第8話「村を襲う影」
この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。
ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。
どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
出発まで、あと一日。
リクは宿で最後の準備をしていた。
荷物は、ほとんどまとまっている。
後は、明日を待つだけだった。
窓の外を見ると、夕暮れが広がっていた。
オレンジ色の空に、雲が流れている。
静かな夕方だった。
リクはベッドに座って、手のひらを見た。
想像具現。
無から有を生み出す力。
現界と虚界、両方の性質を持つ力。
セリナの言葉が、まだ頭に残っていた。
自分の力を、もっと理解したい。
学院へ行けば、それができる。
リクは窓を閉めようとした。
その時、外で鐘が鳴った。
一回、二回、三回。
警鐘だった。
リクは立ち上がった。
何かが起きている。
窓から外を見ると、人々が走っていた。
叫び声が聞こえる。
リクは部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、宿の外へ出る。
村が、混乱していた。
人々が家から逃げ出し、広場へ集まっている。
子供が泣いている。
母親が叫んでいる。
男たちが武器を持って、村の入口へ向かっている。
リクは走った。
広場へ向かう。
そこに、ガロスがいた。
大きな身体が、人々の中で目立っている。
(リク)
「ガロスさん!」
ガロスが振り向いた。
(ガロス)
「リク、来たか」
(リク)
「何があったんですか」
(ガロス)
「魔獣だ。群れで村を襲ってる」
リクは息を呑んだ。
魔獣の群れ。
それも、村を襲うほどの数。
ガロスが剣を抜いた。
(ガロス)
「冒険者は全員、村の防衛に回れ!」
周囲にいた冒険者たちが、頷いた。
ダリウス、リナ、エリオもいた。
三人とも、武器を構えている。
ダリウスがリクを見た。
(ダリウス)
「リク、お前も来るか」
(リク)
「当然です」
リクは手を前に出した。
剣を思い描く。
感情を乗せる。
光が走った。
想像具現。
光の剣が、手の中で輝いた。
ガロスが先頭に立った。
(ガロス)
「行くぞ!」
一行は、村の入口へ走った。
*
村の入口には、柵が立てられていた。
だが、その柵が壊れている。
木材が折れ、地面に散乱していた。
その向こうに、魔獣がいた。
ウルヴァンだった。
だが、数が多い。
十匹、二十匹、それ以上。
黒い毛が銀色に光り、赤い目が村を見ている。
それらが、じりじりと近づいてくる。
ガロスが剣を構えた。
(ガロス)
「こんな数、見たことない」
ダリウスが横に並んだ。
(ダリウス)
「異常だな。ウルヴァンは、せいぜい五匹程度の群れだ」
リナが弓を引いた。
(リナ)
「何かが、群れを操ってる」
(リク)
「操ってる?」
(リナ)
「普通、魔獣は人間の村を避ける。それなのに、こんなに集まって襲ってくるなんて……」
エリオが杖を握りしめた。
(エリオ)
「虚界の影響、でしょうか」
全員が、エリオを見た。
(ガロス)
「虚界……?」
(エリオ)
「セリナさんが言ってました。虚界と現界の境界が薄くなってるって」
リクは思い出した。
セリナの言葉。
虚界の干渉が強まっている。
それが、魔獣に影響を与えているのか。
その時、ウルヴァンが動いた。
一斉に、村へ向かって走り出した。
ガロスが叫んだ。
(ガロス)
「来るぞ!」
ウルヴァンの群れが、柵の残骸を飛び越えてくる。
リナが矢を放った。
矢が一匹のウルヴァンの足に刺さる。
だが、止まらない。
そのまま走り続ける。
ダリウスが前に出た。
剣を振り、一匹を斬る。
ウルヴァンが倒れるが、すぐに次が来る。
リクは剣を構えた。
一匹のウルヴァンが、リクへ跳んだ。
リクは剣を振り上げた。
光の刃が、ウルヴァンの身体を斬る。
ウルヴァンが地面に倒れた。
だが、すぐに次が来る。
二匹、三匹と襲いかかってくる。
リクは剣を振り続けた。
斬って、受けて、また斬る。
息が切れる。
腕が痺れる。
だが、止まれない。
止まれば、村が襲われる。
エリオが杖を振った。
(エリオ)
「《光の壁》!」
光の膜が展開され、ウルヴァンを弾く。
その隙に、ガロスが剣を振るった。
一閃で、二匹を倒す。
だが、ウルヴァンの数は減らない。
次々と、森から現れてくる。
リナが叫んだ。
(リナ)
「きりがない!」
ダリウスが舌打ちした。
(ダリウス)
「何か、おかしい」
リクも感じていた。
これは、普通じゃない。
魔獣が、こんなに執拗に襲ってくることはない。
何かが、彼らを駆り立てている。
その時、森の奥で光が見えた。
赤黒い光。
それが、脈動している。
リクは目を凝らした。
光の中に、何かがいる。
人影のようなものが、立っている。
だが、人ではない。
身体が歪んでいて、輪郭が曖昧だった。
リクは息を呑んだ。
……虚獣だ。
イル=ヴァルで見た、あの虚獣。
あれが、ここにもいる。
そして、魔獣を操っている。
リクはガロスに叫んだ。
(リク)
「ガロスさん! 森の奥に何かいます!」
ガロスが視線を向けた。
(ガロス)
「……虚獣か」
(リク)
「あれが、魔獣を操ってる!」
(ガロス)
「なら、あれを倒せば止まる」
ガロスがリクを見た。
(ガロス)
「行けるか」
リクは頷いた。
(リク)
「行きます」
(ガロス)
「ダリウス、リナ、エリオ。リクを援護しろ」
三人が頷いた。
ガロスが続けた。
(ガロス)
「俺は、ここで魔獣を食い止める」
(リク)
「一人で大丈夫ですか」
ガロスが笑った。
(ガロス)
「俺を誰だと思ってる」
ガロスが咆哮を上げた。
それが、魔獣たちを怯ませる。
その隙に、リクたちは走った。
森の奥へ。
虚獣へ向かって。
*
森の中は、暗かった。
木々の影が濃く、月明かりも届かない。
だが、赤黒い光が道を照らしていた。
虚獣が放つ、不気味な光。
リクは剣を握りしめて、走り続けた。
ダリウスが横に並んだ。
(ダリウス)
「虚獣って、どんな敵だ」
(リク)
「物理攻撃が効きません」
(ダリウス)
「じゃあ、俺の剣は?」
(リク)
「多分、通用しません」
ダリウスが舌打ちした。
(ダリウス)
「なら、どうする」
(リク)
「俺の想像具現なら、効きます」
リナが弓を構えたまま走っていた。
(リナ)
「じゃあ、私たちは?」
(リク)
「援護をお願いします。俺が虚獣と戦ってる間、周囲の魔獣を」
エリオが杖を握った。
(エリオ)
「わかりました」
光が、近づいてきた。
開けた場所に出る。
そこに、虚獣がいた。
煙のような身体。
赤く光る目。
それが、リクたちを見た。
虚獣が咆哮を上げた。
音ではなく、波動。
それが、空気を震わせる。
リクは耳を塞いだ。
頭の中に、直接響いてくる。
虚獣が、地面を這うように移動してくる。
周囲には、ウルヴァンが数匹いた。
虚獣に操られた魔獣たちだ。
ダリウスが剣を構えた。
(ダリウス)
「魔獣は俺たちが!」
リナが矢を放った。
矢が一匹のウルヴァンに刺さる。
ウルヴァンが倒れた。
エリオが杖を振った。
(エリオ)
「《光の壁》!」
光の膜が、ウルヴァンを防ぐ。
リクは虚獣へ向かって走った。
剣を振り上げる。
虚獣が触手のような腕を伸ばしてきた。
黒い煙が、蛇のように襲いかかる。
リクは剣で受け止めた。
光と闇が、激しく交差する。
ガキィン、という金属音が響いた。
だが、これは金属同士の音ではない。
概念と概念が、ぶつかる音。
衝撃で腕が痺れる。
剣を握る手が、震えた。
だが、確かに防げている。
想像具現が、虚獣に通用している。
リクは押し返した。
光が強くなり、闇を押し戻す。
虚獣が怯む。
煙の身体が、後ろへ下がった。
その隙に、リクは剣を振り下ろした。
一閃。
光の軌跡が、虚獣の身体を斬った。
空気が裂ける音。
虚獣が悲鳴を上げた。
煙の身体が、裂けた。
切断面から、赤黒い何かが漏れ出す。
だが、それも煙になる。
そして、傷が塞がっていく。
再生していく。
リクは舌打ちした。
再生能力があるのか。
これでは、いくら斬っても意味がない。
虚獣が再び襲いかかってきた。
今度は、触手が二本、三本と増えている。
複数の触手が、同時に伸びてくる。
リクは剣を振り続けた。
一本目を斬る。
光が走り、触手が切れた。
二本目を避ける。
身体を捻り、触手をかわす。
三本目を受け止める。
剣で弾き飛ばす。
だが、切った端から再生していく。
触手が、また伸びてくる。
きりがない。
リクの呼吸が荒くなった。
体力を消耗している。
剣を維持するのにも、集中が必要だ。
意識が途切れれば、剣は消える。
そうなれば、虚獣に対抗できない。
リクは後退した。
距離を取る。
虚獣が追ってくる。
煙の身体が、地面を這うように動く。
速い。
リクよりも速い。
触手が、再び襲いかかってきた。
リクは横に飛んだ。
地面を転がり、立ち上がる。
だが、すぐに次の攻撃が来る。
触手が、リクの足を狙った。
リクは剣を地面に突き刺した。
光が広がり、触手を弾く。
だが、衝撃で剣が揺れた。
維持が、難しくなってきている。
集中が、途切れそうになる。
……このままじゃ、まずい。
リクは思考を巡らせた。
再生能力がある。
表面を斬っても、意味がない。
なら、どうする。
どうすれば、倒せる。
答えは、わからない。
だが、諦めるわけにはいかない。
村を守るために。
仲間を守るために。
リクは剣を握り直した。
もう一度、虚獣を見る。
煙の身体。
赤く光る目。
そして、身体の奥に見える、何か。
赤黒く、脈動している何か。
……あれは、何だ。
その時、エリオの声が聞こえた。
(エリオ)
「リクさん! 核を狙ってください!」
(リク)
「核?」
(エリオ)
「虚獣の身体の中心! そこに、赤く光るものがあるはずです!」
リクは虚獣を見た。
煙の身体の奥に、確かに何かが見えた。
赤黒く光る、球体のようなもの。
それが、脈動している。
あれが、核か。
リクは集中した。
剣に意識を込める。
もっと鋭く。
もっと強く。
一撃で、核を貫けるように。
刃が輝きを増した。
光が強くなる。
リクは踏み込んだ。
虚獣の触手を避け、身体の中心へ剣を突き出す。
刃が、煙を貫いた。
そして、核に届いた。
光が、核を包み込む。
核が、ひび割れていく。
虚獣が悲鳴を上げた。
それは、空間全体を震わせる叫びだった。
核が、砕け散った。
虚獣の身体が、崩壊していく。
煙が四散し、空気に溶けていく。
そして、消えた。
同時に、周囲のウルヴァンが動きを止めた。
操られていた魔獣たちが、正気に戻る。
それらは、混乱したように周囲を見回し、それから森の奥へ逃げていった。
リクは膝をついた。
息が荒い。
全身から、力が抜けていく。
剣が、消えた。
光の粒子が舞い、空気に溶けていく。
ダリウスが駆け寄ってきた。
(ダリウス)
「やったのか」
(リク)
「……はい」
リナが笑った。
(リナ)
「すごいじゃない」
エリオが杖を下ろした。
(エリオ)
「これで、村は安全ですね」
リクは立ち上がった。
身体が重い。
だが、終わった。
虚獣を倒した。
村を守った。
四人は、村へ戻った。
*
村の入口では、ガロスが立っていた。
周囲には、倒れたウルヴァンの死骸が散乱している。
ガロスは、一人で全て倒したようだった。
血まみれだが、笑っていた。
(ガロス)
「終わったか」
(リク)
「はい。虚獣を倒しました」
(ガロス)
「よくやった」
ガロスがリクの頭を撫でた。
大きな手が、温かかった。
村人たちが、広場から出てきた。
魔獣がいなくなったことに、安堵している。
子供たちが泣き止み、母親たちがほっとした顔をしている。
エリナが駆け寄ってきた。
(エリナ)
「みんな、無事でよかった!」
(リク)
「エリナさんも、無事で」
エリナが微笑んだ。
(エリナ)
「ええ。広場で避難してました」
ガロスが剣を鞘に収めた。
(ガロス)
「今夜は、ゆっくり休め。明日、学院へ出発だろ」
リクは頷いた。
明日。
新しい旅が始まる。
だが、今夜は最後の夜だった。
この村で、この仲間たちと過ごす、最後の夜。
リクは空を見上げた。
星が、輝いている。
知らない星座。
だが、もう見慣れた星空だった。
この星空の下で、自分は戦った。
仲間と共に、村を守った。
それが、誇らしかった。
リクは宿へ向かった。
明日のために、休もう。
そして、新しい旅へ。
学院へ。
帰る方法を探すために。
だが、ここでの日々を忘れることはない。
ノルデ村での、最初の冒険。
それが、自分の原点だった。
(了)
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。
また次の物語で、お会いできる日を願っています。




