理想の終わり
広い病室の一室に無数のベッドが並んでいる。
ベッドの上には、その主である患者達が私に
不気味な笑顔で、視線を向けている。
その不気味な光景に嫌悪感を抱くと同時に、
患者達の姿に恐怖した。
患者達をよく観察すると到底生きているとは、
思えない状態だったからだ。
下顎の歯と舌を剥き出しにしてそこから上が欠損
している者、そしてある者は腹の臓器が溢れて
いたり、その症状は多種多様であった。
そこには見慣れた姿もあった祖国の軍服と
迫害していた異教徒人種を隔離,強制労働、
生物兵器の実験の為に、建てた強制収容所の服
を着た人物が目に入った。
ここにいる患者達は、死者達なのだと
改めて気付いた。
病室内には人間が死ぬ時に発する独特な臭気
が支配している。
そのあまりにも目を覆いたくなる光景と臭気に
吐き気を覚え胃の内容物を吐き出した。
暫くして死者達に目を向けると先程の恐怖心より
も怒りが湧いてきた。
自分が今置かれている状況を死者達に、見下されて
いるような気がして気に入らなかった。
怒りが頂点に達し私は、腹の底から叫んだ。
「何が可笑しい。!
今の私がそんなにも滑稽か、私は何も間違えて
などいない、兵が死んでいくのも異教徒人種を
迫害し殺させたのも全てこの国の栄光を
取り戻す為だ。!
大いなる目的の為には、犠牲はつきものなのだ。」
そんな私の叫びとは裏腹に、死者達は表情を
変えずに笑っている。
殺意が出てきたと同時に腰に収めてある拳銃を抜いて、銃口を死者達に向けて引金を引いた。
拳銃から発せられた弾丸は、外す弾はあっても
死者達を射抜いていく。
拳銃からカチカチと音がして弾丸を撃ち尽
くし、銃から発せられる煙幕が薄まってきて
死者達の状態が明らかになってくる。
撃たれた死者達は、ベッドの上に倒れ伏しては
居るが、苦しい顔を一切せずに笑っている。
その姿に先程の怒りが恐怖心に戻り私は病室
から逃げ出そうと走り出した。
病室の大きな扉を勢いよく開けると、そこには
見慣れた光景が目に入った。
私が、身を潜めている地下室の自分の部屋だった。
この地下室は敵からの度重なる爆撃から身を守る為に
作られたものだ。
この国の政治の中枢たる議事堂は焼かれ今では、
この地下室が政治の中枢となっている。
狭く質素な個室には似合わない豪華な机の隣に
女性が立っていた。
私はその人物を捉えた瞬間先程の恐怖心が
消え失せ安堵する。
それは紛れも無い、自分がこの世で唯一心
を許せられる人物、私の妻だった。
先の光景はきっと疲れの幻覚なのかと思った。
一年前から死者達の夢は見るが、日を重ねるごとに
酷くなり今では幻覚を観るようになった。
しかし幻覚だとしても広い病室と言うこの地下室には
存在しないものが見えるのは明らかにおかしい。
まさかと思い再び妻を見た。
死者達と同じような不気味な笑顔を浮かべて、
眉間には銃で撃ち抜いた穴が空いていた。
最初から私を慕ってきた者達はいつしか離れ
裏切り殺されそうになった。
しかし妻だけは、私を裏切らず献身的に支えて
くれた。
妻が私を置いて行くわけがないと思っていたが、
この姿を見た瞬間、深い孤独感に苛まれた。
私が両手で頭を抱えうなだれていると声がした。
「閣下」
その声の主は妻だった。
「もうすぐ閣下にも迎えが参ります。」
そう言うと妻は地下室の奥にある扉に目を向けた。
「閣下にも私のように天からの審判が下されます。」
「私が死ぬということなのか。」
妻は私の方を向き直して頷いた。
「あそこで貴方の民衆達が待っておられます。」
「私が民衆達に殺されるのか?」
「その通りでございます。」
私が民衆に殺される?
そんなはずはない、私は依然として民衆から高い支持
を得ている筈だ。
前の演説だって私の言葉を終えた瞬間拍手喝采
が鳴り止まず「総統万歳」と声をあげるものもいた。
もし反乱分子がいても親衛隊が潰しているはずだ。
「民衆も長期化する戦線とその敗北、本土の爆撃
そして徴兵に疲弊しております。
民衆も私達が付いてきた嘘に気付き初めて
きたのです。
閣下の掲げた理想も実現できなければそれは
嘘と同じになります。
貴方に向けた尊敬の眼差しも今では憎しみに
に変わりつつあります。
皮肉な話ですが、この国の敵は外の敵ではなく
貴方なのです。」
今まで私に優しい言葉をかけ続けてきた妻
から発せられる冷酷な言葉に私はこの人物が、
妻に化けた悪魔なのではないかと言う感情が
芽生え始めた。
「お前は私の妻ではないな悪魔め!」
私は銃を腰から抜き銃口をこの悪魔に向けて引金を
引いた。
引金を引いた瞬間悪魔は地面にバタンと音を立てて
倒れ伏した。
悪魔は地面倒れ伏しているが先程の死者と同じ
ように笑顔だった。
その笑顔を見たは私は死者達に抱いていた怒りが
再び込み上げきて悪魔の顔面に跡形も残らぬよう
乱射した。
妻と同じ顔をしていた悪魔の顔面は
原形が分からぬ程グシャグシャで穴だらけになった。
血が床を鮮やかに染めていた。
私は扉の方に目を向けた。
先の言葉が気になって仕方がなかったからだった。
その真意を確かめるべく私は扉の前に向かった。
ドアを開けて外界に繋がる階段を重い足取りで
一段一段と上っていく。
暫く登っていくと再び扉が見えてきた。
この地下室と外界との最後の境界線だった。
扉のドアノブに手をかけるのと同時に鼓動が
高鳴るのを感じた。
扉を開けた瞬間久しぶりに感じる外の光が
私を照らした。
外の世界を見た時、かつての祖国の姿はそこには
なかった。
街は瓦礫と廃墟が支配しており、街灯と思われる
所には首を吊った兵士が吊るされ首元には
「裏切り者には死を!」と言うプラカードが
さげられている。
更には私の親衛隊かと思われる人物が四肢をバラバラにされてそこら辺に腕や足やら頭が散らばっていた。
目を背けたくなるような絶望がそこにはあった。
周辺から悲鳴と銃声が響いていた。
この世の終末のような光景に唖然としていると
私が出てきたの見てなのか民衆達が私の周りに
群がり囲ってきた。
民衆達は斧やら鎌そしてライフルを携えていた。
貧相な服からは親衛隊の兵士達を殺した時に付着
した血が付いていた。
民衆達が私に向ける眼差しは、尊敬、崇拝のもの
ではなく殺意と狂気だった。
私はようやく理解した自分の過ちと間違いに
気付いた。
何処で間違えたのだろうかと自らの人生を振り返る。
しかしそれでも答えは出ないあまりにも遅すぎた。
そう考えていると群衆の中から15歳くらいの子供
が出てきた。
少年は手に持っていたライフル銃の銃口を私に
向けた。
少年は15歳の少年とは思えない程やつれており、
この年には見合わないシワだらけの顔だった。
私は自分の人生の終焉を感じ目を閉じたその瞬間
少年のライフルが火を吹いた。
(続く)




