8、遭遇
ようやく更新できました!遅くなってすみませんm(__)m
束の間止めていた呼吸の後、重く長い息を吐き出す
通話の切れた携帯を手にしたまま、正直どうしたものかと思いあぐねてみるが
「どうすっかな…」
口から零れるのは本音以外、何物でもなかった。
『もしも』が叶うかもとの興奮を突き落す、ここに来ての『まさか』
「さすが佐和ちゃんと言うべきか?」
あの『シノ』を本気にさせた初めての女
あの『シノ』を本気で拒んだ初めての女
俳優という職業柄、多少は落ち着きを持てるようになったみたいだが根っこの部分は昔から何にも成長していない
あいつが拒まれて手を引く?
しかも本気で惚れた女を?
「――――― ありえない、な」
佐和ちゃんがシノを拒んだのは変化を求めていないからだ
≪って、ことは≫
シノが近づけば近づくほど、佐和ちゃんには変化が起きようとしている
佐和ちゃんは直感でシノの『男』の部分に反応しているんだろう
響君には仲介を止められたが……
「もう手遅れだよ」
シノは出逢ってしまったんだから
唯一求められる
全てを委ねられる
ただ一人の女に
「後は自分で頑張るこったな」
俺自身が手を出さなければ響君への言い訳にもなるだろうからと
手早く短いメールを送信した俺は胸の奥に軽い痛みを感じながら自分にとってのただ一人の女が待つ家へ
『依頼人よりSTOPが入ったんで今後の協力不可。ま、ガンバレ♪』
短い一文を目にした瞬間、固まってしまう。
昨日の今日で急変した状況
停止した脳内を刺激させるようにコーヒーを口に含んだが記憶に有る味との落差に手を止めてしまった。
数回しか飲んでいないのに、あの味が恋しくて
彼女の声すら聞けない日々が物足りなくて
彼女に会えなくて恋しくて堪らないのに、何がSTOPだ?
「この気持ちを止められるって思ってるわけ?」
息子に止められようが
千也さんに断られようが
≪口説き落としてやる!≫
千也さんを他の男に触れさせやしない
俺だけをオトコとして受け入れさせる
俺だけのオンナに!
「……逃がさないよ」
宝の在り処はわかっているんだ
必ず手に入れる
カラダを
ココロを
全てを
先輩の協力が得られないのはイタイが、敵に回られて邪魔をされるよりは全然マシだ。
それに
≪これもまた後で利用出来る状況かも知れないしね≫
浮かんだ思考に口の端が上がる
そう
千也さんを手に入れた後の『お仕置き』に...........................
◇
「やっと会える…」
ドラマの撮影も後半に入り、ようやく得たオフ
本当ならもっと早くに足を運べたはずだったが、
何度電話しても取り合ってもらえず、そんな先輩相手に就業中に行っても無駄だと悟った俺は以前の彼女の行動で時間が合う限り偶然を装って近隣に足を運んだが、見事空振り!
ケー番も知らなけりゃ、自宅の住所も当然知らない『他人』の俺
彼女に会う為には張り込むしかないと、目が合った俺にイヤな笑いを浮かべる知己の相手に俺が『時間潰しに付き合え!』とメールを送れば、数分後楽しそうな顔の男が出て来た。
そうして近くのカフェで時間を潰していただけなのに
「え?ちょ、ちょっと、千也さん!待って!」
帰路に向かう彼女の背中を見て慌てて店を飛び出しても、
スクーターに乗った彼女に追いつけるはずもなく、費やした時間が疲労となって圧し掛かる。
「あっちゃ~。なんか俺、お前が憐れに思えてきた。久し振りに飲みに行くか?奢ってやるよ」
「……いい。疲れたから帰る」
誘いを断った俺に先輩はそれ以上なにも言わなかったから、俺は久し振りに家に帰ることにした。
バイクを降り、メットを外して頭を振ると無灯のはずの部屋に明かりが点いている。
「……そういや言ってたっけ?」
家といってもここは2家族が完全分離で住めるようになっていて、使っていない部屋の管理を先輩に任せてあった。
ドラマが始まる前に新しく住人を入れたと聞いた記憶はあったが、ずっと留守にしていたからすっかり忘れていた俺。
他人の気配がする違和感に建物すべてに視線を巡らせれば
見覚えのあるスクーターと俺のバイクと似たようなものが1台
「カップルか夫婦者ってことか?勘弁してくれよ。こっちは片想い中だってのにさ」
ヤツ当たりだって判っていても楽しみすら奪われた俺にどうする気も起らない。
玄関に向かう間、向かいの部屋からは楽しそうな雰囲気と
―――――― ソースの匂いが
グ―――
それに呼応したように鳴る俺の腹
こんなことなら先輩に奢らせてやればよかったと鍵を開け、部屋に入った俺はそのままキッチンに向かい入れっぱなしの缶ビールを取り出し喉へ流し込む。
と
ピンポーン♪
「……はい」
滅多に聞かないチャイムの音に訝しみながら応じる。
「お忙しい時間すみません。向かいに引っ越してきた者ですが、挨拶に伺いました。
あの…もし宜しければきちんと挨拶がしたいので顔を出してもらってもいいですか?」
若い男の声には含みも何も感じられず、
またあの先輩がこの家を怪しい人間に貸すはずもないと
普段は素で出るようなことはしないが、今はこのままで構わない気がして玄関へ
「初めまして。向かいに住むことになりました、佐和と申します!」
ドアを開けた瞬間、目の前の人物が勢いよく頭を下げるのに驚いたが
そんなことよりも
その声、
その名、
その姿に思考が停止した―――――― が、その停止は直ぐに解除になる
「あ!あの、引っ越しソバならぬ引っ越しタコヤキなんですけど、受け取ってもらってもいいですか?」
下がったのと同じくらい勢いよく上がった顔より目の前に突き付けられたモノによって
「……ぷっ、クックック…」
湯気の昇る旨そうなモノを目にして吹き出してしまったから
さっきの匂いはコレだったのかという笑いと
なんでソバがタコヤキになるんだって笑い
――――― 否、
そんなことよりもようやく俺を瞳に捉えて固まった千也さんを見て
≪やっと会えた…≫
その喜びの方が強く、笑いが止まらなかった。
ようやく接近しました(笑)
こちらの話もご期待に添えればと思っておりますのでお気に召しましたら
評価にて採点頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。<(_ _)>