第五話 漂流
西暦2612年8月。巨大移民宇宙船コンステレーション号はカロンから発進した。事前の綿密な計画により巨大船であるにもかかわらず、コンステレーション号は悠々と太陽系を脱出した。この時点でもプルートゥは未だ人類に対して何のアクションも取っていなかった。プルートゥが人類と接触を持つのは地球が破壊される直前の話になる。
順調に航海を続けるコンステレーションであったが、最悪のシナリオが待ちかまえていた。故障のため艦隊から遅れ、追いつくために航路を外れて航海していたゲルン艦に発見されてしまったのである。巨船であるが故に動きが緩慢なコンステレーションではいかんともしがたい状況であった。コンステレーションは後ろ半分を吹き飛ばされて、事実上鉄屑と化してしまった。ダンバー探検隊以来の20年の努力と多くの人々の苦労はここに費えたのである。不幸中の幸いであろうか、吹き飛ばされた区画にはメインコンピュータもあり、アシーナの情報も一緒に吹き飛んでしまった。臨検に望んだゲルン軍人達もアシーナの存在を知ることはできなかったのである。しかし運命の女神は残酷であった。攻撃から生き残った30万人の地球人の内、ゲルンにとって利用価値のあるもの以外、約2万人は手近の地球型惑星に降ろされる事になったのである。後に救助に来るという話であったが、そんな物が来ないことは誰の目にも明らかであった。アシーナ以外で手近の地球型惑星と言えば一つしかない。地球人達はラグナロクに降ろされたのである。
ゲルンは後にデュレストに事が発覚した場合の事を考えて、最低限の人道的措置はとっていった。食料、衣料、武器を残していくこと、地球人の医者を残していくこと、子供と母親を引き離さない、傭兵上がりの男達を残していくこと、などである。
しかし食料は2万人で分け合えば、1ヶ月ほどしか持たない。生き残っていたジョン・プレンティスは地球人同士の食料争奪による殺し合いをさけるために、傭兵を中心に管理組織を作り上げた。厳格な組織であり、食料の私物化は極刑に相当する。もちろんプレンティスは傭兵だけの力による組織を永続させるつもりではなかった。2万人もの人をこの状況下でコントロールするには、まず力を示す必要があったのである。管理組織には傭兵以外にも何人かの専門家が参加していた。コンステレーション号の副長のヴィンセント・レーク、医者のジョン・バーバー、土木建築の専門家バリー・クレイグ、そして自称探検家と名乗るピーター・シュローダーである。
ラグナロクに降ろされた最初の夜、遮る物のない平原に寄り添うように集まった地球人達は1.5Gの重力に苦しめられながら、眠れずにいた。ゲルンが残していった物資を積み上げて仮設テントを作ったが、子供と老人を入れるだけで精一杯であった。テント入りを断り銃を持って見張り番をしていたプレンティスの目の前で最初の悲劇は起こった。ラグナロクに生息する獣で発見されている中でもっとも恐ろしいと思われるオオカミドラの襲撃である。虎の体格にオオカミのような毛と尻尾を持ったこの生き物は集団で効率よく無防備な人間を襲い、殺戮していった。余りの手際の良さと早さで、人間の応戦は銃の弾を浪費するだけに終わった。
悪夢の一晩が明け、被害者の総数は2千人を超えることが分かった。重力の影響で発作を起こしたものも数十人いた。また原因不明の高熱におそわれている者も100人以上いた。プレンティスの娘アイリーンも子供をかばってオオカミドラに引き裂かれていた。孫のジミー・フンボルトは母親の死を目の当たりにしたのである。
こうして人類はラグナロクで漂流生活を送ることとなった。それは生活と言うにはあまりに酷なサバイバルであった。高熱を発して体力のある若者でも数日で死に至る病「地獄熱」、オオカミドラに代表される多種多様な猛獣たち、1.5Gの重力、乏しい植物層や資源。そうラグナロクには極端に地下資源が少ないという特徴があった。かつてのダンバー探検隊の専門家は「まるでかつて他の文明が根こそぎ資源をさらっていった後のようだ」といったものである。
そしてプレンティスも死んだ。一角獣と呼ばれる、犀と馬の合いの子のような生き物の大移動のルート上に人間のベースキャンプが有ったため、一つ間違うと全滅の可能性があった。プレンティスは数万頭の一角獣の群れをキャンプに案内する危険を犯してまで逃げ帰ろうとする、パニックに陥った若者を撃ち殺し、自らは一角獣の蹄にかかって死んだ。ダブル・ジョンの片割れ、ダンバーはコーディ・アルパ・シグナルトと共に反乱計画を立案していた頃だった。
余談であるがゲルンの5王の嫡男には、それを示す決まったミドルネームが付く。ヴァルバラの場合エルパ、シグナルトはアルパ、ウルフベルグはナルパ、アークレインはディルパ、そしてツァーレンはイルパである。
地球人はこの後1400年に渡ってラグナロクに島流しになる。もはや地球人とは呼べないほど別の存在に変わってしまった彼らは、後に地球人勢力と合流を果たした後も「ラグナロク人」と呼ばれ差別される期間があった。
コンステレーション事件はゲルンによって闇に葬り去られ、誰もラグナロクに流された地球人の事など知るよしもなかった。これよりハワイの惨劇までの800年ほどは、大きな事件は起こらない。だが些細ではあるが重要な事件はいくつも起こっていた。
デュレスト加盟国の内超大国であるヴェーレフとゲルンを除く3国、ライプニッツ、ラ・ベルデ、トゥーエーレでは民主化運動が活発になってきていた。かつてのヴェーレフの監察官ロックウッド・パルパネラがトゥーエーレで啓蒙したこの運動は面々と引き継がれ、スタージスという思想家により核恒星系の人々のメンタリティや遺伝的特質に合わせた形に昇華され、広く受け入れられるようになってきたのである。この運動はこれより200年後に民主国家スタージスを核恒星系に誕生させるに至る。
地球がゲルンの侵攻を受けた当初、”シ”は政府と呼べる機関を持ち、その政策をもって地球にエージェントを送り込んでいた。だが元々人口が少ないシでしかも実力者を地球に送り込みすぎたため、その脆い組織は瓦解し、この当時ではもはやシが存在するのかさえ不明になりシ人の暗躍も見られなくなっていた。ただ一種の改良品種である核恒星系人は地球人より遙かに高い確率で遺伝的形質が親から子へ受け継がれる確率が高い。子は両親を足して2で割ったような遺伝が多いのである。核恒星系人は進化しない種族なのである。だが、核恒星系に散らばったシ人達の遺伝子は確実に子孫に受け継がれ、時に組み合わせの妙により特殊な能力が顕現する場合もあった。




