表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/23

第21話「蒼銀の残響」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


夜が明ける前の空は、まだ藍色を残していた。


リクは学院の屋上に立っていた。


昨夜、虚界の風穴に吸い込まれ、ノヴァに押し戻された。


その時の感覚が、まだ掌に残っている。


紅い光。


それは温かく、鋭く、懐かしかった。


(リク)

「……なんで、懐かしいんだ」


風が吹いた。


誰も答えない。


リクは掌を開いた。


そこには淡い光痕が浮かんでいる。


想像具現を使うたびに残る、青白い痕。


でも今朝は違う。


紅が、混ざっている。


(リク)

「これ、ノヴァの……」


呟いた瞬間、空気が震えた。


音はない。


だが確かに、世界が揺れた。


リクは息を止めた。


視界の端に、光が走る。


青ではない。


紅でもない。


その中間——蒼銀の、光。


(リク)

「……何が」


言葉が途切れた。


光が収束していく。


屋上の中央、リクから三メートルほどの距離。


空間が歪み、粒子が集まり、輪郭を形成していく。


人の形。


リクは一歩後ろに下がった。


心臓が早鐘を打つ。


恐怖ではない。


既視感だ。


まるで、ずっと昔に見た景色のような——


光が、晴れた。


そこに、青年が立っていた。


紅い髪。


灰紅の瞳。


細身で高い背。


リクと、似ている。


(リク)

「……ノヴァ」


青年は微笑んだ。


(ノヴァ)

「よう。久しぶり、だな」


声は、確かにノヴァのものだった。


虚界で聞いた、あの声。


でも今は違う。


実体がある。


温度がある。


存在している。


(リク)

「どうして……現界してるんだ」


(ノヴァ)

「お前が呼んだんだろ」


リクは目を見開いた。


(リク)

「俺が?」


(ノヴァ)

「昨夜、風穴で俺の波長を掴んだ。そのまま掌に残した。それが鍵になった」


ノヴァは自分の手を開いた。


そこにも、光痕がある。


紅と青の、混ざった痕。


(ノヴァ)

「想像具現ってのは面白いもんでな。思い描けば、存在すら呼べる」


(リク)

「……そんなこと、できるのか」


(ノヴァ)

「お前ならな」


ノヴァは一歩近づいた。


リクは動けなかった。


恐怖ではない。


ただ、圧倒されていた。


この青年は、確かに虚界にいた。


意識だけの存在だった。


それが今、目の前に立っている。


リクの想像が、彼を現実に引き戻した。


(リク)

「でも、お前は五年前に……」


(ノヴァ)

「消えた。そうだ」


ノヴァは空を見上げた。


まだ暗い空に、星が残っている。


(ノヴァ)

「俺は虚界で意識だけ漂ってた。肉体は崩壊し、記憶は断片化し、存在定義は曖昧になった」


(リク)

「それを、俺が……」


(ノヴァ)

「再構成した。お前の想像具現が、俺という存在を”思い出して”形にした」


風が吹いた。


ノヴァの紅い髪が揺れる。


リクの黒髪も、同じように揺れた。


(リク)

「思い出す、って……俺、お前のこと知らないのに」


(ノヴァ)

「魂は覚えてる」


ノヴァはリクを見た。


その瞳は、灰紅に光っている。


(ノヴァ)

「お前と俺は、波長が近い。具現の質が似てる。だから共鳴する」


(リク)

「共鳴……」


(ノヴァ)

「そう。お前の蒼い具現と、俺の紅い具現が干渉すると、蒼銀の光が生まれる」


ノヴァは掌を開いた。


そこに、小さな光が灯る。


紅と青が混ざり合い、銀色に輝く光。


リクも無意識に掌を開いた。


同じ光が、リクの掌にも灯る。


二つの光が、呼応する。


空気が震えた。


光が強くなる。


屋上全体が、蒼銀の光に包まれた。


(リク)

「これ……」


(ノヴァ)

「クロスライト。交差する光。お前と俺の具現が共鳴した証だ」


光が、収束していく。


二人の掌の間で、光の粒子が踊る。


リクは息を呑んだ。


美しかった。


恐ろしくもあった。


そして、懐かしかった。


まるで、ずっと昔に見た景色のような——


光が消えた。


静寂が戻る。


リクは息を整えた。


心臓がまだ早い。


(リク)

「……なんで、懐かしいんだ」


(ノヴァ)

「魂が記憶してるからだ」


ノヴァは微笑んだ。


その表情は、少し寂しそうだった。


(ノヴァ)

「お前と俺は、多分……どこかで会ってる」


(リク)

「どこかで?」


(ノヴァ)

「虚界の深層。記憶の海。魂の底。どこかで、お前と俺は繋がってた」


リクは黙った。


言葉が出てこない。


ただ、胸の奥が熱い。


涙が出そうになる。


理由は分からない。


でも、この感覚は知っている。


踏切で感じた、あの感覚。


「もう一度、世界を見たい」と願った、あの瞬間。


(リク)

「……お前も、帰りたかったのか」


ノヴァは目を細めた。


(ノヴァ)

「帰る? どこに?」


(リク)

「元の場所。お前がいた場所」


(ノヴァ)

「俺がいた場所は、ここだ」


ノヴァは学院を指さした。


(ノヴァ)

「五年前、この学院で研究してた。虚界の干渉理論を追いかけてた」


(リク)

「それで、事件を起こした」


(ノヴァ)

「そうだ。暴走した。紅の具現が制御不能になって、学院を半壊させた」


ノヴァは笑った。


自嘲的な笑み。


(ノヴァ)

「創造の前に破壊を、なんて言ってたけど……結局、創造まで辿り着けなかった」


(リク)

「でも今、お前はここにいる」


(ノヴァ)

「お前が呼んだからな」


ノヴァはリクに向き直った。


(ノヴァ)

「だから聞きたい。お前、何のために俺を呼んだ?」


リクは答えられなかった。


呼んだつもりはない。


ただ、昨夜の風穴で、ノヴァの波長を感じた。


それを掴もうとした。


それだけだ。


でも——


(リク)

「……多分、一人じゃ無理だと思ったから」


(ノヴァ)

「何が?」


(リク)

「帰ること。俺、元の世界に帰りたい」


ノヴァは目を見開いた。


(ノヴァ)

「元の世界?」


(リク)

「俺、転生者なんだ。日本って国から来た」


(ノヴァ)

「……転生」


ノヴァは少し考えた後、笑った。


(ノヴァ)

「面白いな。お前、異世界人か」


(リク)

「笑うなよ」


(ノヴァ)

「笑ってない。本当に面白いと思ってる」


ノヴァは空を見上げた。


東の空が、少しずつ明るくなっている。


(ノヴァ)

「転生者が、想像具現を使って元の世界に帰ろうとしてる。それを手伝うために、消えたはずの研究者が呼び戻された」


(リク)

「……手伝う、のか?」


(ノヴァ)

「当たり前だろ」


ノヴァはリクを見た。


その瞳は、真っすぐだった。


(ノヴァ)

「お前が俺を呼んだ。それは、助けが必要だからだ」


(リク)

「でも、お前には関係ない」


(ノヴァ)

「ある」


ノヴァは一歩近づいた。


(ノヴァ)

「俺は五年間、虚界で漂ってた。何もできなかった。ただ、記憶が薄れていくのを待つだけだった」


(リク)

「……」


(ノヴァ)

「でもお前が、俺を呼んだ。もう一度、現実に立たせてくれた」


ノヴァは掌を開いた。


そこに、小さな紅い光が灯る。


(ノヴァ)

「だから、恩を返す。お前が帰る道を見つけるまで、一緒に行く」


リクは息を呑んだ。


胸が熱い。


涙が滲む。


(リク)

「……なんで、そこまで」


(ノヴァ)

「お前が俺を信じたからだ」


ノヴァは微笑んだ。


(ノヴァ)

「魂は覚えてる。お前と俺は、どこかで繋がってた。だから今、こうして会えた」


風が吹いた。


二人の髪が揺れる。


東の空が、赤く染まり始めた。


朝が来る。


新しい一日が始まる。


リクは深く息を吸った。


(リク)

「……ありがとう」


(ノヴァ)

「礼はいらない。これは、俺のわがままだ」


ノヴァは笑った。


その笑顔は、少し寂しそうで、でも確かに温かかった。


(リク)

「わがまま?」


(ノヴァ)

「そうだ。俺も、お前のいた世界を見てみたい」


リクは目を見開いた。


(ノヴァ)

「転生者が見た世界。踏切があって、電車が走って、コンビニがあって……そういう世界、面白そうだろ」


(リク)

「……面白い、か」


(ノヴァ)

「ああ。だから、一緒に帰ろう」


ノヴァは手を差し出した。


リクは少し迷った後、その手を握った。


温かかった。


確かに、実体がある。


ノヴァは、もう虚界の残響ではない。


現実に、存在している。


(リク)

「……よろしく、ノヴァ」


(ノヴァ)

「よろしく、リク」


二人の掌から、蒼銀の光が溢れた。


光は空に昇り、朝日と混ざり合う。


屋上全体が、優しい光に包まれた。


リクは空を見上げた。


星はもう見えない。


でも、確かに感じる。


ノヴァの波長が、自分の中に残っている。


共鳴している。


これが、クロスライト。


交差する光。


二人の魂が、繋がった証。


(リク)

「……これから、どうする?」


(ノヴァ)

「まずは学院を出よう。俺、ここじゃ厄介者だからな」


(リク)

「厄介者って……」


(ノヴァ)

「五年前の事件の犯人だぞ。見つかったら騒ぎになる」


リクは苦笑した。


(リク)

「確かに」


(ノヴァ)

「だから、今日中に出る。お前も一緒に来い」


(リク)

「でも、セリナさんに何も言わずに……」


(ノヴァ)

「セリナか」


ノヴァは少し表情を曇らせた。


(ノヴァ)

「あいつには、まだ会えない」


(リク)

「なんで?」


(ノヴァ)

「……俺が消えた時、一番苦しんだのはあいつだ」


ノヴァは目を伏せた。


(ノヴァ)

「研究仲間だった。友人だった。それなのに、俺は勝手に暴走して消えた」


(リク)

「でも、今なら……」


(ノヴァ)

「今はまだ無理だ。俺、まだ不安定なんだ」


ノヴァは掌を見た。


そこには、淡い光痕が浮かんでいる。


(ノヴァ)

「お前の想像具現で現界したけど、完全じゃない。いつ消えるか分からない」


(リク)

「……そうなのか」


(ノヴァ)

「だから、まずは安定させる。それから、セリナに会う」


リクは頷いた。


(リク)

「分かった。じゃあ、今日中に出よう」


(ノヴァ)

「ああ」


二人は屋上の縁に立った。


下には、まだ眠っている学院の街が広がっている。


朝日が、建物を照らし始めた。


新しい一日が始まる。


リクとノヴァの、新しい旅が始まる。


(リク)

「……なあ、ノヴァ」


(ノヴァ)

「ん?」


(リク)

「お前、本当に消えないよな?」


ノヴァは笑った。


(ノヴァ)

「消えない。お前が俺を忘れない限り、俺はここにいる」


(リク)

「忘れないよ」


(ノヴァ)

「なら、大丈夫だ」


ノヴァはリクの肩を叩いた。


その手は、確かに温かかった。


実体がある。


存在している。


リクは安心した。


もう、一人じゃない。


帰る道を探す仲間が、できた。


(リク)

「……行こう」


(ノヴァ)

「ああ」


二人は屋上を降りた。


朝日が、二人の影を長く伸ばす。


蒼と紅の影が、重なり合い、一つの影を作る。


それは、蒼銀の影。


クロスライトの、始まり。


学院の朝は、静かに始まった。


誰も、まだ気づいていない。


屋上で、二つの魂が出会ったことを。


蒼銀の光が、世界を変え始めたことを。


ただ、風だけが知っている。


そして、風は語らない。


ただ、吹き続けるだけ。


新しい物語を、運び続けるだけ。


リクとノヴァの旅は、今日から始まる。


帰還への道は、まだ遠い。


でも、もう一人じゃない。


共に歩く仲間がいる。


それだけで、リクは少し強くなれた気がした。


屋上の扉が閉まる。


静寂が戻る。


でも、空気には余韻が残っている。


蒼銀の光の、残響。


それは、ゆっくりと消えていく。


でも、完全には消えない。


いつか、また灯る日まで。


朝日が、学院を照らす。


新しい一日が、始まった。


(了)


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ