01 - 学校の怪談
「ねぇ、聞いた? 放課後に残ってる女の子の幽霊の話」
「ええー? なにそれ。うちの学校にそういう話ってあったの?」
放課後の教室で女生徒が二人、噂話をしている。
怪談の類か。
俺はそういったことにあまり関心はなかったはずだが、
なんとなく耳を傾けてしまっていた。
「そうなんだよ、ほんと意外だよね。でも、私が話を聞いた子ってちょっと変わってて、放課後の学校をうろうろするのが好きなんだよね。だから話半分で聞いてもらいたいんだけど…」
「変なの。面白い趣味してるね。ていうか元々幽霊の話だし、気楽に聞くよ。…それで? 女の子が放課後に残ってるって、ただそれだけなの?」
「そう。ぽつんと一人で、うつむいて席に座ってたんだって」
「ふーん。それって、ただ休んでただけとか、あとはイタズラっていうか、そういう遊びをしてるだけなんじゃなくて?」
「それがさ、うちの学校の制服じゃなかったんだって。それと、姿を見ただけで、すぐに消えちゃったらしいよ」
うちの学校の制服ではないということは、別の学校の…いや違うな。
おそらくこの学校にいた、昔の生徒の霊なのだろう。
この校舎自体は新しいが、老朽化した古い校舎を取り壊し、
その上に新校舎として建て替えられたものであるから、
この場所を気に入って住み着いていると考えても、そこまで不思議ではない。
「えー、なんだろ。ちょっと怖いな。何かしてくるとかじゃないんだ」
「そうみたい。一人だけで下校時刻ギリギリの薄暗い教室に行くと、そこにいるんだって」
「一人じゃないとダメなの?」
「んー、分かんないけど、その子が友だちに見せたくて二人で行ったら現れなかったんだってさ」
「へぇー。恥ずかしがりやさんなのかな」
「そうかもね」
「あーでも、やっぱりなんかちょっと怖いかも」
俺はこの話を聞いてみて、
自分もその女の子に会ってみたいと思った。
幽霊は怖くない。むしろその子がどんな理由でここにいるのかが気になっていた。
これは自分の優しさと言うより、身勝手な好奇心によるものだ。
ただ…俺にはなんとなくではあるが、予想がついていた。
「実はさ、この話に続きがあって…」
「え、まだ何かあるの?」
「うちの学校の教室って4組までしかないじゃん。でも『5組にその子がいた』って言うんだよ。その幽霊を見たっていう子が」
「どういうこと? 5組が急に出てくるの?」
「ええとね、その女の子が出るのって3階の教室らしいんだけど、最初は1組に出て、2組、3組って、日ごとに動いていったらしくってさ。で、4組まで同じようにいくんだけど…」
「うんうん」
「次にまたその女の子を探そうとすると、いつの間にか窓のない真っ暗な学校にいて、4組と図書室の間に5組があるのが見えたんだって。廊下が引き延ばされたみたいになってて」
「ええー、こわーい」
閉ざされた空間が突然現れるわけか。
そこは本当にこの世界の空間なのか、それとも霊的な異空間なのか。
ただの幽霊が起こす怪異にしては、なかなか力の強いものだと感じた。
「でも、入ろうとしたところで、気づいたら5組がなくなっちゃってたって」
「えー、どういうこと? 消えちゃうの?」
「そう。で、4組と図書室の間の壁の前でぼーっとしてるのに気づいたんだってさ」
「へぇー。怖いけど、ちょっとよく分かんないね。それで、その後どうなったの?」
「その子怖くなっちゃったみたいで、それ以降は3階の教室は確認してないみたい」
「まぁ、そりゃそっかぁ。私だったらゾッとしちゃうもん。聞いてるだけでも怖いのにさ」
「そうね。私も怖くなってきちゃった。そろそろ帰ろっか?」
「うん。帰ろ帰ろ。そのおばけに見つかっちゃうのも嫌だし」
聞いたことを整理すると、会うのに手順が必要なのかもしれない。
放課後の夕暮れ時、一人でいること、1組から追うことは分かった。
なんだか儀式みたいだ。だが、これだけ聞いてもやはり俺には恐怖はなかった。
しかし、どうやったらその5組に入れるのだろうか。
その条件が分からないと、俺にもその霊に会うことはできないのかもしれない。
いや、とにかくやってみないといけないな。試してから考えよう。
5組まで行くとして、月曜日から毎日順に行けば良いのだろうか。
都合の良いことに今日は月曜だ。
早速今から1組に行きたいところだが、まだ早そうだな。
このまましばらく経ってから、それとなく行ってみればいいか。
…そういえば、校舎の外から教室の中が見えないこともないし、
さっき聞いた条件が合うようなことは、もっとあるはずだよな。
教師も見回りに来るだろうし、なぜそこまで見つかっていないのだろう。
教師だから見えない…というのはなんだか違うような気がする。
もしかしたら、霊感が強くないと見えないのかもしれないな。
その霊を見たという子も、今回初めて霊というものを見たのかもしれない。
そうでなければ、無闇に霊に近づいたりはしないだろうから。
俺は1組からは見えない位置の、3階の階段の壁に寄りかかって待つことにした。
教室や廊下も含め、周りに人がいなくなるまでそこでしばらく時間をつぶした。
人の声がほとんど聞こえない程度に静かになり、
階段から見える廊下の色を見ても、日がかなり暮れてきているようだ。
もうしばらくすれば、教師の見回りも来るだろう。
そろそろ頃合いかと思い、俺は廊下に誰もいないことを確認し、
1組の中をドアの窓から窺ってみた。
――いた。
教室の真ん中あたりにやや長い髪の女の子がいる。
こちらは教室の後ろ側なので、彼女の背中しか見えない。
確かにこの学校の生徒とは違う制服を着ていた。
俺が確認してすぐ、その子がぐるりとこちらを向いた。
しかし、顔もハッキリと見えないうちに、
フッと、橙色の教室に溶け込むように姿を消してしまった。
俺は物怖じせず、女の子が消えた教室に入ってみた。
教室の中をゆっくりと見回すが、彼女の気配は感じられない。
もうどこかへ行ってしまったのかもしれない。
まぁ、これで1日目は良さそうだ。
次からは同じようにこれを繰り返せば良い。
その後、火曜、水曜、木曜と、俺は彼女に会いに行った。
言われた通り、2組、3組、4組といる場所が変わっていく。
正面からだとすぐに気付かれるかと思い、
毎度後ろから近寄ってみていたのだが、
後ろからであろうと、やはり彼女は素早く姿を消してしまう。
ここまでは聞いた話と同じだ。
問題は、最後に5組が現れるという、5回目の日だ。
そして、金曜日の放課後、俺はまた階段の所で時間が経つのを待った。
特に5回目に関しての手順には、明確な指示はなかったが、
どこかの組に行くというより、とにかく彼女を探そうとすれば良いのだろうか。
いつもの彼女が現れる時間になったので、
俺は彼女を探すつもりで廊下を歩き、教室の間を抜けていく。
すると、急に世界が真っ暗になった。
代わりに、カンカンカン…と、小さく音がして、
天井にある白い電灯が暗闇の中、まばらに点いていく。
窓ガラスがあったはずの壁は、ただの真っ白な壁になっており、
廊下の電灯の下は、しっかりと明るさを保っているとはいえ、
教室内や階段、廊下の角には一切明かりが点いておらず、かなり不気味に映った。
俺がすぐそばの教室の札を見ると、そこは1組だった。
後ろは真っ暗で何も見えなかった。
このまままっすぐ進めば、2組、3組と連なっているはずだ。
何の気配もしない冷たい廊下を、俺は音を立てずに歩いていった。
4組の横を通ると、例の5組の札が見えた。
ただ、1組からそうだったが、廊下の明かりがあるにも関わらず、
どの教室の中も真っ暗で何も見えなかった。5組も同様だった。
あの二人でいた女生徒たちの話では、
入ろうとしたところで教室が消えてしまったと言う。
ここでドアが開けられるかどうかが重要だ。
俺は中が何も見えない5組のドアに手をかけた。
ガラガラ、と音を立てて少しずつドアが開く。
ドアは最後まで開いたが、中は吸い込まれそうな暗闇だった。
この空間の中で意味のある行動かは分からなかったが、
この教室の電灯のスイッチを探した。
なんとか手探りで見つけ、パチリと切り替える。
すると、教室が廊下と同じ白い電灯に照らされ、明るくなった。
俺は壁のスイッチの方から、教室の内側へと視線を向けた。
中心にあの子がいた。
今までと同じように、黒く長めの髪をたらし、うつむいている。
俺は教室の中に入ることができたが、この後どうにかされてしまうのだろうか。
もしかして、その女生徒は目の前の彼女に何かをされて、
記憶を失って外に出されてしまったのではないか。
その間の恐ろしい体験によって、
もう彼女を見たくなくなってしまったのではないか。
そのようなことも考えた。
だが、俺は彼女へ一歩一歩近づいていった。
俺が近づいても、今までのように彼女は消えない。
机の目の前まで来ると、俺は片手を彼女の机に置き、もう片方は腰にあて、
彼女を見下ろした姿勢のまましばらく待った。
さあ、俺はここまで来た。君はどう出るか。
彼女はゆっくりと顔を上げた。
俺は彼女と視線を交えた。
これは少し変な言い方になるが、
彼女は怪談の主と言える雰囲気の顔をしてはいなかった。
特段美人というわけでもなく、怪物のような顔でもない、
ごく普通の、といったら失礼になるが、ありふれた感じの顔だった。
ただ、ややキツそうな目をしていた。
俺を見る表情も気だるげだ。なんだか疲れているような気がする。
これも偏見だが、あまり友だちが多そうな子には見えなかった。
数秒間、俺たちはそのまま視線を合わせたままでいた。
…ま、俺の方から声をかけるべきかな。
「や、どうも」
彼女の反応を窺う。
彼女はまた顔を伏せた。
そして一つ、大きく溜息をついた。
「何か用?」
おっと、会話に乗ってくれた。
そのまま元の世界に返されでもするかと思ったが、
どうやらそうでもないようだ。
「君のことが噂になっていて、会いたくなってみたんだ」
「どんな噂?」
表情だけでなく、言葉も気だるげに返される。
「怪談みたいになっていたぞ。放課後に一人だけで夕暮れの教室に行くと、女生徒の幽霊がいて、会うたびに教室を移動しながら、最後にはないはずの5組にいるってな」
「はぁ、そう。まぁその通りだけどさ」
「君、昔ここに建てられていた学校に通っていた生徒さんかい?」
「それも合ってるけど、だからなんだって言うんだい」
「そうか。いや、さっきも言ったけど、一目見てみたくてね」
「はっ、物好きだね」
「前に君を見たっていう女生徒さんも、俺と同じ、物好きだったんじゃないか? 君の制服だって、今のこの学校のものとは違うしな。気になったんだろう」
彼女は伏せた顔をあげると、怪訝な顔をして、
俺の顔と服を睨むようにジロジロと見つめて来た。
「あんたも違う制服着てるじゃないか」
ああ、当然そう返されるよな。
むしろこう返されたくて言ったともいえる。
「そりゃそうだろう。君と同じで、俺も死んでるからな」
「分かってるよ。近くまで来れば、気配でなんとなくは」
「今までずっと気付かなかったのか?」
「…前回来た子が霊感が強い子だったみたいだから、また似たようなのかと思ったんだよ。私はあんたをはっきり見る前に姿を隠してたからさ。それに、あんたを見たのも全部ドアの窓越しだったし、首から上しか見えなかったんだ。だから、この世界に入れるまで確信を持てなかったんだよ」
「霊同士なのに見えなくなるのも不思議だけどな。君は俺と違って、不思議な力を使えるようだ」
「好きで使いたくて使ってるわけじゃないけどね。バケモノみたいだ、こんな力」
手をひらひらとさせながら、彼女は煩わしそうに言った。
「で、そのバケモノさんは、なんのためにその力を使ってたんだ? 別にここまでする必要もなかっただろう」
「…ただ静かにここにいさせて欲しかっただけだよ。ちょっと脅かしただけさ。あの子が何度もしつこかったから、アンタみたいにね」
「ははっ、そりゃ悪かった。一つずつ教室をずらしてたのはなんでだ? 恥ずかしかっただけか?」
「…はぁ、そうだよ。悪かったね、つまらん理由で」
「いいや、俺も恐らく君と同じ理由でここにいるから、その行動をつまらんとは言えんな」
「同じ理由?」
俺は机から手を離し、軽く伸びをした後、全身の力を抜いた。
そして腕を組み、霊的な力をぐっと込めて、「変身」を解いた。
今、俺の姿は男子生徒のものではなくなっていた。
「どうだ、『最新』の俺は」
「うわ、あんた随分じいさんだったんだね。私より年上なんじゃないかい」
「そうかもしれんな」
「じゃ、私も…」
そう言って、彼女も女学生であることをやめた。
ぐにゃりと姿が歪むと、年季の入ったシワがあって、
髪がそこそこ薄くなっている白髪のばあさんが現れた。
「おお、そっちも結構なばあさんだ」
「女性に対してそう言うもんじゃないよ。あんた、その性格のせいでモテなかったろ」
「余計なこと言うなよ。そっちの方こそ、その小言とイカつい目のせいで男が寄ってこなかったんじゃないか?」
「うるさいよ。まったく、何しに来たんだいあんたは。私を馬鹿にしに来たのかい?」
「さっきも言ったけど、君が気になったから来てみただけだ」
「はぁ、気になったから、ねぇ」
「女学生が若くして亡くなったのなら、未練からこの学校に憑りつくのは分かる。だけど、君の話は最近になってからだと、今のここの学生から聞いた。だから、俺と同じだと思ったんだよ」
目の前のばあさんになってしまった女学生は、
俺にしっかりと視線を合わせて話を聞いていた。
だが、納得がいっていないような表情をしている。
「私があんたと同じだって?」
「そうだ。君は死ぬ時、孤独だったんじゃないか? 身寄りもなくて、一人で。それが未練になったが、誰もいない自分の家にいても仕方がない。だから、少しでも縁のあるこの学校に来て、学生気分を味わっていたんだ。違うか?」
「勝手に人の人生を分かった風に語ってんじゃないよ」
「おっと、俺は大体そんな感じだったんだが、違ったか?」
「…いや。…はぁ…まぁそこまで間違っちゃいないよ。…あんたも私と同じでつまんない人生だったんだね」
「そう言うな。ま、俺も未練がある時点で良い人生だったと素直には言えないが」
俺と彼女の間にわずかながら沈黙が流れた。
俺から出した話とはいえ、お互いなんとなく触れづらくなっていた。
「…そういえば、そろそろ元の風景に戻してもらっていいか? 俺をここに閉じ込めても特に良いことはないだろう」
「それもそうだね。はいよ」
彼女がそう言うと、スゥと少しずつ背景が重なって入れ替わるように、
白く冷たい部屋から、橙色の夕日が差し込む教室へと変わっていった。
校庭の見える位置からすると、4組あたりに移動したのだろうか。
「それで、君はどうするんだ。このまま学校に居続けるのか?」
「さぁね。学生に見られないように、学校の音と教室の空気だけを楽しんでいたんだが、どうもそれも上手くいかなかったからね」
「女生徒にも俺にも見つかったからな。でも君は隠れられるんだろ? なら、隠れ続ければいいじゃないか」
「あれはさっきの5組に逃げてただけさ。隠れてたんじゃ、何にも聞こえないし、こっちから見ることもできない」
「ふぅん、そういうものなのか。しかし聞いたぞ、二人で来たときは姿を見せなかったんだってな。どうしてだ?」
「…それは、ただそのもう一人が私を見えなかっただけで…」
「本当は誰かと話をしたかったんだろ。だけど、相手が多いと怖いから一対一にした」
俺にも分かる。たくさんの人に囲まれるのは面倒だ。
そうやって人との交流が煩わしいと思っていたから、
自業自得とはいえ、死ぬだいぶ前から独りになってしまっていた。
それに、彼女の言うように霊的なものを強く感じられる人にしか、
俺たちの存在は認識することができない。
つまり、彼女は特定の一人だけを選ぶように誘導していたと言える。
もしかしたら、その幽霊が見える子の気配をずっと追っていて、
二人でいたと分かった時は、事前に姿を消していたんじゃないか。
そして、いつもはその子が見える程度に霊としての存在感を出していた。
ただ、俺は彼女みたいに強い霊じゃないから、
きっと気配が追いにくくて、彼女からはすぐには見つからなかったのだろう。
俺はその霊が見える子には見つかっていないしな。
俺自身が彼女と違って、誰かに見つけてもらおうとはしていなかったから。
「あんたと一緒にしないでおくれよ」
「わざわざ教室を一つずつ変えて気を引いて、最後に5組なんて閉ざされた空間まで作ってるのにか? でも、君は直前で会うのをやめた。歳の差もあるし、話すのが怖くなったんだろ?」
「ちょっと、ずけずけと、あんたなんなんだい。腹が立つね」
「違ったか?」
「…私は気を引いたつもりはないよ」
「まぁ、なんだっていいさ」
「ここまで好き放題言っておいて、なんだいそれは」
俺は組んでいた両腕を戻し、両手を腰にあてた。
そして、俺がここに来た、本当の目的を話す。
「なぁ、俺が話し相手じゃダメか?」
「え?」
「俺ならそこまで歳の差もないだろうし、同じ孤独を経験した仲だ。少しくらいは話せると思うぞ。男女差はあるかもしれないが」
「…あんたみたいなじいさんと話しても、嬉しかないね」
「そうか。姿が若けりゃいいか?」
俺はまたぐっと力を入れて、男子学生の制服姿に戻る。
学生帽もきちんとつけていた。格好つけで、軽く帽子のつばをつまんでみる。
「そういう問題じゃ…はぁ」
ばあさんも溜息をつくと、女学生の姿に戻った。
彼女は頬杖をつくと、むくれた表情をした。
「そっちの見た目の方が幾分か、話していて良い気分になれるな」
「まったく、これだから男は…」
「君も同じだろう? というより、現実を受け入れなくちゃいけない感じがしてな。自分が死んだ時のことを思い出すんだ、君の年老いた姿を見ていると」
「…そうかい」
「それで、どうだ? 俺は話し相手として」
「最低だね」
「そうか。飽きはしないということか?」
「あんたみたいのと話してると、気が参ってしまうよ」
俺はフッと笑い、軽く姿勢を崩した。
そのまま、にやりとした表情になる。
「そりゃ困った」
「…まぁ、少しくらいなら話し相手になってやってもいいさ」
「本当か?」
「少しだけね。私だって、本当は今を生きてるここの子らに、迷惑をかけちゃいけないのだって分かってるからね」
「随分まともな考え方をする怪談の主さんだな」
「うるさいよ。あんたには言われたくない」
そう言って彼女は、席からゆっくりと立ち上がった。
彼女は夕日の差し込む窓辺に近づいて行って、
部活動が終わり、ほとんど生徒のいなくなった、
静かになった校庭を見下ろすと、しばらくしてから口を開いた。
「…私もいつまでも、この世にしがみついてちゃいけないね」
「もう少しくらい、この世への別れを惜しむ時間があってもいいんじゃないか? 特に俺らみたいのはさ。それに、俺は君と話せないことに未練ができてしまったからな」
「キザったらしいね。死んだ後につまんない未練なんか作ってんじゃないよ」
「もし君が満足したら、俺も一緒にこの世を去ろう。二人で別れを告げるなら…そこまで寂しくないかもしれないぞ」
「…あんたみたいのと最期を共にするのは嫌だね」
「そうか。でも、話はしてくれるんだろ?」
「…ああ」
「じゃ、少しだけでもいいさ。なんだっていい。くだらない話をしよう」
彼女は俺の方を振り向いた。
夕日を背にしていたから、彼女の表情はやや見えづらくはなっていたが、
それでも、あの鋭かった目が、少しだけ柔らかく見えた。
「…一つだけ気がかりがあるんだ。少なくともそれが済むまでは、私はこの世から離れられない」
俺は彼女を見つつ、その言葉に頷いた。
俺にも心あたりがあったからだ。
―――
「ねぇ、聞いた? あの子また幽霊に会ったんだって」
「えっ、この間の話の続き?」
「そうそう。見かけたときはやっぱり逃げようと思ったらしいんだけど、いつもと場所が違ったし、隣に男の子がいたから、ちょっと気になっちゃったんだってさ」
「へぇ、男の子も一緒だったの?」
「学生帽をつけた男の子が窓の桟のあたりに腰かけてて、その人が隣の女の子の肩を叩いたら、女の子がこっちを向いて、おじぎをしてきたんだって」
「ふーん。どういうことだろ? 恋人同士なのかな? その二人」
「さあ? でも、なんとなく雰囲気は良さそうだったみたい。それでおじぎを返したら、相手の女の子が笑顔になって、男の子と一緒に消えちゃったらしいよ」
「また消えちゃったんだ。でも、今までの話聞いてると、笑顔っていうのが怖く感じるんだけど、大丈夫なの?」
「うん。その子曰く、全然嫌な感じがしなかったんだって。男の子も笑顔だったみたいだし。むしろちょっと寂しそうに感じたんだってさ」
「そっか。ならいいけど。その後の話ってあるの?」
「ううん。そのあとも放課後の教室に何度か行ったらしいんだけど、もう見つけられなかったんだって。成仏しちゃったのかな」
「はぁ、なんだったんだろうね? もしかして驚かせたかっただけで、それで未練がなくなったのかな?」
「うん。そうかも。ただ構って欲しかっただけなのかな。でも、おじぎをしてきたって言うのが気になるなぁ。男の子がいたっていうのも…」
「『驚かせちゃってごめんなさい』とか? 男の子は…なんだろう?」
「うーん、考えても分からないよねぇ。でも、二人とも笑顔だったって言うから、驚かされちゃった子には申し訳ないけど、幸せだといいね」
「そうだね。…ていうか、私らも相手みつけないとね。おばけでも恋人? …がいるんだからさ」
「言えてる。恋人作れなくておばけになっちゃうかも」
「ふふっ、それだけは勘弁。おばけにならないように頑張らなきゃ」
「お互い、早くいい人見つけられるといいね」
「うん。だね~」




