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第5話「想像は現実を侵す」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


その夜、リクは宿の部屋で眠れずにいた。


身体は疲れていた。


戦闘の疲労が、全身に残っている。


だが、目が冴えていた。


頭の中で、今日の戦闘が繰り返し再生される。


ウルヴァンの牙。


爪の軌道。


血の匂い。


全てが、鮮明に蘇ってくる。


リクは目を閉じた。


眠ろう。


明日も、依頼がある。


休まなければ。


だが、意識が沈んでいくと、音が聞こえてきた。


――ガタン、ガタン。


踏切の音。


リクは目を開けた。


部屋の中は、静かだった。


窓から月明かりが差し込んでいる。


何も変わっていない。


リクは再び目を閉じた。


今度こそ、眠ろう。


意識が暗闇に沈んでいく。


そして、夢が始まった。



リクは、踏切の前に立っていた。


遮断機が降りている。


警報が鳴っている。


赤いランプが点滅している。


全てが、記憶の通りだった。


線路の向こうに、何かが見える。


人影。


誰かが立っている。


リクは目を凝らした。


それは、自分だった。


14歳の、中学生の自分。


制服を着て、鞄を持って、ぼんやりと立っている。


リクは声をかけようとした。


だが、声が出なかった。


踏切の音だけが、響いている。


――ガタン、ガタン。


電車が近づいてくる。


遠くで、汽笛が鳴った。


線路の向こうの自分が、動いた。


一歩、前に出る。


線路へ、近づいている。


リクは叫ぼうとした。


だが、声が出ない。


身体が動かない。


ただ、見ているしかなかった。


電車が、見えてきた。


大きく、速く、こちらへ向かってくる。


線路の向こうの自分が、もう一歩前に出た。


その瞬間、ブレーキ音が響いた。


甲高い金属の悲鳴。


電車が、急停止しようとしている。


だが、間に合わない。


リクは目を閉じた。


見たくなかった。


だが、音は聞こえた。


衝突音。


それから、静寂。


リクは目を開けた。


線路の向こうに、誰もいなかった。


電車が止まっている。


警報が鳴り続けている。


リクは、震えていた。


……俺は、死んだのか。


あの時、電車に轢かれて。


それで、ここへ来たのか。


答えは、出なかった。


ただ、恐怖だけが残った。


その時、踏切が変わり始めた。


遮断機が、歪んでいく。


線路が、溶けていく。


警報の音が、大きくなっていく。


空間そのものが、崩れ始めた。


リクは後ずさった。


だが、足元も崩れている。


地面が、波打っている。


現実が、壊れていく。


リクは叫んだ。


「やめろ!」


その瞬間、全てが光に包まれた。



リクは目を覚ました。


息が荒い。


汗が、全身を濡らしていた。


夢だ。


ただの、夢。


リクは身体を起こした。


部屋の中を見回す。


窓、壁、天井、床。


全て、元の通りだった。


だが、何かが違った。


床に、線が走っていた。


光る線。


それが、部屋の中央を横切っている。


まるで、線路のように。


リクは息を呑んだ。


……これは。


リクは床に手を伸ばした。


線に触れようとする。


だが、触れる前に、線が消えた。


光の粒子が舞い、空気に溶けていく。


リクは手を引いた。


心臓が激しく打っている。


今のは、何だ。


夢の続きか。


それとも、現実か。


リクは部屋を出た。


廊下は静かで、誰もいなかった。


宿の主人も、他の客も、まだ眠っている。


リクは階段を下りて、外へ出た。


夜風が、頬を撫でた。


冷たくて、心地よかった。


空には、星が輝いている。


知らない星座。


だが、確かに存在している星。


これは、現実だ。


夢じゃない。


リクは深く息を吸った。


落ち着け。


ただの夢だ。


想像が暴走しただけだ。


そう自分に言い聞かせた。


だが、胸の奥に残る不安は、消えなかった。



翌朝、リクはギルドへ向かった。


眠れなかった疲れが、身体に残っている。


足取りが重い。


エリナが、心配そうに声をかけた。


(エリナ)

「リクさん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」


(リク)

「……ちょっと、眠れなくて」


(エリナ)

「無理しないでくださいね。今日は休んでもいいんですよ」


(リク)

「いえ、大丈夫です」


リクは受付に近づいた。


だが、その時、視界が揺れた。


床が、波打っている気がした。


リクは目を擦った。


見間違いか。


いや、違う。


確かに床が揺れている。


木の板が、波のように起伏している。


それから、線が見えた。


光る線が、床を走っている。


一本、二本、三本。


それらが平行に並び、線路の形をしている。


リクは後ずさった。


心臓が激しく打っている。


またか。


また、暴走している。


線が、どんどん増えていく。


床だけじゃない。


壁にも、天井にも、線が走り始めた。


ギルド全体が、線路に覆われていく。


リクは息が詰まった。


(リク)

「……やめろ」


だが、止まらない。


線の上に、今度は別のものが現れ始めた。


遮断機。


赤いランプ。


警報機。


踏切を構成するものが、次々と具現化していく。


まだ透明で、不完全だった。


だが、確かにそこにある。


現実を侵食している。


エリナが何か言っている。


だが、声が遠い。


聞こえない。


リクの耳には、別の音が聞こえていた。


――ガタン、ガタン。


踏切の音。


それが、ギルドの中に響いている。


警報が鳴り始めた。


カンカンカンカン。


甲高い電子音が、空間を満たしていく。


リクは頭を抱えた。


やめろ。


消えろ。


これは俺の想像だ。


現実じゃない。


だが、具現化は止まらなかった。


遮断機が降り始める。


赤いランプが点滅する。


そして、遠くから汽笛が聞こえた。


電車が、来る。


ここに、電車が来る。


リクは叫んだ。


(リク)

「やめろ!」


その瞬間、誰かがリクの肩を掴んだ。


強い力で、揺さぶられた。


(エリナ)

「リクさん! しっかりして!」


エリナの声が、はっきりと聞こえた。


リクは彼女を見た。


エリナが、心配そうな顔で見ている。


その目が、現実を思い出させてくれた。


リクは深く息を吸った。


落ち着け。


これは想像だ。


現実を侵しているが、まだ完全じゃない。


止められる。


感情を、制御しろ。


リクは目を閉じた。


恐怖を押し殺す。


冷静になる。


理性で、感情を抑え込む。


線路は、ない。


遮断機は、ない。


警報も、電車も、ない。


ここは、ギルドだ。


現実だ。


リクは目を開けた。


線が、消え始めていた。


遮断機が、霧のように溶けていく。


警報の音が、小さくなっていく。


そして、全てが消えた。


床は、元の通りの木の板。


壁も、天井も、何も変わっていない。


リクは膝をついた。


全身から、力が抜けた。


息が荒い。


汗が、額を伝っている。


エリナが、リクの背中をさすった。


(エリナ)

「大丈夫……大丈夫ですよ」


リクは頷いた。


だが、声は出なかった。


ギルドの中にいた冒険者たちが、リクを見ていた。


何事かと、ざわめいている。


リクは立ち上がろうとした。


だが、足が震えて立てなかった。


エリナが腕を貸してくれた。


(エリナ)

「奥の部屋で休んでください」


リクは頷いた。


エリナに支えられながら、奥の部屋へ向かった。


ベッドに座ると、エリナが水を持ってきてくれた。


(エリナ)

「何があったんですか?」


(リク)

「……想像が、暴走しました」


(エリナ)

「暴走?」


(リク)

「制御できなくて……勝手に、具現化して」


エリナが心配そうに眉を寄せた。


(エリナ)

「それ、危険ですよ。ガロスさんに相談した方がいいです」


(リク)

「……はい」


(エリナ)

「今日は、絶対に休んでください。このままじゃ、本当に危ないです」


リクは水を飲んだ。


冷たい水が、喉を通る。


少しずつ、落ち着いてきた。


心臓の鼓動が、正常に戻っていく。


(リク)

「すみません……迷惑かけて」


(エリナ)

「謝らないでください。冒険者は、みんな何かを抱えてます」


エリナが微笑んだ。


(エリナ)

「リクさんも、きっと乗り越えられますよ」


リクは頷いた。


だが、胸の奥に残る不安は、消えなかった。


(リク)

「わかりました。休みます」


(エリナ)

「ゆっくり休んでくださいね」


リクはギルドを出た。


だが、宿には戻らなかった。


森へ向かった。


一人になりたかった。


考えたかった。


何が起きているのか、理解したかった。



森の入口に着くと、リクは木の根元に座り込んだ。


静かだった。


鳥の鳴き声、風の音、葉の擦れる音。


全てが、穏やかだった。


リクは目を閉じた。


深呼吸をする。


落ち着け。


冷静になれ。


何が起きているのか、整理しよう。


昨夜、夢を見た。


踏切の夢。


それから、床に線路の幻影が現れた。


今朝も、ギルドで同じものが見えた。


これは、想像具現の暴走だ。


感情が乱れて、制御できなくなっている。


ガロスが言っていた。


――感情と理性のバランスが命だ。


今の自分は、バランスが崩れている。


恐怖と不安が強すぎる。


だから、想像が暴走する。


リクは手のひらを見た。


光は出ていない。


だが、いつ暴走するかわからない。


制御しなければ。


感情を、抑えなければ。


その時、後ろで声がした。


(ガロス)

「一人で何してる」


リクは振り返った。


ガロスが立っていた。


大きな身体が、木々の間に立っている。


(リク)

「ガロスさん……」


(ガロス)

「エリナから聞いた。顔色が悪いって」


(リク)

「……すみません」


ガロスがリクの隣に座った。


木の根が、ガロスの体重できしむ音がした。


(ガロス)

「何があった」


(リク)

「夢を見ました。それから……想像が、暴走して」


(ガロス)

「暴走?」


(リク)

「部屋の床に、線路が現れたんです。夢で見たものが、現実に」


ガロスが黙った。


小さな目が、リクをじっと見ている。


(ガロス)

「……想像具現の副作用だな」


(リク)

「副作用?」


(ガロス)

「感情が乱れると、無意識に具現化する。特に、強い記憶や恐怖は暴走しやすい」


(リク)

「止められないんですか」


(ガロス)

「止められる。だが、感情を制御しなきゃいけない」


(リク)

「制御……」


(ガロス)

「お前、何が怖い」


リクは黙った。


何が怖いのか。


死?


帰れないこと?


それとも――


(リク)

「……自分が、わからないんです」


(ガロス)

「自分?」


(リク)

「俺は、白石陸でした。14歳の中学生で、日本に住んでいました」


リクは言葉を続けた。


「でも、今は違う。リク・シライシで、24歳くらいの身体で、この世界にいる」


「記憶は残ってるけど、顔も身体も違う」


「俺は、誰なんですか」


ガロスが静かに笑った。


(ガロス)

「お前は、お前だ」


(リク)

「……それだけですか」


(ガロス)

「それだけだ。過去がどうだろうと、今のお前がお前だ」


リクは黙った。


ガロスが続けた。


(ガロス)

「怖いのは当たり前だ。知らない世界に放り込まれて、知らない力を使って、知らない敵と戦う」


「誰だって怖い」


「だが、怖がるだけじゃ何も変わらない」


(リク)

「じゃあ、どうすれば」


(ガロス)

「受け入れろ。恐怖も、不安も、全部受け入れて、その上で生きろ」


リクは空を見上げた。


木々の隙間から、青い空が見える。


雲が、ゆっくりと流れている。


(ガロス)

「想像具現は、お前の力だ。だが、力に飲まれるな」


「感情を認めて、理性で制御しろ」


「それができれば、暴走は止まる」


リクは頷いた。


ガロスの言葉は、いつも的確だった。


答えを教えるのではなく、考える道を示してくれる。


(リク)

「……ありがとうございます」


(ガロス)

「礼はいらん。お前が死んだら、俺が困る」


(リク)

「困る?」


(ガロス)

「せっかくいい冒険者が育ちそうなのに、潰れたら勿体ない」


ガロスが笑った。


リクも、少し笑った。


ガロスが立ち上がった。


(ガロス)

「今日は休め。明日、また来い」


(リク)

「はい」


ガロスが森を出て行った。


リクは一人、木の根元に座っていた。


風が吹いて、葉が揺れる。


光が、木々の間を通り抜ける。


リクは手のひらを見た。


光は出ていない。


だが、確かにそこにある。


自分の力。


想像を現実にする力。


それは、恐ろしい力でもあった。


制御を失えば、現実を侵す。


夢と現実の境界を、曖昧にする。


だが、同時に希望でもあった。


この力があるから、戦える。


この力があるから、生きていける。


リクは立ち上がった。


恐怖を、受け入れよう。


不安を、認めよう。


その上で、生きよう。


この世界で、自分として。


リクは森を出た。


空が、明るく見えた。


宿へ戻ろう。


今日は、ゆっくり休もう。


明日、また始めよう。


冒険者として、リク・シライシとして。


想像と現実の狭間で、自分の道を歩こう。



その夜、リクは再び眠った。


今度は、深く眠れた。


夢は見なかった。


踏切の音も、聞こえなかった。


ただ、静かな暗闇があるだけだった。


朝、目を覚ますと、部屋は元の通りだった。


床に、線はなかった。


窓から、朝の光が差し込んでいる。


リクは身体を起こした。


疲れは、取れていた。


胸の中の不安も、少し軽くなっていた。


リクは窓の外を見た。


村の通りに、人々が歩いている。


朝市の準備をしている商人。


井戸で水を汲む女性。


走り回る子供たち。


日常が、そこにあった。


リクは微笑んだ。


この世界で、生きている。


それが、今の現実。


リクは服を着替えて、部屋を出た。


今日も、ギルドへ行こう。


仲間と会おう。


依頼を受けよう。


想像と共に、前へ進もう。


恐怖を抱えながら、それでも歩こう。


それが、自分の生き方だ。


リクは宿を出た。


青い空が、広がっていた。


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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