第26話「虚ろの巣窟」
ギルドの掲示板に、新しい依頼が貼られていた。
赤い紙。
緊急依頼の印。
リクはそれを見つめた。
『虚獣討伐 学院近郊ダンジョン 報酬:金貨50枚』
(リク)
「虚獣……」
(ガロス)
「やるのか?」
背後から声がした。
ガロスだ。
(リク)
「これ、危険ですよね」
(ガロス)
「ああ。虚獣は物理攻撃が効かない」
ガロスは依頼書を見た。
(ガロス)
「お前の想像具現なら、倒せる。でも、一人じゃ無理だ」
(リク)
「……」
(ガロス)
「誰か連れてけ。ダリウスとか、リナとか」
リクは少し考えた。
でも、頭に浮かんだのは別の顔。
紅い髪の青年。
(リク)
「大丈夫です。仲間がいます」
(ガロス)
「仲間?」
(リク)
「はい。信頼できる奴です」
ガロスは少し考えた後、頷いた。
(ガロス)
「なら、いいだろう。気をつけてな」
(リク)
「はい」
リクは依頼書を受け取った。
その日の午後、リクは学院近郊の森にいた。
ダンジョンの入口。
古い遺跡の、崩れた門。
(ノヴァ)
「ここか」
ノヴァが現れた。
紅い髪が、風に揺れる。
(リク)
「ああ。虚獣が出るらしい」
(ノヴァ)
「虚獣、か」
ノヴァは門を見た。
(ノヴァ)
「懐かしいな。五年前、よく戦った」
(リク)
「倒し方、知ってるのか?」
(ノヴァ)
「ああ。核を狙え。それだけだ」
ノヴァは掌を開いた。
紅い光が灯る。
(ノヴァ)
「行くぞ」
二人は門をくぐった。
中は暗い。
松明の光だけが、道を照らす。
足音が、石の床に響く。
(リク)
「……静かだな」
(ノヴァ)
「静か過ぎる」
ノヴァは警戒した。
(ノヴァ)
「来るぞ」
その瞬間——
空気が震えた。
音はない。
でも、確かに何かが来る。
(リク)
「どこだ?」
(ノヴァ)
「上だ!」
天井が崩れた。
煙のような影が降りてくる。
虚獣だ。
赤黒い核。
煙状の体。
それは、リクが以前倒したものと同じ。
でも、今回は三体。
(ノヴァ)
「多いな」
(リク)
「やれる?」
(ノヴァ)
「やるしかない」
ノヴァは紅い光を放った。
《フレア・ランス》
炎の槍が、虚獣を貫く。
一体目、消滅。
(ノヴァ)
「核を狙え!」
リクも掌を開いた。
青い光が走る。
《ブレード・ファントム》
光の剣が具現化。
二体目に斬りかかる。
でも——
剣が、通り抜けた。
(リク)
「えっ?」
虚獣が反撃してくる。
煙の腕が、リクを襲う。
(ノヴァ)
「リク!」
ノヴァが飛び込んできた。
紅い壁が展開。
《バリア・フレイム》
虚獣の腕が、壁に阻まれる。
(ノヴァ)
「お前の剣、感情が足りない!」
(リク)
「感情?」
(ノヴァ)
「虚獣は感情で殺す。理性だけじゃ倒せない」
リクは息を呑んだ。
感情。
恐怖、怒り、悲しみ。
それを込めないと——
(ノヴァ)
「考えるな! 感じろ!」
ノヴァが叫んだ。
その瞬間、虚獣が動いた。
三体目が、リクに襲いかかる。
煙の体が、膨れ上がる。
口が開く。
闇が、リクを飲み込もうとする。
(リク)
「くそ……!」
恐怖が走る。
心臓が早鳴る。
でも——
ノヴァの言葉が響く。
『感じろ』
リクは目を閉じた。
感情を呼び起こす。
恐怖。
でも、それだけじゃない。
怒り。
この虚獣が、世界を壊そうとしている。
帰る道を、邪魔している。
(リク)
「……邪魔すんな」
リクは目を開けた。
掌から、光が溢れる。
青い光。
いや、違う。
紅が、混ざっている。
蒼銀の光。
(ノヴァ)
「それだ!」
リクは剣を振った。
光が走る。
空気が裂ける。
音が遅れて届く。
虚獣の核が、砕けた。
光が爆ぜる。
虚獣が消滅する。
(リク)
「……やった」
(ノヴァ)
「まだだ!」
天井から、また影が降りてくる。
今度は五体。
(ノヴァ)
「数が増えてる……!」
(リク)
「どうする?」
(ノヴァ)
「逃げるか?」
(リク)
「逃げない」
リクは剣を構えた。
(リク)
「お前と俺なら、倒せる」
(ノヴァ)
「……そうか」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「なら、やるぞ」
二人は背中を合わせた。
蒼銀の光が、二人を包む。
虚獣が襲いかかる。
五体、同時に。
(ノヴァ)
「左は任せた!」
(リク)
「右も任せろ!」
ノヴァの紅い炎が走る。
リクの青い刃が光る。
二つの光が交差する。
空気が震える。
虚獣が次々と消滅していく。
でも——
(リク)
「まだ来る……!」
天井が崩れた。
今度は十体。
いや、もっと。
ダンジョン全体から、虚獣が湧き出してくる。
(ノヴァ)
「くそ、巣窟だったのか……!」
(リク)
「巣窟?」
(ノヴァ)
「虚獣の繁殖地。ここ、虚界と繋がってる」
ノヴァは奥を見た。
そこには、紫色の亀裂がある。
虚界への門。
(ノヴァ)
「あれを閉じないと、無限に湧く」
(リク)
「どうやって?」
(ノヴァ)
「想像具現で封印する」
(リク)
「でも、こんなに虚獣がいたら……」
(ノヴァ)
「俺が抑える。お前は封印に集中しろ」
(リク)
「一人で? 無理だ!」
(ノヴァ)
「無理じゃない」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「お前がいるだろ」
(リク)
「……?」
(ノヴァ)
「共鳴しよう。クロスライトで」
リクは息を呑んだ。
共鳴。
二人の具現を、融合させる。
でも——
(リク)
「暴走するかもしれない」
(ノヴァ)
「しない」
ノヴァはリクの肩を掴んだ。
(ノヴァ)
「お前と俺は、信頼し合ってる。だから、大丈夫だ」
リクは頷いた。
(リク)
「……分かった」
二人は手を握った。
蒼銀の光が溢れる。
それは、今までで最も強い光。
二人の具現が、融合していく。
リクの想像。
ノヴァの創造。
それが交わり、新しい力になる。
(リク)
「行くぞ!」
(ノヴァ)
「ああ!」
二人は同時に掌を開いた。
光が走る。
蒼と紅が螺旋を描く。
空気が裂ける。
音が爆発する。
虚獣が、一瞬で消滅した。
十体、全て。
(リク)
「……すごい」
(ノヴァ)
「まだだ。封印しろ!」
リクは亀裂に向き直った。
虚界への門。
そこから、また虚獣が湧き出そうとしている。
リクは想像した。
封印。
閉じる。
世界と虚界を、切り離す。
光が走る。
蒼銀の光が、亀裂を包む。
そして——
亀裂が、閉じていく。
ゆっくりと、確実に。
虚獣が、悲鳴を上げる。
でも、止まらない。
光は強くなる。
亀裂は、完全に閉じた。
静寂。
虚獣は、もういない。
ダンジョンは、静かになった。
リクは膝をついた。
息が荒い。
体が重い。
(ノヴァ)
「大丈夫か?」
ノヴァが駆け寄ってきた。
(リク)
「……疲れた」
(ノヴァ)
「当たり前だ。共鳴は負担が大きい」
ノヴァはリクを支えた。
(ノヴァ)
「でも、よくやった」
(リク)
「お前もな」
二人は笑い合った。
疲れていたけど、達成感があった。
やり遂げた。
共に。
(ノヴァ)
「なあ、リク」
(リク)
「ん?」
(ノヴァ)
「お前、俺の型を真似してたな」
(リク)
「え?」
(ノヴァ)
「さっきの戦闘。お前の動き、俺に似てた」
リクは少し考えた。
確かに、無意識にノヴァの動きを真似ていた気がする。
(リク)
「……かもしれない」
(ノヴァ)
「それでいい」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「共鳴ってのは、互いを学ぶことだ」
(リク)
「学ぶ……」
(ノヴァ)
「ああ。お前が俺から学び、俺もお前から学ぶ」
ノヴァは空を見上げた。
崩れた天井から、光が差し込んでいる。
(ノヴァ)
「それが、クロスライトの本質だ」
リクは頷いた。
確かに、ノヴァの言う通りだ。
二人は互いを模倣し、学び合い、成長する。
それが、絆。
(リク)
「……帰ろう」
(ノヴァ)
「ああ」
二人はダンジョンを出た。
外は、まだ明るかった。
夕日が、森を照らしている。
リクは深く息を吸った。
新鮮な空気。
生きている実感。
(ノヴァ)
「報酬、受け取ってこいよ」
(リク)
「お前の分は?」
(ノヴァ)
「いらない。俺、ギルド登録してないし」
(リク)
「でも……」
(ノヴァ)
「いいんだ。お前が使え」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「旅の準備金にしろ」
リクは頷いた。
(リク)
「……ありがとう」
(ノヴァ)
「礼はいらない」
二人は森を抜けた。
学院が見える。
白い塔が、夕日に染まっている。
リクは胸が温かくなった。
今日、また一つ成長した。
ノヴァとの共鳴。
それは、新しい力。
そして、新しい絆。
(リク)
「なあ、ノヴァ」
(ノヴァ)
「ん?」
(リク)
「次も、一緒に戦おう」
(ノヴァ)
「当たり前だろ」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「俺たち、仲間だからな」
リクも笑った。
仲間。
クロスライト。
光を交わす者たち。
それが、二人の名前。
夕日が沈んでいく。
空が、赤から紫へと変わる。
星が、見え始める。
リクとノヴァは、並んで歩いた。
学院へ向かって。
その背中には、蒼銀の光が残っていた。
共鳴の証。
それは、ゆっくりと消えていく。
でも、心には残る。
永遠に。
ギルドに戻ると、ガロスが待っていた。
(ガロス)
「おかえり。無事だったか」
(リク)
「はい。任務完了です」
リクは依頼書を渡した。
ガロスはそれを確認した。
(ガロス)
「虚獣十体以上討伐、か。やるな」
(リク)
「仲間のおかげです」
(ガロス)
「その仲間、いつか紹介してくれよ」
(リク)
「……いつか」
リクは笑った。
いつか、ノヴァをガロスに紹介できる日が来る。
セリナにも、会える日が来る。
それを信じて。
ガロスは報酬を渡した。
金貨50枚。
重い袋。
(ガロス)
「これで、旅の準備も進むな」
(リク)
「はい」
リクは袋を受け取った。
一週間後の出発。
そのための資金。
そして、希望。
(ガロス)
「気をつけてな、リク」
(リク)
「はい。必ず、帰ってきます」
ガロスは頷いた。
その目は、優しかった。
まるで、父親のような。
リクは胸が温かくなった。
ここにも、居場所がある。
帰る場所がある。
でも、元の世界にも帰りたい。
両方、大切だ。
だから、頑張る。
その夜、リクは寮の部屋で報酬を数えていた。
金貨50枚。
これで、装備も買える。
食料も買える。
でも——
(リク)
「……セリナさんにも、渡さないと」
リクは金貨を分けた。
自分の分、25枚。
セリナの分、25枚。
公平に。
窓の外を見る。
星が輝いている。
その中に、紅い光が走った。
ノヴァだ。
彼も、見ているんだ。
同じ空を。
リクは微笑んだ。
(リク)
「おやすみ、ノヴァ」
呟く。
答えは返ってこない。
でも、確かに伝わっている。
二人は、繋がっているから。
リクは目を閉じた。
眠りに落ちる。
夢の中で、また戦った。
ノヴァと、共に。
蒼銀の光を放ちながら。
それは、未来の予感。
これから始まる、長い旅の予感。
夜が、静かに更けていく。
学院は眠りについた。
でも、物語は動き続ける。
北界へ。
七王家へ。
そして、帰還へ。
全てが、繋がり始めた。
共鳴は、成功した。
クロスライトは、確立した。
次は、旅立ち。
新しい章の、始まり。
(了)




