第25話「禁じられた血」
学院の庭園は、静かだった。
夕暮れの光が、木々を照らしている。
リクは一人、ベンチに座っていた。
明日から旅の準備が本格的に始まる。
一週間後には、出発。
七王家を巡る、長い旅。
(リク)
「……本当に、大丈夫かな」
呟く。
答えは返ってこない。
ただ、風が吹くだけ。
(ノヴァ)
「何が大丈夫じゃないんだ?」
背後から声がした。
リクは振り返った。
ノヴァが立っていた。
紅い髪が、夕日に照らされている。
(リク)
「お前か」
(ノヴァ)
「お前、最近よく一人で考え込んでるな」
ノヴァは隣に座った。
(ノヴァ)
「何か悩みか?」
(リク)
「悩みって言うか……」
リクは空を見上げた。
オレンジ色の空。
(リク)
「本当に帰れるのかなって」
(ノヴァ)
「帰れる」
ノヴァは即答した。
(ノヴァ)
「お前なら、絶対に帰れる」
(リク)
「なんで、そんなに断言できるんだ」
(ノヴァ)
「お前の力を見てるから」
ノヴァは掌を開いた。
そこには、蒼銀の光痕がある。
(ノヴァ)
「想像具現。それは、世界を変える力だ」
(リク)
「でも、俺まだ不安定で……」
(ノヴァ)
「不安定で当たり前だ」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「完璧な奴なんていない。俺だって、五年前に暴走した」
(リク)
「……」
(ノヴァ)
「でも、お前は俺より強い」
(リク)
「強い?」
(ノヴァ)
「帰る場所がある」
ノヴァは空を見上げた。
(ノヴァ)
「それが、お前の強さだ」
リクは黙った。
帰る場所。
家族。
日本。
それは、確かにある。
でも——
(リク)
「お前は?」
(ノヴァ)
「俺?」
(リク)
「お前には、帰る場所ないのか?」
ノヴァは少し考えた。
(ノヴァ)
「……なかった」
(リク)
「なかった?」
(ノヴァ)
「ああ。俺、北界の落胤だから」
ノヴァは目を伏せた。
(ノヴァ)
「七王家ノースフィールドの、捨てられた子供」
リクは息を呑んだ。
(リク)
「捨てられた……」
(ノヴァ)
「ああ。母親は使用人、父親は貴族。でも、認知されなかった」
ノヴァは拳を握った。
(ノヴァ)
「落胤。私生児。血は継いでるけど、名は継げない」
(リク)
「……」
(ノヴァ)
「だから、北界には居場所がなかった」
ノヴァは目を閉じた。
記憶が、蘇る。
雪の降る屋敷。
冷たい廊下。
誰も声をかけてくれない、孤独な日々。
(ノヴァ)
「五歳の時、初めて具現を発動した」
(リク)
「五歳……早いな」
(ノヴァ)
「七王家の血だからな。でも、それが問題だった」
ノヴァは拳を握った。
(ノヴァ)
「紅い具現。それは、父親と同じ色だった」
(リク)
「……それで」
(ノヴァ)
「認知を迫られた。母親が、俺を連れて屋敷に乗り込んだ」
ノヴァは笑った。
自嘲的な笑み。
(ノヴァ)
「でも、父親は否定した。『落胤など知らん』って」
(リク)
「……」
(ノヴァ)
「その場で母親が泣き崩れて、俺は……ただ立ってた」
ノヴァは空を見上げた。
(ノヴァ)
「何も言えなかった。何もできなかった」
(リク)
「それから?」
(ノヴァ)
「屋敷を追い出された。母親は病んで、俺は一人になった」
ノヴァは目を伏せた。
(ノヴァ)
「十歳の時、母親が死んだ。それから、ずっと一人だ」
リクは胸が締め付けられた。
ノヴァの孤独。
それは、想像を絶する深さだった。
(ノヴァ)
「だから、北界には帰りたくなかった」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「皮肉だろ。創造の血を継ぎながら、自分の居場所は創れなかった」
リクは胸が痛んだ。
ノヴァの孤独。
それは、想像以上に深い。
(リク)
「それで、学院に来たのか」
(ノヴァ)
「ああ。ここなら、血じゃなくて実力で評価される」
ノヴァは学院を見た。
白い塔が、夕日に染まっている。
(ノヴァ)
「研究すれば、認められると思った」
(リク)
「でも……」
(ノヴァ)
「暴走した。紅の具現が制御不能になって、学院を壊した」
ノヴァは目を閉じた。
(ノヴァ)
「結局、また捨てられた」
(リク)
「捨てられてない」
リクはノヴァを見た。
(リク)
「セリナさんは、待ってる」
(ノヴァ)
「……知ってる」
(ノヴァ)
「でも、会えない」
(リク)
「なんで?」
(ノヴァ)
「怖いんだ」
ノヴァは拳を握った。
(ノヴァ)
「拒絶されるのが、怖い」
(リク)
「拒絶なんて……」
(ノヴァ)
「するだろ。俺、あいつを傷つけたんだから」
ノヴァは立ち上がった。
(ノヴァ)
「俺の紅い具現が暴走して、あいつは瓦礫の下敷きになった」
(リク)
「……」
(ノヴァ)
「重傷だった。治るのに半年かかった」
ノヴァは空を見上げた。
(ノヴァ)
「それから五年間、あいつは俺のせいで苦しんでる」
(リク)
「でも、セリナさんは……」
(ノヴァ)
「許してないだろうな」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「当たり前だ。俺、あいつの人生を壊したんだから」
リクは立ち上がった。
(リク)
「それ、本当にそう思ってるのか?」
(ノヴァ)
「……何?」
(リク)
「セリナさんが、お前を許してないって」
ノヴァは黙った。
(リク)
「俺には、そう見えない」
(ノヴァ)
「……」
(リク)
「セリナさん、お前のこと今でも待ってる。許してないなら、待たない」
ノヴァは目を見開いた。
(リク)
「昨日、セリナさんが言ってた。『ノヴァ、まだ生きてるの?』って」
(ノヴァ)
「……聞いてたのか」
(リク)
「聞こえた。お前の波長と繋がってるから」
リクはノヴァの肩を掴んだ。
(リク)
「セリナさんは、怒ってない。悲しんでるんだ」
(ノヴァ)
「悲しんでる……」
(リク)
「お前が消えたことを、お前に会えないことを」
ノヴァは俯いた。
その肩が、小さく震えている。
(ノヴァ)
「……でも」
(リク)
「でも、何だ?」
(ノヴァ)
「俺、まだ不安定なんだ」
ノヴァは掌を開いた。
そこには、淡い光痕がある。
(ノヴァ)
「お前の想像具現で現界したけど、完全じゃない」
(リク)
「……」
(ノヴァ)
「いつ消えるか分からない。そんな状態で、あいつに会えない」
ノヴァは拳を握った。
(ノヴァ)
「会って、また消えたら……あいつ、もっと苦しむ」
リクは黙った。
ノヴァの気持ちが、分かった。
優しさだ。
セリナを傷つけたくない。
だから、会えない。
(リク)
「……なら、安定させよう」
(ノヴァ)
「安定?」
(リク)
「お前を、ちゃんとこの世界に存在させる」
リクはノヴァを見た。
(リク)
「北界に行けば、方法が分かるかもしれない」
(ノヴァ)
「北界……」
(リク)
「お前の故郷。創造の理が残ってる場所」
ノヴァは少し考えた。
(ノヴァ)
「……確かに、ノースフィールドには古い研究資料が残ってる」
(リク)
「なら、それを使おう」
(ノヴァ)
「でも、俺は落胤だ。あそこに戻ったら……」
(リク)
「俺が一緒に行く」
リクは手を差し出した。
(リク)
「仲間だろ。クロスライト」
ノヴァは少し迷った後、その手を握った。
温かかった。
確かに、実体がある。
蒼銀の光が溢れる。
二人の絆が、また深まった。
(ノヴァ)
「……ありがとう」
(リク)
「礼はいらない」
二人は笑い合った。
夕日が沈んでいく。
空が、赤から紫へと変わる。
(ノヴァ)
「なあ、リク」
(リク)
「ん?」
(ノヴァ)
「お前、なんで俺に優しいんだ?」
リクは少し考えた。
(リク)
「……似てるから」
(ノヴァ)
「似てる?」
(リク)
「お前と俺」
リクは空を見上げた。
(リク)
「どっちも、居場所を探してる」
(ノヴァ)
「……」
(リク)
「俺は元の世界に帰りたい。お前は、この世界で居場所が欲しい」
リクはノヴァを見た。
(リク)
「違うようで、同じなんだ」
ノヴァは目を見開いた。
(ノヴァ)
「……そうか」
ノヴァは笑った。
今度は、温かい笑顔だった。
(ノヴァ)
「なら、お互い様だな」
(リク)
「ああ」
(ノヴァ)
「でも、北界に戻るのは簡単じゃない」
(リク)
「何か問題が?」
(ノヴァ)
「ノースフィールド家は、落胤を認めない。俺が戻ったら、追い出される」
(リク)
「追い出されても、資料だけは見られるだろ」
(ノヴァ)
「……資料庫は、血統者しか入れない」
(リク)
「血統者……お前も血は継いでるんだろ?」
(ノヴァ)
「でも、名がない。名がなければ、血統者として認められない」
ノヴァは拳を握った。
(ノヴァ)
「だから、潜入するしかない」
(リク)
「潜入?」
(ノヴァ)
「ああ。夜に忍び込んで、資料を盗む」
リクは少し考えた。
(リク)
「……それ、危険じゃないか?」
(ノヴァ)
「危険だ。でも、他に方法がない」
(リク)
「なら、俺も一緒に行く」
(ノヴァ)
「お前、巻き込みたくない」
(リク)
「仲間だろ。一緒に行く」
ノヴァは目を見開いた。
(ノヴァ)
「……ありがとう」
二人は再び手を握った。
蒼銀の光が、庭園を照らす。
その光は、優しかった。
温かかった。
希望の色だった。
光が消える。
星が見え始めた。
夜が来る。
でも、二人は怖くない。
共にいるから。
光を交わしているから。
(ノヴァ)
「なあ、リク」
(リク)
「ん?」
(ノヴァ)
「お前が元の世界に帰ったら、俺どうなる?」
リクは少し考えた。
(リク)
「……分からない」
(ノヴァ)
「消えるかもな」
(リク)
「消えない」
リクは強く言った。
(リク)
「北界で、お前を安定させる。完全に、この世界に存在させる」
(ノヴァ)
「それ、できるのか?」
(リク)
「やる。絶対に」
リクは拳を握った。
(リク)
「お前は、俺の仲間だ。消させない」
ノヴァは目を細めた。
(ノヴァ)
「……強いな、お前」
(リク)
「強くない。ただ、仲間を失いたくないだけ」
ノヴァは笑った。
(ノヴァ)
「それが、強さだ」
二人は立ち上がった。
星空の下、並んで立つ。
(ノヴァ)
「じゃあ、約束だ」
(リク)
「約束?」
(ノヴァ)
「北界で、俺を安定させる。そしたら、セリナに会う」
(リク)
「……うん」
(ノヴァ)
「それから、お前を元の世界に帰す」
(リク)
「ああ」
二人は手を握った。
蒼銀の光が、再び溢れる。
それは、誓いの光。
約束の光。
未来への光。
光が消えた。
静寂が戻る。
でも、二人の心は満たされていた。
約束ができたから。
道が見えたから。
(リク)
「……帰ろう」
(ノヴァ)
「ああ」
二人は庭園を出た。
星が、二人を見送る。
そして、風が吹く。
優しい風。
それは、祝福の風。
二人の約束を、運んでいく風。
リクとノヴァの絆は、また深まった。
禁じられた血を継ぐ者と、異世界から来た者。
二人は、似ていた。
孤独を知っていた。
居場所を探していた。
だから、共鳴した。
光を交わした。
そして今、約束した。
北界で、全てを決める。
ノヴァの存在を確立する。
そして、リクを帰す。
それが、クロスライトの誓い。
星空は、その誓いを見守っていた。
静かに、優しく。
そして、未来を照らしていた。
夜が、深まっていく。
学院は眠りについた。
でも、二人の心は眠れない。
明日から始まる、準備のことを考えていた。
一週間後の、出発のことを考えていた。
そして、北界のことを考えていた。
ノヴァの故郷。
創造の理が眠る場所。
そして、全てが決まる場所。
二人は、それぞれの部屋に戻った。
でも、心は繋がっている。
蒼銀の光で、繋がっている。
その光は、消えない。
二人が信じ合う限り、永遠に灯り続ける。
月が昇る。
その光が、学院を照らす。
静かに、優しく。
そして、二人を見守る。
未来へ向かう、二人を。
庭園には、誰もいない。
でも、余韻が残っている。
蒼銀の光の、残響。
それは、ゆっくりと消えていく。
でも、完全には消えない。
いつか、また灯る日まで。
夜が、静かに更けていく。
でも、物語は動き始めた。
北界へ。
過去へ。
そして、未来へ。
全てが、繋がり始めた。
(了)




