プロローグ02 メタ的に言えば設定語り。
場所は移り変わってアルシラさん家にやってきまんた。
普通に木造りの家で、ログハウスっぽい感じ。
いいねえ……俺、ずっとこういう家に住んでみたかったんだ……。
――自然が俺を苦しめる。
うう……家に上がってみたけどやっぱ電化製品ってのは一つもなくてさ……。
カンテラが家の色々なとこにあって、そこに夜いつも使ってんだろうなーって感じの半分ぐらいになったぶっといロウソクが入ってんの。多分それがこの世界の照明機器。
入ってすぐにダイニングテーブルがあってね、それも木造。
ちゃーんと床とはニス掛けされててピカピカで――あ、土足じゃないんですよ!
ちゃんと家上がるときには玄関があって素足で上がるのが常識みたい。
いやあ、そこはちょっと嬉しかったね。
日本人びいきの外人さんを見るとちょっと嬉しくなるじゃない? あれと似たような感覚を味わったよ。
さてさて、そんなわけで俺はアルシラさん家の中にいるわけです。
入ってきてすぐに椅子に腰かけたらエクセリカちゃんが睨んできたからすげぇ怖かったんだけど、途中で俺は『あ、面接受ける時は座って下さいって言われるまで座っちゃダメだった』って事を思い出した。
だから早々に立ち上がって『てぃひひっ』って苦笑いでエクセリカちゃんを見ながら頭を下げたんだけど『ふんっ』とか言って顔を背けられたのはちょっと傷つきまんた。
だけどその時『あ、遠慮しないでどこでも座って下さい』ってアルシラさんが優しく笑いながら椅子を引いてくれて、その優しさに俺の胸には恋の予感すら湧いてきたよ。
てなわけで、俺は今遠慮なく椅子に座らせてもらってるわけなんだけど、壁に腰かけて腕を組んだままのエクセリカちゃんがずっと俺を睨み続けてる……怖い。
針のむしろってこんな時に使う言葉なのかなぁ……。
椅子の座り心地はとってもいいんだけどなぁ……クッションも柔らかいし。
「あ、ごめんなさいリッキさん。コーヒー大丈夫ですか?」
おっと、ここで殺伐とした空気を和ませる女神様が、木のトレイに象牙色の陶器のマグカップのせてパタパタと台所からやってきてくれましたよ!
てか、コーヒーあったんだ! ありがてえ!
心のどっかでもう二度とコーヒーなんて嗜好品飲めないじゃないかって不安に思ってた自分がいたけども……そっかあ……あるんだ、よかったあ……。
「あ、全っ然平気です。むしろ好物です! なんせタバコと一緒によくやってますから」
昼夜逆転体質の俺だもの。
夜中にネトゲやら録画したアニメやらを消化したりでコーヒーは大切な夜のお供なわけだよ。もう大好物っていうか酸素と同じレベル。無きゃ死ぬ。
……って、あー!? タバコ平気か!?
確かポケットの中に……ああ、よかった! ビニールで包装されてっから無事だったようだわ! 新箱でよかったー!
「タバコですか? ふふ、懐かしいです。亡くなった父が、よく葉巻を愛煙していましたから――あ、それなら灰皿でもご用意しましょうか?」
マグカップを全部テーブルの上に置き終えてから『ぽんっ』って手を叩いて、俺の目を見て話しかけてくれるアルシラさん……。
白目が黒くて、黒目の部分は朱色っぽい金なわけでちょっち怖いけど、何だかそれさえも魅力的に思えてくる。
……だーいぶ俺の目も慣れてきたな。
――さて、灰皿ね。
携帯灰皿はポケットに入ってるけど、借りれたらありがたいなあ。
「でも……どうしようかな……」
確かにもう3時間以上吸ってないから……うれしい限りだよ。
ただ、人ん家に上り込んで好き勝手タバコ吸うのって、ちょっと図々しくはないかい?
いいのかい? 俺、タバコ吸っちゃっていいのかい?
「お願いします」
細けぇ事ぁいいんだよ!
正直タバコ吸わねーとイライラするしね!
「ふふっ。はい、今とってきますね」
アルシラさんは嬉しそうな顔して『いそいそ』ってな感じの小走りで奥の部屋に向かっていく。多分あの部屋は、亡くなったアルシラさんのお父さんの部屋だったのかな?
……あれ? じゃあ形見なのか?
う、うあ……ちょい罪悪感が……。
で、でもタバコは吸いたい……。
ポケットの携帯灰皿使うって言うか?
え、今さら……?
「少しは遠慮したらどうだ。これではまるで客人ではないか」
うぐ……。
軽蔑の眼差しで壁際から睨んでくるエクセリカちゃんマジ怖い。
「う、うう……ごもっともです……」
返す言葉もございません……。
とはいえ仕方ないじゃない、吸いたいものは吸いたいんだもの……。
「ふんっ……」
うう……『ふんっ』とか言いながら顔背けるなんて、そんなテンプレ騎士子さんみたいな事されてもさあ……。
「はい、どうぞ」
戻ってきたアルシラさんが、灰皿を俺の目の前においてくれまんた。
ほほう……ガラス細工の灰皿か。しかも縁にはユニコーンらしき彫刻がついてやがる……すげぇ高そう。
あ、俺こういうの昔見たな。
カチコミとかチンコロとか鉄砲玉とかって単語が飛び交うヤ○ザ映画でだけど。
「あ、ど、どうも……それじゃあ遠慮なく一服を……」
まずはビニールのパックを剥いて……開いて、中の銀紙をポケットに捨てて……。
あーライター使えるかなあ……っと、ついたついた。
――シュボッ。
「――ふぅ……」
うめぇ……。
ニコチンの味がしゃっきりぽんと舌の上で踊……って、何で二人とも不思議そうに俺の事みてんの?
「なんだか、見たことのないタバコなのですね? それに、その火をつける道具……魔道具ですか?」
あ、ああ!
そうだった! ここファンタジー世界なんだったっけ!
「え、ええっと、これは筒の中に油みたいなのが入っておりまして、押すと霧を吹き出すように中のものが出てくるんですよ。それにこの火打石で着火して、こう、ボッと」
ボって何さ。
もっと上手い説明の仕方があったんでねーの?
まあ、いっか、なんだか納得したように頷いてくれてるし。
「しばらく見ないうちに人間の技術もすごく発達したのですね……。こんな事では、いつかわたくし達はもっと遠くに追いやられてしまいそうです……」
あー。
そうだ、この世界についての事、まだ聞いてなかったっけ。
「あ、あのー……。実はですね。俺、魔法だの魔族だの魔獣だの魔物だのといったようなもんが無いような国に住んでましてね。魔法の扉に吸い込まれて、こんな場所に落っこちて着たわけなんですけど――いや、なんでもないです。……えーっと、単刀直入に言いますと俺はこの世界の事、全然解らないんです」
う、うえー……エクセリカちゃんがめっちゃ睨んでるよ。
嘘じゃないんだって、本当なんだってば!
「ええっと、信じがたい話なのですが……。それでは、わたくし達が魔族と呼ばれ、人々から敵視されている事もご存じないのですか?」
アルシラさんが首を傾げちゃった。
う、うーん……本当は異世界からきたって、ちゃんと説明したいけどねぇ……。
きっとわかってもらえないだろうし、すっげぇうさん臭くなるからやめとこ。
「はい、知らないっす。むしろどんな国があって、人間がどんな武器もって戦ってるのかもしらないっす」
「嘘をつくな貴様! そこまでモノを知らないヤツがいるものか! こっちが優しくしていれば付け上がって! これだから人間は嫌いなんだ!」
ちょ、ちょっと待って! 鞭振り上げないで! やめて! ぶたないで!
「ふふっ。不思議な人ですねえ……。エクセリカ、この人は嘘をついてないですよ? だって『真実の薬』を飲んでいるんですからね」
――え?
俺の対面に座ってるアルシラさんは手を組んでそこに頬杖をついて、じいっ……と俺を見てから『ねっ?』みたいな感じで笑ってくるけど……俺知らなかったよ?
もしかして俺、一服ついでに一服盛られてんの!?
「そんな……。いや、こいつは『真実の薬』に対して訓練を積んだ人間に決まってる! そうでなければおかしいじゃないか!」
壁に寄りかかってたエクセリカちゃんがずかずかやってきて、俺の隣の椅子にどっかり座ってから『ぎろっ!』って感じで俺を睨んでくるんすけど……。
――クソー……下手に出れば付け上がってんのはどっちだよ……。
言いたい放題いいやがってぇ……。
「そんな人間いるはずないでしょ? ごめんなさいねリッキさん。私たち、人間に両親を殺されてるから……」
そんな風に言って、ため息をついてるアルシラさんの顔は、何かすげぇ悲しそうなんだけど……この人、笑顔と普通の顔以外に、こんな顔もあったのか……。
ぐう……なんか胸が痛い……。
そうだよな、人間に対して疑り深くなるのも仕方ないかもしれんね……。
――でも、それならどうしてアルシラさんは俺を疑わないで自分の家に……いや、疑ってたから薬を盛ったんだよね。
ただまあ……それで疑われなけりゃ俺も万々歳さ、体に異常もないし。
まぁちょっと悲しいけど、仕方ない仕方ない。
これから汚名を返上していけばいいね。
――汚名挽回はしないように気を付けないとな……多分無理だけど。
「いや、いいっすよ、別に。……えーっと、それで、出来ればこの世界の事教えて欲しいんですけど……。ダメですかね?」
ああー……困惑してるよ。
でも、俺本当に知らないんだもん、どうしたって教えてもらわなきゃ何もできないよ。
「いいですけど……きっと、これはわたくし達『亜人』の視点から見た人間であって、全部が全部、正しいといったものではありませんよ?」
確かに。
世界ってのはその人の主観から判断されるものが多分に含まれるわけだもんな。
まあでも、人間と知ってもすぐに殺さなかった人の言葉だし、そこまで凝り固まってるものでもないじゃんね。
そこのエクセリカちゃんに聞くよりはよっぽど公平な視点だろうし、全然大丈夫かな。
「はい、お願いします」
アルシラさんはこっくり頷いて、ゆっくり口を開いてくれる。
ちょっと長くなりそうだけど、コーヒーはうまいし、綺麗な声だし、飽きたり眠くなったりする心配はなさそうやね。
――さて、こうやって俺はアルシラさんに世界の話を聞いたわけだ。
どうやらこの世界――というか大陸――には亜人と呼ばれる種族、獣人と呼ばれる種族、天人と呼ばれる種族、そして人間と呼ばれる4つの種族がいるらしい。
そんでもって魔物ってのも普通に存在してて、オークだとか、オーガ(鬼)だとか、トロールだとか言った人型の魔物もごっろごろいるらしい。
そういう輩と勘違いされている亜人は人間から迫害され、敵視され、追いやられているんだそうだ。
まあ確かに、亜人は人間というよりも、魔法生物に近いらしくて、人間の生血を啜って力を付けるだとか、動物の魔力を吸い取ったりだとかして自分の力を高める事が出来るらしいけど、そんな事するのは盗賊やら蛮族に落ちた悪人だけなんだと。
ようするに亜人も人間とあんまり変わらないし、すごい力をもってはいるけど、悪い事は普通はしないし、中にはする人もいるってだけの話なんだってさ。
んで獣人は迫害されてないのかって話なんだけど、獣人は魔力が殆どない種族らしくって、身体能力はすっごく高いんだけど魔法にめっちゃ弱いから、人間は彼らを奴隷にしたりだとか――まぁ色々と可哀想な仕打ちを行ってるそうだ。
一応普通に生きてる獣人もいるらしいんだけどね、人権ってのは弱いみたい。
さて、そんで次に天人ね。
まあ早い話が天使みたいな感じで、背中に白い羽とか黒い羽とか生えてるそうだ。
彼らは魔力じゃなくて聖力なんて呼ばれる力をもっていて、傷やら病気やらを治す――ようするに治癒魔法みたいなのが使えるらしいんだけど、人間は人間の神を信仰してるらしいから、やれ邪神だとか異教だとか言って彼らを迫害する傾向にあるそうだ。
まぁこれもやっぱり人権ってのが弱い。
……さて、最後に人間。
ここまで聞いていると人間ってのは世界の敵なんじゃねーのってくらい醜悪な生き物に思えてくるんだけど、実はその通りなのかもしれない。
だって6つの国があるらしいけど、数百年前はどこも戦争ふっかけあってたらしいよ。
今は亜人を追いやるなんていう名分があって結束してるようなもんなんだろうさ。
だけど――
『人間全員が悪いワケじゃないのです。悪い人もいて、悪く無い人もいる、たったそれだけの事なのですよ』
なんてアルシラさんは笑っていた。
……多分彼女はすげー頭のいい人で、心根も優しい人なんじゃねえかな?
――さて。
そんでもってここの大陸の名前は『エリシェア』って言うそうだ。
驚きな事にこの世界の人は、この大陸から外に出た事がないらしい。
海上交易なんてものはないし、星の裏側なんてだあれも知らないそうだ。
だからこの大陸に住んでる人はみーんな『この世界は透明なカプセルに覆われていて、その下半分にはたっぷりと海水が揺蕩っていて、その上に自分たちの住んでる大陸が浮かび、その上には天人が住む天界が浮かんでるんのだ』って本気で思ってるみたい。
この説明聞いてた時、俺ちょっと噴きそうになった。
だってやっぱりおかしいんだもの、そんな話。
もしかしたら『本当にそんな世界なのか?』なんて思ったりもしたけど、やっぱり太陽は一つだったし、きっと月も一つだと思う。ナントカ惑星ってのもちゃんとあるだろうね。
もしかしたら地球とは違う星かもしれないけど、アルシラさんの家を見る限りじゃ地球と似たような文化を歩んでるように見えるし、やっぱり同じような形した星なんじゃないかなって思うわけですよ。
さて、そんなわけで、この世界の人は謎の世界論をもっている所から見て取れるように。この世界の文明レベルっていうのは結構低かったりするみたいだ。
だけど魔法の存在があるせいか結構あやふやみたいっす。
うーん、詰まる所『中世"風"』ファンタジーの世界観って感じかな。
――ま、とりあえずこんな所か?
またわからない事があったらちょくちょく聞いていこうと思う。
アルシラさんの家に、俺はしばらく厄介になれるみたいだし、そんなに急ぐ必要もないかもしれないしね。
「――はい、では他に何か聞きたいことはありますか? ……ふふっ、眠たそうですね?」
話を聞き終える頃にはそろそろ夕方になってた。
あー、そういや俺、深夜の買い物帰りだったんだっけ、こっち早朝ぐらいだったからすっかり忘れてたけど、結構眠いなぁ……。
「ご、ごめんなさい。でも、ちゃんと話は聞いてましたよ! ありがとうございます! この世界の事、よくわかりました!」
アルシラさんは目を細めて『そうですか、お役に立てて光栄です』なんて優しそうに笑ってくれる。なんだか、こう、胸がドキドキする。
最初は慣れない見た目に怖がってたけど、話してみるとめっちゃいい人だし、すげー美人だし、俺は非モテ男子で女の人と会話なんてあんましたことねーから、いざそう思って見るとすげードキドキする……。やべえな、これが恋か? 違う、きっと萌えだね。
「でも、大分お疲れですよね? そうだ、そろそろ夕飯を作りましょうか! エクセリカ、氷室から食材をいくつか、それと……はい、鶏をシメてきてもらえますか?」
「わかった。ほら、お前も来い」
「え? 俺、鶏のシメ方なんてわかんないよ……」
俺の言葉に、エクセリカちゃんが眉毛を肩っぽ釣り上げてから『はぁ……』ってため息をついてきた。
う、あ……ほ、本当に知らないんだからしょうがないじゃないか……。
「……私はお前を信じてるわけじゃないが、お前はこれからここで世話になるつもりでいるのだろう? だったら食材を――そうだな、野菜を運ぶのぐらいは手伝え」
あー、確かに。
「了解であります隊長!」
「別に私は隊長になった覚えはない」
うぐー……。なんか冷めた視線が痛えや……。
俺の事なんかもう振り向きもしないでとっとと行っちゃうし……。
はあ……。
俺の異世界生活は前途多難そうだわ……。




