表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/23

第19話「封印の講義」

大講義室は、静かだった。


百人以上の学生が座っている。


だが、誰も話さない。


ただ、前を見つめている。


演壇に立つ、セリナを。


リクは中央の席に座っていた。


周囲の学生たちの緊張が、伝わってくる。


特別講義。


年に一度だけ開かれる、学院長の講義。


テーマは——


「具現の倫理」。


リクはノートを開いた。


ペンを握る。


手が、少し震えている。


緊張しているのか。


それとも——


セリナが、何を話すのか。


それが怖いのか。


(セリナ)

「皆さん、おはようございます。」


彼女の声が、講義室に響いた。


静かで、だが力強い。


学生たちが、背筋を伸ばす。


セリナは演壇の上で、ゆっくりと視線を巡らせた。


一人一人を見るように。


そして——


リクで、止まった。


一瞬だけ。


だが、確かに視線が合った。


セリナは、また視線を動かす。


(セリナ)

「今日のテーマは、具現の倫理。つまり——」


彼女は掌を上げた。


そこに、青白い光が浮かぶ。


小さな球体。


それが、ゆっくりと回転している。


(セリナ)

「創ることの、責任。」


球体が、形を変える。


立方体になり、円錐になり、また球体に戻る。


学生たちが、息を呑む。


美しい。


だが——


どこか、恐ろしい。


セリナは球体を消した。


(セリナ)

「具現とは、想像を現実化する力。誰もが夢見る、魔法のような力。」


彼女は教室を見渡した。


(セリナ)

「だが、それは同時に——破壊の力でもある。」


その言葉に、教室の空気が変わった。


重くなる。


緊張が、増す。


セリナは演壇から降りた。


教室の中央通路を、ゆっくりと歩く。


(セリナ)

「創ることは、壊すこと。何かを生み出すには、何かを犠牲にしなければならない。」


彼女は立ち止まった。


リクの席の前。


(セリナ)

「エネルギーを使う。集中力を使う。そして——」


彼女はリクを見た。


(セリナ)

「時には、自分自身を削る。」


リクは息を呑んだ。


セリナの瞳が、深い。


まるで、リクの心を見透かしているような。


セリナは歩き続けた。


教室の奥へ。


最後列へ。


そこには——


空席があった。


一つだけ。


窓際の、最後列。


セリナは、その席の前で立ち止まった。


(セリナ)

「だからこそ、人は秩序に守られる。ルールに従い、倫理を守る。それが——」


彼女は空席を見た。


長い沈黙。


学生たちが、ざわめく。


小声で、囁き合う。


(学生A)

「……あの席……」


(学生B)

「五年前の……」


(学生C)

「紅い、やつ……」


リクは振り返った。


最後列の、空席。


そこに——


誰もいない。


だが、何かがある。


気配のようなもの。


記憶のようなもの。


セリナは、また歩き出した。


演壇へ戻る。


(セリナ)

「五年前、この学院で事件が起きました。」


教室が、静まり返った。


誰も動かない。


誰も呼吸しない。


ただ、セリナの言葉を待つ。


(セリナ)

「一人の学生が、具現を暴走させた。研究棟は半壊。周囲の結界は崩壊。多くの学生が、怪我をした。」


彼女は演壇の上で、手を組んだ。


(セリナ)

「原因は——倫理の欠如。彼は、ルールを破った。限界を無視した。そして——」


セリナの声が、震えた。


ほんの少しだけ。


だが、リクには聞こえた。


(セリナ)

「自分自身を、破壊した。」


沈黙。


長い、重い沈黙。


誰も、何も言えない。


ただ、その言葉の重さに押しつぶされそうになる。


(セリナ)

「彼の名前は、記録から削除されました。彼の存在は、学院から消されました。」


セリナは、また最後列の空席を見た。


(セリナ)

「だが、記憶は消えない。恐怖は残る。そして——」


彼女は教室を見渡した。


(セリナ)

「教訓として、私たちの中に生き続ける。」


リクは、空席を見た。


窓際の、最後列。


そこに——


誰かが座っている気がした。


黒髪の、少年。


紅い光を纏った。


だが、すぐに消える。


幻覚だったのか。


それとも——


(セリナ)

「皆さんに伝えたいのは、これです。」


セリナの声が、リクを現実に引き戻した。


(セリナ)

「具現は、強大な力。だが、その力には責任が伴う。自分の力を知り、限界を守る。それが——」


彼女は、静かに微笑んだ。


(セリナ)

「生き延びるための、唯一の方法です。」


講義室に、重い空気が流れる。


だが——


それは、恐怖だけではない。


理解。


共感。


そして——


決意。


学生たちが、頷いている。


セリナの言葉を、心に刻んでいる。


(セリナ)

「それでは、質問はありますか?」


しばらく、誰も手を上げなかった。


だが——


一人の学生が、手を上げた。


前列の、女子学生。


(セリナ)

「はい、どうぞ。」


(女子学生)

「あの……五年前の学生は、今どこに?」


教室が、また静まり返った。


その質問は——


誰もが思っていたこと。


だが、誰も聞けなかったこと。


セリナは少し黙った。


そして——


(セリナ)

「わかりません。消失、と記録されています。」


(女子学生)

「消失……死んだ、ということですか?」


(セリナ)

「……わかりません。」


その答えに、学生たちがざわめいた。


わからない。


つまり——


生きているかもしれない。


どこかに、いるかもしれない。


リクは拳を握った。


ノヴァ。


彼は、生きている。


虚界と現実の境界に。


だが、それを誰にも言えない。


セリナも、知っているはずだ。


だが、公には言えない。


なぜなら——


(セリナ)

「他に質問は?」


別の学生が手を上げた。


中列の、男子学生。


(男子学生)

「もし、また同じことが起きたら……学院はどうするんですか?」


セリナの表情が、険しくなった。


(セリナ)

「起こさせません。」


その声が、強い。


断固とした、意志。


(セリナ)

「私たちは、あの事件から学びました。監視体制を強化し、訓練方法を見直し、結界を強化しました。」


彼女は演壇を叩いた。


軽く、だが音が響く。


(セリナ)

「二度と、あのような悲劇は起こさせません。」


その言葉に、学生たちが頷いた。


安心したような、だが複雑な表情。


リクは——


胸が痛かった。


セリナは、必死だ。


二度と起こさせない、と。


だが、リクは——


ノヴァから、紅の具現を学ぼうとしている。


あの暴走と同じ力を。


それは——


セリナを裏切ることになるのか。


(セリナ)

「他に質問がなければ、これで講義を終わります。」


誰も手を上げない。


セリナは頷いた。


(セリナ)

「ありがとうございました。皆さん、どうか——」


彼女は、教室全体を見渡した。


(セリナ)

「自分を大切に。そして、仲間を大切に。」


学生たちが立ち上がった。


拍手が起こる。


静かな、だが心からの拍手。


セリナは、小さく頭を下げた。


そして、演壇を降りた。


学生たちが、教室を出ていく。


リクは、席に座ったままだった。


最後列の空席を、見つめている。


そこに——


まだ、気配が残っている気がした。


ノヴァの。


(???)

「リク。」


声がした。


リクは振り返る。


セリナが、隣に立っていた。


(リク)

「……セリナさん。」


(セリナ)

「講義、どうだった?」


(リク)

「……重かったです。」


セリナは微笑んだ。


寂しげな、笑み。


(セリナ)

「そう。でも、伝えなければならなかった。」


彼女は最後列の空席を見た。


(セリナ)

「あの席には、かつて紅い少年がいた。」


(リク)

「……ノヴァ。」


セリナは頷いた。


(セリナ)

「そう。彼は、いつもあそこに座っていた。窓の外を見ながら。」


(リク)

「何を見てたんですか?」


(セリナ)

「空。そして——」


彼女は窓の外を見た。


(セリナ)

「自由を。」


その言葉が、リクの胸に刺さった。


自由。


ノヴァは——


自由を求めていた。


ルールに縛られない。


限界に縛られない。


ただ、自分の力を、存分に使える場所を。


だが——


それが、彼を破壊した。


(セリナ)

「明日、あなたは彼に会うのね。」


(リク)

「……はい。」


(セリナ)

「気をつけて。彼の教えは、危険。だが——」


セリナはリクを見た。


(セリナ)

「あなたなら、大丈夫かもしれない。彼とは違うから。」


(リク)

「何が……違うんですか?」


(セリナ)

「あなたには、帰る場所がある。守りたいものがある。」


彼女はリクの肩に手を置いた。


(セリナ)

「それが、あなたを守る。暴走から、孤独から。」


リクは頷いた。


帰る場所。


元の世界。


家族。


友達。


それが——


リクの錨。


現実に繋ぎ止める、錨。


(リク)

「ありがとうございます。」


セリナは微笑んだ。


今度は、本当の笑顔。


(セリナ)

「行きなさい。今日は休んで。明日に備えて。」


リクは立ち上がった。


教室を出ようとする——


その時。


最後列の空席から、風が吹いた。


窓が開いていないのに。


風が、リクの頬を撫でる。


冷たく、だが優しい。


リクは振り返った。


空席を見る。


そこに——


一瞬だけ、人影が見えた。


黒髪の少年。


紅い光を纏った。


彼が、微笑んでいる。


寂しげな、だが温かい笑顔。


リクは、手を上げた。


別れの挨拶のように。


人影が、消えた。


風も、止んだ。


ただ、空席だけが残る。


リクは教室を出た。


廊下を歩く。


胸の中に——


何かが残っている。


ノヴァの記憶。


ノヴァの願い。


そして——


ノヴァの、孤独。


リクは拳を握った。


明日。


ノヴァに会う。


そして——


彼の力を学ぶ。


だが、同時に——


彼の孤独を、理解する。


彼の願いを、知る。


そうすることで——


リクは、ノヴァを救えるかもしれない。


窓の外で、鳥が鳴いた。


空が、青い。


雲が流れている。


平和な午後。


だが、リクの心は——


もう、明日にあった。


中庭に出た。


ベンチに座る。


風が吹く。


木々が揺れる。


その中に——


ノヴァの気配が混ざっている気がした。


見守っている。


導いている。


そして——


待っている。


リクが、明日来るのを。


リクは空を見上げた。


青い空。


だが、その向こうに——


紅い空が見える気がした。


あの暴走の時の。


あの破壊の時の。


だが、今度は怖くない。


むしろ——


挑戦に見えた。


乗り越えるべき、壁に見えた。


リクは立ち上がった。


寮へ戻る。


部屋に入り、ベッドに座る。


窓を開けた。


風が入ってくる。


冷たく、静かに。


リクは目を閉じた。


意識を、集中させる。


掌に、光が集まる。


いつもの青白い光。


だが——


その中に、紅い光が混ざっている。


微かに、だが確かに。


これが——


ノヴァとの繋がり。


虚界と現実の、橋渡し。


リクは光を消した。


そして、ベッドに横になった。


天井を見上げる。


明日。


新しい力を得る日。


新しい自分になる日。


そして——


ノヴァに、一歩近づく日。


リクは目を閉じた。


今日は、早く眠ろう。


明日のために。


夢の中で——


講義室が見えた。


最後列の空席。


そこに、ノヴァが座っている。


窓の外を見ている。


リクは、隣に座った。


二人で、空を見る。


何も話さない。


ただ、静かに。


風が吹く。


窓が揺れる。


そして——


ノヴァが、呟いた。


『明日、待ってる。』


リクは頷いた。


『うん。行くよ。』


ノヴァが、微笑んだ。


その笑顔は——


もう、寂しくなかった。


夢が、消えた。


リクは、深い眠りに落ちた。


静かに、穏やかに。


明日への、準備をしながら。


その夜、セリナも眠れなかった。


研究室で、一人。


窓の外を見ている。


星が、輝いている。


その中に——


紅い星が、一つだけあるような気がした。


セリナは、窓を開けた。


風が入ってくる。


冷たく、静かに。


(セリナ)

「……ノヴァ。」


呟いた。


風が、答えるように強くなった。


だが、声は聞こえない。


ただ、風だけが吹く。


セリナは目を閉じた。


(セリナ)

「リクを、頼むわ。導いて。守って。」


風が、また吹く。


木々が揺れる。


そして——


静かに、止んだ。


セリナは窓を閉めた。


椅子に座り込む。


疲れた。


だが、まだやることがある。


明日に備えて。


リクを見守るために。


セリナは立ち上がった。


机の上のノートを開く。


ノヴァのノート。


そこに書かれた、理論。


哲学。


そして——


警告。


すべてを、もう一度確認する。


リクが、無事に帰ってくるように。


時計が、深夜を告げた。


新しい日が、始まろうとしている。


運命の日が。


セリナは、祈った。


静かに、深く。


すべてが、うまくいくように。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ