俺の理性がぶっ飛んだ日
「お茶とコーヒーどっち飲むんだ?」
「ん~っと、じゃお茶で」
「はいよ」
ソファーに座って待っている天乃の為に、俺はお茶を沸かしている。
半独り暮らしが長いせいか、台所周りの動きはまかせてくれ。
料理も得意だぞ。
まあ我流の適当料理だけどな。
さっさとお茶を二人分淹れて、リビングへと運ぶ。
天乃はあぐらをかいてソファーに腰掛け、のんびりテレビを見ている。
「あのさー、幾らなんでも馴染みすぎだろ? クラスで人気の女の子が男の家でそんな姿…」
「へ? いいでしょ別に……私んちだもん」
「俺んちだ!!」
「だから、私んちでしょ?」
むむむ~~~。
あのな~~、そんなスカート短くした制服であぐらなんかかいたら、見えるだろうが…。
対面のソファーに座った俺からは、さっきからチラチラ、チラチラと。
まあ今日もピンクで可愛いわけだが……
そうじゃねえ!!
「お前、パンツが見えてるんだよ! 男が居るんだから気を使え!!」
「キャッ! ちょっとどこ見てんのよ! 言っとくけど、Hはしないからね!!」
こ、コノヤロー……。
え? 一体この状況は何かって?
説明しろ?
どうすっかな~~。
面倒だから、勝手に時間遡ってくれる?
◇◆◆◇ ~~数時間前 日曜日~~
「春樹――父さんな、再婚するから宜しく――」
海外で仕事をしている親父からの、突然の連絡。
別に、勝手にしろって感じだったけど――
聞き捨てなら無い捨て台詞を吐いて、電話を切りやがった。
「向こうにも連れ子が居るから、しばらく一緒に住んでてくれ」
そう言い残して、すぐさま電話を切りやがった。
もっと詳しく内容を聞くべきだったが――いや、すぐに折り返し携帯へかけたんだが……
「おかけになった電話番号は、電波の届かないところに―――」
と、機械のアナウンスが出るばかり。
――ったく、親父ときたら……。
連れ子だ?
何歳だ? 男か女か?
もう少し情報くれよ!
一緒に住んでくれって言われたって、連絡先も知らねえっての!?
ピンポーーーン♪
俺が困惑していると、突然インターホンが鳴った。
誰だ? 日曜の午前中に来客って……。
不審に思いつつも、インターホン越しに通話する。
「はい、どなたですか?」
「あ、関東引越し一番屋ですー」
引越し業者?
なんだそりゃ。
とりあえず、間髪入れずお断りする。
「間に合ってます」
「いやいやちょっと待って下さい……引越しのお荷物を搬入しますので」
結構しつこいな。
新手の訪問販売か?
知ってるか? 今訪問販売は、規制があって中々大変なんだぞ。
法を掻い潜る新手の手段かも知れない。
俺は騙されないぜ!
「何かの間違いじゃないですか? ウチは引越しとかしないし」
「えーーと……戸坂秋雄さんのご自宅ですよね…」
はい。
秋雄は俺の乳――じゃねえ、乳――あーーっ、変換が!
「はい、父ですが…何か?」
「ですから、お荷物の搬入です」
それから約数分程、俺の抵抗は続いたが、マジっぽいので仕方なく玄関を開けて荷物とやらを入れる事に――。
「えーと、どこに置いたらいいですかね?」
開けたと同時にダンボールを抱えて顔を出す、屈強な男達。
「とりあえず、そこでいいです」
と、入ってすぐの廊下を指差す。
しかし、業者さんは訝しがった顔で、
「え? 良いんですか、結構ありますよ?」
と不思議そうだ。
さすがに不安になって聞いてみる。
「……その、荷物ってどの位あるんでしょうか」
「このダンボールで24箱です」
げっ! そんなに!?
見えないから分からないかも知れないが、一箱がかなり大きいぞ!?
「分かりましたー、すぐに終わらせますんで!」
俺の返事を待たずに勝手に完結して、ガンガン運びまくる業者さん。
くそーー、とっとと仕事片付ける気だな。
まあ他に置く場所も無いんで仕方ないか……。
待つこと数分―――。
さすがに引越しのプロ。
あっという間に運び込みやがった。
最後にサインして終わり。
「一体誰の荷物なんだよ!?」
廊下に埋め尽くされたダンボールの山を見て、独り愚痴る。
全く……俺は天乃事件でかなりヘコんでるってのによーー。
ぶっちゃげ、学校へ行く楽しみが90パーセント削減だってーの!
どんなエコロジーだよ……。
はあ~~。
再度、荷物を見て溜息…。
「どんな奴だよ……ったく、相手の母親は居ねえのか!?」
段々腹が立ってきたので、荷物を開けて物色してやる事にする。
俺んち宛に着た荷物だ、文句あるまい!
……手近にあった箱に手をかける。
ん? ラベル張ってあるな……
なになに? 割れ物?
はん! そんな事知るか!
無視して、ガムテープをベリベリと剥がす。
そしてご開帳~~~♪
おや?
中には大量のDVDが……。
一つ手に取る。
『アイドルウィッチ小粒ちゃん』
んげ! なんだこれ!?
超オタ系の匂いプンプンのアニメじゃねえか!?
もう一つ手に取る。
『カラダがどんどん改造されるわけ』
全20巻……。
これ知ってる……
主人公の男が、超変態のアニメじゃねえか。
マジかよ~~~。
キモオタ系決定じゃねえかよ…。
ガチでヘコむんですけど……。
はあ~~。
深い溜息再び。
ふと横のダンボールを見る。
『書籍』と書かれている。
既に一個開けてるからな…二個開けたって同じだろ。
ベリベリ……
ご開帳~~~♪
何が入ってるのかな~~?
あ……漫画本がびっしり……。
一冊手に取る。
『浮遊学園都市 神楽』
これは知らないけど、表紙には幼い少女の絵……。
やっぱりガチじゃねえか!?
とりあえず、出した物をしまう。
そして横目で見つけた最後の望み……。
ラベルには、『衣類』と書かれている。
念の為開けてみっか。
万が一、女のキモオタって可能性もあるしな……。
ま、それもキモいが…。
ベリベリ……
ご開帳~~~♪
ぬおおおおおおおおおっ!!!
なんじゃあああああああこりゃあああああ!?
目がチカチカする!!
開けてびっくり! 中には色とりどりのカラフルな下着の山が!?
まるで宝石箱や~~~~!!
―――っておい!
な、なんだよこれ!?
キモオタのマミーの物ですか?
いやいや……それにしては、白やら黄色やら…特に多いのがピンクだな……。
可愛い系のマミーなんですか?
…………。
違うだろ~~。
どう考えても若い女の子だろ~~。
ブラを一つ取り出す。
え? どうしてパンティーじゃないのかって?
バカ言ってんじゃねえ!!
不細工だったらどうすんだよ!!
うっかり興奮なんかしてみろ、後で大後悔だぞ!!
…………。
しかしこのブラ……で、でかい……。
何カップあるんだろ…。
キュピーーーン!
その時、俺は閃いた!
これはあれだ……超デブに違いない。
若くてキモオタ―――そして超不細工デブ。
決定だな♪
―――って、おいーーっ!!
そこは喜ぶべき所じゃない。
あ~あ、これからキモオタデブと暮らさないとならんのか……最悪だ。
ピンポーーーン♪
お? また誰か来たのか?
急いでインターホンへと走る。
―――と、回れ右!
玄関で覗いた方が早いわ!
「こんにちはー」
ん? なんだか野太い声が聞こえたぞ。
こっそりと、ドアのレンズ越しに見てみる……。
するとメガネをかけた、不細工顔の超デブ女が立っていた。
キターーーーーーーーー!!!!
キモオタデブキターーーーーーー!!!!
ク――――これが俺の新しい家族か……涙が出てくるぜ…。
いや、いかん。
仮にも、親父が愛した人の娘だ。
表面上だけでも、優しく接しなければ…。
俺は意を決してドアを開け―――満面の笑みで開口一番こう言った。
「いらっしゃい! 待ってましたよ! マイファミリー!!」
完璧なお出迎えだった。
だったはずなんだが……
「は、はあ……宜しくお願いします」
デブは超ローテンション。
おまけにちょっと引き気味じゃねえか…。
ま、いいか。
「まあまあ、いいから早く上がって」
手を引いて強引に家に上げる。
「あ、ごめん…勝手に荷物見ちゃったよ。でも大丈夫! 俺はどんな趣味を持っていようが、全く気にしないぜ!!」
―――っふ、器の大きさを見せてやったってもんよ。
「はぁ…そうなんですか」
な? デブも、唖然としてるだろ?
そしてつつがなくリビングに通して、ソファーに座ってもらった。
俺は早速もてなそうと、お茶を沸かす事に…。
おっと、一応聞いておくか。
「お茶とコーヒーどっち飲みますか?」
「え~っと、それではお茶で」
「はいはい~」
―――ってなわけで、冒頭の部分に繋がったわけだ。
ドゥーユーアンダースタン?
え? 違うって!?
可笑しいな……?
繋がってない?
首を傾げつつ、とりあえずお茶を二人分運ぶ…。
「どうぞ、粗茶ですが」
「はい、これはご丁寧に…」
お茶を飲む姿を見つめてみる。
若いかと思ったら……30代かな?
結構いっちゃてるぞ。
この人があの可愛らしい下着を!?
…………。
オエ!! 激しくオエ!!
なんだか、酸っぱいものが込み上げてきた…。
ま、まあ人の趣味は気にしないって、さっき言ったばかりだもんな。うん。
まずはスキンシップだ。
「え~~と、お名前は―――」
「あ、はい。桜井春子です」
「春子さんか~~、俺、春樹って言うんですよ、カブりましたねーー」
はっはっはーーと、手を叩いて大笑いの俺。
しかし、春子さんは俄然無表情。
緊張してるのか……?
そう思った俺は緊張をほぐすべく、
「とりあえず、ご要望を何でも言って下さい。出来る限り協力しますんで」
爽やかに言ってみる。
すると、パァっと花が咲いたように、不気味な笑顔になる不細工デブ。
「い、いいんですか!? 良かった~~一体どうなることかと――」
……ちょっと意味不明だが、なんだか喜んでくれたみたいだ。
そしてデブ―――ごほんっ、春子さんは笑顔でパンフレットのような物を広げ始め、なにやら語り始めた。
「え~~っと……私達は、『全ての人々に幸せを』をモットーにですね……」
「は、はぁ……」
「知ってますか? 『マリポーサの王国』……代表の鏡様は、本当に鏡のような方でして―――」
「は、はい…そう…ですか…」
なんだか理解出来ないまま、呪文のような会話を続ける春子さん。
俺は何の説明を受けてるんだ?
―――とその時、リビングのドアが開いた。
ガチャリ―――――。
そしてひょっこりと顔を出す可愛い顔―――天乃翼。
へ? なんであいつが……。
「ドアの向こうで聞いてたんだけど……一体、何やってんのよ!」
腕を組んで睨みつけてくる。
事態がさっぱり飲み込めない…。
そればかりか、ずんずん近づいてきて――
テーブルに広げられたパンフレットを、見せなさいよ―――と奪い取られる。
そして、しばらく黙ってそれを鋭い眼光で睨んでいる。
―――かと思ったら、突然叫んだ。
「あーーーんもおっ!! こういうのがさぁ、いけないってわけじゃないけど…止めてよ、これから家族なんだから!!」
「へ、ふぇい?」
激しく噛んじまったが意味の分からない俺は、天乃と春子さんを交互に見返す。
春子さんは、俺と同じでポカンとしている。
天乃は当然のように、デフォルトで恐い顔。
…………。
一体何が!?
「戸坂君、この人は…?」
恐い顔で聞いてくる天乃。
もちろん、俺はビビッて即答です。
「は、春子さんでしゅ!」
再び噛んでしまう俺。
そんな俺はスルーされて、喋り出す天乃。
しかも超低い声――雷オヤジが発狂する一歩手前のような…。
「春子さん」
「は…はい」
「悪いんですけど…ウチは宗教には入りませんので、お引取り願いますか?」
天乃の可愛い顔からは想像出来ない――その低い声に、俺と春子さんはそりゃもう震え上がったさ。
そして逃げるように家を出て行く、春子さん。
入れ替わって、ドカッとソファーに座り込む天乃。
腕と足を組んで、ゴミを見るような目で俺を見つめている…。
可笑しい……。
こんなキャラだったか!?
学園では、優等生で頭が良くって…ちょっとブリッ子だけど、それが自然で可愛くって……
男子に超モテモテの……。
俺が悶々としていると、お構いなしで天乃が喋り出す。
もちろん、さっきのテンションのまま。
「君さぁ……ちっ――」
舌打ち!?
ブルブル……恐いよう…。
何この空気!?
「どうしようもないクズね」
「ひゃい!?」
「私が来なかったら、宗教入ってたわけ!?」
「い…いや…その――」
宗教の勧誘だなんて、知らなかったんだよ~~。
そんな俺の言い訳も、言い出せる空気ではない。
しかも、組んだ足の先をフリフリさせて、いかにも――私今怒ってます――的な雰囲気丸出しの天乃さん。
「しかも君――私の荷物勝手に開けたでしょ?」
―――え!? あれって天乃の……。
「下着の箱が全開なんだけど―――」
瞬間、俺の頭がフル回転!!
箱を開けた時の映像が、鮮明に脳裏をよぎった。
「マジかよ!? あの可愛い下着達が…天乃のだったなんて……」
「はあ!? 何言ってんのよ!?」
「くっそーーーっ!! どうして…どうして俺は…パンティーを手に取らなかったんだあああ!!!」
ついていけない展開と、この重い空気で俺の理性が吹っ飛んだ。
「パンティーを手に取ってだ!! 広げてみたり!! 裏かえっしにしてみたり!! 透かして見たり……なんで俺はしなかったんだあああああああああ!!!」
俺は叫びながら、廊下へ向かって走り出した。
既に理性は無い。
「ちょっ、ちょっとどこ行くのよ!!!」
天乃の声も、俺にはもう届かない。
「うおおおおおお!! 俺の宝石箱ーーーーっ!!!!」
叫びながらダンボールを開け、パンティーを手に取れるだけ掴む!
「キャア!! ちょっとやめっ――やめなさいよ!! この変態っ!!!」
ズシーーーーン
この変態っ!…この変態っ!…この変態っ!…この変態っ!…この変態っ!…………
天乃のその言葉が――その声が――俺の心に響いた―――。
しかし! 構わず一枚を頭に被る!!
まさに変態行為!!
ザマーミロ!!
「んもお!! 絶っ対に許さないっ!!!」
ゴッチーーーーーーーーン!!!
天乃が言い放った瞬間―――俺の脳天に、たぶん全力のゲンコツが落ちてきた。
「いったぁ~~~い……」
ゲンコツを放った天乃にもダメージが残るほどの威力…。
そして―――
それがきっかけで、俺はその場に泣き崩れてしまった。
どうして泣いてしまったのか分からない。
後から考えても意味不明だった。
たぶん――気持ちが高ぶりすぎて、天乃の事で傷ついた俺の心が…一気に溢れたんだと思う。
そして泣きながら俺は必死に叫んでいたんだ、
「天乃が好きだ……グスッ……好きなんだよぅ……グスッ……ずっとずっと……ほんとに大好きだあああああ!!!」
◇◆◆◇
その後、妙に天乃は優しかった。
泣き崩れる俺をソファーまで連れて行って座らせると、俺の顔を胸に抱きしめ囁いてくれた。
「ごめんね―――そんなに私のこと…好きだった…? ごめんね……ごめんね……」
優しく、何度も謝ってくれる天乃。
俺は次第に癒されていく…。
そして、大きくて弾力のある胸に顔を埋めて、俺はすっかり大人しくなっていた。
頭を撫でてくれる天乃の手が、凄く気持ちよくて―――。
母親の居ない俺にとって、初めての女性の温かさだった。
その温もりの中、俺はいつの間にか眠っていた……。
◇◆◆◇
「ちょっと、いい加減に起きなさいよっ」
ペシン――――
頬を叩かれて起きた。
いつの間にか、俺は天乃に膝枕されていた。
俺は呆けて、下から天乃の顔を見上げてしまう。
自分でも、結構間抜けな顔をしていたと思う。
そんな俺を、ちょっと赤い顔で見ていた天乃。
でもふいにそっぽを向いて、
「もぉーーっ、男の子でしょ? だらしない……」
ハァ―――と、溜息を吐きながら呟いた。
「わ…わりぃ……」
俺は照れ隠しに、ついぶっきら棒に言って起き上がる。
「ちょ、ちょっとトイレな――」
「あ――そ」
全く興味無いといった素振りの天乃を横目に、洗面所に行き顔を洗った。
ついでに頭の中を整理してみる――。
この展開――もう間違いなく、あいつは親父の再婚相手の連れ子。
確定だよな?
そして一発目に、俺はとんでもなく情けない姿を見せた。
これも確定だな……。
さて―――。
これから、色々話さなきゃない事があるが…。
どんな顔して接すれば良いんだ?
この前――俺はたぶん…フラれた。
そして今の俺の位置づけは……
完璧変態ダメダメ男。
まいったなぁ…。
とりあえず、素知らぬ顔して茶でも入れるか?
うむ、それがベターだ。
決心して、再度リビングへと向かう。
颯爽と現れた俺は、開口一番―――
「喉乾いたな、茶でも飲むか――?」
ようやく冒頭に繋がっただろ?
我ながら恥ずかしい限りだ……。
この後、色々やりとりがあるんだが…。
まあそれは次回ってことで―――。
第3話に続く
はははーー。
乾いた笑いが出ちゃうね……。
変態でごめんなさい(笑)
ち、違うんです! 僕は脅されてこの小説を書いてるんです!!
誰か助けてww