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まぞくといっしょ  作者: 黒梵天
第一章 白銀の鎧と悪魔の少女
16/36

逃走と選択ミス

「あ、おい。どうしたんだ? その女とどこいくんだ? 一発やんのか? おいおい抜け駆けはなしだぜトークマン。ま、おめぇは下、俺は上。そいつを守ってくれりゃあいいけどな。ひひっ」


「――っ!」


 森に入ってすぐ、腹立たしい声がちょい遠くの方から聞こえたわけで……! そっちに顔を向けたらやっぱりだったわけで……!


「よう……サム……!」


 てめぇ! おっぱい野郎のサム! 出かけたわけじゃなかったのかよ!?


「ん? なんか顔色悪いぞ兄弟。まあいいや、ひひっ! まってろって、今準備するから」


 そんでもってサムが鉄の鎧脱ぎ始めたわけです。見た所こいつも鉄の鎧だからそれなりに腕は立つんだろうけど……敵の前で鎧脱ぐとはいい度胸だな。


「さ、んじゃさっそくやろうぜ! とりあえずそこの木に手を付かせるよう言ってくれよ! 俺は――」


「うるせー!」


「ぐげっ!?」


 剣の腹でサムの頭ぶん殴ってから、足払いして転倒させてくれたわ!

 さっき俺は心ん中で誓ったからな!

 お前を全殺すって!!


「これはアルシラさんの分! これはエクセリカちゃんの分! これは村の人の分だ! オラオラオラオラオラオラオラ!!」


 腹パン! 回し蹴り! 往復ビンタ……何発だっけ? まあいい! それからさらに馬乗りになってオラオラ!


「そしてこれが、俺のぶんだぁああああああ!!」


 最後に思いっきりレバー打ち!!


「ぐぷっ……げえっ!!」


 ……ゲロ吐いて気絶したか、そこで寝てろよ、ゲロ野郎……。

 全殺すつったけど、これならもうしばらく起き上がれんだろ。

 ……残念だけど、お前は二度とアルシラさんのおっぱいに手を触れる事もないし、生き残る事ができるかもわからん。もし生き残ってもお前は拷問を受けた末にみじめったらしく死ぬだろうよ、生きることがもうこれ以上なく辛いぐらいにやられるさ。

 もう殺してくれって叫ぶぐらいにだ。村の人はそうするだろう。皆そうする、俺だってそうする。生きるって辛いな、サム。


「うっし、エネミーダウ――」


「やはりな」


「へあー……?」

 

 ふ、り、い、ざ、さ、ま……ま、待てよ! まだ誰かいたのかよ!? 間抜けな声出ちまったよ!?


「誰――」


 振り向いてみると、そこには他の連中とは違った少しゴージャスな金属鎧を着た――。


「少し……違和感があってな。サムが兜を忘れたらしくて……くっくっ。どうせその女が諦め切れんかったんだろうと思ってな。そうであれば活でも入れてやろうと思ってな。しかしその必要はなくなったようだ。何せこの有様……。くっくっ。本当に私は運が良い」


 大将の……おっさんかよ!


「へ、へい……そうですか……」


 ど、どうしよ……。

 き、奇襲は通じねぇぞ……? タイマンで勝てる相手か……?

 いや、こんなとこで戦い始めたら、いくらなんでも集会場の中の兵士に気づかれるかもしんねえ……。

 このおっさんは、バカなのかナメてんのか、他の兵士を呼ぼうとしねえし、ちゃ、チャンスがあるならこのおっさんを一発でどうにかするっきゃねえんだ……けど……。


「違和感と言ったが……。あの時感じたのは……本当にわずかな違和感だ。キナ臭いのもまぁそういった疑われやすい人間がいるだろう程度で済まされる……。交渉兵だといった話も聞かないが、そんな大仰な嘘をあのタイミングでつけるのなら中々の胆力だが……お前はどうにも小物くさい。あの説得も交渉兵にしては穴が開き過ぎだ……。しかしダメ押しの真実の情報だ。あのタイミングでは全ては真実だと錯覚されてもいいようなものだが……。だが、私はそれでも疑った……。その違和感に従ったのだ、わかるか小僧。そうしなければ、そうでなければ、出世はできんのだ。食うか食われるか、それを決めるのは他者ではない、自分だ。磨け、磨かなければ腐る。そういう事だ、勉強になったかね?」


 おっさんは自分の腰に携えてるレイピアを引き抜いて、ハンカチで剣を手入れしつつペラペラペラペラと俺に講釈垂れてきやがる……。

 やべえ……レイピアって突きだから軌道が見えにくいんだぞ……。

 今の俺じゃ。エクセリカちゃんの10分の4の実力の突きを避けるのだってやっとなんだぞ……? 本職の、洗練された人間の突き技ってのは……。ど、どんだけなんだよ……。想像もできんぞ……。


「だが惜しいな。貴様は役者になればよかったのだ。お前ならいい脇役になっただろう。主役を食う脇役にな。次に生まれ変わったらそうするといい。さらばだペテン師」


「ひっ!?」


 お、オッサンのレイピアがヒュッってきた!? ヒュッってきたよ!? み、右の、ほ、ほっぺ切れたよ? もう少し上だったら右目とか潰れちゃうとこだったよ? ば、ばか! ばかー! ばかー!!


「ほう、避けなかったのが逆に幸いしたか。胆力か、それとも恐怖で動けなかったのか……。いや、どちらでもいい。お前は今から、死ぬのだから」


 あ、来る。

 俺、多分今一生で一番集中してる。

 すっげぇゆっくりに見えるもん。

 でもいっくらゆっくりに見えたって、か、体反応しないよ?

 動け! 動いてよ! 俺の体! 動いてぇ!


「ひぐっ!」


 動いた! 動いたよ!

 どうにかおっさんの突き避けた!

 走馬灯が見えかかった! 無理! あんな早いの普通よけらんない!


「また、か。素晴らしい反射神経だ。魔族側に下っていなければな……くっくっ。いや、言うまい、お前は敵だ、人間の敵だ」


 やだ、死にたくない、絶対やだ。だってまだ俺童貞なんすよ!?

 そりゃちょっとはいい思いだってしたげど、まだまだそんなんじゃ足りねえよ!

 子供いっぱい作ってさぁ、庭付き一戸建て買ってさぁ、奥さんといちゃいちゃして!

 そんで子供が大きくなったらキャッチボールとかしてさぁ、んでみーんな大きくなって、働きに出て行っちゃって、ちょっと寂しくなったりして!

 そしたら子供が孫連れて帰ってきたりして、最終的には『幸せだったね』って奥さんに微笑まれながら看取られて死にたいよ! そういった幻想が俺の中にはあるんだよ!

 ――嘘だよ! あんまないよそんな願望! まだ独身貴族で結構だよ!

 でもそんな小奇麗な人生がめっちゃ愛しくなるほど死にたくないんすよ!?

 ……こんな事になるなら、やるんじゃなかった――って思えるかそんな事!!

 このままだったらアルシラさんどうなってたと思う!? ええ!?

 レイプされて、心に傷をつけられて、そのまんま殺されて! 殺されなくても一生奴隷かもしれねえだろ! こんな! こんないい人がさあ!

 鬱展開なんか大っ嫌いなんだよ俺は!

 ちくしょうめ! こんな世界大っ嫌いだ! 人間なんて大っ嫌いだ!

 ばーか! ばーか! お前らなんて、お前らなんて――。


「みんな死んじゃえバインダー!!」


 ポケットから閃光の魔石取り出して地面にぶん投げる!

 光るつってたかんな! もちろんアルシラさんの頭抱きしめて、目をぎゅって瞑ってから投げたよ!

 わーお! 目ぇつぶってんのにすっげぇ明るい!


「ぐっ! 貴様!? 何を! 見えん! 何も見えん!!」


「逃げるよ! アルシラさん!」


「んんー!」


 あ、猿ぐつわ外してなかった。

 外して……っと。


「ぷあっ! リッキさん! どうしてこんな危ない事を! あなたは――」


「いいの! 話は後!」


 手を繋いで走る、走る!

 女の子の手がやわらけえだとか、初めて女の子と手繋で走っただとかそんな感慨深い事なんて一切考えられねえ!

 ――嘘です! 考えてましたぁ!

 ただ、緊張してんのは本当な! とりあえず逃げる場所わかんねえし、森の最奥に逃げるか? 運がよけりゃエクセリカちゃんと合流できっかしれねえし。

 ――運が悪ければ強い魔物と遭遇するかもしんねえ……。


「はぁ……はぁ……」


 俺はだいぶ体力ついたけど、アルシラさんは体力ないし、辛いだろうなぁ……。

 でも、前みたいにペースダウンは出来ないし――そうだ!


「アルシラさん! 捕まっててね!」


「え? え?」


 アルシラさんを抱っこ! これっきゃないでしょ!


「きゃっ!」


 んおっ! 軽い!

 俺、力ついたなあほんと! 鍛えててよかったわ!

 お姫様抱っことか一回やってみたかったんだ――お、おちりの感触が気持ちいい!。


「あ、あの……。リッキさん、大丈夫ですか? 重くないですか? こんな、足を引っ張って、ごめんなさい……。せっかく助けに来て下さったのに……」


 お、おーん……。

 どうやらおちりを触ってる事は気づいてないのね。

 よかったぁ……。じゃあもうちょっとだけ……。

 ふへへ……すべすべで滑らかで……やわらかいっっすな……ディ・モールトベネ……ってばかぁ! 何やってんだ俺ぇ! いい加減にしろ! どさくさに紛れてスケベな事すんじゃねえ! やるなら正面突破だろぉ! 正面からスケベな事しろ!

 ――別に前をいじくるって意味じゃない。


「う、ううん! 全然軽いっす。俺、アルシラさんならずっと抱っこできます! だってやわっこいお尻をいっぱいぷにぷにできる――俺、鍛えてますから!」


 あぶねっ! 本音出るとこだったわ!

 ……だって、だって俺悔しかったんだものよ! あいつらが、全然しらねーやつがアルシラさんの体べたべた触りまくってんのみてすげえ悔しかったんだものよ! 俺の手で全部あいつらが触ったところ全部触りまくってあいつらの痕跡全部消してぇ!

 ――やめよう……それでアルシラさんが傷ついたら嫌だ……。


「そう……ですか。ありがとう……リッキさん」


 アルシラさんが俺の胸に顔を埋めて呟いてきまんた。

 あ、すごい罪悪感。だって震えてるもん……。すっごい怖かったんだろうな……。

 こんな時に俺ってば何やってんのよ……。


「はぁ……ふっ……」


 大分走ったな……・

 森んなか真っ直ぐ進んで、あの岩を曲がって、あの骸骨みたいな木の模様んとこを越えると確か――。


「あ、やべ……。どうして家に帰ってきちゃったんだろう」


 帰巣本能? 鳥頭? バカなのかな、俺。

 ここってば見慣れたアルシラさんのお家ですよ!?

 うがおー!?

 確かに見つかりにくい場所にあるけど、ここって先に湖があんのよ!?

 どう逃げんの!? やばくね!? 家に隠れる!? これ見よがしだろ!?

 じゃあ、も、森に帰る!? 100エーカー以上ある、あの森に!? エクセリカちゃんが何処に居るかもわかんないのに!?

 どどどどどどどうしよう!? ねえクマの○ーさん! ニートのぷーさんの俺は一体どうすればいいんだい!?

 ――○グレット、僕ハチミツ食べたい。

 役に立たねえなぁ! さすが黄色いクマだよ!


「リッキさん! こっちです!」


 んお!? アルシラさんが俺の体から『ぴょん』と降りて、今度は俺を引っ張ってくるんだけど、そ、そっちって確か……。


「え、ええ!?」


 石造りの、重そうな鉄の扉。

 形は物置と似てるけど――。


「氷室ぉ!?」


 ええ!? そこなの!? 似たような作りなら物置でいいんじゃない!? 見つかる前に凍え死んじゃうんじゃね!? あ、でも冷凍室ってワケじゃないから平気か。それに中には食糧もあるし、実は絶好の籠城スポットなのかも……?


「確か……ここに……ありました!」


 氷室ん中に入って、奥に進んですぐ右んとこ。

 床をいじくってたアルシラさんが何か見つけ――なるほど、隠し階段! そういうのもあるのか!


「さ、早く!」


「う、うい!」


 うへえー……。

 アルシラさんについてって階段を下りるけど……。

 狭い、暗い、カビ臭い、埃っぽい。

 それに入り口んとこ閉めちゃったから密閉されて息苦しい……。

 だけど閉めなきゃ隠してる意味ねーしな。


「我が理解の範囲においてこの場に現れ出でよ……。我が行く手を明るく照らせ、双子の光よ、セント・エルモの火」


 おお、アルシラさんの前で小さな光がくるくるまわってる。

 ……確か電気属性の魔法なんだっけな?

 俺にゃ使えなかったけど、原理は知ってるぞ……。魔法一生懸命覚えたもん。

 ――全部無駄だったけど。


「さあ、あそこで少し休憩しましょう……。火を焚く事はできませんが……」


 中にはなーんもなくて、奥に棚みたいなのが並んでる。

 んで、その棚と棚の間に、結構広い隙間が空いてるんだけど、アルシラさんはゆっくりとそこに座ってから、俺に手招き。

 んで、俺に断る理由もないし、アルシラさんの隣に座ってほっと一息。

 何だかすっげぇ疲れた……。


「ここならしばらく……。完璧に安全とは言えませんけど、エクセリカと援軍が戻ってくるまでの間なら……」


 寒いのか、心細いのか知らないけど、アルシラさんが震えてる……きっとどっちもかな。うん。


「んしょ……アルシラさん、これ、着ていいよ」


 鎧を脱いだらいつもの普段着。

 パーカーの下は肌着しかねーし、裾んとこちょっと破れてるけど、アルシラさんは裸にマント一枚だけだしにゃー。

 てなわけで、俺はアルシラさんに俺のパーカーを手渡したわけっす。


「でも、寒いですよ? ここは――」


「氷室の下だもんげ。だけどアルシラさんマントの下は素っ裸だもんげ。正直刺激が強いっす……着てくだしあ」


「は、はい……。ありがとう、リッキさん」


 弱々しく笑って、アルシラさんは俺のパーカーを着てくれまんた。

 ちゃんと毎日洗濯してるから、そんなに臭くはないはず――さっき走っていっぱい汗かいちゃったし、脱ぎ捨てた皮の鎧臭かったし、やっぱ臭いかもしれない。

 うう、恥ずかしいっす、この皮鎧の臭いが移ってて、それを俺の臭いだとか思われたらいやだなあ……。


「……」


 うう……着てくれたのはいいけど、そっからずーっと無言。

 こういう時、イケメンだったら『寒くないか?』とかいいながらそっと抱きしめたりできんだろうけど、俺にゃ無理! 絶対無理!


「……」


「……」


 沈黙が痛いっす!

 ああくそ、何話したらいいかわかんないぞ?

 どういった言葉をかけてやりゃいい? 『怖かったね、もう大丈夫だよ』とか言えばいいのかしら……? 別に大丈夫じゃないよ!? まだ戦いが終わったわけじゃないんだから……。

 ご趣味はなんですか? 自分はフィギュアの魔改造にハマってまして……てぃひっ……てお見合いか! それにそんなんじゃ破談するわ!


「あの……」


「ひゃい!」


 話しかけてくるなんて思わなくって声が上ずっちゃったよ! キモいよ! 今の俺すっごくキモいよ! 

 ――キモいのはいつもの事だよ。


「ありがとう……。わたくし、すごく、怖くて……」


 うへえ……アルシラさんさんが泣き出しちゃいそうだ……。

 どうすりゃいいの……泣きそうな女の子ってどう扱ったらいいの……?


「わたくし、何もできなくて……。やっと魔法も強くなって、今度は何とかできるって思ってたのに……やっぱりダメで、村の人達が、みんな……」


 か、体ぶるぶる震わせて、とうとう顔を隠して俯いちゃった……。

 すげえ悔しかったんだろうな……辛かったんだろうな……。

 こんな平和ボケして、大した苦も無く育った俺じゃ、理解もできないような苦しい事がいっぱいで、悲しい事がいっぱいで……。何も言えないよ、俺じゃあ……。


「うん……」


 黙って聞く……が正解だよな。

 そんで……頭なでなで、かな? 合ってる? べ、別に女の子は頭なでてやれば落ち着くだとか、嬉しいだとかいった妄想抱いてるわけじゃねえよ!?

 だけど、こんな時俺どうすりゃいいかわからない……。

 これぐらいしか、思いつかない……。

 ごめんねアルシラさん……。


「怖くって、もう、だめかと、思って……。でも、助かった! それで、嬉しかった! リッキさんがきてくれて、嬉しかった……。人間だけど、悪い人じゃなくて、とっても頑張り屋な人だって知ってました……。だけど、こんなに勇気があって、優しい人で……! ありがとう! ありがとうリッキさん! 本当に……!」


 俺の手を握って、自分のおでこにくっつけながら、何度も俺にありがとうって……。

 ――違うよ、感謝するのは、俺なんだアルシラさん。

 感謝すんのは逆なんだ、俺の方なんだ。

 ここに来て半年ちょっとの間、俺はいっつも頑張ってたわけじゃないし、いつでも勇気があったわけでもない、素直じゃない時だってあった。

 タバコが切れたとき、すっげぇ大騒ぎもしたんだ。

 泣きわめいて駄々こねてて……。そんな俺を呆れた顔でエクセリカちゃんがふん縛って、物置ん中に放り込んで、飯抜きの刑のはずだったんだけど、アルシラさんは『エクセリカには内緒ですよ?』なんて言ってパンとスープ飲ませてくれたっけ……。

 ――は、恥ずかしい大人だな……。

 んで、あのあとアルシラさん。お父さんの形見の葉巻のセットもってきてくれて、俺はうめぇうめぇいいながら吸って……。うっは、俺最悪だわ。本当に最低だわ。

 しかももうすぐ葉巻切れそうになった時はわざわざ遠くの村に手紙まで出して取り寄せてくれたんだよな……。

 うへえー……。見放されなかったのがマジで不思議だよ。

 ――そう、だから……。

 

「うん、良かった。間に合って……」


 本当によかった。

 あん時逃げなくて、本当によかった。

 逃げなかったから、俺はアルシラさんを助けられた。

 すごく優しくって、とっても素敵な人を……俺は守れた。

 ――すげえ怖かったけど。


「……俺だって、本当は、怖かった。逃げたくってしかたなかったっす……。だけど、アルシラさんにはお世話になったし……。俺よりも頑張り屋だって事知ってたし、それで、俺アルシラさんの事心配で、た、助けたかった。どうしてこんなに勇気が出たのか、今じゃ、不思議なくらい……。お、思い出すと……か、体が震えます。す、すっごく、こ、怖くって……し、死ぬかもしれなかった……。レイピアが飛んできた時、そ、走馬灯が見えそうだった。もう、すげえ、ご、ごわぐっで……おぞろじぐっで……あ、あで? な、なんだ……? 目、目から汁が……」


 お、おいィ!?

 どぼじでこんな時に涙でてくんの!?

 ここはちょっとこう、イケメンな感じのセリフでも言って好感度アップさせる感じの選択肢を選んでキメるシーンでしょうが!?

 それに俺が泣いてどうすんのよ!? アルシラさんをちょっとでも安心させんのが俺の今の役目なんだぞ!? 止まれ! 涙止まれ!

 ――あ、無理だわこれ……。

 緊張の糸が緩んじまったら、もう、もう無理! 体とかがくがくして止まんねえ!

 まじで怖った! 実はちょっとションベンちびってた。見た目にはわかんない程度だけど……。


「な、なざげないぃ……」


 あがー!

 何甘えた声出してんだ俺!?

 俺何歳だと思ってんの!? 25歳よ!? 今年で26歳よ!?

 くそー! 引きこもってコミュ不足だった弊害が今ここで出てきやがったよ!

 ああああああ!! 恥ずかしい!! ハズカシー!!


「……リッキさん」


 う、うう? な、何この柔らかいの。


「大丈夫……。あはっ、お髭、くすぐったいですね」


 ここ、お、おっぱひ!? おっぱひの谷間!?


「何だかリッキさんって……ふふっ。ごめんなさい、ちょっと年下みたいだなって思ってしまいました」


 25歳のお兄さんが涙ボロボロ流して19歳の女の子のおっぱいの間で鼻すすってるってどうなのよ。

 ああうん、絶対格好よくない。超ダサい。てか、キモい。

 てか異常者だね……このサイコ野郎!!

 あーん! でも落ち着くよぉ! すげぇ落ち着くよここぉ!

 エクセリカちゃんの胸の谷間とは全然違うよぉ!

 ――あとで鞭で叩かれよう……俺は今酷い事言った。


「ありがとうございます……。沢山勇気を出して下さったのですね……」


 うう……情けないけど、心地良い……。

 頭をやんわり撫でられるのって、すっごい気持ちいいんだなあ……。

 それに温かいしめっちゃ柔らかい……そういえば中はノーブラだもんねー……。

 ――ノーブラ!?


「うっ……」


 ふぅ……。


「……? どうかなさいましたか?」


「あ、いえ、何も……はい」


 何度目だろうね、この展開。

 二度目かな……またっすよ、また漏らしちゃったよ……。

 手も使わずにだ。


「も、もう……だ、大丈夫っす。お、落ち着きました、ええ……」


 やー……すっごい柔らかくって温かくって心地よかったんだけどさ、さすがに善意でこう『よしよし』と慰めてくれてんのに、スケベな事考えて漏れちゃいましたなんて、死んでもバレたくない。それに、これ以上このおっぱいの間に顔を埋めてると罪悪感で俺は死んでしまうわ。

 ちょっともったいなかったかなー……。

 まあ、今後いくらでもチャンスが――無いよね。

 でもまあ……ありがとうね、落ち着きましたアルシラさん。


「……なんだか、暑いですね」


 お、おっと?

 これはお互いに体が火照ってきたってお話ですか!?

 マジか! チャンスですよリッキさん! ここは今こそ童貞を――マジで暑い。


「た、確かに……。しかもなんだか焦げ臭いような……。ま、まさかとは思うけど、ば、バレて、氷室に火でもつけ……」


 最悪だー!


「い、いえ……きっとバレたわけじゃないと思いますけど……。バレたのなら入り口からこの地下に、直接火でも投げ込むはず――わかりました。きっと援軍がやってきて、彼らは撤退しているのでしょう……。きっとその時、できるだけ沢山の損害を与えるべく、森や家に火を放ったのものと……」


 お、おいィ?

 そんなの絶対おかしいよ! こんなの間違ってるよ!

 お前ら頭狂ってるよ! どうしてそんなに残酷になれんだよ!


「じゃ、じゃあ上は大火事って事ですかい!?」


「いえ、それだとおかしいですね……。ここは氷室のはずで、石造りのはずですから燃える心配は無いはずなのですが……」


 じゃ、じゃあどうして熱いんだ……?

 い、いや、今はそれどころじゃないや、このままじゃ蒸し焼きになっちまう……!


「あの、アルシラさん。さっき降りてきた階段以外に別の出口とかあるんですかね? 非常口的なサムシングが……」


「あれば、よかったのですけど……。ここは避難所ではなくて、昔から保存食を置いておく場所に使っていまして――あ、昔だったらこの上に続く階段があったんですけど、今は取り壊してしまって……。あ、そうです、この上は確かエクセリカの離れだったような気がします! 木造倉庫を改造して……そ、そうでした! エクセリカの離れはもともと木作りの倉庫で、それを改良したものだったのをすっかり忘れてました! ここは旧地下倉庫で、新しく作った氷室と繋げてるだけだったのです! 上はエクセリカの離れです!」


 つ、つまりここは旧地下倉庫で、上は薄い木の床で……? え、じゃあ上が燃えてるんじゃないか? エクセリカちゃんの離れ、燃えてるんだよね? それじゃあここも燃えないか? だって、ここの壁の材質って――。


「木だ」


 触って確認、ザワザラした手触り。

 見て確認、木目アリ。

 背中にあるのは、間違いなく木の壁。

 ――明らかに、燃える。


「か、隠れるところ……間違えたかも……」


 選択ミスった……?

 いや……。

 それでもフォローできないレベルじゃない!


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