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心臓あつめ  作者: 卯月 絢華


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Phase 03

 ――スマホがうるさい。


 午前6時ちょうどに鳴るアラームで、私はその意識を覚醒させた。


 そういえば、葛原恵介は「彩香ちゃんに会いたい」なんてメッセージをスマホに送ってたっけ。でも、まだ返事は来ていない。


 一応、件の猟奇殺人事件に関する殺人事件の続報も調べていたけど、特にこれと言った情報は入って来ていなかった。それどころか――憶測による情報の方が目立ち始めてきた。これはマズい。


 今の世の中、「本来あるべき情報」よりも「憶測による情報」の方が早く拡散されてしまう。それはSNSの発達による弊害とも言えるだろう。


 憶測でしか物事を語れない人間が、デマを産み出し、そして――いわれもない人物の人生を崩壊させる。


 似たような事例として、私は――正直言って、学生時代は陰口を叩かれていた。


 自分がこういう物静かな性格で、常に他人との接触を避ける傾向にあるから、西野沙織に言われるまで、私が「学校裏サイトで陰口を叩かれている」なんて気付くことができなかったのだ。


 言われてみれば、ある時期を起点として――私は、妙にいじめられるようになった。


 万引きという濡れ衣を着させられたり、校則違反なんてしたことないのに「あいつは校則違反を犯している」なんて言われたり……後に気付いたけど、それって私が「他の人よりもズレていた」から、そういう「いじめても良い」という免罪符にされていたのだろう。


 無論、学級会の結果――私をいじめていた首謀者は1週間の謹慎(きんしん)処分及び1ヶ月間の部活停止処分を受けることになった。


 当然だけど、いじめの首謀者の名前なんて覚えていないし、今更思い出す必要もない。ただ、それだけの話である。


 そんなことはともかく、憶測の話によると――犯人は「宇宙人が人体実験のために心臓を抜き取っているのでは」ということだった。いくらなんでもくだらないし、オカルトでもそんな話はあり得ないだろう。


 他に憶測で語られている話といえば、「犯人は切り裂きジャックの模倣犯」とか、「金崎家は陰陽道の外法(げほう)を操る家系」とか、そんな感じだっただろうか。特に金崎家に関する誹謗中傷が後を絶たないイメージだった。


 私ですら本当のことは知らないし、事件を捜査している葛原恵介がそこまで詳しい情報を知っているかというと――微妙である。


 仕方がないので、私はそういう情報を遮断して小説の原稿を書き始めた。いい加減、新しい小説の原稿を書かないと――講談社の担当者から「やる気があるのか」と言われてしまう。


 *


 原稿を書き始めて2時間が経過した。スマホを見ると、時刻は午前8時になろうとしていた。


 よく見ると、葛原恵介からのメッセージが来ている。――会う場所、決まったのか。


 私は、彼からのメッセージを読んだ。


 ――彩香ちゃん、おはよう。


 ――昨日の件だけど、会う場所を決めた。


 ――最初は三宮って考えていたけど、県警本部から近いとマズいなと思って……芦屋にした。


 ――一応、悪い話ではないと思う。


 ――正午頃、JR芦屋駅前のスタバで待っているから。


 JRの芦屋駅か。悪くない。私は彼のスマホに返信した。


 ――私、こう見えて芦屋に住んでるから、ちょうど良いわね。


 ――芦屋駅前のスタバって、あそこね。


 ――分かった。私も正午頃にそちらに向かわせてもらうから。


 これでよし。後は――正午になるのを待とう。


 *


 それから、私は午前11時40分頃まで小説の原稿を書いていた。どうせアパートからJRの芦屋駅までは近いし、10分前に目的地に着いたら良いだろう。


 そして、11時50分頃にJR芦屋駅へと向かい、スタバで適当な席に座った。


 スマホさえあればなんとかなるだろうと思ったけど、念の為にダイナブックも持ってきた。小説の原稿、書きかけだったし。


 小説の原稿を書きながら正午になるのを待っていたら、スーツを着た男性が私の目の前に現れた。


「やあ、彩香ちゃん。――僕だよ」


 当たり前だけど、スーツを着た男性は葛原恵介だった。


 彼は話す。


「本来なら『兵庫県警捜査一課の刑事、葛原恵介だ』と自己紹介すべきだけど、彩香ちゃんのことはよく知っているし、今更説明するまでもないだろう」


 私は、気だるそうにしながら彼の話を聞いていた。


「そうね。わざわざ恵介くんが芦屋に来るってことは――私のこと、見透かしていたんでしょ?」


 やはり、葛原恵介は私のことを見透かしていたらしい。


「アハハ、バレちゃったか。西野沙織から聞いた話で、彩香ちゃんが『芦屋に住んでいる』ということを教えてもらったからね。――もちろん、彩香ちゃんが住んでいるところまでは知らないけど」


「そんなこと、知る必要ないでしょ」


「それはそうだな。――コホン。それで、『彩香ちゃんと話がしたい』と思った理由は……『例の事件について進展があったから』だ」


「やっぱり、そうだったのね。それ、詳しく教えてよ」


「分かっている。――少し長い話だから、真面目に聞いてくれ」


「それぐらい、分かってるわよ」


 それから、葛原恵介は私に事件の進展を話した。


「監察医が遺体の司法解剖(しほうかいぼう)を行った結果、本来心臓があるべき場所に――リンゴのような赤い物体が埋められていた。遺体に縫合の跡があることからも、事件の被疑者は解剖学に精通している人間だと考えられている。ちなみに、金崎医院は内科だから、金崎家の中に犯人がいるという可能性は低い」


 一通り話し終わったところで、私は話す。


「遺体の中に――リンゴ? リンゴって、確か――旧約聖書における『禁断の果実』よね?」


「そうだな。恐らくだが、犯人は――旧約聖書に見立てて犯行を企てたんじゃないかというのが捜査一課での見解だ。一応、参考までに」


 リンゴといえば、旧約聖書だと諸説あるにせよ「禁断の果実」としてそれをかじってしまったアダムとイヴをエデンの園から追放したし、何と言っても、『白雪姫』ではお姫様が魔女の毒入りリンゴを食べて命を落としている。――もっとも、お姫様は王子様のキスでその命を蘇らせているのだけれど。


 そういう事情もあって、リンゴというのは――「生と死のメタファー」として物語でも描かれることが多い。


 これは私の見解だけど、スイスの伝承で語られている『ウィリアム・テルの伝説』においてウィリアム・テルが頭のリンゴを射抜いたのだって、「自分が命知らず」ということを世に知らしめたかったからだと思っている。――というか、ターゲットこそ違うけど『平家物語』における那須与一(なすのよいち)の弓矢とコンセプトが被ってる。


 ――コホン。とにかく、遺体の胸部からリンゴのようなモノが見つかったということは、まだ世間に知られていないはずだ。


 だからこそ、真っ先に私に情報を伝えたのか。でも、それっていわゆる「リーク」だと思う。恵介くん、コンプライアンス違反で減俸処分(げんぽうしょぶん)にならないよね?


 私は話す。


「でも、どうしてリンゴなのかしら? 果物(くだもの)なら他にもあるはずだけど」


「そうなんだよ。僕もそこが気になるんだ。――流石に、捜査一課もまだリンゴの謎までは解明できていないからね」


「そっか。――でも、恵介くんが色々と話してくれて助かったかもしれない」


「助かったって――もしかして、真面目に事件のことを追っていたのか?」


「当然よ。沙織ちゃんからも『解決してくれ』って頼まれてるし」


「西野沙織か……」


 私が西野沙織の名前を出すと、葛原恵介は――リンゴのように顔を赤らめた。


「恵介くん、どうしたの? 急に顔を赤くして……」


「な、なんでもない。――忘れてくれ」


「ちぇっ」


 もしかして、西野沙織は葛原恵介に恋をしていたのか? いや、いくらなんでもそれは考えすぎか。仮に恋をしていたとしても、若さ故の過ちである。


 若干気まずい雰囲気になってしまったので、私は話題を変えた。


「ところで、金崎友美が殺害された日って――ビクトリア神戸の試合日じゃなかったよね?」


「ああ、そうだな。心臓が抜かれた5人は、ビクトリア神戸の試合が御崎公園球技場で行われた日に殺害されて、翌日に遺体として見つかっている。しかし、金崎友美が殺害された日は――10月4日だ。ビクトリア神戸の試合は10月6日に開催されていて、なおかつ京都バイオレットバードとのアウェイゲームだったからな。ちなみに、試合結果は3対2でビクトリア神戸が逆転勝ちしている。この時点でビクトリア神戸は首位であるサンブレイズ広島と勝点1差でベッタリ引っ付いていて、優勝争いはこの2クラブに絞られたと言っても過言じゃない状態だ」


「ビクトリア神戸の情報はさておいて――10月4日に金崎友美が殺害された理由って、私が彼女に接触したからということも考えられるかもしれない」


「彩香ちゃんと接触したから、金崎友美が殺害された? いくらなんでも、それは考えすぎだろう」


「でも、私は沙織ちゃんからの紹介で金崎友美を紹介してもらって、彼女に会った。彼女は『愛犬が殺されたこと』から『妹が何者かに犯されたこと』まで洗いざらい説明したから――その過程で、犯人に見透かされてしまった可能性がある。だから、金崎友美は間接的に私が殺してしまったようなものよ」


 私はそう言ったけど、葛原恵介は――否定した。


「そんなことはないと思う。彩香ちゃん、被害妄想はやめた方が良い。昔からの悪い癖だぞ」


 被害妄想か。――恵介くんがそう言うなら、そうなんだろうな。


「そうね。――私、どうしてもいろんな物事をネガティブに捉えがちだから……」


「いや、ネガティブな思考に誘導した僕も悪いんだ。――とにかく、一連の事件で心臓の代わりにリンゴが埋め込まれていた件は覚えておいた方が良い」


「分かったわ。――犯人、見つかると良いわね」


「そうだな。正直言って、僕も疲弊しているんだ。僕、捜査一課の中でもいわゆる『中堅』と言われるポジションに就こうとしているし、いつまでも若手じゃない。僕たちは、もう若くないんだ」


 そこは、恵介くんの言う通りかもしれない。32歳というと、人生が充実している人間はそれなりに充実しているんだろうけど、私のように人生が充実していないと――「何のために生きているのか」が分からなくなる。ただ、老いていくだけの人生を生きていくしかないのだ。


 *


 色々と長話をしたところで、私は葛原恵介を見送った。――これ以上話をしていると、恵介くんも警部から叱られてしまうだろう。


「それじゃあ、また何か分かったら連絡して」


「もちろんだ。――すぐにスマホにメッセージを送るから」


 アパートに戻ってから、私がやるべきこと――それは、『新世紀エヴァンゲリオン』というアニメのテレビシリーズ(NHKで放送された修正版)を一気に見ることだった。それで何かが分かるかと思えば、多分……そんなに分からないと思う。でも、恵介くんが言っていた「遺体には心臓の代わりにリンゴが埋め込まれていた」という言葉に対して、どうしても引っかかりを覚えたのだ。


 第壱話で「使徒」と呼ばれる地球外生命体が日本に襲来して、「エヴァンゲリオン」という汎用人型(はんようひとがた)決戦兵器に乗った男の子が使徒を倒すために出撃する。その時に、使徒にやられたエヴァンゲリオン初号機は――操縦者である男の子の意思に反して暴走。その時に、初号機は、使徒の胸部に付いている「赤い珠」をナイフで滅多刺しにしていた。


 後に、第拾九話で使徒の攻撃を受けて活動を停止したエヴァンゲリオン初号機は――突如暴走。そして、あろうことか初号機は使徒を捕食した。捕食した使徒の胸部には、やはり「赤い珠」が取り付けられていて、それを取り込んだエヴァンゲリオン初号機は永久機関を獲得。要するに――電力がなくても動けるようになったらしい。


 しかし、テレビシリーズでは予算不足とスケジュールの都合でその後の話が投げっぱなしになってしまい、実質的な最終回となった前後編の劇場版も消化不良だった。そのことに対して不満を覚えた当時の監督が、劇場版の完結から約10年経った後に4部作に渡る「新劇場版」と称して映画館で上映したが、第2部で暴走したエヴァンゲリオンは――捕食ではなく、赤い珠に取り込まれた少女を救い出すというストーリーに改変されてしまった。これはこれで良かったが、あの捕食シーンが印象に残っている私からすれば、正直言って消化不良だった。


 ちなみに、後に考察サイトで知った話だが、「赤い珠に取り込まれた少女を救い出す」という描写は、帝王切開(ていおうせっかい)によって赤ちゃんが産まれることを示したメタファーとのことである。


 赤い珠。――そういえば、リンゴもそういうふうにデフォルメできるな。まさかとは思うけど、「心臓のない遺体」って……『エヴァに登場する使徒』を見立てたモノだろうか? いや、いくらなんでもそんなくだらない見立ては考えすぎだろうか。一旦、この考えは捨てよう。


 とはいえ、旧約聖書でもリンゴという存在は「禁断の果実」として禁忌されていたぐらいだから、多分、犯人はそういうことを見越して一連の事件を企てたのだろう。今のフェーズだと、そう考えざるを得ない。


 ふと、冷蔵庫を覗く。この歳になって、料理をすることすら億劫になっている状態なので、まともな食材なんて入っている訳がない。


 目立つモノといえば、牛乳に、お茶に、ビール――そして、オレンジジュースか。見事に飲み物ばかりである。


 そんな中で、賞味期限がギリギリのソーセージを冷蔵庫から取り出して、なんとなくフライパンで炒めた。


 特に理由があってソーセージを炒めた訳じゃなくて、ただ単にお腹が空いていたのだ。――そういえば、スタバで何かを食べようと思ってコーヒーしか飲んでいなかった。


 簡単な昼食を作って、私はトーストと一緒にそれを頬張った。――シンプルな見た目の割に、中々の味である。思わず親指を立てた。


 それから、私は改めて『新世紀エヴァンゲリオン』を見る。アニメなんて、今どきサブスクでいつでも見られるけど、ふとした瞬間にサブスクから消えてしまうのもサブスクのデメリットである。だから、私は数年前にNHKで放送されていた修正版を録画して、ブルーレイディスクにダビングした。


 そして、よりによって――次の再生キューに残っていたのは、件のエピソードだった。『第拾九話 男の(たたか)い』と表示されている録画データこそが、「エヴァンゲリオン初号機が使徒を捕食して永久機関を取り込んだエピソード」である。


 私は録画データを再生する。確かに、このエピソードに登場する使徒は――今まで登場した使徒よりも遥かに強くて、零号機や弐号機と呼ばれるエヴァンゲリオンでも太刀打ちできなかった。そんな中で、初号機も出撃した。しかし、圧倒的な力を持つ使徒の前だとなすすべもなかった。


 使徒の攻撃とバッテリー切れで動けなくなった初号機は、完全に沈黙。操縦者もがんばって動かそうとするけど、当然動かない。このまま、人類は負けてしまうのだろうか? そう思っていた時に、初号機は――電力もないのに突如動き始めた。そして、使徒を捕食した。


 使徒の中にある赤い珠を取り入れたことによって、初号機は永久機関を手に入れて最強の存在となった。――というところで「つづく」のテロップが表示されていた。


 その後の話は、正直――つまらないモノだった。予算とスケジュールの不足によって、まともなモノが作れなくなってしまったからである。


 もしも、あの時予算とスケジュールが潤沢(じゅんたく)にあって、もう少し良い作品が作れたらこのアニメはどうなっていたのだろうか? 今更そんなことを考えたって、どうにもならないことは分かっている。でも、やっぱり――当時の監督は、このことについて未練を持っていたはずだ。


 *


 それから、結局最終話である『世界の中心でアイを叫んだけもの』まで見てしまった。やっぱり、『男の戰い』までがピークであって、それ以降は目も当てられないデキだったのは言うまでもない。


 このまま劇場版も見ようかと思ったけど、そんなことをしていたらまともに事件の推理もできない。そう思った私は、テレビとブルーレイの電源を消した。


 それから、なんとなく――西野沙織のスマホにメッセージを送信した。


 ――この話、沙織ちゃんにも共有しておいた方が良いかなって思ってメッセージを送るわ。


 ――今日の昼、恵介くんに会って……「例の事件について進展があった」って言ってた。


 ――恵介くんの話によると、司法解剖の結果「心臓のない遺体」はいずれも心臓の代わりにリンゴが埋め込まれてたって話なの。


 ――それで、私はなんとなく『新世紀エヴァンゲリオン』のことを思い出して、さっきまでNHK版の録画データを見てたって訳。


 ――エヴァを見てて思ったんだけど、この事件って……もしかしたら「使徒」に対する見立てなんじゃないかって考えたの。


 ――私のこういう考えについて、沙織ちゃんはどう思う?


 ――ああ、返事は急がないから。


 とりあえず、これで良いだろう。仕事中と見えてか、既読はすぐに付かなかった。――神戸学院大学の薬学部を卒業しているぐらいだから、どこか良い製薬会社で働いているのか。正直、羨ましい。


 そういう私だって、子供の頃からの夢だった小説家になって――こうしてコンスタントに作品を出している。


 デビューのきっかけが講談社の「京極夏彦と森博嗣のせいで変人作家ばかりが集っているすごい新人賞」だったから、当然講談社から発刊することが多いのだけれど、自分が「売れない小説家」であることに対してコンプレックスを抱えていることは事実である。――ダイナブックに、メールが来ている。


 メールの送り主は……あっ。


 私は、「講談社文芸第三出版部 大渡都美子(おおわたりとみこ)」という差出人のメールを読んでいく。


 ――廣田先生、先日送られてきた原稿のゲラは読ませてもらいました。


 ――相変わらず、京極先生並みに分厚いゲラを送ってくるんですね。まあ、今のウチだと、こういう原稿って弊社だとノベルスじゃなくて単行本での発刊になりますが……。


 ――一応、書籍として発刊する場合、「講談社タイガで上下巻」という形態を検討しておりますので、ご確認の方をよろしくお願いいたします。


 ――それでは、失礼します。


 メールはそこで終わっていた。――なんか、色々と申し訳ないな。


 *


 大渡都美子。彼女は――講談社における私の担当者である。


 彼女は気さくな性格で、仕事の相談からプライベートな恋愛相談まで色々と話を聞いてくれる。


 当然だけど、仕事の相談はダイナブック宛に送られてくるが、プライベートな相談はスマホ宛に送られてくる。さっきのメールはダイナブック宛に送られてきたから、それが「仕事の話である」ということは明確だった。


 仕事の話のことはともかく、「どうせこんな話なんて聞いてくれないだろう」と思いつつ、私は大渡都美子のスマホにあるメッセージを送信した。


 ――都美子さん、メールの方は拝見させてもらいましたが……今からの話は、スマホ宛に送った方が良いと思ってこちらに送らせてもらいます。


 ――実は、最近神戸で「心臓が抜かれてリンゴが埋め込まれている遺体」が相次いで見つかるという猟奇殺人事件が発生しているんです。


 ――それで、どういう訳か私はその友人から事件の解決を依頼されてしまったんです。


 ――もしも、都美子さんが探偵なら、この事件はどういうトリックで発生させて、どうやって解決させるんでしょうか?


 ――仮に私が事件の犯人なら、何らかのカタチで相手に麻酔を投与して、その上で心臓を抜き取り、リンゴを埋め込んで、抜き取った部分を縫合させますが……。


 ――なんか、生々しい話になってしまってすみません。どうせ、こんな話って……くだらないですよね。聞き流して下さい。


 とりあえず、メッセージはそこで終えることにした。――既読は付いている。


 待つこと数分後、私のメッセージに対する返信が送られてきた。


 ――廣田先生、その事件……私も知っています。多分、「神戸で起きた事件」ということで先生が事件を追っているだろうということは考えていました。


 ――例えばの話ですけど、私がこういう事件を起こすなら……やっぱり、先生と同じようなトリックで心臓を抜き取って、その上でリンゴを埋め込みますね。


 ――でも、「どうやって相手に麻酔を投与するか」なんですよね。普通に麻酔を投与しただけじゃ、気付かれてしまいますからね。


 ――私も、東京……というか、自宅がある川崎からリモートで事件の解決に貢献したいと思っていますので、どんどん私に意見をぶつけてみてください。


 ――それでは、失礼します。


 大渡都美子からのメッセージはそこで終わっていた。――なんだ、知っていたのか。


 ヤレヤレと思いつつ、私は西野沙織、葛原恵介、そして……大渡都美子の証言というか、意見を噛み砕いていく。ついでに金崎家で発生している怪事件についても噛み砕いていくけど……恐らく、「モルヒネが薬品庫から消えた」事件と「犬殺し」事件は同一犯による犯行だろう。そこに「心臓のない遺体」を加えていくことで、事件の真相はボンヤリと見えてくる。ちなみに私は乱視の近視だから、眼鏡がないと視界がボンヤリとしてしまう。


 しかし、分からないことといえば――「金崎瑠璃を犯した犯人」である。この事件は、3つの事件とは別件で考えるべきだろう。


 となると、実際に彼女に事件発生時の状況を聞いてみるべきだろうか? いや、流石にそれは聞けない。私のデリカシーが邪魔してくる。でも、もしかしたら――古裡仁美経由で情報が入ってくる可能性もあるかもしれない。


 そんなことを考えていると、再びスマホが鳴った。――メッセージの送信元は、都合よく古裡仁美だった。


 ――廣田さん、今……良いでしょうか?


 ――先ほど、金崎瑠璃さんがウチのクリニックに来られました。


 ――瑠璃さんは、「犯されたことに対する心的外傷(トラウマ)を診てほしい」と依頼してきたんです。


 ――それで、私に……瑠璃さんを犯した人物について詳しく説明してくれました。そのことについて、廣田さんに共有しておこうと思いまして。


 ――元町駅のガード下で瑠璃さんを犯した人間は、「四十万光留(しじまみつる)」という人物だったそうです。念の為に兵庫県警にそのことを伝えたら、どうやら……彼、「不同意性交の疑い」で県警から指名手配されているみたいです。つまり、四十万さんはまだ逮捕されていなくて、今でも阪神間を逃げ回っていると。


 ――まあ、芦屋でそういう事件が起こらないとは思いますが、廣田さんも用心した方が良いです。


 そうなのか。――金崎瑠璃を犯した犯人の名前も分かったし、この件は一旦保留にしておくか。


 古裡仁美からのメッセージを読み終わったところで、私はとりあえず彼女に対して「了解」を示すキャラのスタンプを送っておいた。既読はすぐに付いたから、多分――ちゃんと読んでいたのだろう。


 それから、私はなんとなく新作小説の原稿を書いていた。一連の事件に引きずられつつ、なんだかモヤモヤとしながら原稿を書いていたことは事実である。――別に良いんだけど。


 *


 原稿が一区切りついたところで、私はなんとなくスマホを見る。――大量のメッセージが来ている。そのほとんどは「どうでもいい」メッセージだったけど、西野沙織からのメッセージだけは見逃さない。メッセージはマシンガンのように送られていたので、余程思うことでもあったのだろう。私は、それらのメッセージを読んでいく。


 ――ヒロロン、メッセージは読ませてもらったわよ?


 ――エヴァンゲリオンねぇ……。ヒロロンの考え、中々いい線行ってると思う。


 ――仮に、一連の遺体から心臓が抜かれて、代わりにリンゴが埋め込まれていたとしたら……それは、言うまでもなく「使徒」の見立てだと思う。


 ――アタシもそんなにエヴァンゲリオンに詳しい訳じゃないけど、テレビシリーズの『男の戰い』は妙に印象に残ってる方だから。


 ――っていうか、エヴァンゲリオンってロボットアニメだけど、エヴァンゲリオン自体はあくまでもロボットじゃなくて「人造人間」だからね。


 ――えーっと、何だっけ? ほら、地球上で「セカンドインパクト」が起こって、海が血のように赤く染まっちゃったじゃん? それで、セカンドインパクトが起こった時に……「リリス」っていう使徒が悪さをしたってことになってるよね?


 ――それでもって、リリスのコピーを素体として創り上げたのがエヴァンゲリオンの零号機と弐号機って設定じゃん。ちなみに初号機は「アダム」って使徒がベースらしいわね。


 ――あれ? アダム?


 ――そういえば、旧約聖書に出てくる「エデンの園を追放された男性」って「アダム」だったわね? 一説によれば、アダムとリリスは対の存在であり、旧約聖書では天地創造の際に産み出されたとかなんとか……ああ! そういうことね!


 ――ヒロロン、今すぐそっちに向かっていいかしら? これ、かなりマズい事態よ。どうせ家で小説の原稿書いてるんでしょ?


 メッセージはそこで終わっていた。送信時刻は、午後6時から少し過ぎた頃合いらしい。今は午後7時だから、もしかしたら……。――ピンポーン。


 来客か。来客者は、言われなくても分かっている。


 私はドアスコープを覗いて、確かにその姿を確認した。両手にはなぜか551の紙袋がぶら下がっている。恐らく、急ごしらえで持ってきたのだろう。そして、ドアを開けるなり――西野沙織は私に話しかけてきた。


「ヤッホー、ヒロロン。来ちゃった」


「あの、私の部屋――悲惨な状態なんだけど」


「いいのよ。そういうのは織り込み済みで来てるし」


「そっか。――それで、話って何なの?」


「スマホのメッセージでも送ったけどさ、アタシ、例の事件に関してピーンと来ちゃったって訳」


「ピーンと来た? それ、具体的に説明してよ」


 私がそう言ったところで、西野沙織はようやく部屋の中へと入っていった。――玄関で立ち話をしていた時間、約10分ぐらいだったと思う。


 *


 551の紙袋には――肉まんが入っていた。曰く「阪急の西宮北口駅で買った」とのことらしい。


 どうやら、私が思っていた通り――西野沙織という人物は、吹田(すいた)の製薬会社で働いているようだ。それも、新薬開発チームとかそんな役職だとか。とはいえ、彼女自体は吹田に住んでいる訳じゃなくて、大阪市内――確か、南森町付近――に住んでいるとのことだった。だから、彼女の愛車である黄色いアウディは、大阪ナンバーじゃなくてなにわナンバーだったのか。


 アツアツの肉まんを頬張りつつ、私は西野沙織と話していく。


「そういう訳で、アタシ――吹田から直接芦屋まで阪急でピューンって飛んでいったのよ。感謝しなさい」


「もちろん、感謝してるけど……沙織ちゃん、仕事ってマイカーじゃなくて電車通勤なんだ」


「会社がそっちを優先してるからね。エコ通勤ってヤツ? でも、吹田って死ぬほどアクセス面倒じゃん? ガッツ大阪の試合でも思うけどさ」


「確かに、面倒くさいかも。――私、川崎フロンアーレがガッツ大阪と試合をする時に一回だけガッツ大阪のホームスタジアム……マツシマスタジアム吹田だっけ? そこに行ったけどさ、本当に面倒くさかった。バイクじゃなかったら、足が死んでたかもしれない」


「そうね。いくら遊園地の跡地に建てたとしても、もうちょっと立地条件ってモノを考えてほしいわね。御崎公園球技場が便利すぎるってのもあるけどさ」


 西野沙織が言う通り、マツシマスタジアム吹田は――遊園地の跡地に建てられた。遊園地自体は昔行われた方の大阪万博跡地に建てられたモノであり、大阪府民の憩いの場として愛されていた。


 しかし、約20年前に吹田より遥かに立地条件が良い大阪市内の西九条という場所に「ハリウッドを模した遊園地」が作られてしまったことによって来場者数は減少。そして、トドメを刺すようにジェットコースターで死亡事故が発生してしまい――その遊園地はあっけなく閉園した。


 遊園地の閉園後は「製薬会社が工場を建てる」とか「不動産会社が分譲地にする」とか色々言われていたけど、ガッツ大阪の親会社である松島電器が「いい加減オンボロな万博記念競技場じゃなくて、ちゃんとしたスタジアムが欲しい」と言い出して話に決着が付いた。松島電器の資金力で映画館とショッピングモールを誘致して、最終的にスタジアムの建設まで持っていったから、大したモノである。――ただ、ライバルチームであるゴラッソ大阪のホームスタジアムと比べて、立地条件とアクセスがべらぼうに悪い点を除けば。


 あまりにも脱線してしまったので、西野沙織は話を軌道修正させた。


「――ああ、そうそう。『ピーンと来た』話の件だけど、もしかしたら……『心臓のない遺体』を産み出した殺人鬼は、相当なサイコパスでかつ自分を『アダム』だと思い込んでるんじゃないかって思って。じゃないと、あんな酷いことしないわよ」


「つまり……この事件はまさしくエヴァンゲリオンの見立てであると」


「そうよ。――ヒロロンも、気をつけた方が良いわ。いつどこで狙われるか分からないからさ」


「それは分かってる。――そうそう、私からも情報を共有させてほしい」


「情報? 言ってみてよ」


 そういう訳で、私は西野沙織に四十万光留のことを説明した。


「昼過ぎに、仁美ちゃんから『金崎瑠璃を犯した人物』についての情報が寄せられたんだけど、金崎瑠璃を犯した四十万光留という人物って……『神戸の性暴力魔』という異名で知られてるらしいの。彼に犯された女性の数は十数人にも及んで、中には犯された過程で妊娠が発覚してしまった子もいるらしくて、ショックで自ら命を絶ってしまったって話よ」


「それ、酷い話ね……。アタシが被害者なら、ぶっ飛ばしてやるわ」


「――コホン。とにかく、金崎瑠璃を犯した人物の名前が分かっただけでも、事件の解決は一歩前進ってところかな?」


「そうね。後は――自らを『アダム』と名乗る犯人だけど……何か、恵介くんから情報は入ってきていないの?」


「それなんだけど、残念ながら情報は入ってきていない。多分、恵介くんも事件の捜査でいっぱいいっぱいなんだと思う」


「あまり気長に待てないけど、ここは恵介くんの情報を待ちましょ」


 そう言って、西野沙織は湯呑みのお茶を飲んだ。――お茶を1杯飲んだところで、何か事件に展開がある訳じゃないのだけれど。


 *


 いつの間にか、西野沙織はいびきをかいて寝ていた。――なんだか、私も眠くなってきたな。ここは、大人しく寝るか。


 そう思って、私はベッドに入って寝ようと思った。――スマホが鳴っている。仮に西野沙織じゃないとして、誰なんだ。


 私はスマホのロックを解除して、通知画面を見た。そして、通知画面を見て、私は――大いに戦慄した。


【速報 和田岬で新たな変死体が見つかる 令和×年10月8日 神戸新報】


 つい先日金崎友美が殺害されたというのに、もう新たな遺体かよ。まだ5日も経っていないのに。


 恐る恐るニュースの記事を読んで――私の心臓の鼓動が悪い意味で高鳴った。


 ――被害者は住所不定無職の男性、四十万光留(28)と見られる。四十万光留は、不同意性交の疑いで兵庫県警から指名手配されていた。


 信じられない。四十万光留が一連の事件の犯人じゃないとして、一体誰がこんなことを……。そう思うと、心臓の鼓動はどんどん速くなるし、息が苦しくなる。――過呼吸か。


 私はテーブルに置いてあった頓服の精神安定剤を白湯で流し込み、その心臓を落ち着かせた。


 *


 しばらく意識がボーッとするなかで、私は幻覚を見ていた。幻覚は、私の上に馬乗りになって――首を絞めていた。よく見ると、幻覚は下半身に何も身に着けていない。――ああ、犯されるのか。


 私は幻覚から首を絞められ、そして――犯された。その幻覚の正体なんて知らないし、知る由もない。どうせ知ったところで、どうにもならない。


 *


 ――彩香ちゃん、新たな遺体が「四十万光留」という指名手配犯だったのはもう知っていると思うけど、遺体について新たな発見だ。


 ――遺体の首元に、いずれも索条痕のようなモノが残っていたんだ。恐らく、被疑者は……相手の首を絞めて殺害したうえで、心臓を抜き取ったんだ。


 ――当たり前だけど、僕は何もしていないから。

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