第10話「魔導学院アルヴァル」
この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。
ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。
どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
三日目の朝。
馬車は丘を登っていた。
朝日が昇り、空がオレンジ色に染まっている。
リクは窓から外を見ていた。
丘の上に、建物が見えてきた。
大きな建物だった。
石造りの塔が、いくつも空に向かって伸びている。
壁は白く、窓がたくさんあった。
周囲には庭が広がり、木々が植えられている。
それが、魔導学院アルヴァルだった。
リクは息を呑んだ。
想像していたより、遥かに大きい。
城のようにも見えた。
だが、城ではない。
学び舎だった。
セリナが声をかけた。
(セリナ)
「見えましたね。あれが、アルヴァル学院です」
(リク)
「……大きい」
(セリナ)
「ええ。レグナス王国最大の学術機関です」
馬車は丘を登り続けた。
学院が、どんどん近づいてくる。
正門が見えてきた。
鉄製の門で、紋章が刻まれている。
本を開いた形と、七つの星。
それが、学院の紋章だった。
門の前に、衛兵が立っていた。
だが、武装はしていない。
杖を持っている。
魔法使いの衛兵だった。
セリナが馬車を停めた。
衛兵が近づいてくる。
(衛兵)
「セリナ研究員、お帰りなさい」
(セリナ)
「ただいま。新しい生徒を連れてきました」
衛兵がリクを見た。
(衛兵)
「こちらの方ですか」
(セリナ)
「ええ。リク・シライシです」
衛兵が頷いた。
(衛兵)
「承知しました。どうぞ」
門が開いた。
ゆっくりと、左右に分かれていく。
馬車が中へ入った。
敷地内は、広大だった。
石畳の道が続き、両脇に花壇がある。
学生たちが歩いていた。
ローブを着て、本を抱えている。
中には、杖を持っている者もいた。
魔法使いの卵たちだ。
リクは窓から外を見続けた。
建物がいくつもある。
講義棟、研究棟、図書館、寮。
それらが、敷地内に点在していた。
馬車は、中央の建物の前で停まった。
一番大きな建物で、時計塔がそびえている。
セリナが馬車から降りた。
(セリナ)
「着きました。降りてください」
リクは馬車から降りた。
足が地面についた。
石畳が、硬い。
リクは建物を見上げた。
巨大な石造りの塔。
窓が並び、それぞれの部屋に明かりが灯っている。
時計塔の針は、八時を指していた。
セリナが歩き出した。
(セリナ)
「こちらです」
リクは荷物を持って、後に続いた。
建物の中へ入る。
玄関ホールは、天井が高かった。
大理石の柱が並び、シャンデリアが吊るされている。
壁には、絵画が飾られていた。
偉人たちの肖像画。
過去の学院長や、有名な研究者たち。
それらが、訪問者を見下ろしていた。
学生たちが行き交っている。
皆、忙しそうだった。
本を抱え、急ぎ足で移動している。
セリナが受付へ向かった。
そこに、初老の男性が座っていた。
白髪で、眼鏡をかけている。
(セリナ)
「おはようございます、マルセル先生」
男性が顔を上げた。
(マルセル)
「おや、セリナ。戻ったのか」
(セリナ)
「はい。新入生を連れてきました」
マルセルがリクを見た。
鋭い目が、リクを観察している。
(マルセル)
「君が、リク・シライシか」
(リク)
「はい」
(マルセル)
「想像具現使い、と聞いている」
(リク)
「……はい」
マルセルが立ち上がった。
(マルセル)
「私はマルセル・レイン。理術学部の学部長だ」
(リク)
「よろしくお願いします」
マルセルが頷いた。
(マルセル)
「セリナから報告を受けている。虚獣を倒したそうだな」
(リク)
「はい」
(マルセル)
「興味深い。想像具現が虚界に干渉する……これは、研究する価値がある」
マルセルがセリナを見た。
(マルセル)
「彼の担当は、君か」
(セリナ)
「はい。私が指導します」
(マルセル)
「よろしい。では、手続きを進めてくれ」
セリナが頷いた。
(セリナ)
「承知しました」
マルセルがリクに向き直った。
(マルセル)
「リク・シライシ。君を、魔導学院アルヴァルの特別研究生として受け入れる」
(リク)
「特別研究生……?」
(マルセル)
「通常の学生とは異なる。君は、自分の能力を研究する立場だ」
(リク)
「研究……」
マルセルが腕を組んだ。
(マルセル)
「通常の学生は、既存の魔法理論を学ぶ。だが、君の想像具現は既存の理論に当てはまらない」
(リク)
「当てはまらない……」
(マルセル)
「ええ。だから、君自身が新しい理論を作る必要がある」
リクは戸惑った。
理論を作る。
そんなこと、できるのか。
マルセルが続けた。
(マルセル)
「もちろん、最初から一人でやれとは言わない。セリナが指導する。私も、助言する」
(リク)
「……ありがとうございます」
(マルセル)
「ただし、基礎講義は受けてもらう。魔法理論、想像理論、虚界学。全て学ぶ必要がある」
(リク)
「はい」
マルセルが机の上から書類を取った。
それをリクに見せる。
(マルセル)
「これが、君のカリキュラムだ。週に五日、講義がある」
リクは書類を見た。
そこには、講義の名前と時間が書かれていた。
月曜:基礎魔法理論。
火曜:想像理論入門。
水曜:虚界学概論。
木曜:実技訓練。
金曜:特別研究。
(マルセル)
「月曜から木曜は、他の学生と一緒に学ぶ。金曜は、セリナとの個別研究だ」
(リク)
「わかりました」
(マルセル)
「それと、君には研究室が与えられる」
(リク)
「研究室……?」
(マルセル)
「ええ。想像具現の研究には、専用の空間が必要だ。危険を伴う可能性もある」
リクは頷いた。
確かに、想像具現は不安定になることがある。
感情が乱れれば、制御を失う。
マルセルが微笑んだ。
(マルセル)
「期待している。君の力は、この世界の理を変えるかもしれない」
(リク)
「……頑張ります」
マルセルが微笑んだ。
(マルセル)
「では、セリナ。彼を寮へ案内してくれ」
(セリナ)
「はい」
セリナがリクを促した。
二人は、玄関ホールを出た。
*
学院の敷地を歩いていく。
石畳の道が続き、両脇に木が植えられている。
学生たちが、すれ違っていく。
皆、リクを見ていた。
新しい顔だからだろう。
リクは少し緊張した。
セリナが話しかけてきた。
(セリナ)
「寮は、あちらです」
セリナが指差した先に、三階建ての建物があった。
煉瓦造りで、窓が並んでいる。
その建物へ向かって歩いていく。
途中、庭を通り過ぎた。
そこでは、学生たちが魔法の練習をしていた。
杖を振り、光を放っている。
火の玉が浮かび、水が渦を巻く。
魔法が、目の前で使われている。
リクは立ち止まって見ていた。
(セリナ)
「初等魔法の練習ですね」
(リク)
「魔法……」
(セリナ)
「ええ。あなたも、必要なら学べます」
(リク)
「俺にも、できますか」
(セリナ)
「試してみないとわかりません。だが、想像具現使いなら、可能性はあります」
リクは頷いた。
魔法。
それも、学んでみたかった。
二人は寮に着いた。
中へ入ると、管理人がいた。
老婆で、杖をついている。
(管理人)
「セリナさん、新入生ですか」
(セリナ)
「はい。リク・シライシです」
管理人がリクを見た。
優しい目をしていた。
(管理人)
「ようこそ。私はマリア。この寮の管理人です」
(リク)
「よろしくお願いします」
マリアが鍵を取り出した。
(マリア)
「あなたの部屋は、三階です。301号室」
(リク)
「ありがとうございます」
マリアが鍵を渡した。
(マリア)
「食事は一階の食堂で。朝は七時、昼は十二時、夜は六時です」
(リク)
「わかりました」
セリナがリクを階段へ案内した。
二人は三階へ上がった。
廊下が続いていて、両脇に部屋がある。
301号室の前で、リクは立ち止まった。
鍵を使って、扉を開ける。
中は、シンプルな部屋だった。
ベッド、机、椅子、本棚。
それだけが置かれている。
窓からは、学院の庭が見えた。
セリナが入ってきた。
(セリナ)
「ここが、あなたの部屋です」
(リク)
「……ありがとうございます」
リクは荷物を床に置いた。
小さな袋一つだけ。
それが、自分の全財産だった。
セリナが窓際に立った。
(セリナ)
「明日から、講義が始まります。朝九時に、理術学部棟へ来てください」
(リク)
「わかりました」
(セリナ)
「今日は、ゆっくり休んでください。学院を見て回るのもいいでしょう」
(リク)
「はい」
セリナが部屋を出て行った。
リクは一人になった。
部屋の中を見回す。
新しい場所。
新しい生活。
ここで、自分は何を学ぶのか。
帰る方法は、見つかるのか。
答えは、まだわからない。
リクは窓の外を見た。
庭では、学生たちが魔法の練習を続けていた。
光が飛び、音が響く。
それが、この学院の日常なのだろう。
リクは深呼吸をした。
ここから、新しい旅が始まる。
知識を求める旅。
真実を探す旅。
そして、帰還への旅。
リクは荷物を開けた。
整理しよう。
明日のために。
未来のために。
*
昼過ぎ、リクは学院の敷地を歩いていた。
セリナの言葉通り、見て回ることにした。
まず向かったのは、図書館だった。
巨大な建物で、三階建て。
入口には、「アルヴァル図書館」と刻まれた石碑があった。
中へ入ると、圧倒された。
本棚が、どこまでも続いている。
天井まで届く本棚に、無数の本が並んでいた。
魔法書、歴史書、理論書、記録書。
あらゆる知識が、ここに集められている。
学生たちが、机で本を読んでいた。
静かだった。
ページをめくる音だけが、聞こえる。
リクは本棚の間を歩いた。
背表紙を見ていく。
『初等魔法理論』『虚界の研究』『転移魔法入門』。
転移魔法、という言葉に目が止まった。
リクはその本を手に取った。
分厚い本で、重かった。
ページを開く。
そこには、複雑な図と数式が描かれていた。
難しすぎて、理解できない。
リクは本を棚に戻した。
まだ、自分には早い。
基礎から学ばなければ。
リクは図書館を出た。
次に向かったのは、講義棟だった。
石造りの建物で、いくつもの教室がある。
廊下を歩くと、教室から声が聞こえた。
講義をしているようだった。
リクは教室の扉の隙間から、中を覗いた。
教授が黒板に図を描いている。
学生たちが、ノートを取っている。
真剣な表情だった。
明日から、自分もここで学ぶ。
リクは少し緊張した。
だが、同時に期待もあった。
新しい知識を得られる。
自分の力を理解できる。
そして、帰る方法が見つかるかもしれない。
リクは講義棟を出た。
庭を通り、寮へ戻る。
途中、噴水の前を通った。
そこに、一人の少女が座っていた。
金色の髪で、白いローブを着ている。
本を読んでいた。
リクは通り過ぎようとした。
だが、少女が顔を上げた。
(少女)
「あなた、新入生?」
リクは立ち止まった。
(リク)
「……はい」
少女が微笑んだ。
(少女)
「初めまして。私はルナ・エスティア。魔法学部の二年生です」
(リク)
「リク・シライシです」
(ルナ)
「リク……聞いたことがある名前ね」
(リク)
「え?」
(ルナ)
「セリナ先生が、想像具現使いの生徒を連れてくるって言ってたの」
リクは驚いた。
もう、噂になっているのか。
ルナが立ち上がった。
(ルナ)
「想像具現、見せてもらえる?」
(リク)
「え……今ですか」
(ルナ)
「ダメ?」
リクは戸惑った。
だが、断る理由もなかった。
(リク)
「……わかりました」
リクは手を前に出した。
剣を思い描く。
感情を乗せる。
光が走った。
手のひらから溢れる光が、剣の形を成す。
刃が固まり、輪郭がはっきりし、重さが手に伝わる。
想像具現。
光の剣が、完成した。
ルナが目を輝かせた。
(ルナ)
「すごい……本当に、無から有を生み出してる」
(リク)
「これが、俺の力です」
(ルナ)
「触ってもいい?」
(リク)
「どうぞ」
ルナが剣に触れた。
指で刃をなぞる。
(ルナ)
「冷たい……光なのに、実体がある」
(リク)
「そうなんです」
ルナが手を離した。
(ルナ)
「不思議。魔法とも違う。これが、想像具現……」
リクは剣を消した。
光の粒子が舞い、空気に溶けていく。
ルナが笑った。
(ルナ)
「面白い力ね。また、見せて」
(リク)
「……はい」
(ルナ)
「明日から、頑張ってね」
ルナが本を抱えて、去っていった。
リクは、その背中を見送った。
新しい出会い。
ここでも、人と繋がっていく。
リクは寮へ戻った。
部屋に入り、ベッドに座る。
長い一日だった。
明日から、新しい生活が始まる。
講義、研究、学び。
全てが、未知のものだった。
だが、恐れはなかった。
ここで、答えを見つける。
自分の力のこと。
帰る方法のこと。
全てを、理解する。
リクは窓の外を見た。
夕日が、学院を照らしていた。
オレンジ色の光が、建物を染めている。
美しい景色だった。
リクは目を閉じた。
明日のために、休もう。
新しい旅のために。
(了)
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。
また次の物語で、お会いできる日を願っています。




