第4話「初依頼・薬草と狼」
この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。
ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。
どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
翌朝、リクは再びギルドへ向かった。
空は晴れていて、風が心地よかった。
村の通りには、人や獣人が行き交っている。
朝市が開かれていて、野菜や肉、布が並んでいた。
リクは立ち止まって、その光景を眺めた。
異世界。
だが、生活がある。
人々が働き、笑い、暮らしている。
それが、少しずつ現実として染み込んできた。
リクはギルドへ入った。
受付には、エリナが立っていた。
(エリナ)
「おはようございます、リクさん」
(リク)
「おはようございます」
(エリナ)
「今日も依頼ですか?」
(リク)
「はい。何かありますか?」
エリナが棚から紙を取り出した。
(エリナ)
「今日は、パーティ依頼が一つあります」
(リク)
「パーティ?」
(エリナ)
「複数人で受ける依頼です。新人三人と一緒に、森で薬草採取と魔獣警戒をしてもらいます」
(リク)
「他の人と……?」
(エリナ)
「はい。冒険者は、チームで動くことも多いんです。今日は、連携の練習も兼ねてます」
リクは少し迷った。
一人で動く方が、気楽だった。
だが、断る理由もない。
(リク)
「わかりました」
(エリナ)
「ありがとうございます。メンバーは、もう集まってます」
エリナが奥を指差した。
そこには、三人の冒険者が立っていた。
一人は人間の男性で、剣を背負っている。
一人は獣人の女性で、弓を持っている。
一人はエルフの男性で、杖を持っていた。
リクは彼らに近づいた。
人間の男性が手を差し出した。
(ダリウス)
「俺はダリウス。剣士だ」
(リク)
「リク・シライシです。創造士……だそうです」
(ダリウス)
「創造士? 珍しいな」
獣人の女性が笑った。
(リナ)
「私はリナ。狼の獣人で、弓使いよ」
(リク)
「よろしくお願いします」
エルフの男性が静かに頭を下げた。
(エリオ)
「エリオです。回復魔法を少し使えます」
(リク)
「回復魔法……」
(エリオ)
「傷を治す魔法ですね。まだ初級ですけど」
ダリウスが腕を組んだ。
(ダリウス)
「じゃあ、構成は前衛が俺とリク、後衛がリナとエリオだな」
(リク)
「前衛……ですか」
(ダリウス)
「剣使いだろ? なら、前で戦う」
(リク)
「いや、俺の剣は……ちょっと特殊で」
(ダリウス)
「特殊?」
リクは手のひらを見せた。
何も持っていない。
(リク)
「必要な時に、作ります」
ダリウスが首を傾げた。
(ダリウス)
「作る? まあいい。とにかく、戦えるんだな?」
(リク)
「……多分」
リナが笑った。
(リナ)
「頼りないわね。でも、昨日セリアを助けたって聞いたわよ」
(リク)
「あ、はい」
(リナ)
「なら、大丈夫。一緒に頑張りましょ」
エリオが依頼書を広げた。
(エリオ)
「今日の依頼は、ノルデの森でヒールグラスを三十株採取。それと、魔獣ウルヴァンの警戒です」
(ダリウス)
「ウルヴァン……森狼か。厄介だな」
(リク)
「森狼?」
(ダリウス)
「群れで動く魔獣だ。一匹なら弱いが、群れだと危険」
リナが弓を確認した。
(リナ)
「群れに遭遇したら、逃げるのが基本よ。戦うなら、一匹ずつ確実に倒す」
(エリオ)
「僕は後方支援に徹します。傷を負ったら、すぐに言ってください」
ダリウスが立ち上がった。
(ダリウス)
「じゃあ、行くぞ」
四人は、ギルドを出た。
*
ノルデの森は、相変わらず薄暗かった。
木々が密集し、光が遮られている。
地面は湿っていて、苔が生えていた。
ダリウスが先頭を歩き、リナが後ろから警戒している。
エリオは中央で、リクはその横を歩いていた。
(ダリウス)
「リク、昨日はどの辺りで採取した?」
(リク)
「森の入口近くです」
(ダリウス)
「なら、今日はもう少し奥へ行くぞ。薬草の質が良い」
(リク)
「でも、奥は危険じゃ……」
(ダリウス)
「四人いれば大丈夫だ。それに、俺たちは訓練も兼ねてる」
リナが木の枝に手をかけた。
(リナ)
「魔獣の気配は、今のところないわね」
(エリオ)
「油断はできませんけどね」
リクは周囲を見回した。
木々の影が揺れている。
風の音、葉の擦れる音、遠くで鳥が鳴く音。
全てが、静かで、だが緊張感があった。
ダリウスが立ち止まった。
(ダリウス)
「ここだ。この辺りに薬草が多い」
地面を見ると、確かにヒールグラスが生えていた。
葉が三枚、茎が細く、根元が白い。
リクはナイフを取り出して、採取を始めた。
ダリウスとリナも手伝い、エリオは周囲を警戒している。
作業は順調だった。
十株、二十株と集まっていく。
リクは慣れた手つきで、薬草を刈り取っていった。
その時、リナが動きを止めた。
(リナ)
「……誰か、静かに」
全員が動きを止めた。
リナが耳を澄ませている。
獣人の聴覚は、人間より鋭い。
(リナ)
「足音。複数。こっちへ向かってくる」
ダリウスが剣を抜いた。
(ダリウス)
「ウルヴァンか」
(リナ)
「多分」
エリオが杖を構えた。
リクは手のひらに意識を集中した。
剣を作る準備。
だが、まだ作らない。
光が出れば、敵に気づかれる。
足音が近づいてくる。
木々の影から、何かが姿を現した。
狼だった。
だが、普通の狼ではない。
体長は一メートルを超え、毛が黒く、目が赤く光っている。
それが、三匹。
ウルヴァンの群れだった。
ダリウスが前に出た。
(ダリウス)
「三匹なら、何とかなる」
リナが弓を引いた。
(リナ)
「私が一匹引きつける。ダリウスとリクで残りを」
(ダリウス)
「了解」
リナが矢を放った。
矢が空気を裂き、一匹のウルヴァンの足に刺さった。
ウルヴァンが吠える。
それが、リナへ向かって走った。
リナは木の陰に隠れ、次の矢を構える。
残り二匹が、ダリウスとリクへ向かってきた。
ダリウスが剣を構えた。
(ダリウス)
「リク、一匹頼む!」
(リク)
「わかりました!」
リクは手を前に出した。
剣を思い描く。
感情を乗せる。
恐怖と、決意と、仲間を守りたいという思い。
光が走った。
手のひらから溢れる光が、剣の形を成す。
刃が固まり、輪郭がはっきりし、重さが手に伝わる。
想像具現。
光の剣が、完成した。
ウルヴァンが跳んだ。
速い。
リクは剣を振り上げた。
だが、タイミングが合わない。
ウルヴァンの爪が、リクの肩を掠めた。
痛みが走る。
服が裂ける音がした。
血が滲む。
リクは後ろに下がった。
足が震える。
恐怖が、意識を侵食しようとする。
ウルヴァンが再び跳ぶ。
牙を剥き、赤い目がリクを捉えている。
リクは剣で受け止めた。
光の刃と、爪が交差する。
金属音に似た音が響いた。
衝撃で腕が痺れる。
力が、思ったより強い。
ウルヴァンが体重をかけてくる。
リクは押し込まれた。
足が地面を滑る。
このままじゃ、押し潰される。
その時、横から声が飛んだ。
(ダリウス)
「低く構えろ! 重心を落とせ!」
リクは膝を曲げた。
重心が安定する。
地面を踏みしめ、力を込める。
次の攻撃を、剣で受け流した。
刃が斜めに流れ、ウルヴァンの爪を逸らす。
ウルヴァンが体勢を崩す。
隙ができた。
リクは踏み込んだ。
光の剣を振り下ろす。
刃が、ウルヴァンの側面を斬った。
浅い。
だが、確かに傷がついた。
毛が裂け、血が飛び散る。
ウルヴァンが悲鳴を上げた。
痛みに怯んでいる。
リクは息を整えた。
恐怖を押し殺し、剣に集中する。
もっと硬く。
もっと鋭く。
刃が輝きを増した。
光が強くなる。
ウルヴァンが再び襲いかかる。
だが、今度は違う。
リクは落ち着いていた。
動きが見える。
跳ぶ瞬間、着地する場所、爪の軌道。
全てが、スローモーションのように見えた。
リクは横に跳んだ。
ウルヴァンが着地する。
その瞬間、リクは剣を振り上げた。
もう一撃。
刃が、ウルヴァンの首を斬った。
深い傷。
血が噴き出す。
ウルヴァンが倒れる。
地面に激突し、動かなくなった。
リクは息を吐いた。
倒した。
だが、まだ終わりじゃない。
ダリウスが、もう一匹のウルヴァンと戦っている。
剣と爪が激しく交差している。
リナが矢を放ち、ウルヴァンの足を狙う。
だが、ウルヴァンは素早く避けた。
ダリウスが踏み込んだ。
剣を振り下ろす。
ウルヴァンが横に跳ぶ。
だが、そこにリナの矢が飛んだ。
矢が、ウルヴァンの首に刺さった。
ウルヴァンが倒れる。
動かなくなった。
リナが三匹目のウルヴァンと対峙している。
弓を引き、矢を放つ。
ウルヴァンが避ける。
距離が縮まる。
リナが木の陰に隠れた。
だが、ウルヴァンが回り込む。
リナが次の矢を構える。
間に合わない。
ウルヴァンが跳んだ。
その瞬間、エリオが杖を振った。
(エリオ)
「《光の壁》!」
光の膜が、リナの前に展開された。
ウルヴァンがそれに激突し、弾かれた。
リナが矢を放った。
矢が、ウルヴァンの頭に刺さった。
ウルヴァンが倒れる。
動かなくなった。
戦いが、終わった。
ダリウスが剣を鞘に収めた。
(ダリウス)
「よくやった」
リナが息を吐いた。
(リナ)
「危なかったわ。エリオ、ありがとう」
(エリオ)
「いえ」
エリオがリクに近づいた。
(エリオ)
「肩、怪我してますね」
(リク)
「あ、はい」
エリオが杖をリクの肩にかざした。
(エリオ)
「《癒しの光》」
温かい光が、肩を包んだ。
痛みが和らいでいく。
傷が、少しずつ塞がっていく。
(リク)
「……すごい」
(エリオ)
「初級魔法ですけどね。完全には治せません」
(リク)
「十分です。ありがとうございます」
ダリウスがリクの肩を叩いた。
(ダリウス)
「初めてにしては、よく戦った」
(リク)
「でも、タイミングが合わなくて」
(ダリウス)
「それは慣れだ。何度も戦えば、身体が覚える」
リナが笑った。
(リナ)
「あの光の剣、面白いわね。消えたり現れたり」
(リク)
「想像具現なので……」
(リナ)
「便利じゃない。武器を持ち運ばなくていいし」
(エリオ)
「でも、精神力を使うんでしょう? 疲れませんか?」
(リク)
「はい。長時間は、無理です」
(ダリウス)
「なら、短期決戦向きだな。長期戦は避けろ」
リクは頷いた。
ダリウスの言葉は、的確だった。
経験から来る、実践的な助言。
リクは、学ぶべきことがまだ多いと感じた。
(ダリウス)
「じゃあ、薬草採取を続けるぞ。残り十株だ」
四人は再び、作業を始めた。
*
日が傾き始めた頃、ギルドへ戻った。
薬草は三十株、全て採取できた。
エリナが笑顔で迎えた。
(エリナ)
「お疲れ様です。無事でよかった」
(ダリウス)
「ウルヴァン三匹と戦ったが、全員無事だ」
(エリナ)
「素晴らしいですね。報酬は銀貨十枚です。四人で分けてください」
ダリウスが銀貨を受け取り、一人二枚ずつ配った。
リクは銀貨を手に取った。
昨日より少ない。
だが、四人で分けたのだから当然だった。
(リナ)
「今日は、いいチームワークだったわね」
(エリオ)
「はい。また一緒に依頼を受けたいですね」
(ダリウス)
「リク、また組むか?」
(リク)
「はい。よろしくお願いします」
ダリウスが笑った。
(ダリウス)
「じゃあ、また明日な」
三人は、ギルドを出て行った。
リクは受付に残っていた。
エリナが声をかけた。
(エリナ)
「リクさん、どうでしたか? 初めてのパーティ依頼」
(リク)
「……楽しかったです」
(エリナ)
「楽しかった?」
(リク)
「一人より、みんなで動く方が……安心できました」
エリナが微笑んだ。
(エリナ)
「それが、冒険者なんですよ」
(リク)
「冒険者……」
(エリナ)
「一人で戦うより、仲間と戦う。それが、ギルドの意味です」
リクは銀貨を見た。
二枚の銀貨。
だが、その重さは昨日と違っていた。
一人で得たものより、軽い。
でも、温かかった。
リクはギルドを出た。
空が、夕焼けに染まっている。
村の通りには、まだ人々が行き交っていた。
リクは歩きながら、考えた。
この世界で、自分は一人じゃない。
ガロス、エリナ、ダリウス、リナ、エリオ。
出会った人たちが、少しずつ増えている。
繋がりが、生まれている。
それが、嬉しかった。
帰る場所を探すために、ここへ来た。
だが、ここにも居場所ができつつある。
それは、矛盾なのか。
それとも、当然のことなのか。
リクは空を見上げた。
星が、一つ二つと輝き始めている。
知らない星座。
でも、もう怖くなかった。
この星空の下で、自分は生きている。
仲間と共に、前へ進んでいる。
帰る方法は、まだわからない。
だが、生きる理由は、増えていった。
それが、今の自分を支えていた。
リクは宿へ向かった。
明日も、ギルドへ行こう。
仲間と、また依頼を受けよう。
この世界で、生きるために。
そして、いつか帰るために。
(了)
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。
また次の物語で、お会いできる日を願っています。




