表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/23

第20話「風穴」

夜が深い。


月が、雲に隠れている。


リクは中庭に立っていた。


一人で、静かに。


胸の中に、何かが引っかかっている。


ノヴァのこと。


紅の具現のこと。


そして——


明日、何が起こるのか。


風が吹いた。


冷たく、強い。


木々が激しく揺れる。


葉が音を立てる。


リクは顔を上げた。


風が——


おかしい。


ただの風じゃない。


方向が定まっていない。


渦を巻いている。


中庭の中央で、風が旋回している。


リクは近づいた。


慎重に、一歩ずつ。


風が強くなる。


髪が乱れ、服が揺れる。


目を細めながら、風の中心へ。


そこに——


何かがある。


空気の歪み。


透明な、だが確かにそこにある何か。


リクは手を伸ばした。


風の中心へ。


指先が——


触れた。


瞬間。


視界が歪んだ。


世界が揺れる。


地面が消え、空が落ちる。


リクの体が、宙に浮く。


(リク)

「……っ!」


声が出ない。


呼吸ができない。


ただ、落ちていく感覚。


だが——


下がない。


上もない。


ただ、暗闇だけが広がっている。


これは——


虚界。


リクは、そう理解した。


風の中心は、虚界への穴だった。


そして——


リクは、そこに落ちた。


暗闇の中で、リクは浮いていた。


重力がない。


音もない。


ただ、静寂だけ。


(リク)

「……どこだ、ここ……」


声が、虚空に消える。


反響しない。


まるで、何もない場所。


だが——


何かが、いる。


リクは、それを感じた。


視線。


誰かが、見ている。


(リク)

「誰だ……!」


叫ぶ。


だが、返事はない。


ただ、視線だけが残る。


そして——


光が見えた。


遠くに。


紅い光。


それが、ゆっくりと近づいてくる。


リクは息を呑んだ。


光が、人の形を成している。


黒髪。


痩身。


そして——


紅い光を纏った。


(リク)

「……ノヴァ?」


光が止まった。


リクの前で、浮かんでいる。


顔は見えない。


シルエットだけ。


だが、確かにそこにいる。


光が——


動いた。


手を伸ばしてくる。


リクに向かって。


リクも、手を伸ばした。


指先が——


触れようとする。


その瞬間。


光が弾けた。


爆発的に広がり、リクを包み込む。


熱い。


焼けるように熱い。


だが、痛くない。


むしろ——


温かい。


まるで、抱きしめられているような。


(???)

「……まだ、早い。」


声が聞こえた。


ノヴァの声。


低く、静かに。


(ノヴァ)

「お前は、まだここに来るべきじゃない。」


(リク)

「でも……!」


(ノヴァ)

「戻れ。現実に。」


光が、リクを押し戻す。


優しく、だが強く。


(リク)

「待ってくれ……! 話が……!」


(ノヴァ)

「明日。屋上で。そこで、すべて話す。」


光が、さらに強くなる。


リクの体が、浮き上がる。


暗闇から、押し出される。


(リク)

「ノヴァ……!」


叫んだ瞬間——


視界が、白く染まった。


リクは地面に倒れていた。


中庭の、石畳の上。


月が、雲の切れ間から顔を出している。


風は——


止んでいた。


リクは体を起こした。


息が荒い。


心臓が、早鐘を打っている。


掌を見る。


紅い光の痕が、残っている。


まだ、熱を持っている。


(リク)

「……虚界に、落ちた……」


呟く。


信じられない。


だが、確かに起きた。


風の中心が、虚界への穴だった。


そして——


ノヴァが、そこにいた。


(セリナ)

「大丈夫?」


声がした。


リクは振り返る。


セリナが、中庭の入口に立っていた。


ショールを羽織り、心配そうな表情。


(リク)

「セリナさん……」


(セリナ)

「風の異常流を感知したわ。まさか、あなたが……」


彼女が駆け寄ってくる。


リクの体を調べる。


(セリナ)

「怪我は? 虚界に触れた?」


(リク)

「……はい。落ちました。」


セリナの表情が、険しくなった。


(セリナ)

「落ちた……? どれくらい?」


(リク)

「わかりません。でも、ノヴァが……」


(セリナ)

「彼が?」


(リク)

「俺を、押し戻してくれました。『まだ早い』って。」


セリナは息を吐いた。


安堵したような、だが複雑な表情。


(セリナ)

「……そう。彼が、守ってくれたのね。」


彼女はリクの手を取った。


紅い光の痕を見る。


(セリナ)

「これ……彼の波長ね。」


(リク)

「はい。触れたんです。ノヴァに。」


セリナは少し黙った。


そして——


リクを抱きしめた。


突然のことに、リクは驚く。


だが、抵抗しない。


セリナの腕が、震えている。


(セリナ)

「……怖かった。」


その声が、小さい。


(セリナ)

「あなたも、消えるかと思った。」


リクは、セリナの背中に手を回した。


(リク)

「大丈夫です。俺、ここにいます。」


セリナは、ゆっくりと離れた。


涙を拭う。


(セリナ)

「ごめんなさい。取り乱したわ。」


(リク)

「いえ……」


セリナは深呼吸した。


そして、空を見上げた。


月が、明るく輝いている。


(セリナ)

「学院は、彼を忘れていないの。」


(リク)

「……え?」


(セリナ)

「風が覚えている。空気が覚えている。そして——」


彼女は中庭を見渡した。


(セリナ)

「この場所が、覚えている。」


リクは周囲を見た。


中庭。


噴水。


木々。


ベンチ。


すべてが、静かに佇んでいる。


だが——


確かに、何かがある。


記憶のようなもの。


感情のようなもの。


(セリナ)

「ノヴァは、よくここにいたわ。一人で、本を読んだり、空を見たり。」


(リク)

「……」


(セリナ)

「彼は孤独だった。だけど——」


セリナは微笑んだ。


寂しげな、だが温かい笑み。


(セリナ)

「この場所を、愛していた。」


その言葉に、リクの胸が熱くなった。


ノヴァ。


彼は、ここにいた。


この中庭で。


この空の下で。


そして——


今も、ここにいる。


風として。


記憶として。


(リク)

「セリナさん……明日、俺、ノヴァに会います。」


(セリナ)

「……知ってる。」


(リク)

「止めないんですか?」


セリナは首を振った。


(セリナ)

「止められない。あなたは、もう決めている。」


(リク)

「……はい。」


セリナはリクの頭に手を置いた。


(セリナ)

「なら、一つだけ約束して。」


(リク)

「何ですか?」


(セリナ)

「帰ってくること。必ず、ここに。」


リクは頷いた。


(リク)

「約束します。」


セリナは微笑んだ。


今度は、本当の笑顔。


(セリナ)

「ありがとう。じゃあ、今日はもう休みなさい。明日に備えて。」


(リク)

「はい。」


リクは中庭を出ようとした——


その時。


夜空に、何かが走った。


紅い光。


一筋の、流星のような。


リクとセリナは、同時に空を見上げた。


光が、空を横切る。


美しく、儚く。


そして——


消えた。


だが、その痕跡が残っている。


空に、紅い線が浮かんでいる。


まるで、何かを書いたように。


(セリナ)

「……彼の具現が、まだ息づいている。」


(リク)

「あれ……ノヴァの……」


(セリナ)

「そう。彼の力は、まだこの世界に残っている。完全には、消えていない。」


リクは拳を握った。


ノヴァは——


生きている。


虚界と現実の境界に。


だが、確かに存在している。


紅い線が、ゆっくりと消えていく。


空が、また暗くなる。


月だけが、静かに輝いている。


(セリナ)

「行きなさい。休んで。」


(リク)

「……はい。」


リクは寮へ向かった。


振り返ると——


セリナは、まだ中庭に立っていた。


空を見上げて。


まるで、祈るように。


リクは部屋に戻った。


ベッドに座り、窓を開ける。


夜風が入ってくる。


冷たく、静かに。


だが——


その中に、温かさが混ざっている気がした。


ノヴァの気配。


彼の想い。


リクは掌を見た。


紅い光の痕が、まだ残っている。


だが、もう熱くない。


ただ、温かい。


まるで、手を繋いでいるような。


(リク)

「……明日。」


呟く。


明日、会える。


ノヴァに。


そして——


すべてを聞ける。


彼の過去。


彼の想い。


そして——


彼が、今も戦っているもの。


リクは目を閉じた。


だが、眠れない。


胸が高鳴っている。


期待と、不安と。


時計の音だけが、部屋に響く。


リクは、また窓の外を見た。


星が、輝いている。


その中に——


紅い星が、一つだけあるような気がした。


だが、それも錯覚かもしれない。


リクは窓を閉めた。


ベッドに横になる。


天井を見上げる。


明日。


運命の日。


新しい力を得る日。


そして——


ノヴァと、真に出会う日。


リクは、ゆっくりと目を閉じた。


今度は、眠りに落ちた。


浅く、だが穏やかに。


夢の中で——


中庭が見えた。


ノヴァが、ベンチに座っている。


本を読んでいる。


リクは、隣に座った。


(リク)

「何読んでるんですか?」


ノヴァは本を閉じた。


表紙を見せる。


『虚界の理論』


(ノヴァ)

「難しい本だ。でも、面白い。」


(リク)

「どんな内容ですか?」


(ノヴァ)

「想像と現実の境界について。そこに何があるか。そこで何ができるか。」


彼は空を見上げた。


(ノヴァ)

「俺は、そこに落ちた。だが——」


彼は微笑んだ。


(ノヴァ)

「後悔はしていない。」


(リク)

「……なんでですか?」


(ノヴァ)

「自由だから。ルールに縛られない。限界に縛られない。」


(リク)

「でも……孤独じゃないですか?」


ノヴァは、リクを見た。


(ノヴァ)

「孤独だ。だが——」


彼はリクの肩を叩いた。


(ノヴァ)

「お前がいる。だから、もう孤独じゃない。」


リクは、胸が熱くなった。


(リク)

「俺……あなたを救いたいです。」


ノヴァは首を振った。


(ノヴァ)

「俺は、もう救えない。だが——」


彼は立ち上がった。


(ノヴァ)

「お前は救える。だから、教える。」


(リク)

「教える……?」


(ノヴァ)

「生き延びる方法を。強くなる方法を。そして——」


彼は空を見上げた。


(ノヴァ)

「帰る方法を。」


その言葉に、リクは立ち上がった。


(リク)

「帰る方法……本当に、あるんですか?」


ノヴァは頷いた。


(ノヴァ)

「ある。俺は見つけた。だが——」


彼は寂しげに微笑んだ。


(ノヴァ)

「使えなかった。暴走して、落ちたから。」


(リク)

「じゃあ……」


(ノヴァ)

「お前が、使え。俺の代わりに。そして——」


彼はリクの肩を掴んだ。


(ノヴァ)

「帰れ。お前の世界へ。」


夢が、揺らいだ。


中庭が消え、ノヴァも消える。


リクは、手を伸ばした。


だが、届かない。


(リク)

「待ってくれ……!」


声が、虚空に消える。


そして——


目が覚めた。


朝だった。


窓から朝日が差し込んでいる。


リクは起き上がった。


汗をかいている。


心臓が、早鐘を打っている。


夢——


だが、ただの夢じゃない。


ノヴァの言葉。


帰る方法がある。


それは——


本当なのか。


リクは窓を開けた。


新鮮な空気を吸う。


今日は——


その答えを聞ける日。


リクは準備を始めた。


服を着替え、顔を洗う。


鏡を見る。


自分の顔。


だが、どこか違う。


目に、光がある。


決意の光。


リクは部屋を出た。


廊下を歩く。


朝の光が、床を照らしている。


学生たちが、挨拶を交わしている。


だが、リクは答えない。


ただ、前を向いて歩く。


屋上への階段を上る。


一段、また一段。


心臓が高鳴る。


扉が見えた。


リクは、深呼吸した。


そして——


扉を開けた。


風が、顔を撫でる。


空が、広い。


そして——


中央に、ノヴァが立っていた。


紅い光を纏って。


彼が振り返る。


その顔が、はっきりと見えた。


若く、鋭く、だが優しい。


(ノヴァ)

「来たな。」


(リク)

「はい。」


リクは、ノヴァの前に立った。


二人は、向かい合った。


風が吹く。


空が、少しだけ赤く染まった。


だが、すぐに青に戻る。


(ノヴァ)

「始めよう。お前の、新しい力を。」


リクは頷いた。


拳を握る。


そして——


新しい章が、始まった。


学院編の終わり。


そして——


創造編の、始まり。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ