第二話 ゲルン侵攻
緊張の糸が切れたのは地球時間で2002年の事である。ゲルン軍ウルフベルグ艦隊が突如として冥王星の監視艦隊を殲滅し(自国の部隊まで巻き添えにする非情さであった)地球に侵攻したのである。ゲルン軍ウルフベルグ王が直接指揮を執っている艦隊であり、総艦艇数は100万隻を越える大部隊であった。月基地はなすすべもなく降伏し、こと此処にいたって地球人は初めて自分たちの置かれている立場に気づく事になる。空を埋め尽くさんばかりの漆黒のゲルン艦艇の群れはどのような情報や表現よりも、雄弁に事態を物語っていた。
二週間におよぶ他国の監察官による激烈な地上戦の後、ゲルンにより地球は占領された。むろんデュレストは正式に抗議し核恒星系の国際世論はゲルン非難に集中したが、ゲルンの悪評の海に一滴の滴が注がれただけの事であった。一つには監察官たちの調査結果が「地球に価値無し」の結果を示していた事もある。もはや前銀河種の遺跡は遺跡でしかなく、そこに他国を圧倒するようは秘密はなにも残っていなかった。
実のところ彼らは大きな見過ごしをしていたのである。実は前銀河種の大いなる遺産は冥王星にあった。
冥王星の中核には前銀河種が遺した無機生命体「プルートゥ」があり、その人型端末として「レーヌ」が地球に潜入していたのである。プルートゥの存在意義はただ一つ「地球人類を核恒星系文明に滅ぼさせないこと」である。自然発生種である地球人を利用して自分たちのエゴを実現してしまった前銀河種の良識派が遺していったセーフガード装置といえる。
では、なぜプルートゥはゲルンの地球侵攻を見過ごしたのか?遡れば、なぜ800年前に最初の船が太陽系に入ってきたときに撃滅しなかったのか?実は前銀河種にとっても誤算だったのだが、10万年の長きにわたって地球人を監視し続けていたプルートゥにはある感情がわき起こっていたのである。曰く「地球人は守るに値する存在なのか?」である。地球人の概念で言うと光結晶コンピュータとでも言えるプルートゥであるが、その戦闘能力は十分にウルフベルグ艦隊と渡り合えるものであった。レーヌも外見は白人女性だが、その能力は小型版プルートゥと言え、1万隻クラスの艦隊に匹敵するものだった。しかし、この疑問が払拭できなかったことと、たとえ地球が占領されても地球人が滅ぶ訳ではないので、プルートゥは静観した。ただ一つ、レーヌに命じて”シ”の潜入者のリーダーであり、意外なことに最後まで命を削ってゲルンと戦い抜いたソーニャ・マルコキエフを密かに助け出した事を除いては。地上戦で手の付けられない強さを見せつけたソーニャ(彼女とまともに戦って勝てるのはヴェーレフの武官セレナだけであろう)を罠に誘い出し、太平洋上で衛星軌道上からの艦砲射撃で狙い打ちしたのである。それでもソーニャは生きていたが、瀕死の状態であった。
ゲルンは冥王星軌道艦隊と月基地の損害を各国に対して賠償し、人質を無事生還させることで、公式にではないが地球を手中に収めた。ウルフベルグ軍の年間軍事費の10%を越える支出に見合う成果をこれから得る必要があったのは言うまでもない。だが遺跡に価値は無く、ゲルンにしてみれば未開人のような60億人の地球人にその成果を求めるのには無理があった。地球侵攻を強硬に推し進めたウルフベルグ王であったが、嫡男で地球占領軍司令に任命したフォウ・ナルパが地球人の策謀により反乱を起こした事で完全に失脚した。それまでゲルン帝国の5つ柱の王の中で中堅の位置にいた(それゆえ地球侵攻で地位の向上を図った)のだが、万年最下位のツァーレン以下にまで評価が下がったのである。
ゲルンの地球占領とその後の反乱や混乱により12億人の地球人が犠牲となり、さらに数億人がゲルン本国に研究材料および奴隷として核恒星系に連れ去られた。これ以後、地球人は核恒星系で主に奴隷か傭兵として生きていく。
地球にいた監察官は、ゲルンに捕らえられ後に人質解放により無事本国に帰ったものがほとんどだったが、侵攻時に抵抗して殉職したものや、ソーニャの様に他者に助けられその後も地球に潜伏し続けたものもいた。武官だけでなく、調査官や外交官もおり、フォウ・ナルパの反乱の演出に一役かったものもいたのである。最強の監察官と言われた武官セレナ・ヴィレスは侵攻当時地球に不在だった。これはゲルンがわざわざその時期を狙ったという説もある。当時のヴェーレフ皇帝のお気に入りであったセレナはやっかいであろうと判断したというわけだ。もしセレナが地球にいたら当然抵抗勢力になったであろうし、柔軟な戦略眼を持つ彼女であるから、敵であるソーニャと共闘したかもしれない。そうなれば銀河最強のペアの前に地上の制圧は遅れ、下手すればデュレストの援軍が到着するまでに、地球人にゲルンへの服従声明を出させるという当初の計画に狂いが生じたかもしれないのである。
当のセレナは皇帝の在位50周年を祝うため、同僚のロックウッドに後事を任せて一時的に核恒星系に戻っていた。幾ら航路が確定し高速艦艇を使用できても30日はかかる。セレナが太陽系にたどり着いたときには、デュレスト艦隊とゲルンの間で人質の引き渡し手続きが進んでいる時であり、単身潜入などの行為は人質の引き渡しに支障を来す可能性がありできなかった。ここでロックウッドに再会したセレナであったが、無条件投降した彼を責められるものでもなかった。その後ロックウッドは故郷にもどり、そこで民主主義活動を始めることになる。民主主義は核恒星系では「効率の悪い政治形態」として認識されていたが、ロックウッドは地球で学び、その理念に共感していたのである。彼の活動は数百年後に実を結び、核恒星系初の民主主義国家スタージスが誕生することになる。
一方セレナは核恒星系に戻り、皇帝へ陳情したがさすがに一監察官の意見だけでは情勢を覆すことはできなかった。そこで彼女がとった行動は意外なものであった。ヴェーレフの名門貴族で資産家のクレア家に嫁いだのである。以前からクレア家次期党首である人物から求婚されていたが固持し続けていた。それを受けたのである。一見すべてを捨てて保身に走ったように見えるが、実はクレア家の財産と私設武装艦隊の掌握が目的であった。そして彼女は死に至るまで地球人の解放への戦いに支援を続け、最終的はマーベリック・ヲーンという地球人に彼女が築きあげた核恒星系に拉致されてきた地球人の救済組織をゆだねるのである。この組織は長きに渡って活動し、多くの地球人を救いその未来を開いた。




