さよなら、リッキ
大丈夫……。
まだあ、あわて、あわわ慌てるような時間じゃない……。
しかしどうフォローする……?
このまま外に出て、兵士にでも見つかったらマズいぞ……。
「暑い……ですね……」
アルシラさんの体が汗でじっとりしてる……。俺も結構シャツが体に張り付くぐらいヤバイいぞこれ……。
暑さが……尋常じゃなくなってきてんだけど――っておいィイイイイ!!!
「あぶねえ!」
「きゃっ!」
アルシラさんを抱えて前転回避ィ!!
お、おいィ!? 危ねぇじゃねえか!? とうとう上が燃えて崩れたっすよ!? しかもちょっと爆発したぞ!? 爆発するのはリア充だけに――って悠長な事言ってる場合じゃねえよ!
「ケホッ……。く、苦し……」
ああああ!!
くそ! 煙入ってきてる! 煙入ってきてるよ!!
「くぅ……!」
結局、イチかバチか、外に逃げるしかねえんだな!?
「で、出ましょうアルシラさん! このままじゃマジで死んじまう!」
アルシラさんを抱き起して、そのやわっこい手引きながら階段まで誘導!
「で、でも、もしも兵士がいたら……!」
「そ、そんときは……」
その時は……どうすればいい?
決まってんだろ、生き残るんだよ!
俺が助けりゃいいんだよ!!
「し、死ぬ気でアルシラさんを守ります!」
「り、リッキさん……」
守り切れるかな……多分無理かもしれんなあ……。
でもやれるだけやる、あいつらのチ○コ全部切り落とすぐらいには頑張る!
うっし、階段を上りきった……。
あとはこの石の蓋を開けるだけ……。
「じゃあ、開けますよ……。さ、下がって下さいね……」
「は、はい……」
開けた途端にぶっすり、なんて笑い話にもならんからな……。
慎重に、ゆっくり……っと。
「右よし……左よし……」
足も見えない、人の声もしない……っと、大丈夫かな?
「行きましょう、アルシラさん」
「はい!」
うげえ……煙たいわあ……地下から煙上ってきてるよ……。
蓋占めたけど隙間から漏れまくってる……。
吸い込まないように口に服の襟をもってきて……。
そんでもって氷室の扉に手をかけて――。
「開かねえ!?」
どうして!? さっき鍵なんか掛けなかったよ!?
あ、離れが隣接してんだっけ? すぐ近くに森もあるしな……。
――まさか瓦礫でも引っかかって……?
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛―!!!!」
でも開けなきゃ死んじゃうよぉおお!
フルパワーで鉄扉を全力開放ゥウウウ!
「リッキさん……」
そんな心配そうに見ないでも平気よ! 大丈夫よ! 何とかする! 絶対!
――うっし、隙間開いた! 足突っ込んでぇえええ!
「ぶはあっ! 開いたぁ! 空気がうま――げぇほっ! お、おいィ!? めっちゃ燃えてるじゃねーか! 煙たいわ! げほっ! あ、角材!? こ、こいつかよ邪魔し――」
も……森が燃えてる……?
白い煙じゃない……真っ黒な、煙上げてる……。
――煙!? そうだ煙だよ! 氷室の乾燥肉が燻されちまうぞ!? 汚ねぇ煙で……ってもうダメか……。うああ!? エクセリカちゃんの離れがやっぱり燃えてるゥ!? 作ったばかりの毛皮の毛布がぁ!? 薪束がぁ!? 洗濯したばっかりのアルシラさんとエクセリカちゃんの服と下着がぁ!? アルシラさんの家も燃えてるゥ!? まだ読みかけの本が!? ぐあ!? 倉庫の石壁が木でぶっ壊れて中が燃えてる!? アルシラさんの、お父さんの、か、か、形見が……。
「ちくしょう……」
この半年間の、俺の汗と涙がいっぱい詰まった思い出の数々が……全部、ぜーんぶ一瞬で燃えて、一瞬で無くなって……消さないと! 早く消さないと!!
「ちくょおおおおおお!! 全部燃え――」
「待って! リッキさん!」
駆けだす俺の手を、アルシラさんが掴んで――あ、アルシラさん……?
「だ、大丈夫ですから……。危ないですから……。リッキさんまで死んじゃったら、本当にわたくし……何も、なくなっちゃう……! エクセリカとまた、二人っきりに戻っちゃう! 心の支えが……半分も、無くなっちゃう……! だ、だからね、ふふっ! いいんですよ! 燃えちゃっても! 大丈夫です! 心の思い出までは、無くなりません!」
泣きそうなの我慢して、笑って俺の手握って、何が大丈夫なもんですかアルシラさん……。辛くて、苦しいはずじゃないっすか……。俺だってこんなに、悲しいのに……。
「でも、お父さんの形見も全部無くなっちゃうよ!? だ、だから、せ、せめてそれだけでも――わっ!?」
俺の胸板に顔うずめて、嗚咽漏らして……。
「だめです! 死んじゃったら、全部お終いなんですよ!? リッキさんはわたくしに希望をくれたんでんです! だって『人間を恨んじゃいけない、人間にだって良い人がいる』って教えてくれた、お父様の言葉を証明してくれるただ一人の人間で、わたくしを助けてくれた、優しい人なんですから! そんな人がいなくなったら! もうわたくしは! どうすれば! どうすれば……!」
泣きじゃくって、俺の胸板叩いて、怒るアルシラさんの声が、辛い。
この子は強くない、強くあろうとしてるだけだ。
俺が取り乱してどうする……。
なんで気づいてやんなかったんだ……。
「ごめん……ね……」
ぎゅってして、背中を撫でて……俺は燃えちまった倉庫と、アルシラさんの家を見渡しながら、唇噛みしめて、涙噛み殺した。
だって、俺よりずっと、この子の方が悔しいはずなんだから……。
――アルシラさんはきっと、ずっと強くあろうって、我慢してきたんだな……。
……村人からは村長代理として扱われて、ずっと様付けで呼ばれてきたけど、本当は友達だって欲しかったはずだし、遊びだって、恋だってしたかったはずだ。
まだ19歳の女の子が抱えるには大きすぎる問題が、山ほどあったはずだ。
だから全部全部押し殺して、ずっと笑ってきて、そうやって俺と出会って……。
村長である自分のお父さんが死んで、殺した相手は人間で、憎くて仕方がないはずなのに、お父さんの言葉を信じて、ずっと守ってきて……。
そして俺はようやく、その言葉を信じられるだけの人間だって事がわかって、ようやくアルシラさんは救われた気持ちだったんだ。
だから――。
「わかったよ……。俺、絶対に死なないから。アルシラさんがいつでも笑ってられるように、俺、ずっと生きてるから! それに……。ははっ! きっと俺だったら『熱!? これ無理!? 死ぬ!?』つって帰って来たと思うよ? だからへーき!」
俺はずっと、この子を笑わせてあげたい。
「ふふっ! そうですね! ちょっと心配しすぎちゃいましたね! ふふふっ!」
お、アルシラさん笑った! かわいい!
「そうだよ! だから――」
「やはりな」
――寒気。
「ぴぐっ!?」
なんか背後に寒気感じたからアルシラさん抱えながら反射で飛びのいたけど、ほ、ほっぺが何かちょっと痛い!?
――あ、レイピアが飛んできてたんすね。びっくしたー! 刺さったら絶対痛かったわー! 死んでたわー! ……って先っぽかすってんだよ!? しかも今度は左頬かよ!?
右の頬をぶったら次は左の頬なの!?
謝れよ! 神様に謝れよ!
――俺の信仰してる神様じゃないけど!
っていうか危ないだろうが! 死ぬだろうが! てかしつけーよ! しつけえんだよ……。
「大将のおっさん!」
アルシラさんを自分の後ろに庇うようにしてから、おっさん睨みつけて腰から剣を引き抜いて……構える!
勝てる相手じゃねえかもしれねえけど、アルシラさんを逃がす時間ぐらいは、稼げぎたいぞ……。
「くっくっ……今日一日だけで、どの部隊も半壊――いや、全滅だ。恐ろしいやつがいたものだ……。ああそれと、違和感の正体が掴めた。あの時お前、白銀の鎧の女と言ったな? どうしてあれが女だと思った? あの無骨な鎧、それに顔は無い、中は空洞だった……誰でも知っている、それはデュラハンだ。そう、お前は知っていたのだ、あれが女だと言う事をだ……。顔も見せぬ空洞の兜の奥にある真の姿をお前は何事もなく言い当てた。デュラハンは己の姿を人間に見られたら、その目を潰す……お前のような小物が失明せずに戻ってくるはずがあるまいて……くっくっ……。まあ、今となっては、どうでもいい事だがな……。私の部隊はもう全滅し、捕虜も死ぬのを待つだけだ……。しかし、私は本当に運が良い。またお前に巡り合えた――否、その女にだ。どうしてその女が交渉材料になる? 思えば不可思議な話だ。確かにその女は他の魔族とは少し違う。羽も生えている……。だが、それ以外は別に変らん。魔族など私達にとってしてみれば同じようなものだ。……そしてヤツらは、みな一様に俯いていたというのに、お前は『視線が集中している』とまでほざいていたな、お前は気づいていなかったようだが……。まぁ、それはさておき、お前の言葉を信じるならば――その女、本当に失ってはならぬ要人である事だけは、確かなのだ、精々利用させてもらおう」
またこのおっさんはレイピアいじくりながら、ペラペラとよく喋りやがる……そのクセ隙ってもんが見当たらねえ……。
――ところであんた鎧はどうした、鎧は。
逃げる途中で捨てたか? 重いと逃げれないだろうしな……。
――まぁ、それは置いといて……。
なるほど……だいたいわかったよ、どうしてあんたがここにいるのかはさ。
もっと言葉を選んで喋るべきだったな……。
付け焼刃の言い訳なんて、何十年も人を疑うようにして生きてきたおっさんに見抜かれないわけないか……。
「もらいうけるぞ、ペテン小僧。お前の命までは取らん……とはいえ、ここで渡せば貴様は魔族に殺されるだろうな。ならば選ぶか? ここで楽に死ぬか、拷問で気を狂わせながら死ぬかをだ」
閃光の魔法石はもう無い……。
それにあったとしても、二度と同じ手は通じないだろうよ……。
「……俺は」
選択肢1、彼女を守る。選択肢2、彼女を守る。選択肢3、彼女を守る。
――逃げない! 退かない! 譲らない! 負けない! 諦めない!
「あんたなんかの言う事、誰が聞くかよ!」
素早く蹴り上げておっさんの股ぐらにクリティカルヒット!
そのナッツをぶっ潰してやんよ!
逃げる為に鎧を捨てた事が仇になったな、おっさん!
「そうか、ここで死ぬ事に決めたか」
えー?
完璧に金的入ってるのになんも感触がないよ……? ぐちゃって感じにならないよ? お、男だったら……た、耐えられないよ? にゅ、ニューハフの方ですか?
「ふっ! ……一つ言おう。金的はな、こと戦いにおいて常套手段だ。それがわかっているなら、そこを守るためにどうすればいいか……わかるな?」
何かすげぇ自然な動きで俺の手から剣叩き落として、俺に向かってレイピア突き出しておっそろしい事言ってきてんだけど……。
え、もしかして、去勢してんの……? なんで? 戦う為に……? たった、そんだけの為に、自分の子孫を残すっていうような大事な、本能……捨て……た……?
――狂ってる。
戦う事しか考えてない、亜族を殺す事しか、戦争する事しか考えてない。
か、勝てないよ……。
勝てるわけない、こ、こんな、狂った……人間になんか……。
「リッキさん!? 我が理解の――ダメ、うまく唱えられない……!」
あ、アルシラさんが、魔法の詠唱できない……だと……?
どぼじでー!?
「詠唱阻害の魔法石……。まさかここまでとはな……。くっく……そういえばこれを作ったあの男も黒髪であったが……まあいい、ではさらばだペテン小僧」
おっさんがレイピアを引く。おっさんの視線は俺の胸だ。多分、心臓狙い。
――ダメ、無理、今度は避けれない。
反応できる速度じゃないし、心臓目掛けて飛んでくるんだから避けたってどっかに刺さる……!
死ぬよりゃマシだけど、う、動けないの!
見えてるよ! 今回もスローモーションだよ! まるでゲームの超能力みたいだよ! だけど全っ然体動かない! ちょっとずつしか動かないの!
――よ、鎧着てればよかったな……。
氷室の地下に置いてくるんじゃ……なかったな……。
後悔したって……もう、遅いじゃねえか……。
「――――」
あ、おっさんの遥か後ろにエクセリカちゃんがいる。
何かすげえ必死な形相でこっちに走ってきてる。
はは、デュラハンは姿を晒さないんじゃないのかい?
そんなんじゃ、可愛い顔がバレちゃうよ……。
……でもまあ、これで俺の役目は終わりなのかな。そういう事なの? 神様。
俺が死んでも、エクセリカちゃんがアルシラさんを守ってくれるって事……?
よかったあ……。それなら俺、無駄死にするってわけでもないんすね。
――くっ……うっ……でぼ、死にたくないよぉ……!
約束、破りたくない! 畜生! 約束したばっかなのに! すぐ破るなんて嫌だ!
死にたくねぇええ!!
「リッキィイイイ!! 間に合えぇ!! 強制!! 装着!!」
「死ね――」
ゆっくり、おっさんのレイピアが迫ってくる。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
体は、全然、言う事を聞かない。
目を瞑ろう……。見たくない。
自分の心臓が貫かれる……ところなんて。
さようなら、異世界。
約束は破っちゃったけど、俺、頑張ったよ……ね。
――ありがとう、二人とも。
さよなら。




