第七式
「おお、来たか二人とも」
腕を広げ、大げさなアクションで俺たちを歓迎する中年男性。俺たちが到着すると、村長は自身の家の前で待っていた。
村長キャラは老人で、杖を突いていて、「~じゃ」的な口調という俺のイメージは、この人に会った途端に崩壊した。もし俺が元々いた世界に村長がいたら、ちょい悪ファッションとかが彼には似合っただろう。そして、この人は間違いなくそういうファッションに走る人だ。
「ミュリエ、先に家に入っててくれ。俺はネーサと大事な話があるんだ」
「わかりました」
大事な話ねぇ。
ミュリエを家に入れる村長の顔は典型的な悪いことを考えている顔だ。どうせろくな話じゃない。
「で、話ってなんですか?」
「若い男と美少女二人が一つ屋根の下で生活しているんだ……正直なところ、問題の一つや二つやらかしただろ?」
「は…………?」
最初、村長の言っている意味が分からなかった。が、村長のニヤニヤ面で思い当たる。
「この変態オヤジがっ!」
取りあえず、鳩尾に一発入れといた。
「グフッ――お前、そんな顔しているからまさかと思ったが……男の方が好きなのか?」
今度は無言でアッパーカットしといた。
ちなみに村長が言った「そんな顔」というのは、あながち冗談ではない。俺も顔を洗う時、水面に写った顔を見て驚いた。そこには見知らぬ顔があったのだ。まさにトリップもの。--と、言っても超絶イケメンに変身していたとかじゃない。中性的に、そして幼くなっていたのだ。どうせトリップものならイケメンになって王道ハーレム系が良かったけど、世の中そんなに甘くないらしい。
「キルトに手を出したら死は免れんだろうが、恐らくミュリエならいける。確かにあいつは自他共に認める腹黒キャラ。しかし、その実、情に流されがちで、十八になっても白馬の王子様を待っているような乙女なところもある。一度関係さえ持ってしまえば――」
俺は村長からじりじりと遠ざかる。
キルトは銃の天理術を使いこなし、腕っぷしでお金を稼ぎながら師匠と二人で旅をしてきたような少女だ。確かに俺が気の迷いを起こそうものなら、間違いなくあの世逝きだろう。だが、村長は気づいていない。実は、扉を少し開けて話題の主が俺たちの話を盗み聞きしていたことに。そして、彼女が今自身の頭上で鍋を掲げ、今まさに振り下ろさんとしていることに。
「こおおぉぉぉぉの、変態村長があああああぁぁぁぁぁっ!」
……悲鳴はなかった。ただ、いやに鈍い音が響いただけ。俺の気のせいじゃなければ、鍋が少し凹んでた気がする。
「……お邪魔しまーす」
「はい、どうぞ」
触れてはいけない予感がして、俺は村長の屍を越えて家に入る。他人の家だってのに、何故か笑顔でミュリエが迎えてくれた。
「で、どうする?」
「あはは……どうしよっか?」
「あのなぁ……」
勝手に席に着いたところで、流石にミュリエに振ってみた。が、まあ、結果はほぼ予想通り。形だけの呆れ顔を作っておいた。
「じゃあ、本題に入るか」
「うおっ」
「きゃっ」
思わず二人で仰け反る。
一瞬前までぶっ倒れていた村長が俺たち二人のいる机脇に立っていた。先ほどとは打って変わって真面目な表情をしているから、真剣な話なのだろう。
「実は最近インテグラートの町長が代わってな。どうやら、周りの町や村まで支配下に置こうとしているらしい」
「なんでそんな……」
ミュリエが絶句するのも無理はない。俺が聞いたところ、この国は完全な王制で、末端の町村の長は基本的にそこの住人達が決めている。そこまで暴走するような人物が長になって、しかも権力を握るなんてなかなかあり得ないだろう。
「となると、真っ当な手段で長になってないな……」
「よくわかってるじゃねえか、ネーサ。噂じゃ新しい長は元盗賊って話だ」
「そっか。力づくで従わせている人たちと、元々の部下で勢力を広げているんだ」
納得したようにミュリエが呟く。やっぱり彼女は物分かりがいい。
「国に訴えようって話もあるんだが、どうせこんな辺境のことを国は気にしちゃくれない……そこで、だ。村の相談役のミュリエに意見を聞きたいと思って呼んだわけだ」
村の相談役――それがミュリエの肩書兼職業。彼女がこの若さでいきなり二人の人間を居候させることができるような家や財力があるのは、この職業のおかげだ。
彼女は頭が切れる。そして、彼女の判断は基本的に客観的に利害のみを追及している。しかし、俺やキルトが倒れているのを “一度見捨てると判断しながら見捨てられなかったり” してしまうように、自分でも嫌々ながら情も持ち合わせた判断もできる。そんな彼女だからこそ、村人たちは腹黒などと揶揄しながらも慕うのだろう。
「少数の人員で偵察に行って、彼らの力がこの村まで届くのかを探りましょう。あと、勢力の内情も」
そんなところが妥当だろうな。渋い顔で茶を飲みながら村長も頷いてるし。
「――というわけだ。ネーサ、いっちょ頼まれてくれないか?」
……。
「俺っ!?」
流石に、大丈夫だ、問題ない。なんて返せなかった。