第28話「再会の風」
リクはギルドへ向かう途中、森の道を歩いていた。
学院から街への道。
木々が風に揺れている。
葉擦れの音が、心地いい。
(リク)
「……ガロス、いるかな」
呟く。
ダリウスたちを呼べるかどうか、相談しないと。
出発まで、あと五日。
時間がない。
でも——
(リク)
「セリナさんとノヴァ、再会できてよかった」
思い出す。
二人の抱擁。
涙と笑顔。
あれで、ノヴァも少し楽になっただろう。
そして、セリナも。
風が吹いた。
強い風。
木々が大きく揺れる。
(リク)
「……?」
何か、違和感がある。
ただの風じゃない。
この感覚——
(ガロス)
「よお、リク」
前から声がした。
リクは顔を上げた。
ガロスが立っていた。
大きな体。
熊の獣人。
その隣には——
(リク)
「エリナさん?」
エルフの受付嬢。
彼女も一緒にいる。
(エリナ)
「久しぶりね、リク」
エリナは微笑んだ。
(リク)
「どうして、ここに?」
(ガロス)
「お前に会いに来た」
ガロスは笑った。
(ガロス)
「ちょうどいい。話があるんだ」
(リク)
「話?」
(ガロス)
「ああ。歩きながら話そう」
三人は並んで歩き始めた。
風が、後ろから吹いている。
優しい風。
(ガロス)
「お前、一週間後に出発するんだろ?」
(リク)
「……はい」
(ガロス)
「セリナから聞いた。七王家を巡る旅だって」
リクは少し驚いた。
(リク)
「セリナさんが?」
(ガロス)
「ああ。昨日、ギルドに来てな。お前のこと心配してた」
エリナも頷いた。
(エリナ)
「あなた、無茶するから」
(リク)
「無茶って……」
(エリナ)
「虚獣十体以上討伐。一人で」
エリナは呆れた顔をした。
(エリナ)
「普通、パーティでやる任務よ」
(リク)
「でも、仲間がいたから……」
(ガロス)
「その仲間、まだ紹介してもらってないな」
ガロスは笑った。
(ガロス)
「いつか会わせてくれよ」
(リク)
「……いつか」
リクは笑った。
いつか、ノヴァをガロスに紹介できる日が来る。
それを信じて。
(ガロス)
「それでな、リク」
(リク)
「はい」
(ガロス)
「お前の旅に、ダリウスたちを連れてけ」
リクは足を止めた。
(リク)
「え……?」
(ガロス)
「ダリウス、リナ、エリオ。あいつら、お前と一緒に行きたがってる」
(リク)
「でも……」
(ガロス)
「危険だからこそ、仲間が必要なんだ」
ガロスはリクの肩を叩いた。
(ガロス)
「お前、一人で背負いすぎだ」
(リク)
「……」
(ガロス)
「頼れよ。仲間を」
リクは胸が熱くなった。
仲間。
確かに、必要だ。
ノヴァも言っていた。
二人だけじゃ、足りないって。
(リク)
「……ありがとうございます」
(ガロス)
「礼はいらない。これは、俺のわがままだ」
ガロスは空を見上げた。
(ガロス)
「お前を、無事に帰してやりたい」
(リク)
「帰す……」
(ガロス)
「ああ。元の世界に」
ガロスはリクを見た。
その目は、優しかった。
(ガロス)
「生きて帰れ、リク。それだけが、俺の願いだ」
リクは涙が滲んだ。
(リク)
「……はい」
エリナも微笑んだ。
(エリナ)
「私たちも、待ってるわ」
(リク)
「エリナさん……」
(エリナ)
「必ず帰ってきてね」
リクは頷いた。
三人は再び歩き始めた。
風が、優しく吹いている。
(ガロス)
「そういえば」
(リク)
「はい?」
(ガロス)
「お前が倒れてた場所の近くで、鞄を拾った」
(リク)
「鞄……?」
(ガロス)
「ああ。多分、お前のだ」
ガロスは背中の荷物から、黒い鞄を取り出した。
リュックサック。
見覚えがある。
(リク)
「これ……」
リクは鞄を受け取った。
手に馴染む感触。
間違いない。
これは、日本にいた時の鞄。
(リク)
「どこで……」
(ガロス)
「ノルデの森。お前が目覚めた場所の近く」
ガロスは思い出すように目を細めた。
(ガロス)
「最初は気づかなかったんだが、後で見回りしてた時に見つけた」
(リク)
「……」
(ガロス)
「中身、確認してないぞ。お前のプライバシーだからな」
リクは鞄を抱きしめた。
温かい。
いや、温かいわけじゃない。
でも、確かに何かを感じる。
故郷の、匂い。
(リク)
「ありがとうございます」
(ガロス)
「気にすんな」
三人は街に着いた。
ギルドの建物が見える。
(ガロス)
「じゃあ、俺はここで」
(リク)
「はい」
(エリナ)
「また後でね、リク」
(リク)
「はい」
ガロスとエリナは、ギルドに入っていった。
リクは一人、その場に立っていた。
鞄を見つめる。
黒いリュックサック。
日本で使っていた、あの鞄。
(リク)
「……開けてみよう」
リクは鞄を開けた。
中には——
手帳が、一冊だけ入っていた。
他には何もない。
財布も、スマホも、教科書も。
何もない。
ただ、手帳だけ。
リクはそれを取り出した。
黒い革の表紙。
手に馴染む感触。
(リク)
「これ……俺の」
リクは手帳を開いた。
最初のページ。
そこには、日付が書かれていた。
『2024年4月10日』
リクが転生した日。
踏切で事故に遭った日。
(リク)
「……あの日」
リクはページをめくった。
そこには、リクの字で予定が書かれていた。
『数学のテスト』
『妹の誕生日プレゼント買う』
『図書館で調べ物』
日常の、些細な予定。
でも、それが愛おしい。
(リク)
「……帰りたい」
呟く。
涙が滲む。
手帳を握りしめる。
その時——
手帳が、光った。
青い光。
リクの想像具現と同じ色。
(リク)
「え……?」
光は強くなる。
手帳が浮き上がる。
そして——
手帳が、開いた。
ページが勝手にめくられていく。
最後のページ。
そこには、何も書かれていなかった。
真っ白なページ。
でも——
文字が、浮かび上がってきた。
リクの字ではない。
誰かが、書いている。
いや、手帳自身が、書いている。
『ようこそ、リク』
リクは息を呑んだ。
(リク)
「何……これ」
手帳が、また光った。
そして、空中に浮かんだまま。
ページが、また動く。
『私は、あなたの記録』
(リク)
「記録……?」
『あなたが思い描いたもの、全てを記録する』
リクは手を伸ばした。
手帳に触れる。
温かい。
確かに、実体がある。
でも、これは——
(リク)
「想像具現……?」
『そう。あなたの想像が、私を生んだ』
リクは思い出した。
踏切での、あの瞬間。
「もう一度、世界を見たい」
そう願った。
そして、手帳を握りしめていた。
あの時の想像が——
(リク)
「お前を、作ったのか」
『そう。私は、あなたの願いの結晶』
手帳が、また光る。
そして、ゆっくりとリクの手に降りてきた。
リクはそれを受け取った。
手帳は、もう光っていない。
普通の手帳に戻っている。
でも、確かに感じる。
意思がある。
この手帳には、魂がある。
(リク)
「……お前、名前は?」
手帳が、また開いた。
文字が浮かぶ。
『まだない。あなたが、つけて』
リクは少し考えた。
名前。
この手帳の、名前。
(リク)
「……エコー」
『エコー?』
(リク)
「ああ。残響。俺の記憶の、残響」
手帳が、光った。
優しい光。
『エコー。いい名前』
リクは微笑んだ。
(リク)
「よろしく、エコー」
『よろしく、リク』
手帳が閉じた。
でも、温かい。
確かに、そこにいる。
リクの仲間として。
風が吹いた。
優しい風。
それは、まるで祝福のよう。
リクは空を見上げた。
青い空。
白い雲。
そして、遠くに見える学院の塔。
(リク)
「……みんな、いるんだな」
ノヴァ。
セリナ。
ガロス。
エリナ。
そして今、エコー。
一人じゃない。
もう、孤独じゃない。
リクは歩き始めた。
学院へ向かって。
エコーを抱きしめて。
その日の夜、リクは寮の部屋でエコーを見ていた。
手帳は、机の上に置かれている。
静かに、そこにある。
(リク)
「なあ、エコー」
手帳が開いた。
『何?』
(リク)
「お前、どこまで記録できるんだ?」
『全て』
(リク)
「全て?」
『あなたが見たもの、聞いたもの、感じたもの。全て』
リクは驚いた。
(リク)
「それって……」
『そう。私は、あなたの記憶の写し』
エコーが、ページをめくる。
そこには、リクが転生してからの日々が書かれていた。
ノルデの森で目覚めた日。
ガロスに救われた日。
想像具現を初めて使った日。
全て、記録されている。
(リク)
「すごい……」
『でも、これは過去』
(リク)
「過去?」
『私が記録するのは、未来も』
リクは目を見開いた。
(リク)
「未来も……記録できるのか?」
『できない。でも、予測はできる』
(リク)
「予測?」
『あなたの想像から、未来を予測する』
エコーは、別のページを開いた。
そこには、まだ何も書かれていない。
真っ白なページ。
でも——
文字が、ゆっくりと浮かび上がってきた。
『七王家の旅』
『北界』
『ノヴァの故郷』
『危険』
『でも、希望』
(リク)
「これ……」
『あなたが、無意識に想像している未来』
リクは息を呑んだ。
確かに、そう思っていた。
七王家の旅は危険だ。
でも、希望もある。
帰還への、道がある。
(リク)
「お前、すごいな」
『ありがとう』
エコーは閉じた。
でも、温かさは残っている。
リクはエコーを手に取った。
(リク)
「一緒に来てくれるか? 七王家の旅に」
エコーが開いた。
『もちろん。私は、あなたの記録だから』
リクは微笑んだ。
(リク)
「よろしく、エコー」
『よろしく、リク』
リクはエコーを鞄に入れた。
そして、ベッドに横になった。
天井を見つめる。
(リク)
「……あと五日」
出発まで、残り五日。
準備は進んでいる。
仲間も増えた。
ダリウス、リナ、エリオ。
そして、ノヴァ、セリナ、エコー。
みんなで、行く。
七王家を巡る、長い旅。
(リク)
「……帰れるかな」
不安がある。
でも、希望もある。
みんながいるから。
リクは目を閉じた。
眠りに落ちる。
夢の中で、踏切が見えた。
遮断機が上がっている。
道が、開いている。
その先に、光が見える。
帰る道の、光。
リクは、その光に向かって歩き始めた。
夜が、静かに更けていく。
学院は眠りについた。
でも、物語は動き続ける。
出発の日へ向けて。
帰還の道へ向けて。
全てが、繋がり始めた。
エコーは、全てを記録する。
リクの旅を。
リクの想いを。
そして、リクの帰還を。
それが、エコーの役目。
記録の精霊として。
風が吹く。
窓が、小さく揺れる。
その風は、優しい。
まるで、誰かが見守っているような。
ガロスの、優しさ。
セリナの、想い。
ノヴァの、絆。
そして、エコーの、記録。
全てが、リクを支えている。
だから、大丈夫。
きっと、帰れる。
元の世界に。
家族のもとに。
その信念が、リクを前に進ませる。
月が昇る。
その光が、学院を照らす。
そして、リクの部屋も照らす。
机の上の鞄。
その中のエコー。
それらも、月光に照らされている。
静かに、優しく。
物語は、次の章へ。
出発の、章へ。
(了)




