ってくれたんだからって、無理して味もわからないまま飲んで、そうやって食べたもんを全部吐き出しちまって……。罪悪感で胸がいっぱいになる……。

 三日前ぐらいに、悪いから水だけでいいつったら、エクセリカちゃんに『食べなきゃお前の体はもっと悪くなる』って言われて殴られた。

 ――でも、全然痛くないパンチで……。

 そのあと頭撫でられて、抱きしめられて、もう消えてしまいたい程情けなかった。

 もっと殴って欲しかった。ボコボコにして欲しかった。

 優しくされんのが辛い。

 もう俺は、この先一時たりとも幸せになっちゃいけない人間なんだから。

 だって俺はおっさんを、人間を――。


「げぼっ! ケハッ! カハッ!」


 人を殺して平気でいられる神経が、俺にはないみたいだった。

 戦争じゃ命を奪い合うもんかもしれないけど、俺にはそんな覚悟なんかなかったし、そもそもあの時の俺にはそこまでの危機感なんてなかった。

 ただ強くなって、その力を振り回して……。


「うっ……ぐっ……」


 昔は『ウジウジ悩んでたってしかたがねえだろ』って、俺はラノベの主人公やらゲーム、アニメ、漫画の登場人物にいっつも思ってたし、ウジウジしてる主人公がウザかった。

 そうしなけりゃ『大事な仲間が死んでただろ』とか『お前も殺されてたかもしれないだろ』って、好き勝手に思ってた。

 それに『もし俺が主人公だったらすぐに立ち直って次のステップ行くんだけどな』ってずっと思ってた。

 だけど実際は違った。

 あいつらの苦悩はそんな生易しいものじゃなかった。

 悩むとかそういったレベルじゃない。

 心が幸せになる事、普通でいる事を拒絶するんだ。

 体が食べることを、歩くことを、前に進む事を拒否するんだ。


「……寒い」


 それにずっと寒気がするし、恐怖も消えない……。

 ――未来への恐怖が、拭えない……。

 これからずっと、この世界で生きていくって事は、つまりあんな風に人間と戦うか、そうでなければ亜族の人と戦うかしなきゃならないって事だ。

 ……例えば、これはありえない話だけど、もしも俺がここから逃げ出して、人間の町で暮らすようになって、パン屋やら洗濯屋で働いて、細々と生きていったとしても……いつかは亜族の人を見かけるだろうし、その時俺はどうするんだろうかって事……。

 ――もし助けられるようなら、きっと助けちまう。

 人に散々痛い事された俺だから、人がどれだけ痛みを抱えてるかある程度はわかるし、それを自分に置き換えると、苦しくてしょうがない……。

 だから間違いなく、手が伸ばせるなら、俺は手を伸ばしちまう気がする。

 そんで、そうやって生きてたら、絶対また誰かと戦う事になる。

 命さえ奪わなければいいとか、そんなレベルの話じゃない時だって絶対にまたやってくるに決まってる。

 俺がまだクソ弱いままの人間なら……無関心や無介入を正当化できたのかもしれない。

 だけどもう違う、俺はもう決して弱くなんかない。

 エクセリカちゃんと一つになった時から、俺の身体能力は――。


「ぐう……う……!」


 腰から剣を引き抜いて、その刃の両端をもって――へし折った。


「なん……でだよ……くっ……うっ……」


 涙が溢れる。

 部屋の隅には大量の剣が落ちてる。

 全部俺が素手で砕いて、折り曲げて、ぶっ壊しちまったもんだ。

 エクセリカちゃんが『まだ襲撃があるかもしれん。護身用に一本は携帯しておけ。兵士から奪ったものだ』ってもってきたヤツを、俺は発作が起きるたびにこうやって壊しちまってんだ……。

 鉄の塊ひん曲げてへし折って、殴り砕くなんて、俺の体は一体どうしちまったんだ……。

 それに習ってないはずの戦闘に関する知識が、俺の頭の中にある。

 多分……エクセリカちゃんの知識だと思う。

 そう、濡れ手に粟のチート能力みたいなのが、俺の体の中に確かに存在してるんだ。

 それは間違いなく、俺が最初に願ってたものだ……。

 ――渇望してたはずの力だ。


「こんな力……」


 今さら欲しくない……。

 こんな力があったら、俺はまた間違いを――。


「だけど……」


 だけどアルシラさんを守りたい。

 人間の町になんて行きたくない。

 ずっと俺はアルシラさんの隣にいたい、笑わせてやりたい。

 ――二人の傍にいたい。

 でも、この世界は安全が約束された世界じゃない。

 人間は常々平和かもしれないけど、亜族の人達はそうじゃない。

 いつしかあの時のように人間がやってくる事だってあるはずだ。

 その時はまた、絶対に剣を抜く……。

 それで俺は人を――。


「はっ……さ……寒い……寒い……怖い……」


 頭では理解してる。

 戦わなければ自分が殺される、大事な人がひどい目に会う。

 だけど心が追いつかない。

 戦う事を考えただけで頭ん中が恐怖でいっぱいになる。

 人を殺した恐怖が、罪の意識の全部が、俺の体を締め付けてくる。


「ひっ……はっ……ぐうっ……うう――」


「リッキ」


「うあっ!? エクセリカちゃん……。もう、警備は終わり……?」


 ドアの横の壁の所に、エクセリカちゃんが寄りかかっていて、多分ずっとそこにいたのかもしれないけど、部屋が暗くて全然わからなかった……。

 もう、村の警備は終わったのかな……。


「ああ、早抜けだ。村の者が代わってくれてな……。いや、そんな事よりお前の事だ。随分震えているが……寒いのか?」


 今俺が使ってる布団は村人さんが分けてくれたもので、結構温かい……。

 だから体は全然寒くないはずなのに……ずっと寒い。


「い、いや……大丈夫、全然平気……。あ、明日はもう、出られると思う」


 出られるわけない。

 歩くと眩暈がするし、吐き気もするし、寒気もする。

 だけどもう一週間もだし、そろそろ出ないと迷惑掛けまくっちまう。


「嘘つくな――強制装着」


 光の粒子になったエクセリカちゃんが、俺の体を包んできた……。

 ここで鎧になったら部屋が爆発しちゃうんじゃないの……?


「鎧にならなければ大丈夫だ。それで、お前は一体何を考えてる?」


「別に、何も……大丈夫だよ」


 嘘だ。

 人を殺して、怖くって、今すぐ泣き出したい。

 でも泣きたくない、人を殺して泣くような事は出来ない。

 本当は逃げ出したいとも思ってる。

 帰りたい、家に帰りたい、日本の平和な世界が恋しい。

 でも帰れない、家はこの世界じゃない、こことは違う世界だから。

 ――でも、そんな事を考えている自分が許せない。

 もう逃げるのは嫌だ。

 この恐ろしい罪から逃げ出したら、心が歪んじまう。

 そんな歪んだ心のまま、俺は生き続けられない。

 目に映るものに色が無い。味もしない。匂いも感じない。

 そういう人生しかもう、俺は歩めなくなっちまう。


「そうか……。そんな風に感じていたんだな。お前の心が伝わってくる……とてつもない恐怖、悲しみ……。お前は、本当に人を殺したことも、人と本気で戦った事もないのだな……。今まで平和な、そういった事とは無縁の国に住んでいたというのは、本当だったのか……。すまんなリッキ。そんな世界があるなんて理解ができなくてな……。今、ようやく理解できた」


「そう……」


 疑われていたとしても、いいよ……。

 人間は最低な――


「ばか……変な風に解釈するな。私にとってリッキがどこから来たかなんて、もうどうでもいい事だったし、気にも留めていなかったが……あの時のお前の話を思い出してな。それがイマイチ理解できなかったんだが、ようやく理解できたといっただけの事だ」


 ごめん……。

 ――そう、俺は日本から来たんだ。

 これといって争いなんてない、平和な国から……。

 だから、俺は戦争やら争いやらで人が死ぬ事を肌で感じた事がない……。

 モニターの向こうに映る争いを、ただ上から目線で傍観して『愚か』だと決めつけて、達観決め込んでただけの人間なんだ……。

 こんな人間に、人と戦う資格も、人の命を奪う権利も、勝手に裁く大義もないのに、俺はあの時――。


「大義か……。そんなものはいらないと思うぞ。人殺しに大義名分を求めたって仕方がない。お前は自分の身と、自分の生活を守るために他者の命を奪った。鶏を食べ、牛を食べ、豚を食べ、命を食べているのならわかるはずだ。そしてお前はそれに感謝して『いただきます』と『ごちそうさま』を言っていたはずだろう?」


 命に感謝、そして作ってくれた人に感謝……か。

 確か俺が教えたんだよね……。

 だけど、日本に住んでた頃の俺は、心の底から感謝なんかした事なかった。

 食べられる事があたりまえで、親に、社会に、そう教えられてきたから、それに倣ってただけなんだ……。

 偉そうにあの時は言ってたけど、結局俺なんてそんな人間だよ……。

 頭では理解してた、だけど心が伴ってない……。


「それでも、だ。お前が心の底から感謝しようとしまいと、お前は絶対にその言葉を口にしてきたはずだ。その姿勢こそがそもそも感謝の表れだと思うぞ? だからお前はあの男の命に感謝すればいい。命をいただきます、未来をごちそうさまとな」


 確かに、そうかもしれないけれど……。


「今はいい。すぐには割り切れんだろう。だが命に感謝ぐらいはしてやれ。お前がそうやって罪の意識をもっているのなら、それで私は十分だと思う。人殺しに慣れろとは言わない、その罪を忘れろとも言わない。だが勝者は笑わなければならない、負けるその時までな。それが敗者への弔いだ。奪った命の分だけ、お前には幸せになる義務があるし、苦しみながら生きる責務もある。私はそう思う」


 どっかで聞いた、漫画かゲームのセリフみたいだ……。


「ふふっ。私のような考えをもつ創作の人物がいるのか。それで、そいつはその男にどうしてやったんだ? 言葉を掛けてやっただけか?」


 覚えてないや、昔の事だし……。


「そうか。なら……私ならばこうしてやるぞ」


 ん、エクセリカちゃんが粒子の状態から人間の状態に――なんで裸で俺に抱きつくの?


「こうして人肌を感じていれば、恐怖も薄れるだろう」


 ああ、そういう事か……。

 でもさ、俺エクセリカちゃんが近くにいるだけで全然マシだよ……。

 寒気も大分収まってきたし……。


「ほら、お前も脱げ」


「い、いや……って、な、何すんの!? ま、待って! ほんと待って! んぐっ!?」


 抵抗したら馬乗りになられて、無理やりシャツを脱がされた……。


「うむ。貧相な体だな」


 胸板をペタペタと触りながら、エクセリカちゃんは苦笑い。

 これでも結構、筋肉がついた方なんだけどな……。

 エクセリカちゃんが屈強って言うような男は、どんな体つきしてんだ……。


「だが男らしい。それに、温かいな……」


 胸板に顔を押し付けて、腕を体にまわしてきて、ぎゅーって抱きしめてくる……。

 ――温かい……。

 だけど、どうしてこんなに優しくしてくれんだ……?

 もともとエクセリカちゃんは人間嫌いだったんじゃ……。

 俺の事、いつも鞭で叩いてきたじゃないの……。

 それが突然、どうしてこんな事に……?

 わからないよ……。

 ――だけどなんていうか。


「ありがとう……」


 この温かみはすごく、ありがたいな……。


「まったく、こんなに目の下にくまを作って……何日まともに寝てない?」


 目の下に指を這わせて、そこを何度もなぞりながら……すごく心配そうな顔をしてくるエクセリカちゃんに……俺は何て言えばいいのか、わからない。

 これ以上、心配かけたくない。


「毎日……寝て――」


「嘘吐きだな、今日のお前は。どうせこの一週間ちょくちょく目覚めてしまって、一度もまともに寝られなかったんだろう? どうして嘘を吐いた、このっ」


 痛っ。

 デコピンだけなんて、こんな優しい体罰初めてだぞ……。


「ごめん……」


 俺の言葉を聞いて、エクセリカちゃんが満足そうに眼を細めながら『うむ』って言って、頬を撫でてくれた。

 ――結局、心なんて読まなくても。俺の事なんてわかっちまうんだな……。

 エクセリカちゃんはこんなに年下なのに、観察眼がすげえな……。


「もう、寒くないか? 落ち着いてきたか?」


 胸板から顔を上げて、じっと見つめてくる。

 その碧眼に映ってる俺の顔は、なんかがすげーしょぼくれてる。

 だけど、俺は無理にでも笑って頷いて見せる。

 これ以上はもう……心配かけたくない。


「そうか。じゃあ、寝るぞ」


 エクセリカちゃんは布団を掛けなおして、俺の胸板に顔を沈めてきた。

 ――寝れるかどうか、わからない。

 ……今でも目を瞑ると、おっさんを殺した時の事が頭に蘇ってくるし、軽いめまいと吐き気も感じる。

 だけど、だけどなんだか、すげえ怖かったはずなのに――。


「うん……」


 今はあんまり、怖くない。

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