第27話「足りない構図」
翌日、リクは学院の医務室にいた。
昨日の戦闘の疲れが、まだ残っている。
体は重く、頭はぼんやりしている。
(医師)
「魔力消耗ですね。二日ほど安静に」
(リク)
「二日……」
(医師)
「無理しないように。共鳴は体への負担が大きいんです」
医師はベッドを指さした。
リクは素直に横になった。
天井を見つめる。
白い天井。
(リク)
「……疲れたな」
呟く。
体だけじゃない。
心も、疲れている。
昨日の戦闘。
虚獣十体以上。
ノヴァとの共鳴で、何とか勝てた。
でも——
(リク)
「一人じゃ、無理だった」
自分の限界を、痛感した。
窓の外を見る。
青い空。
白い雲。
平和な景色。
でも、その裏には危険が潜んでいる。
虚獣。
虚界。
そして、これから行く七王家。
(リク)
「……大丈夫かな」
不安が、胸を締め付ける。
その時——
(ノヴァ)
「寝てんのか?」
窓から声がした。
リクは起き上がった。
ノヴァが窓枠に座っている。
紅い髪が、風に揺れる。
(リク)
「お前、どうやって入った」
(ノヴァ)
「窓から」
(リク)
「ここ、三階だぞ」
(ノヴァ)
「飛んできた」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「冗談だ。壁を登った」
(リク)
「……変わらないな」
リクも笑った。
ノヴァは部屋に入ってきた。
(ノヴァ)
「どうだ、体は?」
(リク)
「重い。魔力消耗だって」
(ノヴァ)
「そうか」
ノヴァは椅子に座った。
(ノヴァ)
「俺もだ」
(リク)
「お前も?」
(ノヴァ)
「ああ。共鳴は、お互いに負担がかかる」
ノヴァは掌を見た。
そこには、淡い光痕がある。
(ノヴァ)
「でも、効果はあった」
(リク)
「ああ。虚獣、全部倒せた」
(ノヴァ)
「でもな」
ノヴァは真剣な顔をした。
(ノヴァ)
「俺たち、足りてない」
(リク)
「足りてない?」
(ノヴァ)
「戦力が」
ノヴァは窓の外を見た。
(ノヴァ)
「昨日、虚獣十体。それで限界だった」
(リク)
「……」
(ノヴァ)
「でも、七王家の旅では、もっと強い敵が出る」
(リク)
「もっと強い……」
(ノヴァ)
「ああ。虚獣どころじゃない。魔獣、盗賊、そして——」
ノヴァは目を細めた。
(ノヴァ)
「七王家の護衛たち」
(リク)
「護衛?」
(ノヴァ)
「七王家は、部外者を嫌う。特に、落胤なんて」
ノヴァは拳を握った。
(ノヴァ)
「追い返されるだけならいい。殺されるかもしれない」
リクは息を呑んだ。
(リク)
「それ、本気で言ってるのか」
(ノヴァ)
「本気だ」
ノヴァはリクを見た。
その瞳は、真剣だった。
(ノヴァ)
「だから、戦力が必要なんだ」
(リク)
「戦力って……」
(ノヴァ)
「仲間だ」
ノヴァは立ち上がった。
(ノヴァ)
「お前と俺だけじゃ足りない。もっと、信頼できる奴らが必要だ」
リクは少し考えた。
仲間。
確かに、必要だ。
でも——
(リク)
「誰を誘えばいい?」
(ノヴァ)
「お前、ギルドで仲間いるだろ」
(リク)
「ダリウスとか、リナとか?」
(ノヴァ)
「ああ。そういう奴ら」
(リク)
「でも、あいつら学院の外にいるし……」
(ノヴァ)
「呼べばいい」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「お前、結構信頼されてるぞ。ガロスからも、エリナからも」
(リク)
「……そうかな」
(ノヴァ)
「そうだ。だから、頼め」
リクは少し考えた。
確かに、ダリウスたちなら頼りになる。
剣士、弓手、回復士。
バランスの取れた構成。
でも——
(リク)
「セリナさんは?」
(ノヴァ)
「……あいつは」
ノヴァは少し黙った。
(ノヴァ)
「研究者だ。戦闘は得意じゃない」
(リク)
「でも、一緒に来るって言ってた」
(ノヴァ)
「知ってる」
ノヴァは目を伏せた。
(ノヴァ)
「だから、余計に心配なんだ」
(リク)
「心配?」
(ノヴァ)
「あいつを、危険に晒したくない」
ノヴァは拳を握った。
(ノヴァ)
「五年前、俺のせいで傷ついた。これ以上、傷つけたくない」
リクは黙った。
ノヴァの気持ちが、分かった。
優しさだ。
セリナを守りたい。
だから、危険から遠ざけたい。
でも——
(リク)
「それ、セリナさんが望んでることか?」
(ノヴァ)
「……何?」
(リク)
「セリナさん、一緒に行きたがってる」
リクはノヴァを見た。
(リク)
「ノヴァの故郷を見たいって。北界を、一緒に」
(ノヴァ)
「……」
(リク)
「それを、お前が拒否したら……セリナさん、悲しむぞ」
ノヴァは俯いた。
その肩が、小さく震えている。
(ノヴァ)
「でも……」
(リク)
「でも、何だ?」
(ノヴァ)
「俺、まだあいつに会えてない」
ノヴァは拳を握った。
(ノヴァ)
「会わずに一緒に旅するなんて、無理だ」
(リク)
「なら、会えばいい」
(ノヴァ)
「会えない」
(リク)
「なんで?」
(ノヴァ)
「怖いんだ」
ノヴァは笑った。
自嘲的な笑み。
(ノヴァ)
「拒絶されるのが、怖い」
リクは立ち上がった。
体は重いけど、動ける。
(リク)
「なら、俺が一緒に行く」
(ノヴァ)
「……何?」
(リク)
「セリナさんに会いに行く。お前と、一緒に」
ノヴァは目を見開いた。
(ノヴァ)
「でも、お前……」
(リク)
「大丈夫。まだ動ける」
リクは窓の外を見た。
(リク)
「今、決めないと。出発まで、あと五日しかない」
(ノヴァ)
「……」
(リク)
「セリナさんと、ちゃんと話そう。一緒に旅するかどうか」
ノヴァは少し考えた後、頷いた。
(ノヴァ)
「……分かった」
(リク)
「本当に?」
(ノヴァ)
「ああ。お前が一緒なら、何とかなる気がする」
ノヴァは笑った。
今度は、少し温かい笑顔だった。
(リク)
「じゃあ、今から行こう」
(ノヴァ)
「今?」
(リク)
「ああ。考える時間があると、また逃げるだろ」
(ノヴァ)
「……その通りだな」
二人は部屋を出た。
廊下を歩く。
足音が響く。
リクの心臓は早鳴っていた。
緊張している。
ノヴァも、同じだろう。
でも、やらないと。
セリナに会わないと。
ちゃんと、話さないと。
研究室の前に着いた。
扉が、目の前にある。
ノヴァは立ち止まった。
(ノヴァ)
「……やっぱり」
(リク)
「逃げるな」
リクはノヴァの背中を押した。
(リク)
「大丈夫。俺がいる」
(ノヴァ)
「……ありがとう」
ノヴァは深く息を吸った。
そして、扉をノックした。
コン、コン。
静寂。
心臓の音だけが聞こえる。
そして——
(セリナ)
「開いてるわ」
声が返ってきた。
ノヴァは扉を開けた。
ゆっくりと。
部屋の中には、セリナが座っていた。
資料を読んでいる。
顔を上げる。
そして——
セリナの目が、大きく見開いた。
資料が、床に落ちた。
(セリナ)
「……ノヴァ?」
声が、震えていた。
ノヴァは立ち尽くしていた。
言葉が出ない。
ただ、セリナを見つめている。
(セリナ)
「本当に……ノヴァなの?」
セリナは立ち上がった。
一歩、近づく。
ノヴァは後ずさった。
(ノヴァ)
「……ごめん」
ようやく、声が出た。
(ノヴァ)
「俺、あんたを……傷つけた」
(セリナ)
「……」
(ノヴァ)
「五年前、暴走して、あんたを瓦礫の下敷きにして……」
ノヴァは俯いた。
(ノヴァ)
「ずっと、謝りたかった」
セリナは黙っていた。
ただ、ノヴァを見つめている。
その目には、涙が滲んでいた。
(ノヴァ)
「でも、会えなかった。怖くて……」
(セリナ)
「馬鹿」
セリナが言った。
(セリナ)
「馬鹿、馬鹿、馬鹿……!」
セリナはノヴァに駆け寄った。
そして、抱きついた。
(セリナ)
「どうして……どうして、もっと早く来なかったの……」
涙が溢れる。
セリナの肩が震えている。
(セリナ)
「ずっと、待ってたのに……ずっと、探してたのに……」
ノヴァは動けなかった。
ただ、セリナの温もりを感じていた。
(セリナ)
「生きてた……本当に、生きてたのね……」
セリナは顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃの顔。
でも、笑っていた。
(セリナ)
「おかえり、ノヴァ」
ノヴァの目からも、涙が溢れた。
(ノヴァ)
「……ただいま」
二人は抱き合った。
五年間の空白を、埋めるように。
リクは、静かに部屋を出た。
二人だけにしてあげたかった。
廊下に立つ。
胸が温かい。
良かった。
ノヴァとセリナが、再会できた。
ちゃんと、繋がれた。
リクは窓の外を見た。
空が、青い。
雲が、流れている。
(リク)
「……これで、少し前に進めるな」
呟く。
そして、微笑む。
仲間。
それが、これから必要なもの。
ノヴァとセリナ。
そして、ダリウスたち。
みんなで、七王家を巡る。
みんなで、帰還の道を探す。
一人じゃない。
もう、孤独じゃない。
リクは廊下を歩き出した。
次は、ガロスに相談しよう。
ダリウスたちを、呼べるかどうか。
足音が響く。
でも、軽い。
心が軽いから。
希望があるから。
研究室の中では、ノヴァとセリナがまだ話していた。
五年間の、全てを。
涙と笑顔で、埋めていく。
(セリナ)
「リクが、あなたを呼んだの?」
(ノヴァ)
「ああ。あいつの想像具現で、現界した」
(セリナ)
「そう……」
セリナは微笑んだ。
(セリナ)
「いい子ね、リクは」
(ノヴァ)
「ああ。俺の、恩人だ」
(セリナ)
「あなたの?」
(ノヴァ)
「ああ。あいつがいなかったら、俺はまだ虚界で漂ってた」
ノヴァは窓の外を見た。
リクの姿は、もう見えない。
(ノヴァ)
「だから、あいつを帰してやりたい」
(セリナ)
「帰す……元の世界に?」
(ノヴァ)
「ああ」
(セリナ)
「……そう」
セリナは少し悲しそうに笑った。
(セリナ)
「でも、それは寂しいわね」
(ノヴァ)
「寂しい?」
(セリナ)
「だって、リクがいなくなったら……あなたも、消えるんでしょ?」
ノヴァは黙った。
確かに、その可能性はある。
リクの想像具現で現界した。
リクが帰ったら、自分はどうなるのか。
(ノヴァ)
「……分からない」
(セリナ)
「分からないのに、手伝うの?」
(ノヴァ)
「ああ」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「あいつには、帰る場所がある。それを、取り戻してやりたい」
(セリナ)
「……優しいのね」
(セリナ)
「昔と、変わってない」
ノヴァは目を細めた。
(ノヴァ)
「変わったよ。お前のおかげで」
(セリナ)
「私?」
(ノヴァ)
「ああ。お前が待っててくれたから、俺は戻れた」
ノヴァはセリナの手を握った。
(ノヴァ)
「ありがとう」
セリナは涙を拭った。
(セリナ)
「……どういたしまして」
二人は笑い合った。
そして、また話し始めた。
これからのこと。
七王家のこと。
旅のこと。
時間は、ゆっくりと流れていく。
でも、もう二度と離れない。
そう、二人は誓った。
夕日が差し込む。
研究室が、オレンジ色に染まる。
二人の影が、一つに重なる。
それは、再会の影。
そして、未来への影。
物語は、また動き出した。
仲間が増えた。
絆が深まった。
次は、出発の準備。
あと五日。
時間は少ない。
でも、やれることはある。
リクは、ギルドへ向かった。
ノヴァとセリナは、研究室で話し続けた。
そして、世界は回り続ける。
帰還への道を、照らしながら。
(了)




