表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/23

第16話「赤い焦土」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


学院の屋上は、風が強かった。


リクは手すりを掴みながら、空を見上げる。


青く、高く、果てしなく広がっている。


ここなら、誰にも邪魔されない。


限界まで、試せる。


(リク)

「……やるか。」


呟きながら、中央へ歩く。


屋上には、訓練用の魔法陣が刻まれている。


セリナが用意してくれたものだ。


「限界を試すなら、ここでやりなさい」


そう言われて、鍵を渡された。


リクは魔法陣の中心に立った。


深呼吸する。


風が、髪を撫でる。


空が、広い。


(リク)

「今度は……壊さない。」


掌を前に突き出す。


意識を集中させる。


光が集まり始める。


いつもより、速い。


いつもより、強い。


ノヴァの哲学を学んでから、具現の精度が上がった。


創る前に壊す。


その繰り返しで、光の制御が安定している。


剣が形を成す。


透明な刃。


光の柄。


だが——


リクは、そこで止めなかった。


(リク)

「……もっと。」


意識を、さらに深く沈める。


光が膨らむ。


剣が大きくなる。


刃が伸び、輝きが増す。


これが、限界だ。


これ以上は——


(リク)

「いや……まだだ!」


叫びながら、さらに力を込める。


光が爆発的に膨張する。


剣が巨大化し、刃が二メートルを超える。


重い。


腕が震える。


だが、制御できている。


まだ、いける。


リクは目を見開いた。


視界が、光で満たされる。


剣が輝き、空気が震える。


そして——


限界を、超えた。


瞬間——


世界が、赤く染まった。


空が。


大地が。


光が。


すべてが、紅に変わる。


リクの剣が、赤く発光し始める。


透明だった刃が、血のような色に染まる。


(リク)

「……これ、は……」


驚愕する。


これは、自分の具現じゃない。


何かが、混ざっている。


何かが、入り込んでいる。


剣が脈動する。


まるで生きているように。


熱が伝わってくる。


焼けるような、激しい熱。


リクの手が、震える。


制御が、効かない。


剣が暴走し始める。


刃が歪み、光が溢れ出す。


そして——


空に、亀裂が走った。


本当に、空が裂けた。


青い空に、紅い線が走る。


まるで、世界が壊れていくように。


(リク)

「やばい……!」


剣を消そうとする。


だが、消えない。


光が暴走し、制御を失っている。


リクの意志では、もう止められない。


魔法陣が反応した。


警告音が鳴り響く。


甲高い、耳をつんざくような音。


屋上全体が震え、結界が発動する。


青白い壁がリクを包み込む。


だが——


紅い光が、結界を侵食し始めた。


壁が赤く染まり、ひび割れていく。


(リク)

「止まれ……! 頼む、止まってくれ……!」


必死に叫ぶ。


だが、光は止まらない。


剣が膨張し、刃が空へ伸びる。


そして——


爆発した。


紅い光が、四方に飛び散る。


結界が砕け、破片が舞う。


リクの体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


視界が真っ白になる。


耳鳴りが響く。


痛みが、全身を駆け巡る。


そして——


静寂。


リクは仰向けに倒れたまま、空を見た。


空が——


赤かった。


夕焼けでもない。


朝焼けでもない。


ただ、紅く染まっている。


まるで、血の海のように。


(リク)

「……何を、したんだ……」


声が震える。


体が動かない。


ただ、空を見つめることしかできない。


その時——


扉が開く音がした。


複数の足音。


叫び声。


(???)

「結界が破損! 誰か倒れている!」


(???)

「魔導警備隊! 直ちに展開!」


(???)

「これは……まさか……」


声が近づいてくる。


リクの視界に、何人もの人影が入る。


警備隊の制服を着た男たち。


その中に——


セリナの姿もあった。


(セリナ)

「リク!」


彼女が駆け寄ってくる。


リクを抱き起こす。


(セリナ)

「大丈夫? 怪我は?」


(リク)

「……すみません……」


声が出ない。


喉が痛い。


体中が痺れている。


セリナはリクの体を調べた。


そして、警備隊の一人に指示を出す。


(セリナ)

「治療術師を! 早く!」


(警備隊員)

「は、はい!」


男が走っていく。


残った警備隊員たちが、周囲を調べ始める。


魔法陣を確認し、結界の破損を測定する。


その中の一人——


初老の男が、空を見上げた。


(初老の男)

「……あの紅……」


(警備隊員)

「副隊長?」


(副隊長)

「まさか……“再現”したのか?」


その言葉に、周囲の空気が凍りついた。


警備隊員たちが、一斉に空を見上げる。


赤く染まった空。


その色は、少しずつ薄れていく。


だが、まだ残っている。


紅い残光が、空に漂っている。


(副隊長)

「五年前の……あの暴走と、同じ色だ……」


(警備隊員)

「まさか……そんな……」


(副隊長)

「記録を確認しろ! この生徒の具現波長を、過去のデータと照合するんだ!」


(警備隊員)

「了解!」


男たちが慌ただしく動き始める。


セリナは、リクをそっと抱きしめた。


(セリナ)

「……大丈夫。私がいる。」


その声が、優しい。


だが、どこか悲しげだった。


リクは目を閉じた。


意識が、遠のいていく。


体が重い。


このまま、眠ってしまいそうだ。


だが——


その前に、一つだけ聞こえた。


副隊長の呟き。


(副隊長)

「……ヴァーミリオンの再来か……」


その言葉が、リクの耳に残った。


ヴァーミリオン。


それは——


ノヴァの、もう一つの名前。


意識が、途切れた。


暗闇の中で——


紅い光だけが、見えた。


それは、炎のように揺れている。


熱く、激しく、だが美しい。


リクは、その光に手を伸ばした。


だが、届かない。


光は遠ざかり、消えていく。


そして——


何も見えなくなった。


どれくらい時間が経ったのか。


リクは目を覚ました。


白い天井。


消毒液の匂い。


医務室だ。


体を起こそうとする。


だが、痛みが走る。


全身が筋肉痛のようだ。


(セリナ)

「動かない方がいいわ。」


声がした。


リクは首を動かす。


ベッドの隣に、セリナが座っていた。


疲れた表情。


目の下に、隈がある。


(リク)

「……どれくらい、眠ってました?」


(セリナ)

「一日。昨日の午後から、ずっと。」


(リク)

「一日……」


リクは天井を見た。


記憶が蘇る。


屋上。


限界を超えた具現。


そして——


紅く染まった空。


(リク)

「……あれ、何だったんですか?」


(セリナ)

「あなたの具現が、限界を超えた。そして——」


彼女は言葉を切った。


窓の外を見る。


(セリナ)

「別の具現と、共鳴した。」


(リク)

「共鳴……」


(セリナ)

「そう。ノヴァの残響が、あなたの具現に反応したの。」


リクは掌を見た。


まだ、微かに痺れている。


あの紅い光の感触が、残っている。


(リク)

「俺の具現が……赤くなった。」


(セリナ)

「ええ。それは、ノヴァの色。彼の具現は、常に紅かった。」


(リク)

「なんで……俺の具現が、彼の色に……」


(セリナ)

「波長が近いから。あなたとノヴァは、根本的な具現の性質が似ている。だから、共鳴する。」


セリナは立ち上がった。


窓辺に立ち、外を見る。


(セリナ)

「警備隊が、大騒ぎよ。五年前の事件の再来だって。」


(リク)

「五年前……」


(セリナ)

「ノヴァが学院を半壊させた、あの事件。」


リクは息を呑んだ。


半壊。


それほどの暴走だったのか。


(セリナ)

「彼の具現は、制御を失うと破壊しか生まない。だから、学院は彼を恐れた。」


(リク)

「それで……追放されたんですか?」


セリナは答えなかった。


ただ、黙って窓の外を見ている。


その沈黙が、答えだった。


リクはベッドから降りようとした。


だが、足に力が入らない。


セリナが支える。


(セリナ)

「無理しないで。あと二、三日は安静にしていなさい。」


(リク)

「でも……俺、また訓練しないと……」


(セリナ)

「だめ。」


彼女の声が、厳しい。


(セリナ)

「今のあなたは、危険すぎる。ノヴァの残響が強く影響している。このまま訓練を続ければ、あなたも彼と同じ道を辿る。」


(リク)

「……それでも。」


リクはセリナを見た。


(リク)

「俺、帰らなきゃいけないんです。元の世界に。だから、もっと強くならないと。」


(セリナ)

「……」


セリナは何も言わなかった。


ただ、リクの肩に手を置く。


(セリナ)

「わかってる。でも、無茶はしないで。あなたを失いたくない。」


その言葉に、リクは胸が熱くなった。


セリナは——


本当に、心配してくれている。


まるで、家族のように。


(リク)

「……ありがとうございます。」


セリナは微笑んだ。


疲れているのに、優しい笑顔。


(セリナ)

「今日は休みなさい。明日、また話しましょう。」


彼女は医務室を出ていった。


リクは再びベッドに横になった。


天井を見上げる。


白く、無機質な天井。


だが、その向こうに——


赤い空が見える気がした。


あの紅く染まった空。


あれは、ノヴァの色。


彼の具現の色。


そして——


今は、リクの色でもある。


(リク)

「……ノヴァ。」


呟く。


だが、返事はない。


風の音も、聞こえない。


ただ、静寂だけが部屋を満たしている。


リクは目を閉じた。


だが、眠れない。


頭の中で、何度も繰り返される。


あの紅い光。


あの暴走。


あの制御不能の感覚。


恐ろしかった。


だが——


同時に、力強かった。


あれが、ノヴァの力。


あれが、彼が恐れられた理由。


リクは、それを実感した。


窓の外で、鳥が鳴いている。


夕方が近づいているのだろう。


光が、少しずつ赤くなっている。


夕焼け。


だが、リクには——


あの紅い空と重なって見えた。


二日後。


リクは医務室を出た。


体は回復し、痛みもほとんどない。


廊下を歩く。


学生たちが、リクを見る。


囁き声が聞こえる。


(学生A)

「あいつ、屋上で暴走させたらしいぞ。」


(学生B)

「空が赤くなったって、本当?」


(学生C)

「あの事件の再来だって、先生たちが騒いでた。」


リクは俯いて歩いた。


視線が痛い。


だが、気にしないようにする。


中庭に出た。


新鮮な空気を吸う。


ベンチに座り、空を見上げる。


青い空。


もう、赤くない。


普通の、穏やかな空。


だが——


その向こうに、あの紅い空が見える気がした。


(???)

「見えるか。」


声がした。


リクは振り返る。


木陰に——


ノヴァが立っていた。


黒髪。


紅い瞳。


そして、どこか寂しげな表情。


(リク)

「……ノヴァ。」


(ノヴァ)

「お前、やったな。」


彼は木陰から出てきた。


リクの前に立つ。


(ノヴァ)

「俺の色を、再現した。」


(リク)

「あれ……あなたの……」


(ノヴァ)

「そうだ。俺の具現は、常に紅い。破壊の色。血の色。」


彼は空を見上げた。


(ノヴァ)

「だが、お前はまだ制御できてない。このままじゃ、俺と同じ道を辿る。」


(リク)

「……同じ道?」


(ノヴァ)

「追放。消失。そして——」


彼は言葉を切った。


そして、リクを見る。


(ノヴァ)

「孤独だ。」


その言葉が、リクの胸に刺さった。


孤独。


ノヴァは、一人だ。


誰にも理解されず、誰にも受け入れられず。


ただ、一人で生きている。


(リク)

「……俺は、そうなりたくない。」


(ノヴァ)

「なら、制御しろ。紅の具現を、お前のものにしろ。」


(リク)

「どうやって……」


(ノヴァ)

「壊すことを恐れるな。創造の前に、破壊がある。それを受け入れろ。」


彼はリクの肩を掴んだ。


力強く、だが優しい。


(ノヴァ)

「お前なら、できる。俺にはできなかったことが、お前にはできるかもしれない。」


(リク)

「……できなかったこと?」


(ノヴァ)

「調和だ。」


彼は手を離した。


(ノヴァ)

「破壊と創造の、調和。俺は、破壊しかできなかった。だが、お前は違う。」


(リク)

「なんで、そう思うんですか?」


(ノヴァ)

「お前の具現を見たからだ。お前は、創ることができる。純粋に、美しく。」


彼は背を向けた。


(ノヴァ)

「俺の残響に触れるな、とセリナは言っただろう。だが——」


振り返る。


その瞳に、微かな光が宿っていた。


(ノヴァ)

「俺は、お前に期待している。だから、教える。」


(リク)

「……教えてくれるんですか?」


(ノヴァ)

「ああ。紅の具現の、制御方法を。」


リクは立ち上がった。


(リク)

「お願いします。」


ノヴァは頷いた。


(ノヴァ)

「明日、屋上で待ってる。」


そう言って、彼は歩き出した。


木陰に消えていく。


リクは、その背中を見送った。


風が吹く。


木々が揺れる。


そして——


空が、また少しだけ赤く見えた気がした。


だが、今度は怖くない。


むしろ、希望に見えた。


ノヴァが、教えてくれる。


紅の具現を、制御する方法を。


リクは拳を握った。


明日が、待ち遠しい。


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ