第十式
「走れっ!!」
キルトの掛け声を合図に駆け出す。
と言っても、相手もただ者ではない。普通に走り出すだけでは直ぐに囲まれてしまう。だからこそ……
「――言刻銃撃、即時、連続発動」
まき上がる砂埃。
弾数的にも時間間隔的にも通常の拳銃ではありえない――それこそ左右の拳銃から放つマシンガンのような銃撃を以って、キルトが俺たちの両脇に砂の壁を作り上げる。
この世界の魔法――天理術の内、キルトが使う言刻天理はあらかじめ術式を書き込んでおけば特に言葉を使わずに発動できる。が、その分イメージで操る特性上、制御の難易度は上がってしまうのだ。よって、キルトの銃撃天理のような複数の言刻天理を組み合わせて一つの動作をしているものを発動する際に、発動タイミングや動作を口に出すことでイメージを安定させるという手法を採る者は多い。むしろ、キルトほどの簡潔な言葉で完全に発動できる者の方が稀らしい。それが功を奏したのかもしれない。
「逃げ切れそう?」
「ほぼ全員の意表は突けたらしい。だが――」
キッ、と鋭い視線を前方に向けるキルト。
何かいるのだろうか?
「そこまでだっ」
脇の茂みから飛び出した人物によって発せられた声が、俺たちの足を止める。
剣を構えたその人物は、少女だった。
「……ねえねえ、この世界ってキルトみたいな女子がデフォで、ミュリエみたいなのが少数派なわけ?」
「……違うよ。村には普通の娘もいたでしょ。僕みたいなのが普通で、剣やら銃やら振り回している方が不思議なんだって」
「そこ、密談は止めてもらおうか」
……怒られた。
でも、中身が聞えたからって訳ではなさそうだ。何しろ、同じ戦闘慣れしたタイプでも、キルトが細かいことを気にしないのに対し、この少女は生真面目そうなオーラ全開だし。きっと、純粋な注意だろう。
そうこうしている内に、後から3人の男たちが追いついてきた。少女と男たちは全員同じデザインの制服を来ている。この時点で、やはり盗賊などではなさそうだ。
「グリフランドの王都騎士団が私たちみたいな者に何のようだ?」
「なんと……この制服だけでわかるのか」
「旅が多いものでね」
本来こういう舌戦での腹の探り合いはミュリエの領分だ。それをキルトがしているのはわけがある。ミュリエを戦略構築に専念させるためだ。
「とりあえず質問だ。君たちはこの先の村、プリンシピアから来た。間違いないな?」
「ああ」
「では、君達は何者だ?」
「ただ、村から旅に出ただけだ」
あれー?何かタイプが似てるからか?この2人、ただ質問と回答を繰り返しているだけなのにどんどんムードが険悪になってる気がする。というか、2人とも徐々に武器に手が伸びている気がするけど、そんな雰囲気になる要素があったか!?
「……あ、あのキルトさんや?時間稼ぎじゃなかったのですかい?」
「……いや、何かこいつと話していたら苛々してきて――」
「密談は止めろと――――言ったはずだっ」
剣を抜き放った少女が一気に距離を詰めてくる。……いやいやいやいや、アンタ絶対戦闘を吹っ掛ける口実探してただろ!?
「下がれ、ネーサ。ミュリエの傍にいろっ」
「ちょ、キルトっ!?」
なんて切迫した台詞を吐きながらも、口元緩んでますよ!?キルト最初から殺る気満々だったでしょ!?……ミュリエの声もまるで聞えてないみたいだし。
間合いは完全に剣の間合いだ。それなのにキルトは怯むことなく自ら蹴りを入れる。
「良い蹴りだ。銃だけではないということか」
思わぬ反撃に相手の少女は一度後退。剣を構えなおす。
というか、キルトもそうだけど、俺たちもヤバくないか?俺とミュリエじゃ後の3人の相手はできないぞ。
「分かっているな。これは一騎打ちだ。他の者は手を出すな」
どうやら俺の心配は杞憂だったみたいだ。やはり彼女は相当真面目なキャラらしい。
……ただ、俺のヲタク的経験上、こういうキャラは融通が利かないとかの欠点がある代わりに単純な戦闘力は高いことが多い。
「今度はこちらから行くぞっ!」
「くっ」
ただでさえ近距離戦。
しかも、悪い予想は的中したらしく、制服少女は強いみたいだ。
剣を振り回す相手に、キルトは受けに回ることが多くなっている。しかし、相手は相手で決め切れないことに焦れているようだ。
「貴方はなかなか強いようだ。私としては必要以上に傷つける気もないことだし、これで決めさせてもらう」
うわっ、決定打を放つ前に事前連絡しちゃう人って現実にいるんだ!?――じゃなかった、これはかなりピンチなのでは?キルトも流石にまずいと思ってることが表情に出ているし。
「薙ぎ払え。我が突きを以て一度の閃きを乞う」
考えろ……どうせ知識しかないんだ。相手の詠唱は聞いた。後はどこかに発動式が刻まれている筈だ。だけど……くそ、間に合わないっ。
少女が力強く踏み込む。刺突だ。
しかし、あの距離では剣の切っ先はキルトに届かない。
――瞬間、剣の柄部分に刻まれた数式を目が捉える。
「伏せろ、キルト!!」
叫びながら俺は隣のミュリエを無理やりしゃがませた。