外したシュートの行方【改訂版】2010.8.11
栗ヶ崎豪大、31歳。いや、昨日の誕生日は歳を足してもいいのか? まあいいか、足しておこう。
それにしても昨日のパラグアイ戦は泣けたよ。駒野とは知り合いという程でもないが、会えば挨拶くらいはする仲だ。今度会ったら一言かけてやろう。オレ優しいから。
え? オレが何者かって? オレは元Jリーガー、代表にだって呼ばれたことある。
去年はJ1で優勝争いをしてたんだ。最終節、あのシュートが決まれば得失点差でうちが優勝のはずだった、あのシュートが決まれば。
闘莉王のプレッシャーに負けてフカしちまったんだ。あれは悔しい、サッカー人生で一番悔しいシーンだったよ。何度も夢で見たし、ぶっちゃけ泣いたしな三十路過ぎて。
でもそれなりの成績をおさめた昨シーズン、こりゃ岡ちゃんのメガネがくもってなきゃ、代表に返り咲けるって思ってたんだけどね。
でもオレ、事故で死んじまったらしい。だから「元」Jリーガー・・・・・
「ねえ、そろそろあの世に旅立ってくれなきゃ困るんだけども。もう3ヶ月も未練タラタラで男らしくないわよ!」
「うるせーな、そんな格好で死神とか言われても信じれねーんだよ。もちょっと、らしい恰好で来いよ。森ガール? 爽やかすぎて自分の死を受け入れるのに時間食ったわ!」
「らしいって何よ! 人間の勝手なイメージで死神決めつけんじゃないわよ! 死を受け入れなかったのはただの頑固じゃないの! ほらさっさとしてよ、ほら!」
「お前それでもプロか? プロならプロらしく成仏しやすくしてくれよ。事故死なんて未練ない奴いねーだろ。」
「・・・・わかったわよ、前に言ってた外したシュートが忘れられないんでしょ。どうにかしてあげるわよ。」
!!!!!
「マジでか? できんのかよ、そんなこと!」
「死んでるんだから、他人に馮依することも出来るわよ。不器用な奴はできない奴もいるけど、そうすればもう一度シュート決めれるでしょ。」
「なんだよ、そんなこと出来るんなら早く言えよ。そんな事出来たら別の体でサッカーし放題だろ!」
「バッカじゃないの? そんな都合がいいわけないでしょ、代償があんのよ。」
「なんだよ代償って、地獄でなんかの刑に処されるのか?」
「馮依時間によって媒体の寿命が削られるのよ。」
「で?」
「で?ってアンタホントに馬鹿? 他人の寿命削るのよ? 自分の都合で他人の人生狂わせて良心とか痛まないの?」
「で?」
「サイテー! ホント早く地獄に連れて行ってやりたいわ!(別に天国とか地獄とか、ホントはそんな所ないんだけどね。)」
確かに他人の寿命を削るってのはちょっと気が引ける。だけどもオレもこのまま地縛霊ってわけにもいかないからな、仕方ない。流石に良心が痛まないわけではない、罪悪感はやはりあるが、それはマジで仕方ないことだろう。
「よし、明日はちょうど試合日だ。明日やろう、やり方教えてくれ!」
「ムカつくけど、仕事のため・・・・。ホントムカつくけど。」
「おう、仕事は割り切ってやれ。トップ下熱望して、試合に出れんと言うのもどうかと思うしな。」
「アンタに言われたくないわよ。それに本田は本田で筋の通った考えがあるのよ! もう、アンタの所為でサッカーに詳しくなっちゃったじゃない!」
さて、やり方はわかった。あとは誰に憑くか、だ。
今シーズン、ガンバの平井がノッてるな。こいつ面識少ないから罪悪感少なめで良いかも。
いや、こうなったら日本人じゃなくてもいいな。名古屋のケネディ、あのデカさは魅力だ。それに日本人じゃないと更に罪悪感が少ない気がする。でもタイプが違うな。
いや待てよ、恩を売ったことある奴から寿命もらうのが一番かな。気持ち的にその恩を返してもらう感じになるし、そうしよう。
そうすると、やっぱ平山か。あいつにはいっぱい焼き肉食わせてやったからな。まあ一時期太らせた原因はオレなんだが、あいつが適任だと思う。
よし決定、すると次節の対戦相手は・・・・・名古屋! 闘莉王が今年からここにいる! これは運命としか思えん。こりゃ燃えて来たぞ! レッツ成仏!
「よし間もなく試合開始だ! 優しいオレは後半20分から出る事にする。どうだ優しいだろ?」
「寿命奪う時点で優しくなんかないわよ。馬鹿。」
「馬鹿? お前、だんだん口悪くなってないか? まあ、それまでは観戦といこうぜ。」
前半終わって0-1で負けてる。点の欲しい展開、これは俄然燃える。
「アンタの言ってるデカいイガグリくん、調子悪そうね。」
「ちょっとな、また太ったんじゃねーか、アイツ。確かに後半入ってから更に動きが悪いな。」
「交代させられちゃうんじゃない? ほら外人さんがアップしてる」
「なに! そりゃいかん、ちょっと早いが行ってくる!」
「寿命、余分に取っちゃカワイそーよ。」
「ん〜、ちなみに聞いてなかったけど・・・・」
「なに?」
「どのくらいの寿命を削るんだ?」
「あー、やっぱ気になる? 30秒で1年。」
!!!!!!!!
「アホ! なんで早くソレ言わねーんだよ! 今からだと後半18分だから・・・えっと、何年?」
「ロスタイム入れずに54年、ロスタイム入れたら60年くらいじゃない?」
アイツ25歳くらいだっけ、日本人の平均寿命を越えるな。アイツにそんな寿命あるんかな・・・・
「寿命10年くらいなら残り何分で入ればいい?・・・・」
「ロスタイムを考えなきゃ、残り5分で出場ってとこかしら。10年も取るの?」
「じゃ4分30秒・・・・・」
「変わんないわよ、ほら残り5分。悔いの無いように行っといで!」
「う・・・!!!」
体(と言っても実体ではないのだが)が人のカタチを保っていない気がする。天地が逆転したような、色も滅茶苦茶、音が体に混ざる。莫大な量の感覚が一瞬でオレの魂に触れた。
心の中で叫んだ、ブブゼラの音より大きい声で。
『おおっと、東京の平山。ボールのないところで急に激しく転倒。何かありましたかセルジオさん?』
『トゥーリオと接触してたカモしれないけど、ファウルはないジャナイかな。』
起き上がらない平山、というかオレ。名古屋ボールだが、一旦ボールを切る。
「おい、どうした相太。」
「うわ、大黒!」
「てめ! いきなり呼び捨ててんじゃねー!」ゴンッ!
後輩に殴られた。いや、とにかく憑依成功のようだ。すまん平山、お前の10年をオレにくれ。
いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。あと5分・・・え?3分? しまった入れ替わりで時間使っちまった!
くっそ! 審判、ちゃんと時計止めててくれよ。
マイボールのスローインで再開。しかし律儀に名古屋にボールを返す。
そういやサッカーって紳士のスポーツだったな、思い出した。初めて思うがそんなもん「クソっ食らえ」だ。
あと何度、チャンスがあるだろうか。一試合通じてだってほんの数回なのに。チャンスすらあるだろうか。
その瞬間、東京が中盤でボールを持った。サイドへ展開する。
「よし、そのまま来い!」
それに合わせて大黒がニアへ入る。おれはファーだ。
「ファー!」
クロスを要求する。オレんとこに飛ばせ! 必ず決める! こいつは決めてみせる!
命を賭けた、いや成仏を賭けた一世一代のプレイだ。これがオレのサッカー人生の集大成。
クロスが入る、ファーへ。狙い通り、これが念願のラストチャンスだろう。決めなきゃ地縛霊決定だ。
「死んでも決める!」
「させるかよ。」
「てめ! 闘莉王!」
「カチン! 相太! お前試合後お仕置きな!」
ハイボール勝負になった。平山のガタイはラッキーだ。
これなら・・・・
「あれ? なんでまたここにいるんだ? おい、どういうこったよ、説明しろ死神!」
再び、莫大な量の感覚がオレの魂に触れた後、オレは死神の前にいた。
「なんかね、イガグリくんの残り寿命が10年も無かったみたい。ほら後、ごらんよ。」
「え?」
「・・・・なんで・・・栗さんが・・・死んだ・・・はず・・・」
「げっ、平山・・・・お前まで。オレのせいか?」
「ほらアンタ説明してやんなよ。」
「う〜ん。あのな平山。」
「・・・・なんでっすか? なんでっすか?・・・・・これ夢っすか?・・・・」
「えーとな・・・また、焼き肉おごってやるよ。」
「意味分かんないっす、生きてたんすか?」
「えへへ、私のプランってば完璧。予定通り2人の魂ゲットしちゃった。上手くいけば、もう少し・・・・」
「おい、なんかブツブツ言ってないで、どう説明すりゃいいんだよ。お前説明してくれよ。」
「おっけーぃ! じゃあ説明するねイガグリくん。私は死神の・・・・・・・」
Fin.
このシーズンのJリーグは、試合中の事故死が相次いだという。