第24話「七つの名」
この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。
ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。
どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
翌日、リクは再びセリナの研究室を訪れた。
昨日の気まずさが、まだ残っている。
扉をノックする。
返事はない。
(リク)
「……セリナさん?」
もう一度ノックする。
やっと、声が返ってきた。
(セリナ)
「開いてるわ」
リクは扉を開けた。
部屋の中は、昨日よりも散らかっていた。
本が床に積まれ、紙が机を埋め尽くしている。
セリナは机の前に座っていた。
眼鏡の奥の目は、少し赤い。
(リク)
「……大丈夫ですか?」
(セリナ)
「ええ。徹夜しただけ」
セリナは資料を指さした。
(セリナ)
「あなたの帰還方法、調べてた」
(リク)
「徹夜で……?」
(セリナ)
「当たり前でしょ。約束したもの」
セリナは微笑んだ。
少し疲れた笑顔だった。
(セリナ)
「それで、一つ分かったことがある」
(リク)
「何ですか?」
(セリナ)
「七王家」
セリナは古い羊皮紙を広げた。
褪せた文字が並んでいる。
(セリナ)
「《セプト・アーク》。七つの創造王家」
(リク)
「創造王家……?」
(セリナ)
「この世界で最初に創造具現を体系化した七つの血統」
セリナは文字を指でなぞる。
(セリナ)
「北界のノースフィールド、東界のイーストリア、南界のサウスウェル……」
(リク)
「ノースフィールド……」
その名に、リクは反応した。
ノヴァの姓だ。
(セリナ)
「そう。ノヴァは北界の末裔」
セリナは目を伏せた。
(セリナ)
「彼の血には、創造の力が流れてた」
(リク)
「……」
(セリナ)
「七王家は、それぞれ異なる創造の理を持ってる」
セリナは資料をめくる。
(セリナ)
「北界は『氷と構造』、東界は『光と時間』、南界は『炎と破壊』……」
(リク)
「それが、何か?」
(セリナ)
「七つの理を全て理解すれば、世界の創造法則が分かる」
セリナはリクを見た。
(セリナ)
「そして、世界の境界も、理解できる」
リクは息を呑んだ。
(リク)
「つまり……」
(セリナ)
「帰還の道が、見えるかもしれない」
セリナは別の資料を広げた。
(セリナ)
「それぞれの王家には、得意分野がある」
(リク)
「得意分野?」
(セリナ)
「北界ノースフィールドは『氷と構造』。建築や防御に長けてる」
(リク)
「ノヴァが構造系の具現を使ってたのは……」
(セリナ)
「血の影響ね。東界イーストリアは『光と時間』。予知や記録が専門」
セリナは指で資料をなぞる。
(セリナ)
「南界サウスウェルは『炎と破壊』。戦闘と破壊の理論。西界ウェストンは『風と移動』。転移や飛行技術」
(リク)
「転移……」
(セリナ)
「ええ。西界に行けば、世界移動のヒントがあるかもしれない」
(リク)
「他は?」
(セリナ)
「中央界セントラルは『大地と生命』。治療や農業。天界スカイアは『天と精神』。魂の理論」
(リク)
「魂の理論……それも重要そうだ」
(セリナ)
「そして地界ヴォイダルクは『虚と記憶』。虚界研究の本家」
セリナは資料を閉じた。
(セリナ)
「七つ全て回れば、転生の仕組みも、帰還の方法も分かるはず」
セリナは羊皮紙を畳んだ。
(セリナ)
「でも、簡単じゃない」
(リク)
「どういうことですか?」
(セリナ)
「七王家は、今はバラバラ。それぞれの領地で、それぞれの理を守ってる」
セリナは地図を広げた。
大陸全体が描かれている。
(セリナ)
「北界、東界、南界、西界、中央界、天界、地界」
七つの領域が、色分けされている。
(セリナ)
「全部回るには、一年以上かかる」
(リク)
「一年……」
リクは地図を見つめた。
遠い。
でも、それが帰る道なら。
(リク)
「行きます」
(セリナ)
「本気?」
(リク)
「はい。帰りたいから」
セリナは少し考えた後、頷いた。
(セリナ)
「分かった。じゃあ、準備しましょう」
(リク)
「準備?」
(セリナ)
「旅の準備。装備も、資金も、情報も必要」
セリナは立ち上がった。
(セリナ)
「それと、仲間も」
(リク)
「仲間?」
(セリナ)
「一人じゃ無理よ。七王家は危険な場所も多い」
セリナは窓の外を見た。
(セリナ)
「特に、北界は……」
セリナは言葉を切った。
その表情は、少し暗い。
(リク)
「北界が、何か?」
(セリナ)
「……ノヴァの故郷」
セリナは目を閉じた。
(セリナ)
「彼が消える前、最後に行きたがってた場所」
(リク)
「……」
(セリナ)
「でも、行けなかった。事件が起きて、消えて……」
セリナは拳を握った。
(セリナ)
「だから、リク。あなたが行くなら、私も行く」
(リク)
「セリナさん……」
(セリナ)
「ノヴァの代わりに、北界を見たい」
セリナは微笑んだ。
涙を堪えているような、笑顔。
(リク)
「……ありがとうございます」
(セリナ)
「礼はいらない。これは、私のわがまま」
セリナは資料を整理し始めた。
(セリナ)
「出発は一週間後。それまでに準備を整える」
(リク)
「一週間……」
(セリナ)
「短い?」
(リク)
「いえ、十分です」
リクは頷いた。
一週間。
その間に、ノヴァを安定させないと。
そして、ガロスたちにも相談しないと。
(セリナ)
「じゃあ、今日は資料庫に行きましょう」
(リク)
「資料庫?」
(セリナ)
「ええ。七王家についてもっと詳しく調べる」
セリナは鍵を手に取った。
(セリナ)
「禁制区じゃない、普通の資料庫よ」
二人は研究室を出た。
廊下を歩く。
学院は、いつも通り賑やかだった。
学生たちの声が、廊下に響く。
でも、リクの心は静かだった。
七王家。
その名が、頭の中で回っている。
ノースフィールド。
ノヴァの故郷。
そこに、何があるんだろう。
資料庫は、学院の東棟にあった。
大きな扉が、二人を迎える。
セリナが鍵を開ける。
扉が、ゆっくりと開いた。
中は、薄暗い。
本棚が並び、古い匂いが漂っている。
(セリナ)
「七王家の資料は、奥にあるはず」
二人は奥へ進んだ。
足音が、静かに響く。
本棚の間を抜け、最奥の部屋へ。
そこには、古い書物が並んでいた。
(セリナ)
「これ」
セリナは一冊の本を取り出した。
『七王家創世記』
古い革の表紙に、金の文字。
(セリナ)
「七王家の起源が書かれてる」
セリナは本を開いた。
黄ばんだ紙が、めくられる。
(セリナ)
「七王家は、神々の時代に生まれた」
(リク)
「神々の時代?」
(セリナ)
「魔王戦争よりも前。世界がまだ若かった頃」
セリナは文字を読み上げる。
(セリナ)
「神々は七つの力を人に与えた。氷、光、炎、風、大地、天、そして虚」
(リク)
「虚……?」
(セリナ)
「虚界を司る力。地界の力」
セリナはページをめくる。
(セリナ)
「七つの力を受けた七つの家族が、七王家」
(リク)
「それが、創造具現の起源……」
(セリナ)
「そう。彼らは力を理論化し、体系化し、後世に伝えた」
セリナは別のページを開いた。
そこには、図が描かれていた。
七つの円が、一つの大きな円を囲んでいる。
(セリナ)
「七つの理が揃えば、世界の中心に至る」
(リク)
「世界の中心……」
(セリナ)
「《原初の座》。創造の源」
セリナは図を指さした。
(セリナ)
「そこには、世界の全ての法則が刻まれてる」
(リク)
「じゃあ、そこに行けば……」
(セリナ)
「帰還の方法も、分かるかもしれない」
リクは息を呑んだ。
胸が高鳴る。
希望が、見えた気がした。
(セリナ)
「でも、原初の座は伝説」
(リク)
「伝説?」
(セリナ)
「誰も辿り着いたことがない。場所も分からない」
セリナは本を閉じた。
(セリナ)
「でも、七王家を巡れば、手がかりは得られるはず」
(リク)
「……やります」
リクは決意した。
七王家を巡る。
そして、原初の座に至る。
それが、帰還への道。
(セリナ)
「じゃあ、決まりね」
セリナは本を棚に戻した。
(セリナ)
「一週間後、出発」
(リク)
「はい」
二人は資料庫を出た。
外は、まだ明るい。
昼の光が、学院を照らしている。
リクは空を見上げた。
青い空。
白い雲。
でも、その向こうに何があるのか。
世界の境界。
原初の座。
そして、帰る道。
(リク)
「……絶対、帰る」
リクは呟いた。
その声は、小さかった。
でも、確かに決意が込められていた。
セリナはリクを見た。
(セリナ)
「大丈夫。必ず帰れる」
(リク)
「……はい」
二人は歩き出した。
学院の廊下を、共に。
その日の夜、リクは寮の屋上にいた。
星が輝いている。
見慣れない星座。
でも、もう怖くない。
帰る道が、見えたから。
(ノヴァ)
「七王家、か」
背後から声がした。
リクは振り返った。
ノヴァが立っていた。
紅い髪が、月光に照らされている。
(リク)
「聞いてたのか」
(ノヴァ)
「お前の波長、常に感じてるから」
ノヴァは隣に立った。
(ノヴァ)
「北界……久しぶりだな」
(リク)
「お前の故郷だろ」
(ノヴァ)
「故郷、か」
ノヴァは空を見上げた。
(ノヴァ)
「帰りたくなかった場所だけどな」
(リク)
「……なんで?」
(ノヴァ)
「居場所がなかった」
ノヴァは目を閉じた。
(ノヴァ)
「七王家の落胤。捨てられた子供。誰も相手にしてくれなかった」
(リク)
「……」
(ノヴァ)
「だから、ここに来た。学院で研究すれば、認められると思った」
ノヴァは拳を握った。
(ノヴァ)
「でも、暴走した。結局、また捨てられた」
(リク)
「捨てられてない」
リクはノヴァを見た。
(リク)
「セリナさん、お前のこと待ってる」
(ノヴァ)
「……知ってる」
(ノヴァ)
「でも、会えない」
(リク)
「なんで?」
(ノヴァ)
「怖いんだ」
ノヴァは笑った。
自嘲的な笑み。
(ノヴァ)
「拒絶されるのが、怖い」
(リク)
「拒絶なんて……」
(ノヴァ)
「するだろ。俺、あいつを傷つけたんだから」
リクは黙った。
ノヴァの気持ちが、少し分かった。
恐怖。
それは、誰にでもある。
(リク)
「……じゃあ、北界で決めよう」
(ノヴァ)
「決める?」
(リク)
「お前、セリナさんに会うかどうか」
リクはノヴァを見た。
(リク)
「北界で、お前の過去と向き合う。そして、自分で決める」
(ノヴァ)
「……」
(リク)
「俺も一緒に行く。だから、大丈夫」
ノヴァは目を見開いた。
(ノヴァ)
「お前……」
(リク)
「仲間だろ。クロスライト」
リクは手を差し出した。
ノヴァは少し迷った後、その手を握った。
蒼銀の光が溢れる。
二人の絆が、また深まった。
(ノヴァ)
「……ありがとう」
(リク)
「礼はいらない」
二人は笑い合った。
星が、二人を照らす。
そして、風が吹く。
優しい風。
それは、未来への風。
リクとノヴァの旅は、もうすぐ始まる。
七王家を巡る、長い旅。
でも、二人は怖くない。
共にいるから。
光を交わしているから。
星空の下、二人は誓った。
必ず、帰ると。
必ず、過去と向き合うと。
そして、未来を掴むと。
その誓いは、星に届いた。
そして、星は応えた。
優しく、輝いて。
夜が、静かに更けていく。
でも、二人の心は明るい。
希望があるから。
道が見えたから。
七王家。
原初の座。
そして、帰還。
全てが、繋がり始めた。
物語は、新しい章へ。
旅立ちの、章へ。
(了)
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。
また次の物語で、お会いできる日を願っています。




