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第6話「古樹イル=ヴァル」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


数日後、リクは再びギルドにいた。


想像の暴走は、あれ以来起きていなかった。


ガロスの助言通り、感情を認めて理性で制御する。


それを意識するようになってから、安定していた。


依頼も、順調にこなしていた。


薬草採取、魔獣警戒、護衛補助。


Eランクの仕事を、一つずつ積み重ねていく。


実績が増えるたび、少しずつ自信がついてきた。


リクは受付に立っていた。


エリナが、一枚の依頼書を取り出した。


(エリナ)

「リクさん、今日は特別な依頼があります」


(リク)

「特別?」


(エリナ)

「古樹イル=ヴァルの調査です」


リクは首を傾げた。


(リク)

「イル=ヴァル……?」


(エリナ)

「ノルデの森の中心にある、巨大な古樹です。樹齢千年以上と言われています」


(リク)

「それを、調査?」


エリナが頷いた。


(エリナ)

「最近、イル=ヴァル周辺で魔力の乱れが報告されているんです。原因を調べてほしい、とのことで」


(リク)

「魔力の乱れ……危険じゃないですか」


(エリナ)

「危険です。だから、ガロスさんが同行します」


リクは後ろを振り向いた。


ガロスが、腕を組んで立っていた。


(ガロス)

「お前一人じゃ不安だからな」


(リク)

「ありがとうございます」


(ガロス)

「礼はいらん。俺も気になってたんだ、イル=ヴァルのこと」


エリナが依頼書を渡した。


(エリナ)

「報酬は銀貨二十枚です。気をつけてくださいね」


リクは依頼書を受け取った。


ガロスが先に歩き出した。


(ガロス)

「行くぞ」


リクは頷いて、後を追った。



ノルデの森は、いつもより静かだった。


鳥の鳴き声が聞こえない。


風も、吹いていない。


木々が、じっと立っているだけだった。


ガロスが立ち止まった。


(ガロス)

「……静かすぎる」


(リク)

「魔獣も、いませんね」


(ガロス)

「何かが、この辺りを避けてる」


リクは周囲を見回した。


木々の影が、濃い。


光が、届いていない。


空気が、重い。


まるで、何かに見られているような感覚があった。


ガロスが再び歩き出した。


リクは、ガロスの背中を追った。


しばらく歩くと、霧が出てきた。


白い霧が、足元から立ち上っている。


視界が悪くなる。


ガロスが腕を上げた。


(ガロス)

「ここからは、慎重にな」


(リク)

「はい」


霧の中を、ゆっくりと進む。


足音だけが、静かに響く。


それから、何かが見えてきた。


巨大な影。


それが、霧の向こうに立っている。


ガロスが立ち止まった。


(ガロス)

「……着いたな」


霧が晴れた。


そこに、古樹があった。


イル=ヴァル。


リクは息を呑んだ。


巨大だった。


幹の太さは、十メートル以上ある。


高さは、見上げても頂上が見えない。


雲の中まで、届いているのかもしれない。


枝が四方に伸び、葉が空を覆っている。


だが、葉は緑ではなかった。


青白く、光を放っていた。


まるで、夜光花のように。


いや、夜光花よりも美しかった。


一枚一枚の葉が、星のように輝いている。


風が吹くたびに、葉が揺れて光の波が生まれる。


幻想的な光景だった。


樹の幹には、苔が生えている。


だが、普通の苔ではない。


銀色に光る苔が、幹全体を覆っていた。


それが、樹に神聖な雰囲気を与えている。


空気も、違った。


森の他の場所より、澄んでいる。


深く吸い込むと、身体の中が浄化される気がした。


疲れが、少しずつ抜けていく。


リクは一歩、前に出た。


足元を見ると、地面にも光る花が咲いていた。


小さな花が、無数に広がっている。


それらが樹の根を囲むように、円を描いていた。


まるで、聖域を守るように。


樹の根元に近づく。


そこには、石碑があった。


古い石に、文字が刻まれている。


だが、読めない。


見たこともない文字だった。


石碑の周りには、複雑な模様が刻まれていた。


魔法陣のようにも見える。


それが、地面全体に広がっている。


(リク)

「これ……何て書いてあるんですか」


ガロスが石碑を見た。


(ガロス)

「古代文字だ。俺も読めん」


(リク)

「古代文字……」


リクは石碑に触れた。


冷たい。


だが、微かに脈動している気がした。


その瞬間、声が聞こえた。


「……君は、帰りたいの?」


リクは手を引いた。


心臓が跳ねる。


(リク)

「今、何か……」


(ガロス)

「声か?」


(リク)

「聞こえませんでしたか?」


(ガロス)

「俺には聞こえなかった」


リクは周囲を見回した。


誰もいない。


ガロスと自分だけだ。


だが、確かに声が聞こえた。


女性の声。


優しく、だがどこか悲しい響きがあった。


「帰りたいの?」


また、声が聞こえた。


リクは石碑を見た。


声は、そこから聞こえている気がした。


(リク)

「……誰ですか」


返事はなかった。


ただ、風が吹いただけだった。


木の葉が揺れる音がする。


ガロスがリクの肩を叩いた。


(ガロス)

「幻聴か?」


(リク)

「わかりません。でも、確かに聞こえました」


(ガロス)

「イル=ヴァルは、魔力が強い場所だ。幻覚や幻聴が起きても不思議じゃない」


リクは頷いた。


だが、あれは幻聴には思えなかった。


あまりにも、はっきりしていた。


ガロスが樹の周囲を調べ始めた。


リクも、石碑の周りを歩いた。


地面には、魔法陣のようなものが刻まれている。


円形の模様が、複雑に絡み合っていた。


リクはそれを見つめた。


何かの儀式跡か。


それとも、封印か。


その時、石碑が光った。


淡い青白い光が、文字から溢れ出した。


リクは後ずさった。


(リク)

「ガロスさん!」


ガロスが駆け寄ってきた。


石碑の光が、強くなっていく。


それが、地面の魔法陣に伝わった。


魔法陣全体が、発光し始めた。


ガロスが剣を抜いた。


(ガロス)

「何かが起きる!」


光が、さらに強くなる。


リクは目を細めた。


眩しい。


視界が白く染まる。


そして、声が聞こえた。


「帰りたいなら……力を示して」


リクは声の方を向いた。


だが、誰もいない。


光だけが、そこにあった。


その瞬間、地面が揺れた。


魔法陣が、浮き上がる。


光の線が、空中に展開される。


それが、立体的な構造を形作っていく。


リクは息を呑んだ。


これは、想像具現に似ている。


だが、自分が作ったものではない。


誰かが、何かを具現化している。


光の構造が、完成した。


それは、門だった。


巨大な門が、空中に浮かんでいる。


扉はなく、ただ枠だけがある。


その向こうは、暗闇だった。


何も見えない。


ただ、闇だけが広がっている。


ガロスが呟いた。


(ガロス)

「……虚界の門か」


(リク)

「虚界?」


(ガロス)

「想像と感情の世界だ。現界と対になる、もう一つの層」


リクは門を見つめた。


暗闇が、揺らいでいる。


その中から、何かが出てこようとしている。


影が、動いている。


ガロスが前に出た。


(ガロス)

「下がれ」


リクは後ろに下がった。


影が、門から這い出てきた。


それは、獣の形をしていた。


だが、実体がない。


煙のような身体で、目だけが赤く光っている。


それが、地面に降り立った。


ガロスが剣を構えた。


(ガロス)

虚獣ヴォイド・ビーストか」


虚獣が咆哮を上げた。


音ではなく、波動だった。


それが、空気を震わせる。


リクは耳を塞いだ。


頭の中に、直接響いてくる。


虚獣が、ガロスへ向かって跳んだ。


ガロスが剣を振った。


刃が、虚獣の身体を通り抜けた。


だが、斬れない。


煙が揺らいだだけで、傷がつかない。


ガロスが舌打ちした。


(ガロス)

「物理攻撃が効かない!」


虚獣が、ガロスの腕を掠めた。


ガロスが苦悶の声を上げた。


腕に、黒い痣ができていた。


(ガロス)

「くそ……こっちの攻撃は効かないのに、向こうの攻撃は効くのか」


虚獣が再び襲いかかる。


ガロスが剣で受けようとしたが、刃が通り抜ける。


爪が、ガロスの肩を掠めた。


また、黒い痣が広がる。


リクは立ち上がった。


このままじゃ、ガロスが殺される。


リクは手を前に出した。


剣を思い描く。


感情を乗せる。


恐怖と、決意と、仲間を守りたいという思い。


光が走った。


手のひらから溢れる光が、剣の形を成す。


想像具現ブレード・ファントム


光の剣が、完成した。


リクは走った。


虚獣へ向かって、剣を振り下ろす。


刃が、虚獣の身体に触れた。


その瞬間、手応えがあった。


虚獣が悲鳴を上げた。


煙の身体が、裂けた。


黒い霧が、空気に溶けていく。


ガロスが驚いた顔をした。


(ガロス)

「効いたのか!」


(リク)

「想像具現なら、効くのかもしれません!」


虚獣が再び襲いかかってきた。


リクは剣を構えた。


虚獣の爪を、剣で受け止める。


光と闇が、激しく交差する。


衝撃で腕が痺れる。


だが、確かに防げている。


リクは押し返した。


虚獣が怯む。


その隙に、リクは剣を振り上げた。


一閃。


光の軌跡が、虚獣の身体を斬った。


虚獣が、崩れ落ちた。


煙が四散し、空気に溶けていく。


そして、消えた。


リクは息を吐いた。


剣が、まだ手の中で輝いている。


ガロスが近づいてきた。


(ガロス)

「よくやった」


(リク)

「大丈夫ですか?」


ガロスは腕と肩を見た。


黒い痣が、まだ残っている。


(ガロス)

「痛いが、動ける。それより、門だ」


リクは虚界の門を見た。


まだ、開いている。


暗闇が、揺らいでいる。


その中から、また何かが出てこようとしている。


リクは剣を構えた。


だが、その時、石碑が再び光った。


今度は、さらに強く。


光が、門へ向かって伸びていく。


それが、門を包み込んだ。


門が、揺らぎ始めた。


暗闇が、収縮していく。


そして、門が閉じた。


光が消え、静寂が戻った。


リクは剣を消した。


光の粒子が舞い、空気に溶けていく。


ガロスが石碑に近づいた。


(ガロス)

「……封印が、作動したのか」


(リク)

「封印?」


(ガロス)

「この石碑は、虚界の門を封じるためのものだったんだろう」


リクは石碑を見た。


文字が、まだ淡く光っている。


だが、さっきより弱くなっていた。


(ガロス)

「封印が弱まってたから、門が開いた。だが、お前が虚獣を倒したことで、封印が再び力を取り戻したんだ」


(リク)

「俺が……?」


(ガロス)

「想像具現の力が、封印に作用したんだろう」


リクは手のひらを見た。


自分の力が、封印を助けた。


それが、信じられなかった。


声が、また聞こえた。


「……ありがとう」


優しい声。


だが、今度は悲しみではなく、感謝の響きがあった。


リクは石碑を見た。


だが、何も起きなかった。


ただ、風が吹いただけだった。


ガロスが肩を叩いた。


(ガロス)

「帰るぞ。報告しなきゃならん」


(リク)

「はい」


二人は、古樹を後にした。


霧が晴れ、森の光が戻ってきた。


鳥の鳴き声が、聞こえ始めた。


リクは振り返った。


イル=ヴァルが、静かに立っている。


青白い葉が、風に揺れている。


そこには、何かがいる気がした。


誰か、または何か。


それが、自分を見ている。


だが、それは敵意ではなかった。


むしろ、温かいものだった。


リクは前を向いた。


ガロスの背中を追って、森を出た。



ギルドに戻ると、エリナが驚いた顔で迎えた。


(エリナ)

「ガロスさん、怪我してる!」


(ガロス)

「大したことない。治療を頼む」


エリナがガロスを治療室へ案内した。


リクは受付に残った。


依頼書を見る。


古樹イル=ヴァルの調査。


完了した。


だが、まだ謎が残っている。


あの声は、誰だったのか。


虚界とは、何なのか。


想像具現は、なぜ虚獣に効いたのか。


答えは、まだ見つからない。


エリナが戻ってきた。


(エリナ)

「ガロスさん、大丈夫だそうです」


(リク)

「よかった」


(エリナ)

「リクさん、報酬です」


エリナが銀貨二十枚を渡した。


重い。


今までで一番、重い報酬だった。


(エリナ)

「大変な依頼だったみたいですね」


(リク)

「はい。でも……何か、わかった気がします」


(エリナ)

「わかった?」


(リク)

「自分の力が、何のためにあるのか」


エリナが微笑んだ。


(エリナ)

「それは、よかったですね」


リクは銀貨を握りしめた。


想像具現は、ただの戦闘の道具じゃない。


封印を助け、虚界を閉じることができる。


それが、自分の力の意味なのかもしれない。


帰る方法は、まだわからない。


だが、この世界で自分にできることが、見えてきた。


リクはギルドを出た。


空が、夕焼けに染まっている。


星が、一つ二つと現れ始めた。


リクは空を見上げた。


知らない星座。


だが、もう怖くなかった。


この星空の下で、自分は生きている。


そして、何かを守っている。


それが、今の自分の役割なのかもしれない。


リクは宿へ向かった。


明日も、また依頼を受けよう。


この世界で、できることをしよう。


帰るために、そして生きるために。


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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