4、事情
「お疲れ様です。じゃ、お先に失礼します」
「「「お疲れさま」」」
チラシを入れたバックを肩に掛け、挨拶をして事務所を出ると
駐車場の隅に停めさせてもらっているスクーターからヘルメットを外して、被る。
一人暮らしを始める際に奮発して買ったVinoはお気に入り
車なんて持てないけど、この原付バイクのお陰で仕事にも役立つし
もちろんプライベートでもあたしの行動力をUPさせてくれる。
土手沿いの桜を見ながらチラシの配布をしていると、予想していたより桜が満開で
気に入った風景をいろんな角度からデジカメで撮って―――――
「チラシも配れて、花見も出来て。一石二鳥ってこのことよね♪ すっごい収穫だったし。さ~って、帰りますか?」
――――― 今日の成果に満足して再びバイクに乗ったあたしを見ていた人がいたなんて、気付かなかった
◇
「何があんなに楽しいんだか…」
一緒に折ったチラシをポストに配布しながら、時折足を止め
手にしたデジカメで桜を撮っている姿を見ながら、呆れたように溜め息が出る。
珍しい人物から受け取ったメールに多少興味が湧いて、空いた時間に出掛けてみれば
【篠崎ハルキ】(オレ)を見て素で驚いた年上の女。
先輩の言葉に驚いていた顔が安堵に変わるのを見て
香子さんが居るくせにとうとう従業員に手を出したのかと様子を探っていたが
≪どうやら違うらしい≫
【オレ】を呼び出して驚かせたかったらしく、
それに合わせて営業用の顔でサービスしてやれば……
呆気にとられた
彼女は【オレ】の笑みに照れることも、焦ることもなく、ホッと息を吐くと
コーヒーを置くなり先輩と短い遣り取りだけで部屋を出て行った。
【オレ】を意識することなく
「どうだ?さすがのお前も驚いただろ?」
俺の気持ちを見通したかのような先輩の茶化した声を無視して
彼女が淹れてくれたコーヒーに口を付ければ
!!
≪……美味い≫
「話を聞く気になったか?」
先程とは違う声音に素直に俺が頷けば、
先輩も同じようにコーヒーを口にしてから話し始めた。
「佐和ちゃんはウチで勤め出してまだ半年だけど、本当に良く働いてくれるよ。
元々はウチが仲介している物件を見たくて来たらしいんだけど、
外に張ってあった求人募集の張り紙にも目を通していたらしくてね。
あまりの意欲に取り合えず履歴書を見せてもらって、まず絶句。
高校卒業後、就職した会社を翌年に退社しているんだけどさ。その理由が結婚らしい」
結婚?
それって……
「ちょっと待った!まさか俺に不倫相手になれって言うつもり?」
「ば~か。俺がそんな相手をお前にわざわざ紹介するワケないだろーが」
先輩の即答にホッと息を吐く、が
「佐和ちゃんは半年前に離婚済み、今や晴れて独身。ま、二十歳になる息子が居るけどな」
続けられた言葉に一瞬、頭が真っ白になった。
「……何、それ?俺が女に不自由してるように見える?」
「まぁ、驚くよな?でも話はそれで終わりじゃない。最後まで聞けよ。
これは彼女の入社後に聞いた話だけどな。何でも入社後の飲み会で勧められるままに飲んで……」
その説明とさっきの彼女の顔を思い浮かべると、それから先は容易に想像がつく。
「つまり、お持ち帰りされちゃったってことか」
「まぁな。しかも相手は避妊すらしなかったらしく、呆気ないほど簡単に妊娠したってオチだ」
馬鹿馬鹿しい....................
己の無知や愚かさが招いたことに同情する気にもならない
「お前の考えてることは解るがな。佐和ちゃんに関しては結論付けるには未だ早いぞ?」
「へぇ……珍し。随分と庇うんだね?」
「まぁ、色々ワケがあってな。……シノ、時間は?」
「21時にスタジオ入り」
「そういや、ドラマの主役だっけ?すっかり売れっ子だな。じゃ、さっきの続き。
相手の男っていうのが彼女にとっては上司で、しかもその会社の御曹司ってやつ。
素行の悪さは周囲の人間も当然知ってたし、
彼女が獲物になっていたのも見て見ぬフリ、つーワケ。
さっき飲み会って言ったが、新入社員の歓迎会だから、彼女には断ることは出来ない。
その後、彼女の妊娠が発覚して……当然そのことは社長でもある男の親の耳にも入った」
「ふぅん。その流れだと、さっさと堕ろすように脅されたんじゃないの?」
「言いたかないが、その方がまだ良かったかもな。
残念なことにバカ息子は既にバツイチ。まともな結婚なんて望めないと諦めたのか、
単に孫が欲しかったのか、社長自ら彼女に結婚を承諾させた」
「承諾?相手、お坊ちゃんなんだろ?
金持ってるんだし、別に彼女だって抵抗なかったんじゃないの?」
「おいおい。…ったく、冷てぇヤツだな。18の少女なら結婚に夢や希望もあるだろう」
「さぁ」
俺、女じゃないし?
ついでに言えば先輩みたいに女心なんて気にしたことも無いし?
「承諾って、さっき言っただろ?」
「ああ」
「あれは彼女を事情を知った上で無理やり押し付けた、脅迫だ」
「脅迫?随分物騒な言葉を使うね。そんなたいそうな事情があるワケ?」
「生まれて来る子供の親権は父親側が持つということ。
それを承諾すれば認知もするし、入籍後の扶養もする……そう言ったそうだ」
「別におかしいことじゃないだろ?それのどこが脅迫に?」
≪それならフツー、喜ぶだけだろ?≫
言葉にしなかった思いを読み取ったのか、先輩は視線で俺を責めたまま
「……佐和ちゃんは施設育ちだ。親は居ない」
口にした短い言葉で俺を突き刺した。
「お前にだって想像は出来るだろう?」
「…………それで相手の男は?」
「初そうな女の子を味見するつもりで、そうなっただけだからな。
ゴチャゴチャ親に言われて、あっという間に関心すら無くなったらしい。
当然子供の存在なんて邪魔なだけ…。
親が自分達の為に孫が欲しいだけなのを知っているだけに、
全ての手続きを親任せにして自分は他の女と遊んでいるような最低な男だと」
「それ……誰から聞いたの?」
さすがに先輩の紹介でもそんなことを口にする女はゴメンだ……
「響君だよ」
ひびき、くん?
説明っぽい語りばかりですみません(汗)